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関心15


「あの男がクリスタルを手に入れた」
「……ほう、それはまた。ご愁傷様なこって」

ノックもせずに人の部屋へと入ってくるとは相変わらず不躾なヤツだとジェクトは思う。
しかしそれも今や手馴れたもの。
まぁ座れや、と自室のソファへと促すのは極自然の振る舞いだ。
以前はセフィロスに纏わりついていた少女11とこうしてよく席を共にしていたものだが、あの一件以来彼女の姿をジェクトは見ていなかった。
その11と替わるようにして自室へと訪れてくるようになったのがセフィロスだ。
11ほど頻度は高くはないが、時々姿を現す。
何を話すでもなく嗜み程度にジェクトの酒に付き合ってくれるのだが、ひとり酒を常としていたジェクトにとっては一方的な他愛のない話でも聞き手がいるというものはどこか楽しい。
こうやって酒を交す場を設ける事など混沌陣営において有りえない事だと思っていたから尚更だ。

ジェクトの話の内容はといえば、カオスの面々の動向やら、調和の者たちの行方。
次元の絡み合う当所も無い広さを抱える異界とはいえ、さしたる楽しみもないのだから話しといってもその辺りのことしかない。
それから、11の様子だ。
そう容易に吹っ切れることなど出来ない一件だったことは、男の身であるジェクトからしても存分に推察できること。
だから11が表に出て来れないのも当然のことだと思ってはいる。
そしてあれだけジェクトに懐き、またジェクト自身も11を少なからず可愛がっていたのだから様子は大いに気になるものだ。
ジェクトから様子を見に行ってもいいのだろうが、しかし状況が状況であったのだし、さすがのジェクトも何と言って訪れたものかわからない。
となると、11の状態を知るにはセフィロスから聞き出すしかないのだ。
11の話題となると、相槌を打つだけだったセフィロスも言葉を返してきてくれるのだが…。
それよりもまず今ジェクトが気になっていることは、部屋に訪れるなり開口一番に告げたセフィロスの言葉だった。
クリスタルのことなど気にも留めていないと思っていたセフィロスからその言葉が出てくるなんて意外にも程がある。

「ってことは、あのツンツン小僧にやられた…てことか」

ソファの前にあるテーブルにグラスを置きながらジェクトはセフィロスを見やった。
戦いによる体力の消耗は窺えるものの、それによって負った傷は疲労具合に比べて少ないものだ。
その少ない傷をセフィロスは自身の魔力で癒しを施している。
みるみるうちに癒えていく傷を目にジェクトは頭を傾げた。
瞬時に治癒されていくほど魔力は有り余っている。
それならば、まだ戦う力は残っているはずだろう。
なのに、やられた、とはどういうことだろうか。
それも相手の手にクリスタルを齎す結果に終わったとは。

「おまえさんらしくねぇな。手でも抜いたのか?」

そうジェクトが尋ねると、セフィロスからは 「どうだろうな」 と素っ気ない一言だけが返ってきた。
曖昧な返事だと思う。
全力で戦った結果なら男らしく素直に負けを認めるべきだろうし、そうでないのならなんでわざわざ手を抜いたりする必要があるのだろうか。
そもそも執拗に追い求めていた相手だろうに。
しかし聞いたところでこの男から確たる応えは返ってこないだろうし、問い詰める気もジェクトにはさらさら無い。
曖昧な返事ながらも、悔いた様子は見せていないうえに、どちらかといえば穏やかな雰囲気を醸し出している。
ならばセフィロスにとってはそれでいいというところなのだろう。
ジェクトが余計な詮索をする必要もないということだ。
グラスに酒を注ぎ、ジェクトもテーブルを挟んで対面に位置する椅子に腰掛けた。

「で。11の傷はどうだ?」

以前聞いた時には身体に負った傷は大分癒えてきていると言っていたが、その後の経過は良好なのだろうか。
誰かの手当てをすることなど無縁にも思えるセフィロスに、基本的な処置を教えたのはジェクト自身である。
大の大人が知らないということはないだろうが、一応の確認の意を含めてのものだ。
傷口は常に清潔を保って、包帯はこまめに替えてやる。
たったこれだけのことだが、少し良くなってきたからといってこれを怠っては良くなるものも台無しになってしまうのだから大事なことだ。

「包帯はもう必要ない」
「おお、そうか…」

セフィロスの手当てを疑っていたわけではないが、ジェクトは安堵に胸を撫で下ろす。
たいした傷ではなかったとはいえ、完治するまでに時間がかかってしまっては思い出したくなくても思い出してしまうものだろう。
それが体だけではなく、精神的にも被害の及ぶ出来事だったのだから尚の事だ。
だがひとまず怪我の経過が順調なのは喜ばしい。
問題は精神的なものだ。
こればかりは治療でどうこうできるものではなく、ジェクトもセフィロスに尋ねるのに毎回躊躇してしまうところである。
さて、今回はどう話を持っていこうかと思考を巡らせながらジェクトはグラスに口をつけた。
様子を聞こうとすると、どうにも保護した時の11を思い出してしまうのだ。
強がりなのかなんなのか、泣きたいはずだろうに泣きもしないで。
あの顔が頭を過るたびに胸の奥に釈然としない重いものが煮えたぎってくるのだが…。

「随分と、明るくなっている」

以前とそれほど変わりはなくなってきているぞ、とセフィロスが口を開いた。
その言葉にジェクトは目を瞬かせてセフィロスの顔を見やる。

「聞きたかったことだろう」
「あぁ、まぁそりゃそうなんだが…」

この男から察してくるなんて珍しいと思いつつ、ジェクトはもう一口酒を口へと運んだ。

「まるで親のようだな、ジェクト。嫁いだ先の娘を案じてるかのようだ」

そう紡いだセフィロスの言葉に、喉を通るアルコールが少しばかり気管に入り込みジェクトは盛大に咳き込んだ。
一体いきなり何を言い出すというのかこの男は。
人が真剣に11の身を案じているというのに。
だが一方、親、と言われたことに対しては悪い気はしない。
ジェクト自身の息子と同い年であるのだし、娘を見守るような心境であったのは確かなのだし。

「おまえ自身の息子の身も案じてやったらどうだ」
「は?何をいきなり」
「クリスタル」

セフィロスは言葉を続ける。
クリスタルなど微塵も興味はないが、それを利用しようとしている者がこの混沌の中にいる。
それが誰かはあえて言わないが、セフィロス自身にとってはクリスタルがどうなろうが関心のないことでありその結果もどうでもいい。
あの男との決着がつけられるのならば、何もこの異界に拘る必要もないのだ。

「くだらない戯言に付き合うことほど愚かな事もないだろう」

その枷から解き放たれた今、随分と楽になったものだとセフィロスが言う。

「枷…ねぇ」

そうジェクトは顎鬚をなぞる。
何が切欠となってクリスタルが出現するのかまではわからないが、対峙する者同士がその鍵を握っているらしいことくらいはジェクトも理解している。
ジェクト自身にとっての相手は己の息子だ。
親としては少しばかり苦い思いを抱えてしまうものだが……。
確かに誰かにいいように扱われているのは気分は良くない。
が、それはそれ、だ。
あの泣き虫のことだから、真っ直ぐに自分に向ってくるだろう。
何者かの思惑の渦中にあるとは知らずに。
だが、ジェクトにとっては枷やら思惑とかはどうでもいい。
向ってくるのなら、それを受けとめてやるのが親である自分の役目なのだから、その日が来るまで焦る事はない。

「ま、頭の隅の方にでも入れとくわ」

そうジェクトは一息にグラスを空にした。

「しっかしまぁ、あの小娘さんはあれか。思ったよりも思い悩んでないようで何よりだな」

空元気なのかもしれないが、塞ぎこんでしまうよりはずっといいとジェクトが苦笑を零す。
近々時間を見て、見舞いにでも行ってみるかと思っているジェクトを余所に、セフィロスがソファから立ち上がった。
どうやら11の待つ神殿へと戻るようだ。
グラスには口ひとつ付けていないところを見ると、傷の手当てのために立ち寄っただけらしい。
それとクリスタルについての忠告も、だろうか。
どちらが主だった目的だったのかはわからないが。

部屋から出て行こうとドアの前に立つセフィロスにジェクトは 「また来いよ」 と声をかけた。
セフィロスがこの部屋に訪れるようになってからの習慣だ。
声をかけたところで返事などは返ってこないのだが。
しかし今日は違った。
ジェクトの声にセフィロスが振り返ってきた。

「お?どーした?」

意外な行動に思わず素っ頓狂な声音が漏れる。

「ひとつ、言っておくのを忘れていた」
「ん?」
「11だが、お前の懸念していた事態には陥ってはいなかった」

それを知ることができたから明るさも戻ってきたのだろう、とセフィロスが紡いだ。
ジェクトの目が驚きに見開かれる。

「おまえ、それって…」
「さぁ。どうだろうな」

好きに思えばいいんじゃないのか。
薄い笑みと共にそんな台詞を後に残し、セフィロスは部屋を後にした。
残ったのは当然ながら部屋の主であるジェクトだけ。
ジェクトは力なくテーブルに突っ伏して、それから大きく息を吐いた。

心配していた皇帝による強行的な行為は、11の身には降りかかっていなかったのだ。
それを知ることが出来ただけでもジェクトの胸の錘が軽くなる。
それならば当人である11も、それこそジェクトの比ではないくらいに蟠りから解放されたことだろう。
良かった、と心の底から思う。
そしてそれと同時に、知ることができた経緯についての疑問が頭に浮かんだ。
しかし、ジェクトはすぐにその疑問を振り払った。
またしても ”どうだろう” という曖昧な返事に続いたセフィロスの言葉を思い返せば、概ねジェクトの思っていることとさして変わりはないことが、あのふたりの間にあったのだろうことは想像に容易い。

(つーことは、あの野郎、不能ってわけでもなかった…ってことか)

などと、気が楽になった途端にくだらない下世話な思考が浮かんできてしまうとは、とジェクトは苦笑を漏らした。

屈辱的な目に合った事実は変わることはない。
そしてそう易々と記憶の彼方に追いやることなんて出来るわけもないだろう。
しかし、11の願いがようやく実ったこともまた変わりのない事実だ。
この異界において、破壊だのなんだのと物騒なことを仕掛ける混沌の陣営に属していても、些細な幸せくらいあったって悪くはない。
それが娘とも思える小娘のことなら尚の事。

「ま、良かったじゃねーか」

誰に聞かせるでもなく、自然にジェクトの口からそんな言葉が吐かれた。

-終-

2011/2/5




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