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厄災その4

静まり返った寝室にて寝具へと横たわる。
人の喧騒を離れたひとりだけの空間は、甚く落ち着くものだ。
人だまりを嫌っているわけではない。
あれはあれで有意義な一時ではある。
ただ、心を鎮めるのにはひとりの時間が望ましい。
精神を研ぎ澄ませ、魔力の安定を図る重要な一時。
とはいっても必ずしも静寂を必要とするわけではない。
若い頃には少しの物音にも過敏になっていたものだが、この数年の間に、ちょっとやそっとの物音ごときで精神を乱されることなどはなくなった。
家に戻れば幼いあの子が何かと忙しなく動き回っていたのだから、それに慣れたのもあるのだろう。

反乱軍の拠点としているあの地を離れ、早二月は経つ。
元気に過しているだろうか。
また突拍子もないことを口にして、誰かを困らせたりしていないだろうか。
だが、それはそれで多々牽制になるのだからこちらとしてはある意味安心していられるのもなのだが…。
目を瞑り、思い浮かべる。
見送ってくれた時の、心許無そうな面立ち。
任務だとわかっているから決して不満は口にしない。
そもそも自分に対して不満を漏らす事などはあり得ないことだけれど、長旅になると告げたあの日から口数が減っていた事がせめてもの抵抗といったところだろう。
なんとも意地らしいことではないだろうか。
そうして帰郷した時にはとても嬉しそうに出向えくれてくれるのだから、本当に、良い娘に育ってくれたと思う。

ふと、耳に入ってきた雨音に目を開く。
窓を打つ数は次第に増えていき、遠くの方では雷鳴が聞こえる。
空が荒れるのだろう、窓打つ音が徐々に強まってきた。
帳越しに一瞬の閃光を捕えた後、少しの間を置いて重い音が落ちてくる。
こんな夜は、あの子の肌が恋しい。

どういうわけか、幼い頃よりあの子は雷を苦手としていた。
風も伴う暴雨の日なんかは、よく泣き喚いていたものだ。
そんな時はいつも自分の寝室へと駆け込んできていた。
溢れんばかりの涙を浮かべて寝具へと潜り込み、震える体で抱きついてくる様は可愛く愛しいもの。
年頃となった今では泣きこそしないものの雷に対する不安は変わらないらしく、不穏な天候の夜には相変わらずに自分の寝具へと乗り込んでくる。
温かく柔らかな姿態は抱き心地よく腕に収まり、仄かに香る少女特有の甘い匂いは僅かばかりに心を燻らせる。
もちろんあの子がこちらの高まりを知ることは無い。
親としての親愛を寄せられているからこその特権なのだということも承知している。
それに甘んじて、大人へと成長してきているあの子を窘めることなく、頻度は低いものの未だ寝具を同じくしている自分を知ったら周りはどう思うだろうか。
城仕えともある魔導士が幼い頃から育ててきたとはいえ血の繋がらない娘と寝ているだなんて、正気の沙汰ではないと訝るだろうか。
それとも挨拶として交わしている口付けのように、見慣れた当然の習慣として受け入れてくれるだろうか。

人が自分をどう思おうとも一向に構いはしない。
しかし、あの子を哀れむような思いを他人には抱かせたくない。
だからあの子がおかしな目で見られぬよう、時には女性と肌を重ねることもある。
成人たる男として正常を演じているに過ぎないが、結果それがあの子への食指を留まらせているのはなんとも皮肉な話だ。
柔肌に触れる手も、熱い窪みに自身を纏わりつかせても、頭の隅にはあの子の姿を思い浮かべている。
愛らしい声音を震わせて自分の名を呼び、身を捩り、果てるまで。

