「俺が仕事に行くときはなぜか降るんだ」
「雨ですか?」
「そう。晴れを見たことがない」
「大袈裟だと思ってたのに……本当だったんだ…」
「他の奴から言われてたのか?」
「千葉さんが仕事のときは必ず雨が降るって。口を揃えて皆さん言ってました」
「それは、まあ。ただ、仕事には関係ない」 

 その時、先輩である千葉さんは細い銀フレームの眼鏡をかけていた。黒い髪がすっきり纏められていて、灰色のスーツで、これが現世に生きる女性に魅力的に見える人物像なのか、なるほど、と思ったりした。
 仕事先は、大手の会社。そこの平社員の女性。千葉さんは、そこに派遣社員として入って調査を開始するらしい。というか、もう開始して7日がたっている。
 私達の仕事は、死ぬとされている人間が、死ぬべきか、死を先延ばしにすべきか調査をする。一週間の調査が終わり、8日目、「可」を報告したならば、その人間の死を見届け、そこで仕事は終わりだ。けれど、殆どの死神はよほどのことが無い限り「可」を選ぶそうだ。時にはろくな調査もなしに「可」を報告する死神もいるらしい。
「お前はそうはなるなよ。俺は一応、仕事として真面目に取り組んでる」千葉さんはそう言っていた。

「『可』ですか?」
「…まぁそうだろうな」
「死にたいって言ってました?」
「死にたいとは言っていなかったが…ただ、貴方みたいな人がいてくれるならこの世も悪くないわ、と言っていた。俺が居る事で世の中の何が改善されるのか、全く訳が分からない」
「人間はよく分かりませんね」






 角を曲がると、そこに私達の目宛のものがあった。CDショップだ。客が入り口を出入りするたびに小刻みに入ってくる音が心地よい。それは千葉さんも同じようだった。感情の起伏が薄い彼が、うっとりと酔いしれているのが見てとれた。千葉さんの後ろについてそのまま店内へと足を進めた。

 途端に様々な彩りの音が流れてきて、私はクラクラと眩暈がするような気分だった。これが、音楽か、と。仕事から帰ってくる先輩方は皆、私にミュージックがどれだけ素晴らしいかをありありと語った。じゃず、とか、くらしっく、とか、ろっくばんど、とかそういう言葉が飛び交う話題をしている先輩方はいつもより数倍明るい。(この明るいというのは、電球とかの意味ではなく、声が弾んでいたり気分が良かったりするときを指すらしい)(私は若干人間の表現を勉強したりもしているのだ!)

「視聴はあそこだ。やり方は分かるか?」
 千葉さんは既に、私への説明より自分が早く聞きたいという声色をしていた。
「このボタンですか?」
「そうだ。それを頭にはめろ」
「こうですね」

 返事は無く、千葉さんは既に私の隣で私と同じものを頭にはめていた。私も倣ってボタンを押した。すると音が流れてきて、その声とメロディーは私の脳を痺れさせる様な感覚だった。これは、凄く、癖になりそうだ。成る程、先輩方がよってたかってCDショップに集まる理由が分かった気がした。





「今日はどうするつもりなんだ?」
「帰りますよ」
「上にか?」
「そうです」

 まだミュージックの高揚感は残っていた。

「折角だから明日も見届けないか。もう二、三軒CDショップを案内してやるから」

 そして千葉さんも。

 普段別段厳しい人、というわけではないが、それでもこんな親切を言う人ではなかった。そもそも死神に情はない。ただ死を見届ける存在だけにそんなものはいらない。
しかしミュージックという存在は死神にそういう優しさをくれたらしい。(ミュージックが手渡しで"優しさ"をくれたわけじゃない)(これも人間の使い方だ)

「じゃあ、千葉さんはどこに寝泊りしてるんですか?」
「近くのマンションだ。別に必要というわけではないが、会社を出た後マンションに帰ったほうが自然らしい」
 千葉さんは訝しげだった。
「私達は睡眠も要らないですもんね」
 と、ふと、雨がゆっくり上がっていった。
「珍しいな、雨が止んだ」
「ねぇ、本当に」
「もしかしたらシズカは晴女かもしれないな」
 千葉さんが、耳慣れない言葉を口にした。
「シズカ? 晴女?」
「晴女というのは、なにかするたびに天気を晴らす女のことだ。雪男も同じ類だ。雪を降らす」
「では、千葉さんは雨男ですか?」
「そうと言えるらしい。で、シズカっていうのはお前の名前だろう? 聞いてなかったのか?」
「ああ、そうか、そういえばそんな風に呼ばれた気がします」と言うと、千葉さんは呆れたような溜息を出した。
 
 私達は姿かたちも自由に変わる。ただ、名前だけは与えられたものがある。管理上の記号のようなもの、と言われた。



 千葉さんの携帯が鳴って、監視部の方だとすぐ分かった。先ほど提出された書類には「可」とついていた。こうして人間の死を決めることになんの意味があるのだろう。そう思ったがそれはすぐに取り下げた。人間にとっては生も死も、どうやら大事なものであるらしいのだ。だからそれを決める私達は、死「神」なんて呼ばれたりするのかな、と思ったりした。



( 065 peculiar feeling )
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