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懊悩


<もう、ダメかも>

携帯の画面に表示されたそんな文字を見ながら、溜息を吐く。
これを打ち込んだのは一週間前。
相手に送ることなく保存されたこのメールを見返した回数は数知れず。
絵文字も顔文字も使っていないシンプルな文章だけど、普段からそんなには使わない方だし、思いの意図を汲んでもらう為には反ってこっちの方が効果はあるはずだ。
でも、送信できていないのはまだどこか自分の気持ちに踏ん切りがついていないから。
これを送ってしまったら、ザックスはどう思うだろうか。
そのままの意味を捉えて <わかった> の一言が返ってきてしまったら……そう思うと送れないのだから、まだ自分はザックスのことが好きなのだろう。
ううん、違う。
好きなのだろう、なんて他人事じゃなくて、好きなんだ。
この短い文章にすらそれが見て取れる。
かも、だなんて曖昧な言葉。
本当に終わりたいのなら、それをキチンと示す言葉で伝えるべきで。
こんなメールなんて、ただザックスにかまってもらいたいから。
かまってもらいたいから、だから <わかった> の言葉が返ってくるのが怖くて送れない。
そんな悪循環に陥って早一週間。
今日もまた送信することが出来ずに携帯をたたむ。
そもそも、今回はどのくらいだろうか。
ザックスと顔を合わせていない日々が続いているのは。
彼はソルジャーだ。
だから、任務となればどこへでも向かわなければならない。
ここミッドガルを離れ、船を使いヘリを使い、ずっと遠くの地へ。
会いたいと願ったところですぐに会うことが出来ないほどの遠方で、時には命の危機に晒されながらも頑張っている。
誇りをもって、憧れの英雄さんに一歩でも近づくためにって頑張っているのはよく知っているのに。
自分だって、仕事に忙しい時にはザックスの誘いを断ってたじゃないか。
電話に出ることも適わなくて、メールの返事すらろくにできなくても、ザックスは何一つ文句を言わないでただひたすら待っててくれた。
頑張ったなって褒めてくれて、抱きしめてくれて。
幸せそうな笑みを向けてくれて、疲れた自分を癒してくれた。
自分も、ザックスにとってそうありたいと思ってここまでやってきたけれど、でも……。
メールの返事が来なくなってから一ヵ月。
忙しい時にはこんなことはざらにあるのだし、お互い仕事を持つ身として特に気にすることはなかった。
なのにここ最近気になってしまうのは、半月ほど前に神羅ビル付近でザックスを見かけたからだ。
少し疲れた風だったけれど仕事仲間と歩く姿は元気そうでいて、安堵したものだった。
ミッドガルに戻って来ているのなら数日中に、何かしら連絡してくるだろう。
久しぶりに顔をあわせるのだから楽しみだと心待ちにしていたのだけれど、待てども待てども一向にザックスからの連絡が来ることはなかった。
もしかしたら休む間もなく違う任務に行ってしまったのかもと思ったけれど、その数日後にまたザックスを見かけたのだ。
彼は、この地にいる。
でも、連絡は何もない。
仮にも恋人という立場にあるのなら、いつものように連絡のひとつくらい寄越すべきだ。
なんて傲慢な思いが独り歩きしてしまって思わずあのメールを打ち込んでしまった。
でもそれは結局送信されることなく、今もまだ未送信のまま。
思わせぶりな言葉を肯定されてしまったら本当に関係が終わってしまいそうで、でもやっぱりかまって欲しくて、拙い言葉は保存を維持していた。

「……馬鹿みたい」

つい、声が漏れてしまった。
ザックスと自分は恋人だ。
会いたいなら会いたいって素直に伝えることができなくて、何が恋人だろうか。
想いを同じくした仲なのだから、そこに今更大人ぶった変な遠慮はいらないだろう。
でなきゃ恋人同士である必要もなくなってしまうのだから……。
と、ふと思う。
何かしら遠慮があるから、ザックスは連絡を寄越してこないのではないのだろうかと。
メールが来なくなってから一ヵ月。
戻ってきても何の連絡も寄越さないのは、もう終わりの証?
言葉では伝え難いから、だから自然に距離を置けるように、連絡から途絶えさせて。

「え、やだ……」

別れるなら別れるでいい。
いや、いいってことは決してないけれど、最後に顔を合わせてくれたっていいじゃないか。
途端に焦る気持ちが湧きあがってきた。
手に持つ携帯を開く。
画面はさっき閉じた時のまま <もう、ダメかも> を表示している。
とりあえずこんなものは消してしまって、ザックスに電話をかけてみよう。
出なかったらメールで会いたいって連絡して。
会って、今の気持ちをしっかり伝えて。
自分の何がダメだったのかも聞きたいし、改善できるようなことなら努力したいし。
それでも関係の修復が無理だというのならこれで会うのは最後になるかもしれないけれど……それならそれで、面と向かってお別れしたい。
ザックスの口から、別れを告げられたい。
このまま、自然消滅となってしまうのだけはイヤだ。

