シズカからメールが届いていることに気づき、慌てて階段を駆け下りた。
 ペットボトルの中のお茶が泡塗れになっているのも気にせず、息が荒いまま到着した俺を見つけて、シズカがくすくすと笑う。良かった、まだ将棋会館(ここ)に着いたばかりのようだ。
 しかし、彼女からのその視線は男たちの背中によって遮られた。

「あ、シズカちゃんだー! 久しぶりじゃん」
「シズカちゃん、良かったらご飯行こうよ」
「あっ、お前ずりーよ抜け駆けだぞ!」
「シズカさん、俺、美味い蕎麦屋見つけて……」
「お前それどーせ俺たちと見つけた店だろ!」
「ていうかシズカちゃん、アドレス教えてよー」

 若い棋士たちに囲まれ、あっという間にシズカの姿が見えなくなる。
 棋士であるからして、そしてこの場所に居ることを許されていることからして、根は真面目でちゃんとした若者であることは確かなのだけれど。若い女性の棋士が少なく、出会いも望めないこの世界。彼女がターゲットにされてしまうのも、無理はないのだろう。

「えっと……その、」

 シズカの小さな声が、聞こえた。
 困ったように笑う姿が、目に浮かぶ。



 自然と、脳は命令をくだしていた。

「……すまん、ちょっと退いてくれ」
「あ、島田さ…………え?」

 人の輪を無理やりこじ開け、シズカの元へ歩いた。


 そして、彼女の華奢な顎を持ち上げ、唇を塞ぐ。


 口がポカンと開いたままの、若い輩。
 顔を真っ赤にさせる、シズカ。
 
「……か、開さん」
「つい、な。抑えが効かなかった。すまん。でも、良い薬になったろ? なぁ? そういうことだ、君たち」

 ギロリと睨みつけると、こくこくと激しく頷く彼ら。
 シズカの真っ赤になった頬が可愛らしくて、俺はとても、気分が良かった。





 ___会長たちに、からかわれるまでは! 





(しーまーだー、ロビーでキスしてたって〜? ずいぶんと見せ付けてくれるじゃない)(ヘタレのお前にまさかそんな度胸があったとはな〜!)(うっさいですってば!)



( 20120402 )
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