DFFガラケー | ナノ




感情 前

コスモスの加護の残る聖域に辿り着き、しばらくはこの地を拠点にしようとテントを構える。
敵の襲来を気にすることなく久しぶりにゆっくりと体を休めることができるのだと思うと些か心が軽くなるようだ。
鎧を外し、体を伸ばす。
11は今は他の者の元へと赴いているがじきに戻ってくるだろう。
彼女が戻ってくる前に一足先に休める準備をしてしまおうと、傍らにある水辺より桶に水を汲む。

そうしているうちに程なくして木陰に淡い光が浮かび上がった。
彼女の到着だ。
光の中より、徐々に11の姿がはっきりとしてくる。
しかし一向にこちらにやって来ない。
いつもなら急ぐ必要もないというのに駆け寄ってくるのだが。
それどころか、なにやらもたついている。
どうかしたのだろうかと側へと近寄っていくと、こちらに気がついた11が困惑気な顔を向けてきた。

「どうした11」
「あの、髪が引っかかってしまいまして…」

と掴んでいる枝に目を向ける。
しなった枝先には11の絡まった髪。
どうにかして解こうと試みているようだが。

「私がやろう」

益々絡まっていく様に見るに見かねてそう11の手を避け、解きにかかる。
しかし胸元に位置する11の頭が落ち着きなく揺れているせいでなかなか巧く解けない。

「11、動かないでもらえると解きやすいのだが」
「あっ、すみません」

そう気落ちしたかのように顔を俯ける。
好奇心旺盛な彼女のことだから、初めて訪れたこの地を早く散策してみたくて仕方がないのだろう。
気持ちは察するがそれにはまず絡まった髪を解いてしまわなければならないのだから辛抱してもらうしかない。


「あぁ。そういえば」

と視線を11に落とす。

「泉源を見つけた」

温泉に入れるぞ、と言えばパッと明るい顔でこちらを見上げてきた。
行動をともにしている以上、体を清めるといえば水での沐浴が常である。
そのような中でたまにこうして見つけることのできる温泉というものはいたくありがたいし、女性なら喜びも一入だろう。

「久しぶりに、ゆっくり休めますね」

と嬉しそうな笑顔を覗かせる。

「そうだな」

こちらも微笑みで返す。

「一緒に入ろうか」

と続ければ ”はい” と返事をしたものの、瞬時に顔を赤らめ慌て始めた。
おそらく条件反射的に返答してしまったのだろう。

「あの、そういうのは恥ずかしいというかその」
「素肌を知らない仲ではないだろう?」

と言葉を返すと、それとこれとは別です、と恥じらいに頬を染めて再び俯く。
冗談で言ってみたのだが、そんな11の反応が面白く感じもう少し続けてみる。

「私と入るのは嫌だろうか」
「そんなことはないですけども…でも…」

やっぱり恥ずかしいのでダメです、と顔を手で覆い隠してしまった。
流石にこれ以上からかうと逃出されてしまうのではないか。
そう思い、解けた髪のクセを直すように手で梳いてやり、冗談だと一言告げて気落ち気味に食事の仕度に向う。


仕度中も食事中も、先ほど言ったことが余程気にかかっているのか何度もこちらの様子を窺ってくる11。

(…面白い)

とは思うものの、半分は本気で言っていただけに嫌がられてしまったことには少し気落ちしているのは事実だ。
それもあって、11も様子を窺ってきているのだろう。
とはいえいつまでも気を落としていても仕方がない。
気分転換にと食事を早々に終え、温泉に足を向ける。
それを受け、漸く一緒に入るということは無いのだと安心したのかホッとしたような顔つきの11に見送られてしまった。
些か複雑である。


湯に浸かり、岩場に体を預けて目を瞑る。
久しぶりに浸かることのできた温かい湯の中において身も心も解きほぐされるかのようだ。
このような場で、11と共に過ごす事ができたならとても有意義だと思う。
誰に邪魔をされることもない、敵の襲来を気にすることもない寛げる空間だというのに…。

「……あぁ」

そういうことかと、自分の考えに気がつき息を吐く。
11が恋しいのだ、自分は。

自分ではそんなつもりで言っていたわけではないのだが、無意識にそれを望んでいたのかもしれない。
体を重ねたいとでも言えばいいのか、つまりはそんな浅はかな想いが根底にあったのだ。
そればかりが全てではないことはわかっているが、愛しい者と触れ合いたいと思うのは正常な考えだと思う。
だからといってそんな機会も時間もあまり無く日々を過ごしてきていたのだが、そろそろ限界のようだ。
それならば11に触れてしまえばいいと思うが、果たしてこうも落ち着いた雰囲気の中どのように誘えばいいものか。
いつもはどう誘っていただろうか。久しぶり過ぎて忘れている。いや、考えて行動するものでもないのか?
いっそのこと、無理やりにでも共に入ってしまえば良かったのかもしれない。
しかし11の意思を無碍に、それを強要するわけにもいかない。

想いに気がついたらそんな考えばかりが頭を巡ってしまう。
考えた所で、結局はなるようにしかならないのではないだろうか。
そうひとり結論付け、湯から上がる。


テントに戻ると11は散策にでも行っていたのか、少し離れた所からこちらへと駆け寄ってきた。

「いいお湯でしたか?」

と期待に満ちた様子で尋ねてくる。
肯定の返事をして、入ってくるといいと促せば嬉しそうに仕度を抱えて向っていった。
その後姿を見送り、テントに入る。
いつもならば自分の分と11の分のふたつなのだが、これも無意識の願望の現れだったのか立てたテントはひとつ。

11は気付いていないのだろうか、いつもと違うことに。
それとも気付いていて、あえてそこに触れないでいるのか。
そんなことに頭を悩ませながらテントの幕を開いて中に入ると、寝具が目に映った。

敷かれた寝具はふたつ。
隣り合わせに並んでいる。
自分は敷いてはいない、となると敷いたのは11だ。
その並んだ寝具の意味するところを悟り、自分だけが望んでいたことではなかったという安堵感と嬉しさに口元が綻ぶ。

どんな想いをもって、準備をしていてくれたのだろうか。
恥ずかしがりやの彼女のことだから、敷いた後から込み上げてきた羞恥に散策でもしていたのだろう。
だから、こんな時間にフラフラと出歩いていたのではないのか。

それを考えると言い様もない気持ちが胸の奥にこみ上げてくる。
記憶の無い自分に、このような人間らしい感情を思い出させてくれた11には感謝したい。
戦いにあけくれ、ともすれば人ということも忘れてしまいそうになることがある。
それでもこの気持ちがあれば自分は人なのだと、戦いから身を離せばひとりの男なのだということを思い出すことができるのだから。

-end-

2010/1/13




[*prev] [next#]
[表紙へ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -