ギーマはその日、挑戦者も来ず暇だったので、一服しようとソファから立ち上がった。螺旋状の階段をぐるぐると降りながら、すぐに煙草を出して火をつけたい気持ちを押さえつけて__このポケモンリーグは禁煙と決まっているから__チャンピオンロードの出口近くまで着いてからようやく、ギーマの身体はニコチンで満たされた。
 冬の夜である。煙と共に吐き出される息は白く、時折ギーマの身体に冷たい風が叩きつけられた。ポケモンリーグは、その地位を示すように高い場所にある。だから空も近く、遮るものがない分風は自由気ままに吹き荒れている。人の気配が無い。まだ記憶に新しいあの出来事は、もしかしてリーグから人足を遠ざけているのかもしれない。ギーマは、ポケモンにしてもそれ以外にしても、「真剣勝負」が好きであったから、それはあまり良くないことだと、それでもどこか人事に考えていた。



 そのとき、東の空にヒュン、と影が走り、反射的にギーマはその音に気をとられた。思考をめぐらす間も無く、音を立てず地面に降り立ったのはギーマがよく覚えのあるポケモンだった。ギーマは、自分の口元が緩んでいることに気づきはしたが、それを抑えることは出来なかった。

「やぁ、スイクン。久しぶりだな」

 紫を風に靡かせ、スイクンはまさしく威風堂々といった立ち姿でギーマを見つめた。このスイクンとは、知り合い、といったところだろうか、"彼女"を巡る間柄でいえばあまり良い関係とはいえないかな、とギーマは思った。その証拠に、ギーマを見つめるその視線は決して暖かさも親しみも感じられないものである。それでも計算すれば約半年ぶりの再会となるわけで、煙草を灰皿に押し付けた。

「シズカも」
「……そんな、スイクンのおまけみたいな言い方しないでよ」
「君がそんなところに隠れているからだろ。見えなかったんだ、怒らないでくれ」

 彼女__シズカは、スイクンの背中に埋もれていた身体を起こすとひらりとその場に降り立った。

「こっちは寒いわ」
「そんな薄着で来るからだ」
「ホウエンは暖かかったのよ……」
「一度家に戻ってダウンでも着てくれば良かったじゃないか」

 ギーマは分かっている。彼女が、家に寄る時間も惜しんで、こんな時間にも関わらずここへ来た理由を。しかしいつもの通りそれらを全て見透かした上で、意地の悪い物言いをする。顔を横に背けて黙ってしまったシズカは大変可愛らしく、それはギーマの加虐欲を一気に湧き上がらせ、約半年も姿を見せなかった代償としては充分に思えた。
 ギーマは自分のいつも巻いているマフラーを外すと、それをシズカの首に巻きつけた。

「あ、ありがとう」
「どうやら君は俺にものすごく会いたかったようだからな」
「っ、!」
「図星だろ?」

 からかうような口調で言うと、シズカは頬を真っ赤にして、ギーマの手に触れた。この寒空の下、長時間スイクンの背に乗っていたシズカの指は氷タイプのように冷たく、ギーマの手の温度をゆっくりと奪っていった。ようやくシズカがギーマを見上げた。

「なんで、ここにいたの? こんなに寒いのに」
「なんとなく君が来る予感がしたんでね」
「嘘!?」
「ああ、嘘だよ。なんとなく一服しに出ただけだ」
「……もう。すぐ嘘つくんだから」
「勝負師が正直者でどうする」
「屁理屈ばっかり!」

 宣言するように叫んだシズカは、ギーマから離れて、ずっと直立不動で鳴き声一つあげないスイクンの元へ走り寄った。主人に忠実すぎる、と相談をされたことがあるほど、そのスイクンはシズカに忠実だった。付け加えるならば、シズカに"だけ"忠実だった。もっと自由にバトルを楽しんだり遊んだりして欲しいんだけど、と言うシズカの横で、ギーマは主人以外にはそうではないということを知らない当の本人に呆れたものだ。

 (ポケモンのくせにチョロネコ被りしやがって)

 シズカから与えられる木の実を大人しく頬張るスイクンが、ギーマには面白くない。なんせ時折そのポーカーフェイスを崩し、勝ち誇ったような視線を向けるのである。
 ギーマにも勝負師としてのプライドはあった。
 そう、彼はポケモンにしてもそれ以外でも、負けることが嫌いなのだから。

「シズカ」
「なぁに?」

 スイクンに向いていた意識を、自分へ戻すことにギーマは成功した。
 振り返ったシズカの頬はヒメリのように赤い。それは寒さの所為なのか、それとも……。

「おいで。俺だって寂しかったんだ」

 彼女を迎え入れるために手を広げ、口を衝いて出た言葉に、ギーマは自分でも驚いた。「寂しかった」。
 そうか俺は寂しかったのか。
 シズカは一瞬泣きそうな顔になり、それを隠すようにギーマの腕の中へ飛び込んだ。ギーマは強く強く抱きとめ、半年ぶりの彼女の温もりを、身体に刻んでいた。冬の夜の出来事である。

「ただいま」 
「おかえり」





「オリオンにくちづけを」 ( 20120628 )
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -