DFFガラケー | ナノ




銘記たる一事


静まり返った辺りに、物音は何もしない。
聞こえてくるのは自身の歩む足音だけだ。
そんな中、風に吹かれて微かに泣き声が耳に入り込んできた。
時折途切れては、また弱々しく発せられる声の方へと気配を潜めて近づいて行く。
近づけば近づくほど、その声ははっきりと聞き取れるようになってきた。

泣き声の主はどうやら幼子のようだ。それを宥めるかのような女の声もする。
この世界にはどうにも似つかわしくない組み合わせに、眉を顰めて声のする物影へと身を乗り出す。
するとこちらの存在にようやく気がついた何者かが勢いよく振り返ってきた。
恐怖、とでも言えばいいのだろうか。
強張った面立ちに、震える腕には小さな子供を抱えている女がそこに居た。

「君は、何者だ?」

武器を手にしていないことは一目瞭然なのだが、この混沌とした異界では見た目に惑わされる可能性も大いに在りうること。
確認の為にそう声をかけた。

「あ…あなたは、人間?」

警戒を込めた眼差しに、恐る恐るといったふうに尋ねてきた女に頷き返す。
それに安堵したのだろうか、幾分か初見よりは表情が和らいだ気がした。

「あの…ここは一体、ドコなんですか?私、この子と昼寝をしていて、目が覚めたらここにいて…」

気味の悪い人形のようなモノがうろついているし、ここは一体何なのかと狼狽したように問い掛けてきた。
人形のようなモノとはおそらく紛い者のことを指しているのだろう。
しかし、何と応えたら良いものだろうか。
自分自身この世界がどういったものなのかは未だ把握しかねている状態だ。
なぜ自分がコスモスに選ばれたのかもよくは知らない。
ただ言える事は、自分はこの世界で混沌と呼ばれている軍勢と戦っているということだけ。
そう告げると、なんで自分がこんな所にと女は嘆いた。

「敵、ではないのだな」
「敵もなにも、戦うとか…意味がわからない。私もこの子もどうなっちゃうの…」

そう顔を俯ける女に、ここは危険だからとひとまず加護ある聖地へと連れて行くことにした。
イミテーションに恐れを生していた彼女は当然ながら敵ということもなく、すんなりと宿営場である聖地に通ることが適った。
混乱している彼女を座らせて、暖かな飲み物をカップに注いで差し出すと礼の言葉とともに受け取ってくれた。
先ほどから彼女の胸元に顔を押し付けているこの幼子には、はたして何を出したらいいものかと頭を捻らせていると、彼女から自分と一緒にいただくから大丈夫だと言われてしまった。
そうか、と応え、彼女の前に腰を降ろす。

「あなた、いい人みたいですね。良かった」

そう僅かに顔を緩めた彼女に、ようやく落ち着いた様子が見られた。

「あの、私、11っていいます。この子は私の子で…えぇと、あなたのお名前は?」
「仲間からはウォーリアと呼ばれている」

名前は覚えていないと告げると、些か申し訳なさそうな顔を覗かせてきた。
そんな意味合いで言ったわけではなかったのだが、どうやら彼女に気を使わせてしまったようだ。
本来持ちうる記憶が定かではない自分には名前のことなど些細なことだと伝えて、この世界に来たばかりの彼女に自分の知っている限りのことを話すことにした。
自分も、他の仲間たちも、気がつけばこの世界に居たこと。
召喚主である二柱の神の争いの下、調和と混沌という勢力に判れて、戦っていること。

「それに私だけではない。記憶がない者は」

それぞれが、元々の記憶を全て備えているわけではないと話すと、11は少しばかり思案気に考え始めた。
きっと、己の記憶を辿っているのだろう。
ここに来た誰もが皆、それを試みる。
しかし、断片的な記憶は残っているものの、肝心の、自分たちの居るべき場所の記憶へは辿り着くことができないのだ。
やはり11もそうらしく、困惑な表情を浮かべている。
唯一はっきりしていることは自分は戦いなんかとは無縁の世界に居た、とだけ。

「なんで私なんかが…」
「コスモスならきっと何かを知っていると思うのだが…。あいにく、彼女はそう都合よく出て来てくれないからな」

神というものは気紛れだ。
召喚するだけ召喚して、そして戦えと。
何に対しても明確な応えなど返してはくれない。
だから解決には至らないかもしれない。
それでも、何にも頼らないよりも幾分かはマシだろうが…。
すっかり冷めきってしまった飲み物を、11は幼子へと与え始めた。
なるほど、冷めるのを待って今まで手を付けなかったのかと感心していると、帰ってきた仲間たちの姿が目に留まった。

「仲間が帰ってきた。紹介をしておこう」

今、この宿営地を利用している者は自分と、フリオニールとティーダの3名だ。
こちらの存在に気がついたふたりが、途端に驚きの表情で駆け寄ってきた。

「あれっ?ウォーリアのお嫁さんっスかっ?」

どこをどう見たらその発想に至るのかが不思議だ。
フリオニールにいたってはいつの間に子供を…などと言っているが、それに構わず事の経緯を教える。



「そうか…。なんだか気の毒だな。俺たちと違って戦う力があるわけじゃないんだし」
「でもっスよ。ここなら安全だし、コスモスが現れるまで、ここに居れば大丈夫でしょ」
「すいません。お世話になります」

そう頭を下げる11を励ますように、ティーダが幼子を抱かせてくれと申し出てきた。
大人しく11に抱かれていた幼子も、そんなティーダに振り向き、無邪気な顔で彼への腕へと手を伸ばす。
あぁいった、ティーダの明るさは見習わなければならないところだと思いながら、ここでの生活の場として11を空いているテントへと案内することにした。

生活するうえで必要最低限のものは、願えばそれとなく現れていること。
簡素だが一応調理する場所もあるし、少し先には運良く暖かな水辺があるから風呂として使っている。
この聖地から踏み出さなければ、先ほど見かけたというイミテーションという忌々しいモノに出会うことはないから安全だということも伝える。
なんだか便利なようで不便な世界だと11が首を傾げた。

「慣れてしまえば、さして気にもならないんだが」

慣れる前にこの世界から去ることができれば一番いいのだろうがと、そんなことを話しているうちに泣いた幼子を抱いたティーダがやってきた。

「オレじゃないっスよ!だってフリオが覗き込んだら急に泣き出しちゃって…」

そううろたえるティーダから11は幼子を受け取る。
途端に泣き声が収まっていく様子にティーダとふたり顔を見合わせた。

「母親とは、見事なものなのだな」
「つーか、絶対フリオのあの目が怖かったんスよ…」

そう後ろを振り返ると、少し離れたことろでフリオニールがすまなそうな面立ちで佇んでいた。

「あ、あの気にしないでくださいっ。この子、たまに人見知りしちゃうというか…」

11が慌てて意気消沈しているフリオニールに声をかける。
大丈夫だと言わんばかりにフリオニールは手を振ってテントへと向っていったが、その背中から漂う寂しさがなんだか侘しい。
と、再び幼子の泣き声があがった。
今度はどうしたものかと振り向くと、小さな指がこちらを指し示していた。

「あれ、今度はウォーリア?でもさっきまでは平気そうだったのに」

不思議そうにティーダが幼子の頭を撫でやる。
言われてみれば先ほどまでは何ともなかったのだが…あぁ、そういえば顔を合わすことなどなかったかもしれない。
なにせこの幼子は彼らが来るまでずっと11の胸元に縮こまっていたのだから。
そう言うと、ティーダが原因がわかったと頷いた。

「ウォーリアのそのツノ。チビっ子にはコワイんじゃないんスかね」

との指摘に兜を外し、幼子を覗き込んでみる。

「どうだろうか」
「……」

泣きはしなかったが、何の反応もない。
微妙に警戒を含んだ眼差しな気がしないでもないが…泣かれるよりはいい。
この子の前では極力兜を装備しないようと決め、今日のところはもうこのまま休むといいだろうと11に告げる。
急な出来事に、心身ともに疲労は窺えるのだし、なにより子連れとあってはそれも自分たちが思っている以上のものだろう。
じゃあまた明日な、と去っていくティーダに付いて自分もその場を後にした。




それから幾日が過ぎた。
相変わらず気紛れな神は姿を見せない。
それでも、11と幼子は元々の彼女の人となりなのだろう、次第に明るさを見せ始めた。

戦うことはできないが、自分たちが戦地に赴いている間に食事の仕度をしてくれるのはありがたい。
ちょっとした衣服の綻びなども直に見つけて繕ってくれるし、11なりの手助けは自分たちにとってとても助かるものとなっていた。
そんな彼女の手助けになればと、自分たちも暇を見つけては幼子の面倒を見ることも増えてきた。
最初は泣き喚かれたフリオニールにもようやく慣れてきたのか、ここ最近は懐いている。

「だいぶ慣れてきたようだが、その…疲れてはいないだろうか」

洗濯物を干す11の傍らに立ち、手伝いながらそんなことを聞いてみる。

「大丈夫ですよ。これくらい今までもやってきてることですし。それに疲れているのは戦っているウォーリアさん達の方じゃないですか」

なのにあの子の面倒まで見てもらっちゃって逆に申し訳ないと11が恐縮する。
そうは言うが、子供というものは、思いのほか癒されるものだと自分たちは感じていた。
あの無垢な笑顔や無邪気な行動。
何を言っているのか理解しかねる言葉など、未来を思い描くには充分な刺激になるものだ。
それとなく守りたくなる、庇護欲を煽られるのも、あの子供特有の愛らしさの成せる業なのだろう。
それになにより、その子を見つめる母親の眼差しの優しさにとても心を惹かれているというのもある。
いたずらが過ぎて叱る時も、なかなか泣き止まずに困惑している時も、表情の違いこそあれその目はいつも慈愛に満ちていて、いかにあの子に愛情を注いでいるのかが良くわかるものだ。

そうしたひとりの子の母親である11をとても好ましく思っている自分は不謹慎だろうか。
子がいるということは、その伴侶たる相手がいるということだ。
なのに、彼女の、11の母親とは違う一面を見てみたいと思う心は、どうしたものか。

「どうかしましたか?」

動きの止まっていた自分に、そう11が心配そうに顔を覗き込んできた。

「いや。…なんでもない」

心の機微を悟られないよう、動きを再開させる。
そうしているうちに、なにやら柔らかな感触が足に纏わりついてきた。
フリオニールに飽きたのか、構って欲しそうに幼子が見上げて来る。

「あぁだめよ、お邪魔しちゃ」

そう避けようとする11を制して幼子を抱き上げる。
初めにティーダが言っていたように、あのツノが怖かったらしく、兜さえ被っていなければこうして寄って来るなど面白いものだと思う。
子供との接し方がわからない自分には、肩車程度しかしてやれないが、それでも慕ってくれるというものは嬉しい。

「肩車だろうか」

幼子と視線を合わせ、そう問い掛ける。
無垢な瞳で見つめ返してくる幼子が少し首を傾げた後に口を開いた。
拙い、だが嬉しそうな声音に一瞬動きが止まる。

「うわ、ごめんなさいっ!」

慌てて11がこちらから幼子を引き剥がし、何度も謝罪の言葉を告げてきた。

「違うのよー。あなたのパパじゃないでしょー?」

そう、もどかしそうに幼子を窘める11に謝るほどの事ではないと言えば、恥ずかしそうに苦笑を浮かべる。

「ありがとうございます。でもこの子ったら、父親の顔、忘れちゃったのかしら」

苦笑しながら、しかし複雑そうに幼子を見やりそんなことを呟く11に、もしかして自分と幼子の父親とは似ているのかと聞いてみた。

「うーん。全然似てないんですけど…。あ、あぁでも」

そう顔を明るくしてこちらを見やってきた。

「ウォーリアさんの真っ直ぐな感じっていうか、雰囲気が似てるのかもしれないです」

肩車もよくしてくれたし、と懐かしそうに微笑む11に、僅かな焦燥が生じた。

この笑みは、自分に向けられた笑みではない。
彼女の伴侶に向けられたものだ。
彼女を心から愛し、その彼女から同じくして愛情を向けられる存在が羨ましいと思ってしまうのは己の精神がまだ未熟なせいなのだろうか。
しかし、ここに居もしない相手に嫉妬をしたところで、どうにかなるわけではない。
なによりこんな想いは独りよがりのものであって、11にとっては迷惑な話だ。
馬鹿な考えなど起こしてはいけない事だと、ひとり心のうちで留めるのみ。



その日の夜。
テントにて、眠れぬ時間を過ごしていると、淡く眩い小さな光が入口付近に浮かび上がった。
気紛れな神のお出ましだ。

聞きたいことはごまんとある。
戦う力の持たない11が、なぜ神々の闘争あるこの世界に現れたのか。
それはコスモスの意思なのか。
彼女が元の世界に戻ることは適うのだろうか。
そう問いかけるより先にコスモスが紡ぐ。

「彼女がなぜこのようなところに現れたのか。それは彼女の心の内」
「心…?」
「波長が…合ったのでしょうね。彼女の混迷とした意識が。その意識が、漂って」

この異界に到達したのだろうとコスモスは言う。

(混迷…意識…?)

初めて会った時には、当然のことながら混乱した様子だったが、日々この世界に慣れていった11に混迷したような様子など見られはしない。
時には幼子に困惑した面立ちを覗かせることもあるが…今日だってそうだった。
幼子の紡いだ急な言葉に戸惑ったような顔をして。
だが、母親というものはおそらくそういったものなのだろうと認識していたのだが。
静かなテント内に、外から泣き声が聞こえてきた。
篭ったように耳に届く声。
11のテントの方から聞こえるということは、あの幼子が夜泣きをしているのだろう。

「彼女の意思が、きっと……」

きっと…の後の言葉はコスモスの姿とともに消え入ってしまった。

意思?
帰りたいと思っているのは、ここに現れた時から願っていることだろう。
では、なぜ未だに彼女はこの世界に存在しているのか。
願う意思が足りないのだろうか。
しっかりと、もっと強くに帰りたいと望めば、と彼女に教えれば元の世界に帰ることが出来るのだろうか。

「……」

それを伝えるのは自分の役目なのだろう。
そしてそれが適うかどうかは彼女の意思次第なのだろうが……。
途切れることのない幼子の声が無性に気にかかり、ふとテントを後にする。


11のテントの前まで足を運び立ち止まると、幼子の泣き声に混じって、11の話声が聞こえてきた。
父親を呼びながらむずがる幼子に、大丈夫だからと懸命に宥めている様子だ。
懸命に、だが寂しそうに紡ぐ彼女の言葉に耳が留まる。

「大丈夫だから。でも、ごめんね。もう、パパはいないのよ」

ごめんねと何度も紡ぎ、次第に涙声になって行く11に堪らず声をかけてしまった。
こんな時間に声をかけられることなど思いもよらないのは当然だ。
驚いた声ながらも、中に入ることに了承を得てテント内へと身を運ぶ。

「ごめんなさい。起こしてしまいましたね」
「いや。まだ眠ってはいなかったから気にするな」

そう応えれば幾分か安堵したかのように見えた。
だが潤んだ目元は隠すことはできない。

「その子には、…父親がいないのだろうか」

目を瞠る11に聞いてしまってすまないと付けたし様子を窺うと、いつの間にか泣き止んでいた幼子をきつく抱きしめ顔を俯けた。

「えぇと…あの。思い出したんです。この子が、ウォーリアさんのことパパって呼んで…。数ヶ月前に、事故で亡くしたこと……」

ポツリと11が語り始めた。
子の父親を事故で亡くしたこと。
お互い頼れる身内もいなかったため、それからは女手ひとつで頑張ってきてみたこと。
しかし、子の父親を思い出すたびに押し寄せる虚無感。

「私、どんなにあの人に頼りっぱなしだったのかって、なんだか情けなくなっちゃって…」

ずっと傍にいるはずのかけがえのない存在を喪失して、幼子と命を捨ててしまおうかと思ったこともあったという。

「命を、粗末にしてはいけない」
「うん。ここに来て、あらためてそれに気がつかされました」

ここは常に死と隣合わせである世界だということ。
それでも皆絶望などせず、持ちうる力を駆使して戦い生きている姿を見て、自分がいかに甘えた考えを持っていたのかということを痛感したという。
そして11自身が子の父親に頼っていたように、幼子には今11しか頼る者がいないということ。

「この子には私しかいないんですよね。この先、この子を愛してくれる誰かが現れるまで」

だからもう、思い出に泣くのは止めると11は顔をあげた。

「この子が立派に成人して、あの人の墓前に胸張って報告できるよう、私がしっかりしなきゃ」

意思が固まったのか、11の目は今までのような儚げな優しさではなく、強さに満ちた力を宿していた。
やはり、母親とは強い存在なのだと思う。
ここに辿り着いたことが切欠とはいえ、子を想う気持ちが彼女自身の蟠りを払い退けてしまったのだから。
それともそれは11自身の強さ、なのだろうか。
はっきりしている事は、今の彼女の頑なな意志なら、この先はきっと迷いを生むことなく突き進んで行くことが出来るだろうということ。

「私は、君の強さをとても好ましく想っている」

そう11の頬に手を寄せると、僅かに11の頬が染まった。
徐々に薄れ始めた11とその腕に収まる幼子の姿。
コスモスの言わんとしていたことは、この事なのだろう。
11の迷いが晴れた今、もうこの世界に留まっている理由などない。
混迷に漂っていた意識が、本来の彼女の元へと戻って行くのだ。

「あっあの、ウォーリアさんっ」

透き通りつつある体に気がついた11が慌てた様子で語りかけてきた。

「ありがとうございました。本当に。あなたに見つけてもらえて、本当に良かった」

頬に寄せていたこちらの手に、感謝を示すように11が手を添えた。
だが消え行く体のせいで、触れることは適わない。

「私もだ、11。君と、君のその幼子に出会えてとても良かったと思う」

そう応えれば、今までで見せた中で一番の笑顔を覗かせてきた。


完全に11の姿が消えうせ、残ったものは先ほどまで彼女たちが生活をしていたという痕跡のみ。
これで、良かったのだろう。
彼女はこの異界に相応しくない者だったのだから。

ただひとつ惜しむらくは、まだ触れることの適った彼女の頬に手を添えた時に見せた、母親としてではない、ひとりの女性としての11の顔をもっと見てみたかったという己の情けない想いも残ってしまったことだろうか。

-end-

2010/11/4 京さまリク




[*prev] [next#]
[表紙へ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -