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平穏のひと時


神羅ビル1階、フロアカウンター。
定時近くのこの時間帯は、訪れてくる者も少なく、昼間の忙しなさに比べ長閑なものだ。
受付嬢としてこのビルで働く11はそんな穏やかな一時にガラス越しの外を眺めていた。
外は夕日に赤く染まっている。
落ちていく太陽はこの場所からでは確認できないけれども、今日も1日終わるのだとそんなことを知らせてくれるこの光景が11は好きだった。
今日は何処に寄って帰ろうかだとか、あぁあの本の発売日だったとか、昼食が遅めだったから夜は控えめにしておこうだとか。
終業後のあれやこれやを考えているうちにあっという間に定時の知らせが聞こえてくるのが日課だった。
だが、ここ数日、そんな11の至福の一時は一転していた。

まず、好きだったこの夕暮れ時が訪れると胃が痛みはじめる。
先輩受付嬢が心配そうに11を窺ってきてくれるのだが、曲がりなりにも社の窓口を担う身であるのだから弱音を吐いている場合ではない。
笑顔で大丈夫だと返し、受け付けへとやってくる人々の対応も毅然とした態度で執り行う。
胃痛を抱えているせいか長く感じる夕方の定時の知らせに、本来ならば足取りも軽く更衣室へと向うのだが今は足取りは重い。
気の乗らない着替えを済ませ、帰り道となる社員通用口に近づくにつれてどんどんと気分は沈み込んでいく。
あぁどうか今日こそは。
11はそんな祈りを篭めて扉を開けた。

「お疲れさん」

居た。
11のささやかな祈りも虚しく、堪えていた疲れが身を襲う。
開け放たれた扉の向こう側で待ち受けていたのはソルジャー1stであるジェネシスだ。
11がここ数日気の乗らない帰宅を迫られている原因となっている人物である。

同じ企業に籍を置いているとはいえソルジャーと一般社員である11が日中顔を合わすことなどはない。
ソルジャーはソルジャーで通用口も違うのだし、所属している部署も違えば立場も大きく違う。
それなのに11の帰宅時間になると、決まって姿を現してくる。

「…ソルジャーって案外、暇なんですね」

いい加減憎まれ口のひとつも吐きたくなるものだ。
毎日毎日、絡まないでくれと言っても聞く耳持たずに現れるのだから。

「さて。今日はどこか寄りたいところは?」

そう、相変わらず11の言葉を聞き流しながらジェネシスは11の手を取った。
有無を言わせぬこの行動に11は居心地の悪さを感じる。
何分相手は有名人だ。
クラス1stといえば当然神羅の広告塔ともいえるものだしそれだけでも充分だというのに、それに加え容姿は端整であり体格も良い。
そんな男に腕を引きずられて行く様は悪目立ちもいいとこだ。
11は腕を振り離す。
するとジェネシスが何か言いた気に振り返ってきた。

「う、あ…あの、ちゃんとついて行きますから。掴まなくても」

そんな苦し紛れの言葉にジェネシスの隣に立つ。

「そう?ならいいけど」

でも逃げたらわかってるよな、とジェネシスが紡ぐ。
その言葉に11は大きく何度も頷いた。
11のそんな態度にジェネシスは笑みを零して歩き始めた。
11も遅れをとらないようにと足を運ぶ。

この数日間繰り返されているこのやりとり。
原因はおそらく11自身にあるだろうことはなんとなくわかっていた。
なんとなく、なのは11にその記憶がないからだ。
数日前、付き合っていた男に別れを告げられた。
いつもより洒落たバーに浮き足立っていた11にとっては青天の霹靂もいいところだ。
何も非はなかったと思っていたのは自分だけだったのだと、気がつかなかった己自身がなんとも間抜けで自棄になってしまったのだろう。
深酒してしまったあまりにその後の記憶がない。
気がついたらベッドの中で、この男が隣にいたのだ。

