DFFガラケー | ナノ




照応


雲一つない快晴にて、空には太陽が輝きその熱を帯びた光が体に余すことなく降り注いでいる。
こんな気候が大好物な者数名は、挙って水辺へと出掛けて行った。
他の者はいつもどおりに散策へと向かっている。
その両方に入らない者。
暑さのあまりに水浴びをする気力も湧かず、かといって通常通りに行動する気も起きない11は避暑地を求めて宿営地内にある森林へと赴いてきていた。

風に揺られてカサカサと葉が音を鳴らす。
それだけでも、だいぶ涼しく感じるものだ。
加えて頭上を程よく覆ってくれている木々の葉が影を生んでいて随分と過ごしやすい。
テントの中も日陰といえば日陰であるが、幕を上げきったところで風通しはよくはない。

(夜には、涼しくなってるかな…)

日中テントに篭った熱気が眠る頃には取り去られていることを祈りながら11が歩んでいると、どこからともなく風の音が齎したものではない葉の音が聞こえてきた。
木の軋む音。
11は腰に携えた短剣に手を掛けて、辺りを見回す。
ここは宿営地内だ。
敵が侵入してくるはずはない……たぶん。
たぶん、というのは、次元の崩れかかっている現状において、聖域となっている宿営地にもその綻びが表れているからだ。
それでもここ最近は奇襲を受けることなく体を休めることが続いていたから、そんな可能性は頭の隅にも置いていなかった。

(油断、しちゃったのかな)

ひとりでも十分に戦える力はある。
11だって調和の戦士なのだから。
しかし不安が過るのは手にある武器が戦闘に使用している愛剣ではないということだ。
今携えているのは、狩猟用の短剣。
森に行くのだから、もしかしたら野兎あたりでも捕まえることが出来るのではないかと用意してきたのだが。

(…大丈夫、やれる)

いつもとだいぶ違う間合いになってしまうが、おめおめとやられるわけにもいかない。
少しくらい怪我をしてしまうかもしれないけれど、これをやり終えて、それからウォーリアに綻びを報告して……。
短剣の柄に掛けた手が震える。
…ひとりでも、十分に戦える力はある。
だが、それは仲間の存在があってのものだ。

11は未だかつてひとりきりで戦いをこなしたことはない。
一対一で剣を交えるといっても、その側には誰かしら仲間がいた。
その仲間もまた違う相手と交戦をしているのだから、仲間がいようがいまいが同じことなのかもしれないが、誰かが側にいる、という状況が11には必要だった。
目に見えて仲間も戦っているのだからと実感でき、それを励みに己も戦う。
それが11の戦い方だった。
しかし、今ここには11ひとりのみ。
だからといって見過ごすわけにもいかず、油断が招いた結果とはいえ、ひとりきりで対処しなければならない。
手に力を込めて、震えを誤魔化す。
物騒な音は木の上より草の茂みへと降り立った。
ソロリと足音を忍ばせて、音のする茂みへと近寄っていく。

(大丈夫。…大丈夫)

泣きそうになるのを堪え、どうせやるなら先手必勝の方が望ましいと短剣を勢いよく茂みへと振り下ろした。
ガチっ、と金属に当たる音と共に腕に伝う振動。
気づかれてしまったと思った時にはもう遅い。
短剣を握る11の手は、まんまと敵に捕らえこまれてしまった。
そしてそのまま草の茂みへと引きずり込まれて行く。

(え……えっ?)

頬に草が当たるのを感じながら11は目を瞬く。
剣を受け止められた時、情けなくも自分はもう終わりなのだと思った。
瞬く間に返り討ちにされ、それで終わりなのだと。
それがどうだろうか。
なぜだかこうして引きずり込まれている。
敵ならば、こんな煩わしいことはしない。
奴らは容赦はないのだから。
そんな11の混乱など余所に、あっという間に茂みの向こうへと連れ込まれてしまった。

しかしいつまでも相手の行動に甘んじている場合ではない。
一度は助かったのだから次こそはと、咄嗟に身を引こうとした11の口に相手の手が宛がわれた。
ご丁寧にも、11の腕を掴んでいた手は後頭部を押さえつけるように回されている。
敗北の原因が窒息なのか……。
なんとも惨めなことだろうと、己の不甲斐なさ加減に見る見るうちに11の目には涙が滲みあがってきた。
泣いている場合ではないのはわかっている。
だが、口を塞ぐ手は11の力ではどうにも振りほどくことは適わず、目前に迫った死に怯える11には止めようもない。
せめて。
せめて、最後に敵の姿だけでもと必死に相手の顔を仰いだ11の目に映った者は、なんとも楽しそうに草葉の陰から辺りの様子を窺っているバッツの姿だった。
途端に11の体から、必要以上に篭っていた力が抜けていく。

手にかかっていた重みの変化に、バッツは草陰の先から手中の仲間…11へと目を向けた。
そして驚きに目を瞠る。
なぜだか11が泣いている。
声こそ上げてないとはいえ、目からは止めどなく涙が滲み次第に口を覆っているバッツの手まで流れ始めた。
どうしたものかとバッツは頭を捻る。

今現在、バッツはジタン、ティーダと隠れ鬼をしていた。
初めは水浴びをしていたのだが、水のかけあいをしているうちに鬼ごっこから始まり、なんとなくの流れでそうなっていた。
ジタンが鬼で、バッツとティーダが隠れているわけなのだが……そこに11が現れるとは思ってもみなかったことだ。
いや、彼女がどこで何をしていようがそれは11の勝手であって邪魔などとは思っていない。
しかし、隠れてすぐに見つかるのは勘弁である。
このまま11が自分を見過ごすことを願いながら様子を窺っていると、唐突にも11はバッツ自身に向けて短剣を振り下ろしてきた。
咄嗟に剣で受け止めたから事なきを得たものの、やはりバッツの頭の中は ”見つかるわけにはいかない!” ということで占められている。
きっとジタンはこの森林へと足を向けている頃だろう。
ならば、と11を草陰に引き込んだのだが……。
まさかの11の泣き顔に、バッツは動揺を隠し得ない。
小さい声音ながらも 「あー…」 やら 「えぇーと…」 と言葉を選んでいる。

「んーと…あ、あのさ11」

とりあえずゴメン、とバッツが謝る。
そんなバッツの言葉に11は弱々しく首を振る。
驚いたのは確かだが、バッツが悪いことなどひとつもないのだ。
ただ11自身が勝手に敵だと勘違いをして、やりなれないことをしようとした結果である。
それもこれも、自身の気弱さゆえ。
声を上げることもできず、ひっそりと不意を突くような攻撃だってそのせいだ。
相手に気が付かれずに事を終えられたら…そんな思いから出た行動。
バッツの反射神経に助けられはしたが、ともすれば仲間を傷つけかねない状況だった。
そう思えば思うほど、余計に涙が溢れてくる。

「あっ、え、な…泣くなって11っ」

驚かしてしまったのは本当に悪かったと言うバッツに、11は尚も首を振る。
バッツは悪くない。
悪いのは自分自身だと伝えたいのだが、それを紡ぐにはバッツの手が遮っている。
11はパチパチと口を覆うバッツの手を叩く。
そこでようやくバッツは11が喋り難いことに気が付き、そっと口元を解放した。
数分ぶりの遮るもののない呼吸に、11はひとつ深呼吸をする。
そうすると、幾分か気持ちは落ち着き、涙も滲まなくなった。

「11、大丈夫か?」

心配そうにバッツが11の顔を覗き込んでくる。
涙に濡れた11の頬を罪滅ぼしかのように手で拭い、本当にゴメンと三度目になる謝罪を口にしてきた。

「ち、違う。…違うの、バッツ」

つっかえそうになる言葉を、11はゆっくりと紡ぎ始める。
風に揺れる葉音に混じった忙しない音。
それを生じたのは敵によるものだと思ったこと。

「ずっと、…聖域の綻びなんてなかったでしょ?だから、私、慌てて…」

持ってきていた武器といえるものは、よりにもよって狩猟用の短剣のみ。

「敵が、綻びから増援を呼びに行ってしまったらって、思ったら」

倒してしまわなければ。
そう思ったのだと11は紡ぐ。
思ったら後は敵を倒すのみ。
ひとりだけど、声を上げる勇気はないけれど、不意を突くことができたなら大丈夫だと自身に言い聞かせて。
しかし、結果はごらんの有様だ。
敵を仕留めるどころか、仲間であるバッツに剣を向けてしまっていた。

「仲間と、敵の、気配の違いも見抜けないなんて…ホント、情けないよね……」

再び滲み始めた涙を堪えるように、11は鼻を啜る。
また泣いてしまったら、バッツに余計な気を遣わせてしまう。
しかし堪えようと頑張ってみても己の情けなさに昂ぶり始めた気持ちは治まるところを知らない。

「つーか、バッツがそんなトコに隠れてるから11が誤解すんのも無理ないだろー」

不意に頭上から降りかかってきた声に11は肩を震わせた。
声の主はジタンだ。
いつの間に居たのだろうか。
11が頭上を仰ぐと木の枝に腰を下ろしているジタンの姿が窺えた。
バッツが悔しそうにジタンへと目を向ける。

「上からって、ズルくないか?」
「勝負にズルいも何もないだろ?」

肩を竦めて苦笑を零すジタンに、バッツは息を吐く。

「んじゃ、あとはティーダだけだなー」

アイツが行きそうな場所は…と去ろうとしたジタンがふと足を止め、バッツを見下ろしてきた。

「とりあえず。11をちゃんと泣き止ませてから帰って来いよな、バッツ」

レディを泣かせたまんまじゃ男としてはいただけないぜ、などという台詞を残してジタンは器用に木々を縫って去って行った。

「…だってさ、11」

だから泣き止めって、とバッツの手が11の頭に乗る。
そして優しく頭を撫でやってくるバッツを11は見上げた。
11の潤んだ目に、バッツは苦笑を漏らす。

彼女の気の弱さはバッツもよく知っている。
ひとりで戦うことを好まないことはそうだし、不意の出来事に弱いのもそうだ。
今しがたジタンが現れた程度でも肩を震わせていた。
気配を読み取れないのもこのあたりに起因があるのだろうとも思う。
自分自身を奮い立たせているのが精いっぱいで、その他のことは後回し。
剣を握る者としてそれはどうかとも思うところもあるが、これが11なのだから仕方がない。
そもそもひとりで戦わなければ戦闘には支障はないのだし、愛嬌だと前向きに捉えてみれば可愛いものだ。
その11が仲間のためにとひとりで剣を握ったのは、自分からしてみれば些細なことだが大層勇気のいることだったと思う。
たとえ怖さに声を出すことが出来なくなっていてもだ。

「11も無事だし、俺も無事。それでいいんじゃないか?」

やればできる子だってのが、自分としてはよくわかったし、とバッツが言う。
それから、 「でも」 と続けてきた。

「どうせならもっと勇気を振り絞ってさ、デッカイ声で助けを呼んでもいいと思うんだ」

敵にひとり向かう勇気があるんだから、それくらいお手のモンじゃないのかとバッツは笑う。

「う、でも、そんな急になんて」
「だからさ、これからは咄嗟のことにもうまく反応できるように…ってそうだよな、うん」

なんで今までそこに気が付かなかったんだろうとバッツがひとり頷く。
要は今回の一件……11の誤認しろ、それに伴う涙にしろ、それらは11の気弱さから招いた結果だ。
少しばかりバッツ自身の振る舞いも一因ではあるが…それはまず置いておいてだ。

「もっとこう、余裕があるようになればいいってことだよな」
「はぁ…余裕……」
「余裕があれば相手の気配も読み取れるし、ピンチになった時だって余裕があればいろいろと大丈夫なもんなんだぜ!」

バッツが鼻息荒くも満面の笑みを覗かせてきた。
そしてワシャワシャと乱暴に11の頭を撫でる。
11はといえば、そんなバッツの行動に成されるがままに目を回している。

「ね、ちょ…バッツ……」

止めて、の一言が紡げない。

「よし、決めた!」

ポンと軽く11の頭を叩き、バッツは11の肩へと両手を置いた。
11の目は未だ少し回っている。

「特訓だ!」
「は、…特訓……って…?」

11の言葉も半ばに、バッツは素早く身を隠した。
戸惑う11の背後に草陰から身を乗り出し 「わっ!!」 と嚇かせる。
すると11は体をビクつかせて、身を固まらせた。

「そーじゃなくてさ。女の子なんだから ”きゃー” とかな?」

溜息を吐き、大きい声が無理ならせめて平気を装うカンジで、とバッツより駄目だしが入る。
わかったかと尋ねてくるバッツだが、11としては驚きに心臓が跳ね上がり返事を返す余裕はない。
そして11は気が付く。
これが、自身の気弱さが招いた余裕の無さなのだと。
少しの間を置き、11は大きく深呼吸する。
気持ちを落ち着けて、余裕さえ持てるようになれば仲間を危険に晒すこともなくなるのだと自分に言い聞かせて。

「……うん。バッツ、私、頑張るよ」
「よっし、その意気だぜ!」

日が暮れ、ジタンが夕飯時だと呼びに来るまでバッツ称する ”特訓” とやらは続いた。
しかしだからといってすぐに11の反応が改善することなどはなく、しばらくの間、宿営地にて突如として現れるバッツに肩をビクつかせる11の姿、という光景が繰り広げられることとなる。

-end-

2011/8/30 羽さまリク




[*prev] [next#]
[表紙へ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -