ぽつりぽつりと彼は語り始めた。
 スイートルームには似合わない、話だった。






 僕は、知っていると思うけどデボンコーポレーションの息子だ。
 別にトレーナーにならなくても約束された地位はあったけど、僕はトレーナーの道を選んだ。そして、チャンピオンという地位も得た。
 自惚れではなく、僕は人の得たいものを全て手に入れたと思う___地位も名声も富も。
 僕は誰よりも幸福だった__だがふとしたときに冷静になる。目に見えるこんな幸せはいつか僕の手から消えてゆくんじゃないかと思って。そうすると、全てがどうでも良くなる。消えてなくなるものに興味はない。どんなに人から羨ましがられたって僕は孤独で、なにも持っていない空っぽの男だった。
 そして、僕はミクリという男にチャンピオンの地位を奪われた。
 それは全ての始まりのように思えた。ミクリは良い男だ……親友だった。彼のような希望に溢れた男がチャンピオンであるべきだと悟って、僕はもう一度旅に出た。
 だがそこで付きまとうのが、ついこの間まで僕の宝石だった地位や名声……これらは最早光を失っていて、僕の惨めさを主張するアクセサリーにしか過ぎない。願わくばもう一度ダイゴという男をリセットして、夢に満ち溢れていた少年時代へ戻りたいとずっと願っていた。それは叶わないものだと分かっていた。
 唯一信じられるのはポケモンという存在だけ……僕のポケモンたちだけは、僕の全てが失われても、傍にいてくれると思った。彼らは僕と孤独を共有してくれた。でも……あるとき、

『____メタグロス!』

 何もかもが遅かったんだ。正当防衛だった、でも、

『……どうして、』

 彼が四人の人間を殺したことは確かで、


 ……僕はそいつらを燃やして、海に撒いたよ。人間を殺したという罪は、僕の大切なメタグロスに一生消えない傷をつけた。黙っていれば何もばれやしない。だって仕方のないことだったんだ。ロケット団のやつらが無理やり連れて行こうと薬品まで使ったんだから。彼は死を予感したんだ。
 けれどメタグロスは僕を避けるようになって……。
 最期には自分の身体を自ら粉々に砕いて、消えていった。今まで彼と過ごした時間を思えばあまりにも呆気ない最期だった。悲しむ時間すら彼は僕に与えてくれなかった。僕は気づいてやれなかったんだ。最低なトレーナーだ。
 僕を含めてこの世界には、生きる価値なんてない最低なトレーナーに溢れている。
 そしてポケモンたちはそれに振り回されてばかりだ。
 人間たちの利便性のために道具のように使われる。人間たちの欲望によってバトルを仕掛けられカモにされる。人間たちはそれを正当防衛と言い張る。人間のさじ加減で能力を測られ、優秀でなければ捨てられる……。自分の行いになんの責任も持たない。愚かだろう。そう思わないか。
 あそこのタツベイたちもそうだ……彼らはただ静かに、昔からずっとあの場所で暮らしているだけなのに、能力の高さに魅せられた人間たちが連日あそこを訪れる。そして彼らの人生は捻じ曲げられる。全ては身勝手なトレーナーたちのせいなんだよ。

 だから……だから、僕は。







「だから、彼らを殺したと。貴方はそう言い張るのね」
「っ……!」

 自分でもひどく冷たい声色だと思った。氷柱が彼に向けて投げられたようだった。
 彼の独白は、私が想像していたよりも、馬鹿らしく、聞くに値しない、ただの人間の過去だった。
 研究対象としての彼への興味が、みるみるうちに薄れていくのが分かった。全て、時間の無駄だったのだ。人間の欲と矛盾に塗れた、狂気と愛の物語など。

 気づけば、笑いを漏らしていた。彼のポーカーフェイスは崩れ去り、私の態度が気に食わなかったのだろう、不機嫌を露にしている。

「くだらないわね」
「な、にを……」
「私に、どう言って欲しかったの? 同情を誘ったの? 『貴方の行いは正しかった』とでも言って欲しい? それで貴方が私の興味をそそる反応をしてくれるなら、言ってあげる。でも残念ながら、私の研究者としての心は惹かれなかった……自分からここへ誘ったのに、ごめんなさい。でも、貴方の行いは、『間違っている』」

 彼の顔が絶望に染まっていく。

「可哀想なのは貴方のメタグロスだけ。貴方は可哀想でも正義の味方でもなんでもない。貴方の孤独は、タツベイたちを殺していい理由にはならない……。救済なんて建前だわ。貴方には自分と同じ種族である人間を殺す勇気がないだけよ。どうせ今までだってポケモンにやらせていたんでしょう。あの、人間を殺すことに慣れたメタグロス……あれを育ててる間、貴方は何を考えていたのかしら。貴方は、ただの、犯罪者だわ」



「……あ……あ、」



 糸が切れた操り人形のようにぱたりと床に倒れこんだ彼に、もはや好青年の影は見られなかった。彼がこれからどうしようか、私の知ったことではない。もしかすれば、また別の場所で同じ事を繰り返すのかもしれないし、明日になれば、また好青年の仮面を被るのかもしれない。
 カントー行きの電車に空きはあるだろうか。研究は、思ったよりも早く済んだ。





( 自傷の毒でも )

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -