DFFガラケー | ナノ




厄災その3

「あ……」

ポタと頬を打った一滴の水。
空に広がっているのは雨雲だ。
天候が思わしくないとは思っていたが、降り始めるものとは思わず雨を凌ぐモノは持ってきていない。
振り来る水滴は次第に数を増してきたが、間隔もまばらで小雨と言ったところだ。
しかし雲の厚さを見るに、雨脚が強くなってくるのも時間の問題だろう事は窺える。
それでも少し遠くの空を仰げば雲の途切れから光が射しているのが見えるし、通り雨なのだろうことは察しが付いた。
通り行く人々は雨に打たれる身を羽織物や荷物などで庇いながら足を急がせて岐路を辿っている。
自分もそうしてもいいのだろうが…戻るべき場所まではまだ距離がある。
道に面した屋台の軒下に身を滑り込ませ、一時の雨を凌がせてもらうことにした。

今日は買出しに出掛けてきていた。
とはいっても、自分の属する反乱軍のためのものではなく個人的な買い物だ。
反乱軍にて必要なものは、こんな御時勢ながらもどこかしらから手に入ってくる。
だからといって、それに甘んじて志願兵である自分たちが憚りもなく使用させてもらってばかりでは底をつくこともあっという間のことだろう。
自分たちが使ったところでほんの一部の消耗でしかないとは聞いているが、限りある物資を有効に使うべくに自分たちで賄えることはある程度自分たちでやるべきだろうと、マリアやガイ、他の仲間たちと話し合って決めたことだ。

二・三日後に、自分たちはこの街を一度出る。
現在の情勢を掴むため、だ。
何度かそうして出掛けたことはあったが、今回は少しばかり遠くの町へ赴く予定にある。
その為に道半ばに物資が切れることがないよう念には念を入れて数日前からこうして小まめに買出しに出ているのだが。
足りないモノはないだろうかと袋の中身を確認する。
買う予定だったものさえ忘れていなければそれでいいのだし、不足しているものがあれば雨が弱くなった時を見計らって商店街の方へ戻って買ってくればいい。
そう、のんびりと構えて袋の中身を確認していると、ふと何者かが目の前に立ち止まった気配がした。
少し前に目を向ければ、足が視界に入る。
それから視線を上にあげると、11が目の前に佇んでいた。

「買い物ですか?」

傘を肩に担げてそう尋ねてきた彼女にそうだと買い物袋を掲げて見せる。

「…あ〜、そういえば次、フリオさんたちでしたっけ」
「なんだ、知ってたのか?」

曲りなりにも城仕えであるのだからそういう情報が手に入るのも頷ける話だ。
だが、隠密な行動であるはずなのに情報漏えいの危機に関して果たして大丈夫なのだろうかと一抹の不安が過ぎる。
しかしそんな不安も束の間に、彼女の傍にいる人物を思い起こせばそうでもないのかと考えが至る。
自分たちとの伝達係りにと宛がわれているのだし、もちろんその辺りの話だってしていて当然のことだろうし。

「あれ。フリオさんたら、もしかして傘、忘れちゃったんですか?」
「まぁその。御覧のとおりだな」

片手に持つ荷物以外に持ち物は無く、苦笑気味にそう応えると11が傘を差し出してきた。

「どうせ帰るところは同じですし、どうぞ」

どうやら傘に入れてくれるということらしいのだが、11が目一杯腕を伸ばして傘を掲げてくれた所で、身長差のせいで傘の縁が丁度自分の頭に突き刺さってしまう位置になる。
自分が少し屈めば解決する事なのだが、しかしそれでは歩き難いうえに11の腕が疲れてしまうだろう。
となるとその後の展開的に禄でもないことが起こってしまうのはありありと想像できた。
なにしろ彼女と関わると微々たる災難に持ち込まれることがよくあるからだ。

(目にでも刺さったら敵わん……)

そう思い巡らせ、11の手から傘を受け取り自分が差して行こうと告げる。
するとそれならば荷物を持つという11の申出に早速荷物を渡してみた。
袋の中身は保存食が殆どだが、その中に入り混じって火打ち石やら研磨剤など、多少重量のかさ張るものも入っている。
重いだろうなと思っていると、案の定重いと苦情を漏らしてきた。
親切なのか不躾なのか微妙な11の匙加減に溜息を漏らしながらも、結局荷物を受け取り、傘も差して戻る事にした。