自分のものにしてしまうことは、容易なことだ。
あの子は自分には従順で、嫌がることはないのだから。
寝具へと押しやって、深くへと口付けて、大きいとは言い難い胸はきっと触り心地の良いものだろう。
触れられる事に敏感なところも堪らない。
不意をついて漏れ出す声を押し殺すことなく聞かせて欲しい。
悦びも、苦痛も、自分が齎したいと思う欲望は底を尽きることはない。
従順とはいえ、こんな想いを自分が抱いていると知ったらあの子はどう思うだろうか。
卑しい欲が下腹部に熱を齎している。
その熱を解放するべくに、あの子の淫らな姿を思い描き自身で処理をしているなどと、充分に侮蔑するに値する行為だ。
それを理解しながらも手は止まらない。
先走る液を潤滑として、静かな部屋に響く音。
想いが昂ぶる程に下腹部もそれに呼応する。
嫌な欲だとは思うが、男である以上いた仕方のない現象だ。
荒くなる息を後悔するのは、この欲を発散してからでいい。
今はただ一心に高みを望むだけ。

「……11…」

あの子に注ぎたい体液は、虚しくも己の手へと到達を果たす。
幾ら吐き出しても満たされる事のない欲。
これから、この先もずっと、この醜い感情をあの子に悟られずに過ごす事はできるのだろうか。
育ての親、という立場を失ってしまったら。
……間違いは、起こしてはならない。

幸いにもあの子の傍にはあの青年がいる。
自分の異常性をそれとなく察しているような青年の気配は、自分の正常性を保ってくれている貴重な一因だ。
そんな青年に自分は信頼を寄せている。
いつか然るべき時が来るとするのなら、彼になら任せてもいいと思えるほどにだ。
まぁ、まだあの子を手放す気は微塵もないのだが……。

心が落ち着いてくると、外の荒れ模様が聴覚へと戻ってきた。
この雷雨がこの地にだけ降り注いでいるよう願わずにいられない。
どうか、あの子が自分の居ぬ間に不安に陥る事のないよう。
傲慢で不純な自分の祈りは、果たして天へと届くだろうか。




困った。
非常に困った。
緊急事態にもほどがある。

日中からやたらと風が強いとは思っていたが、まさかこうも荒んだ夜になるとは思わなかった。
気を抜いていたわけじゃない。
風で飛ばされてきたモノが当たっても大丈夫なように、しっかりと窓を覆うように木板を打ちつけて囲った。
しかし建て付けがあまり良くなかったらしく、板が一枚吹き飛ばされてしまっていた。
窓を破り吹き込む猛風に廊下の被害は甚だしく、面した部屋の人々が後片付けをする傍ら自分が再度板を打ち付けることとなった。
荒れ模様の空に眠気が訪れずにフラフラとアジト内を徘徊していた際に通りかかっただけなのだが、自分が囲った窓ということもあって責任を感じたのもある。
さすがに夜遅く、嵐の中外へと出るのは危険だからと内側より板を取り付けた。
割れてしまった窓硝子は、明日にでも業者を呼ぶのだろう。
風が入り込まないようにと念入りな作業が終わる頃には廊下もある程度片付け終わり、後はまた明日と人々は各々の部屋へと戻って行った。

真夜中の騒動に一息吐き、そろそろ自分も寝室へと戻ろうとした時だ。
廊下の突当たりに位置する扉から、人が現れた。
部屋があるのだから誰かしら居るのは当然のことなんだが、騒々しさも治まった今、わざわざこんな真夜中に何の用事だろうかと目を向けてしまった。
あぁ、向けてしまったんだ。
真夜中にうろついていた自分が人のことを言えた義理ではないというのに。

扉から覗かせた人物は、馴染みのある顔だった。
あそこが彼女の部屋だったのかと思うも、あの騒々しさを避け今更何を思って出てきたのだろうかと思わず息を吐く。
少しは皆の手伝いでもという気持ちはないのかと、深夜にも関わらずに一言告げに近づいて行ってしまった自分が今となっては恨めしい。
11に近づくなり、抱きつかれた。

急な行動に驚き、慌てながらも11を引き離そうと手をかける。
しかし一体どこからそんな力が湧いてくるのか、引き離そうとも11の体は離れない。
まごまごと何とかしようと試みているうちに聞こえてきた誰かの足音。
なんだってこんな夜遅くにと焦ってみたところで、足音はどんどんとこちらへと近づいて来る。
とりあえず、わかることはただひとつだ。
この状況を誰かに目撃されるのはヤバイ。
あらぬ誤解を生むのは勘弁だ。
そう思い、咄嗟に11ごと部屋の中へと押し入った。
扉を締め切り、背中を預ける。
それでも11は変わらず抱きついたまま。

「おい、11」

頭を軽く叩いてみても、顔を上げてこない。
困った。
どうしたもんだろうか、これは。
部屋の中は真っ暗で見難く、見知った室内とは違いヘタに動き回ることもできない。
11は離れるどころか一層ギュウギュウと顔を押し付けてくるばかりだし。
どう引き剥がそうかと困惑の中頭を捻っていると、体に響くほどの轟音が近くに聞こえた。
建物近くのどこかに、雷が落ちたのかもしれない。
一瞬心臓が跳ねたがそれは11も同じだったらしく、抱きついている腕に力が篭った。
まるで恐怖に怯えているような、体に来る震えを堪えているような……。

「……11」

もしかして、と目を落とす。
胸元に押し付けているから顔は見えないが、なんとなく必至な様子は窺えた。
普段あんなにも横柄な11が雷を苦手としているだなんて、意外にも程があるんだが。

「雷、怖いのか?」

そう聞くと、少し間を置き首を振ってきた。
どうしてこんな時にまで無駄に意地を張るんだろうか。
怖いなら怖いと素直に認めたらいいというのに。
そもそも違うと言うのなら、なんでこうも抱きつく必要があるのかという話になる。

「じゃあ、顔くらい上げたらどうだ」

こういったことに慣れていない自分は、図らずも鼓動が高鳴ってしまっている。
それがこの11相手でもだ。
早打つ鼓動を悟られないためにも、せめて顔だけでも放したい。
そう顔に手をかけて放そうと試みてみたら、体を引き離そうとしたのと違い、案外すんなりと上を向かせることができた。

「…あっ、あぁああな、なな何で泣いてるんだっ!?」
「だってだって……」

11が言葉を紡ぐと同じくして、再度雷の轟く音が響き渡った。
涙に赤く染まった目を大きく見開き、その目にはまたしても涙が滲み上がってきた。
もういやだと掴んだ手を振り払い胸元へと顔を埋めてくる11の様子に、すかさず背中を撫でてやる。
とりあえず気持ちを落ち着かせようと、ただ単調に。
幼い子供をあやすような仕草かもしれないが、どうしていいのかわからないのだから自分にはこれが精一杯だ。
そして、そんなことをしている自分もかなり動揺している。
何せ、不覚にも11を可愛いと思ってしまったからだ。

いや、迷惑を掛けられることが多々あるとはいえ、元々別に嫌ってなんかはいない。
黙っていればそれなりに見えるのだし、まぁ、ミンウの使いだという認識外にも見た目だけならこう異性として割と好ましい方には入っているが、それも日々の彼女の行いに薄れているものであって…。
……自分は、落ちてしまったんだろうか。
我侭で、意地っ張りで、ちょっとよくわからない思考の持ち主の泣顔に。
それともこんな暗がりの中で抱きつかれているからか?
だとしたら自分ってヤツはとんだ節操なしだと思う。

「怖いのなら、マリアの部屋に行くか?」

暗闇に慣れてきた視界に見えるのは、自分達に宛がわれている部屋よりもやや広めの空間だ。
人ひとり、怖さに怯えて過すには不向きだろう。
誰かしら傍に居た方が恐怖は紛れるものなのだし、それならば別段自分である必要もない。
それに何よりこんな雰囲気がどうにも自分には堪え難い。
そう思って告げた言葉だったのだが、11は首を振り返してきた。

あぁ、それならどうしろっていうんだ。
このまま朝までこうしているつもりか?
いくらなんでもそれはいただけないだろう。
こんな暗がりで隙間も作らないほど寄り添われて、まずこっちの身が持たなくなる。
そんな葛藤を心中繰り広げていると、11の口から弱々しい声が漏れてきた。

「匂いが…」
「匂い?」
「ミンウさまの匂い…」

ここから出てしまったら怖さの拠り所である匂いが無くなってしまうから今は出れないなんてことを告げてきた。
あぁ。ここはミンウとふたりで使用している部屋なのか。
家族だから、ということなのだろう。
どうりで他の部屋よりも広いわけだ。
しかし、広さなんてものはどうでもいい。
気になるのは11の発した事だ。

ミンウがこの場にいたとしたら、11は間違いなくミンウに抱きついていることだろう。
きっと今までもそうして来たのだろう事もふたりの日々の様子を見ていればいとも簡単に想像はつく。
だけど、やはりおかしいと思う。
抱きつくのはともかくも、怖さに怯えるよりもミンウと過すこの部屋を離れる方が心許無いだなんて、さすがに依存し過ぎだ。

「馬鹿なこと言ってないで。ほら、行くぞ」

そう11の背中を撫でていた手を放して扉へと手をかける。
すると、11の纏わりついていた腕が自分の体から離れた。

「…どうぞ。行ってください」
「11」
「フリオさん見つけたので。ちょっとからかってみただけですよ〜」

なのでお構いなく、と俯きながら目を擦る11が背を向けた。
そしてさっきよりは遠退いた雷鳴に肩を揺らして、奥にあったもうひとつの扉の向こう側へと駆け込んで行ってしまった。

廊下へと続く扉より手を放す。
それから、闇に慣れた目をもうひとつの扉へと向けた。
歩みより、静かに扉を開く。
そこにはふたつのベッドが隣同士に並んでいた。
11の篭っている片方のベッドへと近づいて行く。

どうかしている、と思う。
怖がっているとはいえこんな夜更けに寝室に足を踏み入れるだなんて、幾らなんでも不躾だと。
しかし、放っておけないと思った。
思わぬ泣顔に絆されたのはある。
ミンウに依存し過ぎている11の身を案じてしまったのもある。
でも、それとはまた違う想いが胸をざわつかせていた。
そしてそのざわつきが何なのかは……ここまできたら、認めるしかないのだろう。

「ひとりじゃ、怖いだろ」

寝具越しに11に触れると、微かに震えている感触がした。
あぁもう、本当に意地っ張りというか強がりだと言うのか。

「傍にいてやることくらいはできる。だから、泣くな」

そう宥めるように寝具上より撫でやると、11が顔を覗かせてきた。

「…本当、ですか?」

情けない面立ちでそう聞いてきた11へと頷き返す。
それから寝具へと手を差し込んで、11の手を握り締めた。

「フリオさん……」
「あー、…嫌だったか?」

こういった時は人肌恋しくなるものだろうし、かといってさっきまでのように抱きつかれるのは慣れない行為なうえに、いろいろと危ない気がして先手を打ってみたんだが。

「いえ。なんだかフリオさんが優しいなと思いまして」

ちょっとだけ嬉しいです、と珍しくも好意的な言葉を口にすると共に向けられたはにかんだ笑みが、自分の心をひどく揺さぶっているだなんて11は気付きもしないだろう。

「ミンウには、敵わないだろうけどな」

この意味を11が知る日は果たして来るのだろうか。

あの手堅い魔導士を出し抜くことなんて、自分には到底不可能かもしれない。
それでも素直な彼女を臨むことが適うというのなら、自分にとって充分に宣戦の価値はあると思う。
そしていつの日か、11がどうかこの想いを受け入れてくれるよう。
ささやかな願いを込めて、11の手を包み込む。

-end-

2011/6/3




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