『絶望とは死にいたる病である。自己の内なるこの病は、永遠に死ぬことであり、死ぬべくして死ねないことである。それは死を死ぬことである』( セーレン・キェルケゴール )





 彼とは高校の国際ロボット大会の頃から知りあいであるけど、その頃から彼は口数が少なめな人だったけれど、最近はもう全然喋らない。命令に従い、淡々とモスカを弄繰り回すだけ。別に技術者としては申し分ないし、悪いわけではないのだけれど、彼の人間性というものをちょっと疑ってしまう。それこそまるでモスカが自分の分身であるように彼は扱い、愛でている。前、二、三年前だっただろうか。その頃は、彼はもう少し人間らしさを匂わせていたと思う。さてここでその頃と今を比較して見ると、違う部分というものは実に分かりやすい。

 それは、彼にモスカではない恋人がいたか、いないかの違いである。

 彼、スパナの恋人、ミルフィオーレの優秀な技術者だったシズカ。
 スパナがシズカを見る目は誰よりも優しかった。

 どう観たって、互いに好き合っていた二人は、シズカの事故死ということで幕を閉じた。スパナはその時、丁度外国で別の仕事をしていた。だから、彼がシズカに会えたのはシズカの死後三日。

 変わるのも、無理はないといえば、ないが。




・ ・ ・



「今度は何処に出張?」
「なんか、どっかの、島」
「島!? いいなあ。島って、海に囲まれてるんでしょ? あたし海行ったことないの」
「嘘。行ったじゃん。ジャッポーネの海」
「あんな汚れてるの海って言わないもーん。それにずっと前に行ったじゃん。覚えてないよ」
「じゃあ、ウチが出張から帰ってきたら、連れてってやる。それでいい?」
「うん!」


( どうしてだろうか。どうして彼女が死ななくてはいけなかったのだろうか。そりゃ、彼女の発明した兵器で死んだ人は沢山居て、彼女はそれを償うべきだった。でも、マフィアなんてみんな殺す為に罪を背負う為に存在してる。だからみんなそう。正一もボスも、勿論ウチだってそうなのに。シズカ。シズカ。シズカ )

「海、連れて行くって、約束。したのに。どうして、眠ったままなの。ねぇシズカ。ウチは一人で行きたくないよ。二人で行くんだろ?」




・ ・ ・




「入江様、またスパナがいないようですが……」
「また外に行ってるんじゃないのかい。くだらないことで起こさないでよ。もう」
「し、失礼しました」

 そしてシズカが死んでからスパナの変わった部分は、今まで月に一度備品の買出しと任務でしか外に出ていなかったスパナがふらふらと外に出るようになったこと。最近は本当によく出ている。どこに行くのかと聴けば、決まって「海」と答えた。その時、あの頃と寸分違わない目をしたスパナを見て、ああそういえばシズカはよく海に行ってみたいと言っていたななんて今更思い出した。スパナの時間は、あの日止まったままなのだ。彼女がいない世界など、彼にとってはもうなにもかもが色褪せて、口を利かない機械に打ち込んでいるのだ、消えようもない怒りを。そうするほかに、何が出来よう、愛する人を亡くした絶望の中で。


( 20120414 )


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