「11も、買い物か何かか?」

11があのアジトから外出しているなんて珍しいことだと思う。
いや、彼女の行動全てを把握しているわけではないのだから自分の知らない間に出かけていることも当然あるのだろうけれど、11と顔を合わせるといったらあの建物内ばかりなのだしこうして外で会う事なんて初めてだ。
なんとなく不思議な感覚が新鮮というのか。
それにしては荷物ひとつ手にしていないが。

「お使いですよ。お届けモノの」

届けて帰ってくる途中に自分を見つけたのだという。
今日は王からの預かり物をある邸宅まで届けてきたらしい。
アジトにできるくらいの建物を構えているのだから、城下町までとはいわなくてもそれなりに規模の大きい場所だとは理解している。
だから王からの賜り物なんて、さぞかし名のある貴族でも住んでいるのだろう。

「うーん、まぁ、私も詳しくは知らないんですけどね」

大人の事情ってやつがあるみたいです、と11が首を傾げてこちらを見上げてきた。
王家といえども、城は奪われ今やこの街に匿われている身である。
城を奪還するために数多の人員が各地に赴いて日夜動き回ってはいるが、それがいつ適うのかは誰もわからない現状にあって、街としてはのんびりとこの地に反乱軍を囲っているわけにもいかない。
いつ反乱軍としての素性がばれてしまうともわからないのだから。
そしてどこからか情報が漏れてしまうことを塞ぐため。
そのために土地の権力者たちに協力を仰いでいるのだという。

「確かに、ばれてしまっては今度はこの街が危なくなるな」

しかし権力者というよりも、そこに群がる下賎な者に向けての代物なのかもしれないとも思う。
戦える者がいるということは何が起こるかわからない今のこの世にあって、この街にとっても心強いことであるだろうし、わざわざ街をあげて自ら諍いを呼び込む必要はないのだから。
おそらく、王自身もその辺りを懸念してのことなのだろう。
床に伏せっている身で在らせられるのに、そこまで配慮を怠らないとは本当に立派な統治者なのだと思う。
やはり一刻も早く王都を取り戻して再起させる必要がある。
帝国に反旗を翻すにしろ、大規模な砦を持っているのといないのとでは支持する人々の意気込みも変わってくるものだろうし。
そう気持ちをあらたにしていると11がなにやら素早い動きを見せた。
突然自分の背後に周り込んできた11に何事かと振り返ろうとした途端に水飛沫が身に降りかかってきた。

「…馬車」

横を通過しようとしていた馬車が、道の窪みに嵌まって立ち往生している。
どうやらこの窪みに車輪が落ちた拍子に、貯まった水が跳ね散ったようだ。

「11」

背後より姿を現した彼女を見下ろす。
絶対にわざとだろう。
こっちに向ってくる馬車に気がついて、自分を飛沫避けに使うなんて一体何を考えているのだろうか。
どうせ気がついたのなら、一緒に避けようとかその辺りに頭を回してくれればいいというのに…あぁ、まぁ多くは望むまい。
馬車の前に押されなかっただけでもマシだと考えよう。
マリアたちが言っていたように深く考えたら負けだ。いや、何に負けるのかはわからんが。
そんな諦めの溜息を11に投げかけていると、腕を引っ張られた。
今度は何だと11に目を向けると、11が馬車を指し示した。

「動けないみたいですよ。フリオさん、ファイト〜」

そう笑顔で手を高々と掲げる11に傘と荷物を渡して、馬車の救出を手伝う。
手綱を引いていた従者が馬を引き、自分は様子を見て寄ってきた人々に入り混じって後ろから押しやると、ほどなくして窪みから脱出することができた。
馬車の小窓からの主の軽い会釈と、従者の深いお辞儀。
そうして助かった馬車はあっという間に去って行ってしまった。
一仕事を終えた人々が身を汚してしまいながらも口々に良かったと顔を綻ばせながら各々の進路に戻って行く。
そんな人々を見送って11から傘を受け取ると11が不服そうな面立ちで見やってきた。

「どうした?どこかぶつけたか?」

何もしていないのに、とは言わずに荷物も受け取ろうとしたらこれは大丈夫だと制された。
何の気紛れか、荷物は持っていってくれるらしい。

「なんか。やなカンジじゃないですか」

歩きながら11がそう不貞腐れる。

「あのご主人。馬車から降りもしなかったじゃないですか」
「窓から会釈はしてただろ」
「そうですけど」

礼を言われたくて皆が手助けをしてくれたわけではないことは11もわかっている。善意でやったことなのだと。
でも、それに甘んじて身分のある者が感謝を怠るなんてもってのほかだと11が言う。
そんな主人ではその者の下に付く従者たちだって、そのうちに愛想をつかして去って行ってしまうのではないだろうかと。
11の言いたいこともよくわかるが、そこは様々な人間がいるのだから11の仕える王家の方々と比べても仕方のないことじゃないだろうか。

「でも、やっぱりやなカンジです」

そう愚痴る11に、じゃあ日頃11に無体な扱いを受けている自分は彼女にとってどんな位置付けにあるのだろうか、と恐ろしい疑問が頭を過る。
馬車の件然り、その後の力仕事を一応は労ってくれているのか今は荷物も持ってくれているし、いまいち彼女の機微は掴み所が無い。
酷使されているかと思えば急に優しく対応してくるときもあるし…。

……ん?
酷使されてるから、少しのことでもそう感じてしまっているという可能性はないだろうか。
飴と鞭効果というのか……。
いやいやさすがにそれはないだろう。
意図してやっているのだとしたら大した者だろうが、彼女に限ってそんなあざといことなんてないない。
考えすぎだな。11はやりたいようにやっているだけだ。
それはそれで大いに問題ありだが、腹黒さを抱えていると思うよりはずっとマシだ。
…その方がずっと気が楽だ……。


「…何、してるんだ?」
「いえ、さっきの泥水。ちょっとかかっちゃったみたいで」

拭かせてもらいますね、と11の手にした布が繋がるのはこちらのマント。
汚れてしまったという手の甲を拭いている。

「お、おい、何勝手なことを…」
「え?だってフリオさん、もうたっぷり汚れてますし、いいかなって」
「それはそれ、これはこれだろっ」

放せとマントを引っ張るも、11は手放さない。
放せ、まだだ、とお互いムキになって歩き進めるものだから足元もよく見てなかったのだと思う。
地面の泥濘に足を捕られて11が威勢よくすっ転んだ。
しかしそれは11の掴んでいたマントを装着している自分も同じで、急激に体に加わった引っ張られる力に成す術も無く、受身も取れずに地面へと傾れ込んでしまった。
慌てて身を起こす。
泥水の滲んだ衣服が益々体に纏わりついて心地悪い。
それは11も同じで、気持ち悪いと文句を言いながら身を起こしてきた。

「大丈夫か?」

手を差し出し、立ち上がるのを手伝う。
真っ白な装束が、見るも無残な茶褐色に滲んでいる。

「あ〜もう、しっかり足元見てないからこんなことになるんですよ〜」
「11の方こそ人のマントで手なんか拭くから悪いんだろ」
「だいたいフリオさん、無駄に体格いいんですからちゃんと支えてください」
「無駄は余計だ無駄は。そもそもお前が急にすっ転ぶだなんて予想外もいいとこだ」

そんな11とのやりとりを、道行く人々に笑われている気がするのは気のせいか。
いや、気のせいではないらしい。
なんだか妙に生温かな視線があちらこちらから降り注がれているのは確かだ。

「と…とにかく、さっさと戻ろう。こんな格好じゃ」
「あ、でもでもほら見てください!」

食料は無事です!と11が袋を掲げる。
なんとも器用な転び方をしたものだと思う。
まぁ、保存食が泥まみれに陥る事がなかったことはとてもありがたいことなのだが。

泥被害の少なかった自身のマントを外して11に羽織らせてやる。
もう少しでアジトに到着するとはいえ、女の子が泥だらけではかわいそうだろうと思ってだ。
引きずってしまうと遠慮する11に、今更だと苦笑で返して帰路を辿る。
誇らしげに、自分の身なりよりも食料の無事を喜ぶ11に、常にこの姿勢であってくれたら好ましい限りなんだが、と思うのはおこがましい想いだろうか。

-end-

2011/1/4




[*prev] [next#]
[表紙へ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -