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厄災その2

「お願いがあるんですけど」

狩りから帰ってきて、捕獲した食材となる獣たちを厨房へと渡してきたところに11がそう声をかけてきた。

仕留める時にかかった獣の体液。
アジトまで運ぶために縛り上げるのにも獣の体を抱え込んだりするから衣服に随分と染み込んでいる。
狩りに慣れている自分ですら嫌な臭いを纏っているものだと思うのだから、城仕えなうえ、そんなこととは無縁の11にも当然当てはまる事だろう。
現に今、鼻を摘み、不快そうな面立ちでこちらを見上げいる。
仕方のないこととはいえ、それが人にモノを頼む時の態度だろうか、と少しの苛立ちを覚えながら着替えて来ようかと一応の気の配りを見せてみたものの、このままで構わないと制してきた。
それならそんな態度を少しは配慮したらどうかと思いながら彼女の話に耳を向ける。

「短剣の使い方、教えてくれませんか?」
「短剣?」

そう尋ね返して、11の姿を見下ろす。
いかにも筋肉の付いてないような薄い体つきに、身に纏うのは真っ白な衣服。
ミンウの下で修行中なのだと聞いているし、そうなると魔法を専門に扱う魔導士の卵と言う事だ。
どう考えても肉弾戦を避けることのできない前衛向きではない。
それなのになぜ、と頭に疑問符が浮かぶ。
そもそも彼女は戦いに赴くような役割は担っていないのだし、とも。

「……無理ならいいですよ〜、他の方にお願いしてみますから」

こちらの思惑が顔に表れていたのか、11が眉を寄せて不機嫌そうに顔を背けた。
そんな彼女の、まるで子供のような拗ね方に苦笑が零れる。
純粋に疑問に思っただけなんだが。
それに無理ってことはない。
教えることくらい幾らでもできる。
だが、しかし。

「ミンウには教わらなかったのか?」

共に行動をした時、彼は短剣を携えていた。
護身用かと思っていたのだが、戦闘時も数匹程度の魔物なら魔法を使わず短剣を使用していたのを見るに扱いは手馴れたものだったし、教えてやることくらい造作もないことだと思うんだが。

「いいじゃないのよ、フリオニール。何でも挑戦するのは大事なことだわ」

話が聞こえていたのか、使用人との談話を終えたらしいマリアが厨房から顔を覗かせてきた。
いいじゃないかというマリアの言葉に11の顔が明るいものへと変わる。
なんならマリア、またはガイでも、どちらでも良いからお願いしたいとも言い出した。
別段、自分に拘っていたわけでもないらしい。
少し肩を落としながらもしかし、マリアも剣を扱えるとはいえ主な戦いの手段は弓矢だ。
ガイは、教えることに関しては得意ではないだろう。
となると、やはり自分が教えるしかない。

「わかった。でも今日はもう暗いし、明日でいいか?」

今日の収穫は思った以上のもので、明日狩りに出かける必要はない。
次の任務も今のところは無く待機状態にあるのだし、自分たちの時間は余っている。
頷き返してきた11の都合の良い時間を聞いて、じゃあその時間に、ここの裏庭で。
そう約束し終えると臭いに耐えられなかったのか、11はそのまま即座に走り去って行ってしまった。

気持ちはわからんでもないが……なんだか腑に落ちない。
そんな気分に無意識に顔を顰めていたのか、ガイが恐々と宥めるように肩を叩いてきた。
マリアも苦笑を浮かべている。
今更だ。
あの娘はああいう奴なのだから仕方がない、と言わんばかりのふたりに溜息で返し、身を纏う生臭さを洗い流すべく浴場へと向った。




翌日。
約束をしていた裏庭にて11を待つ。
しかし時間を過ぎても姿を現さない。
自分と違って城仕えの身だから急な用件が入ってしまったのかもしれないが、それならそれで言伝くらい頼めばとも思う。

このままここで待つべきだろうか。
マリアは女中たちに混じって洗濯やら掃除やらにおわれている。
ガイは薪を調達しに使用人たちと出かけていった。
正規の雇用の身ではない自分たちは、手の空いた時間には出来ることならなんでも手伝うようにしているから、

(…時間の無駄)

とは思うが、あの娘のことだ。
自分が去った後からここに現れて、後々それについて愚痴られても気分のいいものではない。
待つしかないのかと息を吐いていると、草を踏む足音が聞こえてきた。

「……やっと来たか」

建物の影から姿を現した11に安堵する。
これで無駄な待ちぼうけをくらわずに済んだのだから、とりあえずは良しとしよう。

「忙しかったのか?」

走ってきたのか、息を切らしている11にそう尋ねる。
彼女のこんな姿は初めて見る。いつも悠悠自適なマイペース加減で行動している様しか見た事がなかったのだから。

「あー、もう朝から大慌てでして」

膝に手を付き、息を整えながら11が言う。
寝坊をしている11をミンウは起こす事もなく、11が自ら起きてくるのを待っていたのだという。
優しいじゃないか、と惚気のように聞こえる話に適当に返すとそうではなくてと力説をかましてきた。
今日はミンウが出掛ける日だ。
何人か同行者もいるらしいのだが、ミンウはその者たちにも構わず呑気に11の起床を待っていた。
同行者には一言、待っていてくれないか、とただそれだけを告げて。
大事な日だというのに寝坊をしてしまった自分が悪いのはわかってはいるが、と11が愚痴る。

