「お前はミュージックを愛するか?」
 堂々と千葉さんが呟いた。堂々と呟く、というのは変な表現だけれど、それでもこの人は言う、より呟く、の方が正しい喋り方をしている気がした。
「難しい問題ですね」 私は珈琲を啜りつつ答えた。
「何故だ?」千葉さんは訝しげだ。「ミュージックを好まない同僚など聞いたことがない」
「だったらどうして質問したんですか?」
「それは、気になったからだ、お前は図書館にいただろう」
「はぁ、まぁ、そうですね」 頭の中に今日の午前が浮かんだ。「でもそれは、普通に仕事だったから」
「図書館に行く男なのか?」
「今日の千葉さんは変ですね。別に、男って決まっているわけではないし、たまたまその人が図書館に入ったのを私が尾けただけかもしれないのに」 本当に、可笑しかった。珈琲を啜った。うん、私達には味覚は必要ないから、これが美味しいのかどうかも理解できない。「というか、千葉さんは始め、音楽を愛するか、ってきいたじゃないですか」
「それがどうかしたか?」 今の千葉さんの姿は、ごく普通の会社員らしい。まだ会社にいるはずのこの夕方に、喫茶店にいるのは考えれば傍目から見て可笑しいのだな、と思った。
「"愛する"ってなんですか?」ぴしり。千葉さんの表情が固まる。

「本当に、人間の言葉ってやつは、難しいですよ。かといって、神様の言葉が、分かるわけでもないんでしょうけど」
私は溜息をついた。店の中にやけに陽気なジャズが流れている。




「来ないのよ」 困ったような顔をする、いや実際に困ってるであろうこの女性は、私の今の仕事先である会社の、上司だった。
「何のことですか?」
「それが、派遣社員が九時ごろ来るって連絡があったのに」
「ああ、成る程」
「千葉っていう青年で、」そこで、タイミングを図ったようにオフィスに人が来た。彼女は説明する理由はなくなった、とでもいうようにぴったり言葉を切り、勿論見慣れないダークグレーのスーツの青年の下へ駆け寄った。隣には、ここまで案内したのだろう。確か一つ上の階の部署に勤めていた女性が立っていた。
 可笑しなことに、その女性はうっとりとした目で、その派遣社員を見つめている。さながら未知なるものに眼を光らせる子供のように。その玩具は、危険であるかもしれないのに。
「赤坂さん」
「はい」
「派遣の千葉君よ」 紹介されなくとも、勿論分かっていた。その名前からして。最も千葉という苗字は少なくもなく、上に、姿はごく普通の会社員より、恐らくワンランク上の美丈夫であることが見て取れた。だがなにより、この男は同僚であると、すぐにでも分かるものだ。それが私達ってやつだ。
 相手もそれは気づいたようで、
「千葉君、シズカさんよ。作業とかで分からないことがあったら、シズカさんにね」
「は、い」
 返事こそしっかりしているものの、それなりに驚いてはいるようだった。なんせ、今日は彼お得意の"雨"が降っていないのだ。



( Rockin'on for the hell )
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