「……よしっ」

怯む気持ちは未だあるけれど、ここは自分が動かなければ状況は進まない。
気合を入れてボタンを押す。
そうすると、画面に送信中を伝える表示が映し出される。
紙飛行機が手紙を背に乗っけて飛んでいくというありきたりな表示だけれど……って。

「……あぁっ!?」

気が付いた時にはもう遅い。
飛行機の表示は消えて、画面は待ち受け画像へと変化していた。

「……う、わぁ〜……」

やってしまったことに項垂れる。
そして身を預けていたベッドへと突っ伏して。
どうしようどうしようどうしよう。
賢くない頭をフル回転させて事態を改善するための策を練るのだけれど、動揺が勝ってただでさえ鈍い頭が尚更上手く働かない。
そうだ、電話。
電話して、今のは間違いって、決して自分から別れを望んだわけじゃないって言い訳して……。
身を起こして携帯を見る。
すると、丁度メール着信の知らせが入った。
送り主の欄には、ザックスの名前。
なんで。
この一ヵ月の間、返事すらなかったっていうのに、何でこんなに返信が早いのだろう。
恐る恐る、メールを開く。

<わかった>

その一言のみの簡潔なメール。
途端に血の気が引いてくる。
どうしようどうしようどうしよう。
混乱するも幾ら考えたところで、もう、どうしようもない。
自分から別れを切り出してしまったのだから。
それに肯定をされてしまったのだから。
溢れる涙に視界がぼやける。
これで、終わりなんだ。
なんと呆気ないことだろうか。
きっともう、電話にも出てくれないだろう。

「……」

ムクリと起き上って、ティッシュで鼻をかむ。
それから、洗面所で顔を洗って……鏡に臨んだ自分の顔がヒドイ有様で笑えてきてしまう。
とんだ失恋女だ。
怖くて送ることもできなくて、でも消すことも出来ずにあんなメールを保存しておいて。
さっさと消しておくべきだった。
そうすればこんなことには……少なくとも、自分から別れを切り出すような結果にならずには済んだはずで。
帰宅してから脱ぎっぱなしに放っておいたコートを掴む。
顔を見て、話せなくても、それで気持ちに区切りをつけて……しばらくは痛手を引きずることになるけれども。
これじゃホントにただの構ってちゃんでしかないけど、でも、やっぱり最後くらい顔を見たい。
この時間、ミッドガルに居るのならば神羅ビルの付近でなら会えるかもしれないし。
最後の足掻きだ。
靴を履いて扉を勢いよく開け放つ。
ザックスに会えるといいな。
出来れば、笑顔が見たい。
あんなメールを送りつけておいて、笑顔を浮かべられてたらそれはそれで微妙な心持になってしまうけれど。

「んがっ!?」

ゴツンという物々しい音と共に扉が何かに引っかかった。
そして耳についた、情けない声。
それは聞きなれたもので、今、とても会いたかった人のもので。

「ザックス!?」

どうして、と少し扉を戻し、声のした方へと顔を出すとそこにはぶつけたのであろう額を押さえながら蹲っているザックスの姿があった。

「わ……ごめんね、ザックス。あの…大丈夫……?」
「あー…うん、痛いの慣れてるからこれくらいは平気…ってか、11、出掛けるとこだったのか?」

チャイム鳴らそうかと思ったら急に扉が開いて避ける間もなかったとザックスが立ち上がる。
咄嗟の判断力が命綱となるソルジャーがそんなでいいのかとも思うけども、それだけ自分の部屋に対して気を許してくれていることなのだろうと思う。
思うけども……。

「つか、なんていうか。どうしたんだ、その顔……って!おいっ、もしかして誰かに乱暴でもされたのかっ?相手はまだ中かっ!?」

そう言うや否や、ザックスが部屋へと駆け込んで行った。
自分の泣きはらした面立ちにあらぬ誤解を生んでしまったようだ。
慌ててザックスを追う。
当然ながらに部屋に誰かが居るはずもなく、ザックスが頭にハテナマークを浮かべた面立ちで佇んでいた。

「ザックス、乱暴なんかされてないよ。誰もいないでしょ」
「そうみたいだけど……じゃあ、どうしたってんだよ。…そんな顔して」
「それは…だって、さっきメールで」

別れと捉えられる言葉に対して、わかったって返してきたのはザックスじゃない。

「別れるって……なんだよ」
「だってザックス、わかったって」
「だから急いで会いに来たんだろ?丁度こっちに向かって来てた途中だったしさ」

スピードアップしてスッゲー急いで着いた途端に頭ぶつけるし、別れるとか言われるし。
一体どうしたのかとザックスがまたしても疑問符の浮かんだ面立ちを浮かべてきた。
そんなザックスに、自分の頭にも疑問符が浮かべていると、ザックスが先に声をあげた。

「もうダメかも…って、あれ、会いたいってことじゃなかったのかよ」

11のことだから、会いたいって素直に言わないで、ああやって曖昧な言葉で伝えてきたのかと思ったのだという。
いつも無理して、大人ぶって遠慮して。
そういう意味じゃなかったのか、とザックスが見つめてくる。
あぁ、なんだ。
ザックスはこれほどまでに、自分を理解してくれていたんだ。
あのメールの意図するところも、しっかりとわかっていてくれた。
なのに自分ときたら……。