「仕度くらい、ミンウひとりでもできることだろう。11が慌てなくても時間になれば出かけて行ったんじゃないのか?」
「そうなんですけどね。でもそれも私の役目ですし、ミンウさまったら律儀に待ってるんですもの。そりゃもう大慌てですよ〜」

結局時間も押してしまったし呑気なのもほどほどにして欲しいと溜息を零す11に、人のことを言えた義理でもないだろうにと言えば不服そうな視線を送ってきた。
そしてそう言えばと紡ぐ。

「ちゃんとお風呂、入りました?」
「は?」
「昨日のあの臭い。残ってたりしないですよね」

そう、怪訝そうな面立ちでこちらの身辺を嗅ぎ始めた。
いくら日頃慣れているとはいえ、さすがの自分だってあの嫌な臭いは勘弁だ。
だから狩りに行った日にはいつも以上に念入りに洗っているつもりだが……、あぁ、なんだかこんなことを気にしていたらいつまでたっても短剣の扱いを教える事なんてできないんじゃないのか。
臭いに関して少し不安は残るが、それを誤魔化すようにいい加減にしてくれと11の頭を手で振り払う。
それから早速練習用にと持ってきた短剣を取り出す。

何の装飾も施されていない簡素で軽い短剣だ。
これなら初心者でも扱いやすい。
しかし教える相手は11。何を仕出かすかわからない彼女のこと。念には念を入れてだ。
誤って刃で自らを傷つけてしまわないよう鞘は柄に固定しておいた。
その短剣を11に手渡す。

短剣に限ったことじゃないが、持ち方は様々で状況によって構え方は変わってくるものだ。
相手を牽制する意味合いでの構えなら、普通に握って薙ぎ払うくらいでも充分だろう。
それなら初心者でも容易い事だ。
接近戦に持ち込んで相手に致命傷を与えたい場合、または留めを刺す時なんかは逆手に持って力を篭める必要がある。
11には到底縁のないことだろうけども、教えるといったらこの辺りだろう。
逆手に短剣を握らせて、しっかりと、手から抜け落ちる事が無いようにと注意しながら11の後ろから手解きをする。


「……どうして、こんなことしたいと思ったんだ?」

細い指に小さな手。
こうして後ろから覆い被さっていると、すっぽり隠れてしまうほどの華奢な体付き。
あらためて剣を握るタイプではないと思う。
だからミンウも11に教えなかったのではないだろうか。

「お城から逃げて来る時にですね、思ったんですよ」

いつもらしからぬ真面目な声音で、11が語り始めた。

突如として襲撃を受けた城より、悲鳴を上げて逃げ惑う人々。
その人々を逃すべく帝国軍に立ち向かう兵士たち。
11もそんな混乱の最中、負傷した仲間を抱えて避難路を辿っていたのだという。
しかし帝国軍の容赦のない攻撃は、兵士達の善戦の隙を縫って降りかかってくる。
11の魔力も尽き、もう終わりだと敵兵の一撃に目を瞑った。
だが、いつまでたっても最後の一太刀は降りてこない。
不思議に思いながら恐る恐る目を開くと、兵士と敵兵の相打ちとなった姿が目に飛び込んできたのだという。

「私が剣が使えて、敵さんに隙を与える事ができたらあの時あの兵士さん、助かってたかもしれないじゃないですか」

そう言う11の柄を握る手に力が篭る。
彼女も、あの災いの被害者なのだということをすっかり失念してしまっていたのは、日頃の11の態度に慣れ親しんでしまっていたからだろうか。

自分たちもあの時、フィンの町から脱出を図っていた。
町を焼く炎に進路を塞がれ、他の町人とはぐれて。
違う道を辿ろうと、それが最良の策だと別路へ向った。
狩りで鍛えていた自分たちは多少なりとも己の剣捌きには自信があった。
それを誇示するかのように魔物を薙ぎ払って、走って。
上手く行っていると胡坐をかく余りに力量を見誤ったんだ。
黒い鎧を身に纏った兵士にやられて、気が付けばこのアルテアの町に保護されていた。
致命傷ともいえる体に負った傷は、ミンウが癒してくれたのだという。
それに傷を負ったのは自分だけではない。
マリアも、ガイもだ。

