「琥太にぃ」
「郁。急にどうしたんだ、久しぶりだな」

 実習期間が終わり、郁は学園を去った。涙で顔をくしゃくしゃにした直獅はまだ記憶に新しい。それなのに、どうしてまたここに戻ってきたんだか。相変わらず綺麗な顔をした幼馴染は、慣れた仕草でソファに腰掛けた。

「別に寂しくて戻ってきたわけじゃないよ」
「じゃあどうしたんだ?」
「…今日はあの子いないの?」
「あの子…? ああシズカか」
「ふーん…シズカ呼びねぇ」

 にやり、そんな効果音がつきそうな厭らしい笑顔。昔は可愛いもんだったんだがな…と思ってみるも、自分がやけに年寄り臭く感じてやめた。
 いつだったかアイツにも言われたことがあった。『星月先生は、少し年寄り臭いところがありますよね』
 その時はいつものように茶化して、逆に皮肉を言って見せたものだが、あながち間違いではなかったのかもしれない。

「……アイツのことは関係ないだろ。俺は忙しいんだ」
「それが、あながち関係なくもないんだよね」
「どういうことだ、郁」
「琥太にぃ、顔が怖いよ」
「誤魔化すな。……まさかとは思うがアイツになにかしたんじゃ」
「ちょっと、琥太にぃらしくないよ、変な言いがかりは止めて。
……あのさ、実は今彼女がいるんだよね」
「彼女? 取り巻きの間違いじゃないのか?」

 手帳を苦い顔で見つめる郁の姿は幾度も見てきたし、電話越しに怒鳴るその声も、寧ろ慣れたくらいだった。郁の周りにはいつだって女が居て、そしてそれは決して彼女とは呼べない関係だったと記憶している。"恋愛はゲーム"なんて持論を持っている馬鹿は、彼女なんて作れるはずがないと…。

「琥太にぃもひどいなぁ。れっきとした彼女だよ、かーのーじょ。しかも、もうその子以外は誰とも遊んでないよ」
「それをわざわざ言いに来たのか?」
「だから、それが、
不思議なことにさ、ああもうあの子には言ったんだけど。
琥太にぃと、あの子を見ててさ。
あの日、雨の中、琥太にぃを待ち続けたあの子を見て、
まぁ、恋愛持論が変わったっていうか?
お試し期間みたいな?」
「なにがだ?」
「っだから……僕も、琥太にぃみたいに、なってみたいってこと!」


 城のドアが開いた。躊躇いも無く入ってきた足がぴたりと止まる。郁の姿を見つけたからだろう。

「おおシズカ…郁が来てるからな、今日は3人分あのマズイ茶を頼む」
「ええ、僕いらないよ?」
「だったら俺が二杯飲む。ほら、早く」


マズイの連発に怒るアイツの姿を郁は眺めていた。自分が、どんな顔で、眺めているのか分かっているのか。だが、シズカだけはやらない。
例えそんな孤独な眼をしていても。


( ひとりぼっちの狼 )
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