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厄災

長引いた会議を終えて、城からフィンの町に構える自宅へと帰る道程のことだった。
子供を、見つけた。
まだ十にも満たない程の齢の少女。
辺りを見回している面立ちは心許無そうなもので、傍には誰も居ない。
こんな夜更けにひとりなのだろうか。
どう見繕っても幼子の出歩く時間帯ではないというのに。
それにいくら城下町とはいえ住む人々全てが善ある者とは言い難いのだし、ましてや深夜ともあれば普段常識的な人間も、酒に溺れ、よからぬ行動を仕出かすこともある。
決して安全とは言えない。

「こんな時間に、どうしたんだい?」

少女の前に屈みこみ、両親の行方を尋ねる。
しかし少女は首を振り、どこに行ったのかわからない、と顔を俯けてしまった。
ふと、頭に過ったものは ”捨て子” という言葉だった。
時間帯もさることながら、ここは城下町だ。
人の往来も激しく、賑わいに任せて置き去りにすることなど容易いものだろう。
しかしそう判断するには早計過ぎるかもしれないと思うのは、そんな不憫なことはないと否定をしたい己の願望だろうか。
賑わう街中でうっかり繋いだ手を放してはぐれてしまった可能性だってあるのだ。
探し歩いて、そうしている内にこのような時間帯に。
それに、はぐれてしまったのならば聖堂の司教の元に探し人の依頼が来ているかもしれない。
だが、時間も時間だ。
さすがに司教も眠りに落ちていることだろう。
ひとまずは自宅に預かり、明日の朝一番に聖堂に連れて行こうと少女に手を差し出す。

「ここは危ないから、私の屋敷に来なさい」

そう告げると少女は手を見つめてきた。
そして手を伸ばしかけて、躊躇する。
戸惑いの表情を浮かべて、それから少しばかりの警戒の眼差し。
それでもこの手を取ろうとするのは、ひとりぼっちだという不安からなのだろう。

「私はミンウ。あのお城に仕えている魔導士だよ」

少女の不安を少しでも取り除けるよう、来た道を振り返り城を指し示す。
怪しい者ではないと証明できるものは何も持っていないのだから、信じてもらえるかどうかはともかくこうする他に方法はない。
しかし幼い少女はそう言うと、城の者だということを信じてくれたのか安堵の様子を示してくれた。
繋ぐ小さな手を握り締めて。
何とも頼りない力でこちらにしがみついて来る。
人肌恋しそうに擦り寄る様は可愛らしくも有り、見ていて痛々しいものだ。

「君の名前は?」
「…11」
「11か。良い名前だね」

少女の親が早々に見つかる事を願いながら、自宅へと手を繋ぎ向った。





翌朝、少女に朝食を与えて早速聖堂へと訪れた。
しかし、昨夜の願いも虚しく探し人の依頼は一件もきていなかった。
司教が早速孤児登録の手続きの準備を始める。
理由はどうあれ、親の居ない子供は聖堂の管理する孤児院へと送られる。
施設の職員は皆穏やかで、普通の家庭となにひとつ変わることなく過ごす事ができると言う司教の言葉に嘘はないだろう。
それに孤児として名簿を提出しておけば、この先両親が探しに来た時に見つかりやすい。

司教の傍仕えの者が少女に名前を聞いている。
用紙に書き込み、どこから来たのか、両親の名前は、と次々に尋ねては書き込んでいく。
必至に問答を繰り返す少女の姿を司教の立ち話に付き合いながら眺める。

昨夜と、今朝ここに来るまでに繋いだ少女の手の暖かさを思い起こす。
子供特有の体温の高さ、それだけではない。
体温とは違うあの熱の感覚。
幼いから、隠すことなどできないのだろう。
稀に居る敏感な一般の人間からしてみれば、もしかしたらそういった熱は気味の悪いものかもしれない。
理解ある者が傍に居たのなら、また彼女はこうした境遇に陥る事もなかったのかもしれないが、今更そんなことを自分が思ったところで状況を変えることはできない。
だから、自分が出来ることといったら。