あの時、逃げていれば。
もっと他の道を探していれば。
レオンハルトだって行方不明になどならなかったのかもしれないと、後悔はたくさんある。

「その兵士のような犠牲は生みたくない、ってことか」
「私なんかじゃ微々たる力だってわかってますけどね〜」

でも可能性があるのなら、それに賭けたいと言う11の言葉には同意だ。
どんな状況でも諦めなければきっと救いはある。
命を落としていても不思議ではなかった自分たちが、今こうしてここに居るように。

「しかし、それなら尚更ミンウが教えてくれてもいいと思うんだが」
「だって、言ったんですよ?でもダメだって」

だからこうしてミンウの出掛ける今日を指定したのだという。
自衛の為にも魔法以外の戦闘方法も教えておくべきではないだろうかとも思うが、彼がそう判断しているにはきっと何かしらの理由があるのだろうし、しかしそうとなると果たしてこのまま自分が教えていてもいいものだろうかと考えを巡らせる。
そんな迷いに動きの止まった自分に11がどうしたのかと尋ねてきた。

11の話は共感できるものだ。
それにミンウは今は外出中。

……まぁ。いいのだろう。

基本的なことさえ教えておけば、ひとりでも、いつでも鍛錬はできる。
そう前向きに考えて、指導を再開する。

「こう、腰を落としてだな」

下半身に重心を置くようにと、11の腹部に手を当てる。
すると変な声が漏れ聞こえた。
しかしそれは一瞬のもので、気のせいかと再度腹部に触れる。

「ちょっ、フリオさんっ!」
「な、何だっ」

剣幕にこちらを見上げてきた11の様子に、思わずどもる。
だが、くすぐったいから触るなと文句を言い出した11を見下ろしているうちに閃いた。
日頃何かと無体な仕打ちを受けている仕返しとでもいうのか。
こうして自分の体に覆い込んでいる11には逃げ場は無いのをいいことに、容赦なく彼女の弱点であろう腹部をくすぐり始める。

「あ、いっ…やめっ……」

そう身を捩り、蹲る11を腕に抱えて尚もくすぐり続けていく。
普段の彼女からは決して聞く事のないだろう可愛らしい声音。
それが思いのほかに。

楽しい。

かつ、面白い。
そうか、こういうことに弱いのかと変に感心しながらも、なぜだか妙に気分が昂ぶってきた。

「短剣の稽古をしているのだと聞いて来たのだがね」

唐突に降り注がれてきた男の声に顔を上げる。
聞きなれた穏やかな声音の主である、ミンウの姿がそこにあった。

「私が、聞き間違えたのだろうか」

首を傾げて見やってくるミンウの視線に思わず力が弛む。
そしてその隙を突いて11が腕から逃れて、ミンウの元へと駆け寄って行った。

「11がそんなに剣の扱いを学びたいと思っていたなんて、気がついてやれなくてすまなかったね」

そうミンウが11の頭を撫でる。
たいして11は、コソコソとしていたことについて必至に謝っている。
そんな11をミンウは優しい眼差しで見やり、それからこちらへと近づいてきた。
思わず喉が鳴る。

なんで自分はこんなに緊張してしまうのか。
いや、悪いことなどしていないはずだ。
確かに事情はどうあれ隠れて行動を起こしていたのは申し訳ないとは思うし、悪戯心に11をくすぐってみたりもしたが、悪事ではない。
緊張する必要なんて……。

「11の我侭につき合ってくれてありがとう。フリオニール」
「い、いや別に、構わない。教えることくらいお安い御用だ…」

優しく紡がれるミンウの言葉に、無駄な緊張だったのだと肩の力が抜ける。
そうだ、悪いことではない。
何を警戒していたのかと心の内で自分を叱責していると、だが、とミンウが言葉を続けてきた。

「彼女の弱点に触れるのは、いただけない」

そう告げてきたミンウの顔が一瞬厳しく見えたのは気のせいか。
瞬きの後に見えた彼の面立ちはいつもと変わらない穏やかなもので、そのまま次いで耳元に囁いてきた。

「愛らしい声だっただろう?万が一にも君が変な気でも起こしてしまったら、大変だからね」
「そんなつもりは……」

微塵もない、と言いかけて言葉を噤んでしまったのは、確かにさっき奇妙な感覚が体を伝っていたからだろうか。
そんな自分の思惑を知ってか知らずか、ミンウが肩を軽く叩いて11の元へと戻って行った。
そして、ふと湧き上がる疑問。
外出、していたはずだよな?
ならばなぜこんなところに。

「忘れ物をしてね。11、どこにしまったか覚えているかい?」

探してくれないだろうかと11を伴い裏庭から去って行くミンウに、忘れ物など本当だろうかと疑問を抱く。

ミンウにとって11は弟子であり、家族だと聞いている。
拾い子とはいえ、何年も供に過ごしてきた大切な娘だと。
娘というのなら11の動向を心配するのも当然ながらに頷ける話だが、本当にそれだけだろうか。
家庭の事情など人それぞれだとわかってはいるが……。
なんとも釈然としない思いを胸に感じながら、ひとつ溜息を吐く。

-end-

2010/12/11




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