ポケモンをバトル以外で傷つけるという行為は、犯罪に値する。それが正当防衛ならまだしも、人間たちの気まぐれな感情でポケモンの尊厳が損なわれることをこの世界は許さない。

 彼の顔色から判断するに、その積み重なったタツベイの死体は彼がやったことなのだろう。三……いや四体はいるだろうか、彼らの鼓動はもう、聞こえない。私の中でちりちりと燃え広がる焦燥感は、トレーナーとしての私のもの。そしてぞくぞくと湧き上がる悦楽感は研究者としての私のものなのだろう。釣り合いがとれないそれらは私の中で押し合って、舌がもつれそうになる。

「場所を、変えましょうか?」
「っ、頼む、出て行ってくれ……お願いだ……お願いだから……」

 がくがくと身体を震わせ、涙を流すその姿は、輝かしい会社の御曹司でもない、栄光の座に居続けたポケモントレーナーでもない、ただ一人の人間の姿だった。
 何が彼をこうさせたのか? このようなアンダーグラウンドな行動をおこさせたのか?
 今の彼はカプセルに閉じ込めておきたいほど、魅力的だった。

 カチ、と音がした。

 彼が、モンスターボールのスイッチを、押した音だった。赤い光が差し込み、地響きを立てて現れたのは彼が切り札として愛用しているメタグロス。彼は何も言わない。もしかしてこんなことは、何度かあったのだろうか? ひゅっ、と振り上げられた鋼の腕は、真っ直ぐ私へ狙いを定めている。人に育てられたポケモンが、人を攻撃するだなんて……なんて野蛮な。そう、指示をされているのだ、可哀想に。

「ごめんね……シズカさん」

「貴方には、ここで死んでもらわないと」

 ダイゴの低い声が反響する。このポケモンが私を殺そうとしているのだと分かっても、何一つ、恐ろしくなかった。


「っ!?」


 メタグロスが放ったコメットパンチは、咄嗟に飛び出したウィンディのフレアドライブに押し切られる。相性は、抜群だ。
 研究職だからバトルはいらないとある程度で済ませてきた私に火をつけたのは、彼だ。おかげで私の手持ちは皆、各地方のチャンピオンと渡り合える程度には、鍛えられている。元は変な輩に絡まれても返り討ちに出来るようにだったのだが、本来の目的を忘れてのめり込んだときもあるほど、バトルは私に向いていたようだった。そして今まさにそれが役に立った。今ここにいない彼に、こっそり感謝した。

「どうして……僕のメタグロスが……」
「私の彼、すごく強いのよ。ごめんなさいね」

 ズウン、と砂煙をあげて豪快に倒れたメタグロスが、ボールに吸い込まれていく。未だ呆然としているダイゴは、ギリ、と歯を食いしばり、その場に座り込んだ。

「"これ"がばれたのは一度や二度じゃないみたいね?」
「っ、うるさいっ、」
「やっぱり場所を変えましょう。ここでは落ち着いて話せない。それと__」


 彼の犠牲になった、四体のタツベイに視線を向けた。


「あの子達の、供養をしてあげましょう」



( なけなしの倫理が欠乏する )
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