お互い身に纏っているものは何もなく、そういうことをしてしまったのであろうことはすぐに理解できた。
理解できたのはいいが、その後だ。
相手はソルジャー。それも1st。
ファンクラブもあるという男と、付き合っているでもなくそんなことになったのだと社内に知れ渡ってしまったら11の身がヤバイ。
陰口からはじまり陰湿なことをしてくる者も現れかねない。
女の情報網とはあなどれるものではないのだと11自身よく知っているのだから、この事態がいかに大事なのかはすぐに察することができた。
だからその場で必至に謝って、このことは内密に、お互い一夜の過ちとして終わりましょうと懇願したのだが。
運悪くもあの日は仕事帰りで、服のポケットには社員証が入っていた。
おそらくなんらかの節でジェネシスはそれを見かけたのだろう、その翌日からこの扱いである。
だがいい加減何日もこんな状態が続いているとなると、そろそろ女子社員の目が気になってくるところだ。
なんとかこの状況から解放されたい。

ジェネシスが11に構ってくるのを何とか止めさせる事ができるのなら1番早いのだろうが、言ってみたところで聞く耳持たずなのだから効果は無い。
あえて逃げてみたとしても、あらぬ噂を流すようなことを暗に示しているのだからそれも適わずだ。
ジェネシス自身が飽きてくれるのを待つとなるといつになるのかわからない、そんな気の長い話はそれこそ勘弁して欲しい。
何が最善策か頭を悩ませる。

タクシーに乗り着いたところは何度か連れて来られたレストランだ。
ジェネシスがいつの間にか注文も支払を済ませているから実際のところはわからないが、多分、少々値が張る店なのは様相から充分窺える。
だが、そんなことをいつも考えて食事をとるものだから味もわからずせっかくの料理も台無しだ。
たまには純粋に料理を楽しみたいところなのだが。
ジェネシスが何やら話しているが、その内容すら困惑している11の頭には入ってこない。
そして今日もろくに味わう事もできずに食事が終わった。
それから店を出て、タクシーの集まる場所へと向う。
いつもそうだ。
食事を終えると、11はこうして送られる。
そこでジェネシスと別れて、11は自宅へ、ジェネシスはビルへと戻る。
勝手に帰るとうるさいヤツがいるのだと、愚痴を零していたこともあった。

「本当にどこか寄りたいところとかないのか」

そう尋ねてくるジェネシスに11は頷き返す。
本当は寄りたい所はたくさんある。
しかしそれを告げたらジェネシスはついて来るだろう。
早くこの状態から解放されたい11にとってそれは遠慮願いたいことだ。
食事に時間を取られて、行ける所といえば限られてくるのだけれど一度ジェネシスから離れてしまえば自由に買い物などはできるのだし。
それにジェネシスがビルに戻るということは、まだ仕事が残っているということだ。
なのにわざわざ11の終業に合わせてやってくるなんて手間もいいところじゃないだろうか……。

11はふと、ひとつの疑問を持った。
こんな疑問は浅はかかもしれない。
何を調子付いているのかと笑われるかもしれない。
だが、この状態を打開できるかもしれないひとつの可能性を口にしてみた。

「も、もしかしてジェネシスさん…私のこと、好き…だったりするんですか?」

そう、恐る恐る11はジェネシスの顔を窺った。
対してジェネシスはといえば、目を瞠り、驚いた面持ちの後静かに笑い出した。
そのジェネシスの様子に11は顔が火照ってくる。
馬鹿なことを聞いてしまった。
案の定、勘違いな思考を笑われてしまったじゃないか。
しかし、これで良かったのかもしれないとも思う。
これをきっかけにジェネシスが11を見限ってくれるのならそれこそ結構なことだ。
勘違いな話は恥ずかしい事だったけれど、それならそうでもっと早くに気が付いていれば今更こんな気恥ずかしい思いをすることにはならなかったのかもしれない。
そんなことを思いながら羞恥に赤らむ顔を誤魔化すよう、11はそそくさとタクシーへと乗り込む。
行き先を告げて、車のドアが閉まろうとした時、それをジェネシスが制してきた。

「そんなだから前の男に振られたんだ」

そう告げてきたジェネシスの言葉は11にとっては手厳しいもの。
そして言い返したくても言い返せない。
滲む涙を堪え、ドアを掴んでいたジェネシスの手を鞄で殴りつけて運転手にさっさと出してくれと告げる。
閉まるドア。
走り出した車の中、11は無言で涙を流した。