「俺のこと、キライになったのか?」
「ううん。違うの。……大好きだよ、ザックス」

会いたかった、とザックスの逞しい体に抱き着く。
そうすると、ザックスも嬉しそうに抱きしめ返してくれた。

「俺も、すっごく会いたかった」

額に頬にと口付けが落ちてくる。
それから首筋に顔を埋めてきて、久しぶりの11の感触だー、なんてしみじみ言われてしまえば、さっきまでの動揺は何処かへと飛んで行ってしまう。
なんとも調子のいいものだとは思うけど…最悪の事態は回避されたのだから、これはこれでハッピーエンド?なんて思っていたんだけど。

「そういえば」
「ん?」

口をついた言葉にザックスが顔を上げてきた。

「どうして、メールくれなかったの?一ヵ月くらいメールも電話もなしだなんて今までもよくあったことだけどさ」

それにこっちに帰って来ていたのなら連絡のひとつくらい寄越してくれたっていいじゃない。
なのにそれもなかったから、てっきりフラれてしまったのだと思っていたと紡ぐ。

「……だから、泣いてたのか?」
「うん。だって、ザックスらしくないなって思って」

仕事が忙しいのはお互い様だし、それでも帰省の連絡はかかすことはなかったのだから、変に解釈してしまったのだ。

「11、忙しそうだったからさ、メールとか電話控えてた」

部署が異動になったのは聞いてたし、それにこのメール、とザックスが自身の携帯を開きメール画面を見せてきた。
そこに表示されているのは差出人名11の文字。
その下に連なる文章は

<新部署、超忙しいのー(((p(≧□≦)q)))
目が回るーε=ε=ε=(ノTдT)ノ
メールするの少なくなるやもゴメンねー、ザックスもガンバレー、私もガンバル!
でも会いたいなー会いたいなー早くザックスに会いたいよー。
会えないと死んじゃうよー!
Σ(□ ̄; )Σ(    ;)Σ( ; ̄□)Σ( ̄□ ̄;)
ザックス、大好きー(●´ω`●)ゞ
じゃ、おやすみー( ゚o゚ )オ(゚▽゚)ヤ( ゚・゚ )ス(゚━゚)/~ミー
寝る>

「なに…コレ……」
「何って、11から届いたヤツ」

紛れもなく差出人には自分の名前が記されている。
でも、記憶がない。
慌てて自分の携帯を開く。
日付を確認して……送信履歴を開いてみれば、一語一句違わないメールがそこにはあった。

「普段、こういう顔文字っての?使わないだろ、11。それに会いたいー、なんて可愛らしいことも絶対言わないしさ」

忙しさのあまりに11の精神がヤバい、これはヘタに刺激してしまわない方がいいだろう……と、控えていてくれたらしい。
確かに、これはないだろう。
自分でも引く。
そしてこれが悩みの発端だったということに並々ならない脱力感が湧いてきた。

「こっち戻って来てたのに連絡しなかったのも、同じ。11から落ち着いたメール来るようになってから連絡しようと思ってたんだけど。でも、まぁ、俺の方がガマン出来なくてさー」

ついつい足を向けていた矢先のメールに、喜び勇んですっ飛んで来たのだという。

「なんか私、ホント馬鹿みたい……」

一人勝手に悩んで盛り上がって脱力して。
全てが杞憂に過ぎなかったって、どういうこと。
それも自分自身のメールが原因で、だ。

「まぁ、そういうなって。11がそこまで悩んでくれてたなんて俺としては嬉しいんだから」
「…ザックスは、どうなのよ。すっかり私のことなんてお構いなしに過ごした一ヵ月は」
「うっわー、ヒドイ言い草だよな」

そんな言葉とは裏腹に、満面の笑顔でもって口付てくる。
重なる唇。
それはすぐに離れて、ザックスの大きな手が頭に乗せられた。

「俺だって、不安だったよ。なんか11らしくないメールだったし、ホントは傍に居てやりたかったけど…そうもいかないし」

ただでさえ仕事仕事で会える日が少ないのに、11の異常事態にも駆けつけられなくてゴメン、と謝られてしまった。
そしてザックス自身じゃなくて、もっと自分の傍にいつでも駆けつけることのできるような相手を見つけた方が幸せなんじゃないかとも思ったのだという。

「やっぱさ、こーいう仕事だと、うん、いろいろ危険だったりするしさ」
「え、それはダメだよ。ザックスじゃなきゃ、私……」
「だろ?危険だったりもあるわけだけど、でもやっぱり俺には11が必要だし、11には俺じゃなきゃって気持ちもあって」

そんなことを考えた一ヵ月だったとザックスが言う。

「だから、まだまだ俺に付き合ってくれよ」

そう頭を撫でてくる手が優しくて、心地よくて細めた目に、照れくさそうなザックスの笑みが映る。
彼の笑みは相変わらずに癒しを与えてくれるもの。
久しぶりに訪れた穏やかな気持ちに、一層強く抱きしめる。

-end-

2012/7/28 姫咲さまリク





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