「司教。登録は登録として、預け先は私に任せてもらえないでしょうか」

僅かに感じ取る事のできた少女の魔力。
暖かな場を提供してやることは彼女にとって必要かもしれない。
しかし今から修行を積む事が出来るのなら、国にとって有益な人材を確保したも同然ではないだろうか。
弟子は取らない主義ではあったが、これも何かの縁だろう。
両親が迎えにくるのならそれが最良のことなのだろうが、ならばそれまでの間、少女の力を生かすべく自分が良しなに面倒を見ても構わないのでは。
そう告げる自分に司教が孤児の全てが施設に入るわけではないと告げてきた。
必要に応じて、子のない夫婦等に里子に出す制度も設けているのだと。
本来ならば素性を調べて、夫婦、あるいはひとり身のご老人の後継ぎにと輩出先は決まっているのだが……。
城仕えの賜物なのか、自分ならば心配はないだろうと孤児登録はそのままに、少女の身柄を預けてもらえることとなった。





「さぁ、11。お城に行こうか」

ひとり身の自分には少々広すぎるこの屋敷は、王から賜れたものだ。
現在自分が所有しているとはいえ、あらたに人を住まわせるとなればその許可を得るのが臣下としての礼儀だろう。
聖堂からの帰りに少女に真新しい衣服を買い与えて着替えもさせた。
目まぐるしく変わっていく環境に11は目を瞬かせている。

「王様はお優しい方だから、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

豪奢な門を前に、さすがの幼子も背筋が伸びている。
そんな仕草も可愛らしいものだと微かに微笑み、玉座の間へと11を伴って行く。

事情を話せば理解ある国王からはふたつ返事で11の件を承認していただけた。
弟子は取らないと言っていた自分が連れてきたのなら、きっとそういっためぐり合わせの元なのだろうと王も優しい眼差しで11を見やる。

「11、国王様にご挨拶を」

これから先、教えていかなければならないことはたくさんある。
その中のひとつ、国王陛下への挨拶の言葉。
幼い少女でも言える略式的なものを城に来る道すがらに教えてきた。
緊張に舌を噛みながらもなんとか挨拶をする。
深々と頭を下げ、丁寧にお辞儀をして自分の元に戻ってきた11の顔は真っ赤で。
よく出来たね、と頭を撫でてやれば嬉しそうな笑顔を向けてきた。





「その時にね、ようやく11の笑顔を見る事が出来たのだよ」

あの時の愛くるしい様子を君にも見せたいものだね、とフリオニールを見やる。

任務の傍ら、久しぶりに反乱軍の拠点地としているアルテアへと寄っていた。
同じくフリオニール一向も戻ってきたばかりのようで、久しぶりの対面に労いの言葉をかけていると
「あの少女は大丈夫なのか?」
とのフリオニールからの相談が始まった。

自分から承った伝言はそれなりにしっかりと伝えているは伝えているらしいのだが、それ以外の面で気にかかることが多々あるという。
初対面時の不躾な態度から始まり、事ある毎に碌な目に合わないとフリオニールが愚痴を零す。

「武器庫の場所を聞けば女中たちの休憩所に入ってしまったし」
「あぁ、丁度反対側の位置にあるね」
「ポーションを頼んでおいたはずが、めぐすりを持ってきてみたり」
「アイテムを覚えるのが昔から苦手なんだよ、あの子は」
「寝室のシーツを取り替えに来てくれるのは大変ありがたいんだが、その、いきなり勝手に部屋に入り込んでくるのは……」
「入られてまずい状況とは、何をしていたんだい?フリオニール」

そう笑顔で聞き返したらフリオニールが口篭もった。
それに乗じて彼の不平不満を緩和するべく、11との出会いをつらつらと語って聞かせていた所だ。

拾った当初は捨て子の運命たるものなのか、みすぼらしい出で立ちだったが (今にして思えば置き去りにされてから少なくとも数日は経っていたのだろう)、少女というものは服装ひとつで大層な変化を辿る。
日頃、ヒルダ様の普段時と晩餐会時の変化の様を目の当たりにしていて当然ながらに思えていたことなのだが、それとは違う、自らの手で齎しているのだと言う充足感もあるのだろう。
すくすくと年頃の少女へと育ってきた11には感慨深いものを抱いているのだから、たとえフリオニールといえども彼女を悪く言うようなら容赦はできない。

「ミンウさま!」

狭い廊下に声が響く。
声のした方に振り返ると、驚きと、喜びの入り混じった表情で11が駆け寄ってきた。
いつもと変わらぬ真っ白な衣装を翻して。
そんな彼女に女の子なのだからもっと着飾ったらどうかと余計な世話とも言えることを告げたことがあった。
しかし11曰く、自身と揃いに見える白が良いのだと言う。
なんとも嬉しい言葉じゃないだろうか。
嬉しさのあまりに、いつでも仕立てる事ができるよう多めに白の布地を購入したのは懐かしい思い出だ。

「廊下を走ってはいけないよ、11」

マントを掴み、こちらを見上げて来る11にそう窘める。

「だって、ミンウさまったら今日帰ってくるなんて一言もなかったじゃないですか〜」
「本当は立ち寄る予定はなかったんだがね。それよりも11、挨拶を忘れてないかい?」

半月程しか放れていなかったというのに11のこのはしゃぎ様。
この先もっと長い期間会うことが適わなくなったらどんなことになるのやらと苦笑が漏れる。

「あ。…お帰りなさい、ミンウさま」

そう11の腕がこちらの首元へと伸びてくる。
それに応えるよう自身も11の背中に腕を伸ばし抱きしめた。

「ただいま、11」

抱擁を解いて、自身の口元を覆っている布をはぐる。
それから彼女の身長に合わせるように少しばかり屈み込んで、11の唇へと軽く触れた。

「なっ……!」

と、不意に聞こえた慌てた男の声に、そういえばここにはフリオニールが居たのだったと思い出した。

「どうしたんだい、フリオニール。顔が真っ赤じゃないか」
「いやっ、だって…!」

そういう関係なのか?と、なにやらしどろもどろに目が泳いでいる。
どうやら何かを勘違いしているようだ。
口付けなど、恋仲にある者同士だけがするものではない。
家族……そう。家族である、親愛の情を込めてのものだ。
フリオニールの思い描いているようなことなどは何もない。

「いやしかし、家族だってそんな挨拶しない、…だろう……?」

せめて頬とかならわかるが、とフリオニールの視線がチラリと11へと移った。
たいして11はといえば、何を言っているのだろうかこの人は、と不思議そうな顔でフリオニールを見やっている。
それも当然だろう。
これが普通であると、そう育ててきたのは自分だ。

「家族にも、家族なりの事情があるのだよフリオニール」

そう微笑みを覗かせると、まだ何か言いたいような面立ちを浮かべながらもフリオニールは言葉を詰まらせた。
納得…、は出来ないのは頷ける。
自分自身、本来家族でもするようなことではないのだとわかっているのだから。
それでも家族である自分と11だけの挨拶なのだと、幼い彼女に教えたのはこの自分。
決して他の者にしてはいけないと言い聞かせて。

「話はまた後ほどゆっくり聞かせてもらうよ」

行こうかと11の手を繋ぐ。
そこに注がれるフリオニールの視線。
腑に落ちない、といった雰囲気を纏っているが、彼女をどう扱おうが彼の知ったことではない。
彼女を見つけたのは自分。
ここまで育てたのも自分。
11が誰かの元へと自ら去っていくのならば止めはしない。
だが、それまでの間。
まだ彼女が自分の庇護下にあるうちは、11をどうしようがそれを決めるのも自分なのだ。

-end-

2010/12/7




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