「やっと戻ってきたか」

お前の分はまだ残っているんだぞと、書類片手にアンジールが出迎える。
もうひとりのソルジャーは、現在出向に赴いているために不在であり、現在主だった任務はアンジールとジェネシスのふたりが担っているのだからそれなりに仕事は溜まっている。
やらなければならないことが沢山あることはわかっているが…ジェネシスは一度溜息を吐いて、ソファへと腰を降ろした。

「どうした。気が乗らないようだな」

気が乗っていないのはいつものことなのだが、それでもこの数日間、こうして出掛けて、戻ってきた後には機嫌よくこなしてくれていたのだが。
何かあったのかとアンジールが尋ねる。
ジェネシスが出掛けていた理由は知っている。
女…それも同じ企業に勤めている者が相手だということも。
また煩わしい事にならなければいいのだが、と他人事ながら思っていたのだがこの様子からして何かが起こったらしいことは明白だ。

「泣かせた」

そう紡ぐジェネシスに、そんなことはいつもの事だろうとアンジールが返す。
付き合っているのかそうでないのか曖昧な関係に、泣かせた女は数知れずだ。
それこそその中に神羅の社員も含まれている。
その女性の辿った結果は、彼女が今はもう既に退社しているという噂からなんとも言い難い思いを抱えたものだが、所詮は他人事であるのだしジェネシスに注意はしたけれど基本的には傍観に徹することしかできない。
しかし二度目ともなると黙っているのはなんとなく憚れるものがある。

「…それで、原因は何なんだ。また違う女といるところでも見られたのか」

大概この辺りが原因となって泣かせているのだということは聞いていたし、それ以外の原因なんてアンジールには浮かびようも無い。

「あー、違う。今はあの子だけだし」
「ほう。珍しいな」

ジェネシスの意外な言葉に、アンジールは驚きを隠すことなく対面に位置するソファに腰を降ろした。
そんなアンジールにジェネシスは一度怪訝そうな視線を送ったが、それに臆する事もなくアンジールは話の続きを促した。

「……聞きたいのか」
「話して、楽になることもあるんじゃないのか」

お前のその静けさが無気味ではあるしな、と苦笑を漏らすアンジールにジェネシスはまた一度小さく溜息を吐いた。
それからジェネシスは話し出した。

もともと、受付嬢として働いていることは知っていた。
遠目から見たことがある程度だが、ただ単に容姿が好みだったから顔は覚えていたのだ。
それから、初めて訪れたバーにてその彼女を見かけた。
そしてたまたまにしては偶然が重なりすぎているが、その彼女がその場でお相手に振られているのを目撃した。
傷心なのか、ありがちなことだが深酒に酔っ払った彼女をこれ幸いにとお持ち帰りした。

「11っていうんだけどさ。まぁ、その時に初めて名前を知ったんだ。ご丁寧にもIDカード持ってて」

アレないと帰れないし当たり前だけど、と続ける。
酔っているし好みだから、一夜の相手でも悪くないと思ったのだという。
その場限りで、後腐れも何もなく。
それに社員相手なのは前例もあり、後を引くのはバツが悪いと感じていたのはジェネシスも同じだったらしいのだが。

「一体何なのか自分でも不思議だよ。これだけ11に纏わりついてさ」

だから周囲の目を気にしないですむよう、少しばかりお高い店に連れて行っていた。
それに至るまでに多少脅しともとれる事を言ってしまったし、関係を続けて行くための口実が欲しかったといえば可愛いものだが、相手からしてみれば穏やかではなかっただろう。

言われてみれば、アンジールにとっても不思議な光景ではあった。
常ならば、ジェネシスが女を追うようなことはない。
放っておいても、女たちの方から寄ってくるのだから…それみよがしに好き放題行動を起こしていたジェネシスもジェネシスで問題ではあるが。
それが、夕方になると彼女の元へと足を運び、食事をし、仕事へと戻ってくるというなんとも億劫な行動を繰り返している。
また、食事だけ、というのもジェネシスらしくない。

「警戒されてるみたいでね、何回か食事でもすれば気も弛むかなと思ってたんだけど」

そんなジェネシスの思惑とは間逆に日に日に11の様子は暗くなる一方であり、終いには 「好きなのか?」 と聞かれる始末だ。

「好きでもない相手に毎日毎日足しげく通う馬鹿がどこにいるんだっていう話じゃないか」
「そういうことは、最初に言っておくべきことじゃないのか」
「いやさ、普通そのあたり空気読むだろ」

そんなことを言われてしまっては、この数日の自分は一体なんだったのかと馬鹿らしくなってきたのだという。
あげくに 「そんなだから振られたんだ」 なんて言葉を投げつけて。
泣き顔は見せなかったが、きっとあの後泣いただろうことは想像に難くない。

「まるで子供だな。ジェネシス」

11という女性の想いはともかくも、手に入らないとなれば手の平を返したような態度は幼稚なものだ。
しかしアンジールにとっては、それも仕方のないものなのかもしれないと思う。
何分この容姿に加えて人の羨む肩書きも実力も兼ね備えている。それゆえに女に不自由したことなどないのだから、追う経験なんてない。
人生において初となるのかどうかはそこまで図りかねるが、失恋に沈み込んでしまうのも無理はないだろう。

「当然だが、言葉が足りなかったお前が悪い」

だが、とアンジールは言葉を続けた。





ジェネシスと最後の食事をしてから数週間が経った。
あの日11はタクシーの中で涙を流し、家に戻ってからも散々泣き散らした。
運良くも翌日は休暇日だったおかげで、腫れた面立ちを誰に知られるともなく過すことができた。
そしてさらにその翌日にあたる出社の日には、スッキリとした気分で向かえることができていた。
何しろ振られたあの日からジェネシスが纏わり付いていたせいで失恋に泣く暇もなかったのだし、ようやくひとつの区切りをつけることができたのだと前向きに捉えてのものだ。
迫る夕方に胃痛を起こしもしたが、それもその日だけで、問題のジェネシスの姿は久しく見ていない。
おそらく、やっと見限ってくれたのだろう。
何が面白かったのか知らないが、絡みまくられていたあの日々に終焉を迎えることができていつもの日常が戻ってきたのだ。

それからしばらく経った今日この頃、ジェネシスから向けられた最後の言葉も、11にとって当たり前のこととして昇華されていた。
確かに恋人に対して自分は甘んじていた。
好かれているのだから当然だと。だから何をしてもいいのだと、相手の意を汲むことなく振舞っていた結果であり、それを知らせてくれたジェネシスには少しだけ感謝もしている。

日が沈み、終業の時間が訪れる。
ジェネシスが迎えてくれていたあの日々のように、気を使って身なりをキレイにして帰る必要もなく簡単に身支度を整える。
帰り道に本屋に寄って、食事の後に楽しむ本を買って帰ろうと11は通用口の扉を開いた。

「お疲れさん」
「……は?」
「久しぶり、11」

そう紡ぐ、薄暗い通路にも些か目立つ赤いコートの持ち主は紛れもなくジェネシスであり、11は思わず素っ頓狂な声を上げていた。
驚くのも無理はない。
あの日あの出来事から1ヶ月を迎えようとしていた頃である。
いくらなんでも、もうこうして迎えてくることなんてないだろうと思っていたのだから。
さぁ行こうかと手を捕り連れて行こうとするジェネシスに抗うように11は腕に力を篭める。
ソルジャーからしてみればなんてこともない微々たる力だが、動こうとしない意思を見せている11にジェネシスは振り返った。

「あ。えっと、なんていうのか…どうしたんですか?その、久しぶり、ですけども」

見限られたのだと思っていたのだから突然の出現に戸惑いを隠せない。
そして相変わらずにジェネシスの意図も読めずに11は困惑する。
それから、不思議とほんの少しの高揚感。

「話なら、ここででも」

そう紡ぐ11をジェネシスは見下ろす。

「……11がここがいいって言うんならいいけど」

そう返してきたジェネシスに11は再び驚いた。
いつもなら、11の言う事など聞く耳持たずなのに。
意外な返答に、言ったはいいが流石にこんな通用口のまん前もどうだろうかとひとまずビルの外へと向う事にした。
歩く間、ジェネシスは無言である。以前は何かと話し掛けてきていたのに。
前とは異なる気まずさに、なんとなく11は口を開いた。

「あの、…お元気にしてました?その、私、あの日失礼なこと言ってしまって」

浅はかにもほどがあったと謝罪を述べる。

「いや。俺こそ、言葉が足りなかった」

ジェネシスがそう立ち止まり、11に向き直った。
肝心なことを告げずに立ち振る舞っても相手は動揺するしかないのだと、動揺は不安を招くものだと、ある人物からそう説教をくらったのだという。
ジェネシスに説教することができる者など、限られている。
しかし、11はあえてその人物が誰なのかは聞かずにおいた。

「それで、あんなこと言った手前で何だけど。すぐにでも伝えようと思っていたんだ」

ところが翌日から出向していたソルジャーと入れ替わりに、自分が赴くこととなりそれも適わず、ようやく今日戻って来たのだという。

「まったく、あの男の気紛れもほどほどにして欲しいもんだよ」
「えぇと、それじゃあジェネシスさんお疲れでしょう?だったら私なんかに構わず」
「だから。言いたいことがあるって言ってるだろう」

本当に人の気を察する事ができないヤツ、とジェネシスが息を漏らす。
そんなジェネシスに11は再び鼓動が高まっていくのを感じた。
疲れを圧して、わざわざ自分なんかの元へと赴いて来てくれたジェネシスの意図は。
あの時の11の言葉の応えは。
からかいなんかではなく、真摯な眼差しを向けてくるジェネシスに11は息を呑む。

「11のことが、好きなんだよ」

そう、ジェネシスが紡いだ。それから、なんでかわからないけれども、とも。
だからああして食事に誘って…というか無理やりだったかもしれないけれど、少しでも一緒にいられるのならと起こした行動だったのだと言う。
結果、11を困惑させてしまっていたのだが、ではなんで11が困惑する必要があったのかという話に及んできた。
どうでもいいのならいくらでも逃げる機会はあったはずだ。
例え、本気ではなかったあの脅しともいえる言葉を受けていてもだ。
自分は被害者なのだと信頼を寄せる上司なり仲間なりに伝えれば11自身の保身はできたはず。
なのにそれをしないで、困惑しながらも日々付いて来ていた11の真意をジェネシスは尋ねる。

「 ”傲慢なお前にここまで付き合ってきた彼女の本当の気持ちはどうなんだろうな” って言われたんだ」

好きかどうかと聞くにも勇気がいることだったと思う、と。

11はジェネシスを見上げる。
この男が自分を好きだと言う言葉は、本当のものだろう。
なぜ好きになってしまったのかは、ジェネシス自身もよくわかっていないと言っていたけれど。
だがそれは11も同じで、なんで自分なんかを、と思っていることが困惑の原因だった。
望んだことではないけれど、図らずも一夜を共にしてしまった。
自分には手の届くことなんかあるはずもないこの男と。
分不相応な事態に戸惑い、また僅かな高揚感。
だがそんなこともあるのかと割り切って終わろうと思っていた11に反して、なぜか付き纏いだしたのはジェネシスの方だった。
意図の読めない行動に疑問を抱き、警戒し、周りの目が気になって胃が痛む思いもした。
それでもそんなジェネシスの行動に逃げ出すこともしないで付き合っていたのは、ほんの少し、嬉しかったという気持ちもあったからだ。
あのソルジャー1stと、というミーハーな気持ちもほんの少しありはしたが。
そして、この1ヵ月の間、自由であったはずなのにどこか物足りなさを感じていた。
つまりは11自身、あの数日の間になぜか心絆されていたということだ。

「ということは、晴れて私たち両想い、じゃないですか?」

11はジェネシスの手を捕った。
ジェネシスはといえば、そんな11の行動に、呆気にとられたような面立ちを覗かせている。

「責任とって、ちゃんと守ってくださいね。女子社員、コワイんですから」

そう笑顔を覗かせた11にジェネシスは、ようやく理解することができた。
彼女の笑顔に心奪われたのだ、自分は。
毎日毎日、嫌な顔ひとつせず、受付フロア-で。
どんな相手でも笑顔を崩すことなく働いている11を目にして、あの笑顔を自分のものにしたい、そう思っていた。

「このまま辞めてしまってもいいんじゃないのか。11ひとりくらい、いくらでも養える」
「そ、それはあれですよ。気が早いっていうか!」

慌てる11にジェネシスは苦笑を零した。
今の言葉は本気半分冗談半分だ。
それでも本気で慌てる11が面白い。

「じゃあ、とりあえず。久しぶりの食事にでも行こうか」

いつ以来かわからない穏やかな気分に、ジェネシスは11の手を握り直して歩き出す。

-end-

2011/02/28 りん様リク





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