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幼き君 前


一年中、季節を問わず好きな時に実をつけるバノーラ・ホワイト。
通称バカリンゴと呼ばれているこの実の生産地である小さな村で、俺たちは育った。
貧しいながらも仲の良い両親と暮らしていた俺と、村の地主の息子であるあいつ。
同じ年頃の子供が自分たちだけとあってか、暇さえあればいつも一緒に行動をしていた。
村の近くの清流で沢登を楽しんだり、大人たちに入ってはいけないと言われていた寂れた工場内に忍び込んでみたりとやんちゃな盛りの自分たちには怖いものなんてなく、時には村の誰かの持ち物であるバカリンゴを拝借したりと、閉鎖的な地域ながらもそれなりに楽しい幼少期を過ごしていた。

そんなある日のこと、村はずれに住む若夫婦の元にひとつの命が誕生した。
自分たちより幼い者なんて、旅行で出掛けたよその土地でしか見たことがない。
それも触れたり、一緒に遊んだりなどしたことがなかったのだからそれはもうあいつとふたりで喜んだものだ。

初めて見た小さな赤ん坊。
しわしわで、頼りなくて、柔らかそうで。
泣き出すと途端に真っ赤になる顔に、なるほど赤ん坊とはよく言ったものだなんて子供ながらに感心してみたり。
若夫婦には自分たちもとても可愛がってもらっていたし、そんなふたりの子供なのだからこれからは自分たちが幼い命を守らなくてはとあいつと幼稚な決意をしたのもあの日だったか。

学校が終わればすぐにあの赤ん坊の家に足を向ける。
あいつなんか家庭教師を放っておいてまで訪れていたのだからたいした熱の入れようだったと思う。
まぁ熱の入れように関しては自分も同じなのだが。
日に日に成長していく様子が面白くて楽しくて自分たちの好奇心を高めていった。
それも当然のことだろう。
生まれてきてまだひとりでは何もできない生き物が、歩き始め、言葉を覚え、自分たち以上に周りへの興味を露にしていくのだから。

若夫婦がふたりで仕事に出なければならない日には短時間ながらも子守りを請け負ったこともあった。
しょっちゅう家を訪れていたのもあってか、信頼されていたのだろう。
それになによりあの赤ん坊が自分たちによく懐いていたのもあるのだと思う。
拙い言葉ながらも ”あんじー。じぇね” と名前を呼びながら後ろをついて回ってくる様は可愛らしいものだった。

成長するに連れ、あの赤ん坊…11を連れて外で遊ぶことも次第に増えていった。
とはいっても女の子の遊びなんて知らない自分たちは遊びといったら木に登ってみたり小さな滝から飛び込んでみたりと乱暴なことばかりだ。
それでも11にとって遊びとは殆どが自分たちに教えてもらうものばかりなのだから、それを当然のように受け入れていった。
木登りがお手の物なんてことは当たり前で、あいつが嫌がる虫すら素手で触れるようにと少々お転婆に育ちすぎてしまったかもしれないが、あの時はそれが楽しくて仕方がなかったのだからしょうがない。

昼寝の時間はあいつが絵本を読み、自分が11の隣に寄り添うのが日課だった。
11はあいつに本を読んでもらうことが楽しみだったようだし、それに応えようとあいつも様々な絵本を持ち込んでは11に読み聞かせをしていた。
今にして思えばあいつがいろいろな本を読むようになったのはあの昼寝の時間が切欠なのかもしれない。
年月を重ね成長する一方、そんな昼寝の儀式も自然となくなっていきはしたが穏やかに過ごす毎日には変わりはなくて、こんな日がずっと続くものだと思っていた。



「アンジーとジェネ、またお出かけ?」

そう小首を傾げて見上げてくるのはあの赤ん坊だった11だ。
成長とは早いもので(それは自分たちもそうなのだが、傍から見るのとはまた違う)11は10歳になり、多少ながらも女の子らしい仕草も出てきた。

「こんな小さな村じゃ、英雄になんかなれないだろ」

そう溜息をつくジェネシスに11が英雄と小さく呟いた。
巷を賑わす英雄の話題。
この村にもそんな英雄の話は流れてきていた。
年の頃は自分たちと変わらないと言う英雄に羨望を抱いたのだろう。
ソルジャーになると決めたジェネシスを宥め、農園はどうするのか、親を置いて行くのかと何度も説得を試みた。
11には口論している自分たちの姿を見せることなんてしたくないから、ふたりだけの時に。
それでもなってやると言い張るジェネシスの決意は固く、しかしジェネシスだけ行かすわけにはいかないと思ってしまったのは共に育ってきた腐れ縁のせいだろうか。
試験に落ちてしまえば諦めも付くだろうと一緒について行って一緒に試験を受けた。
そして一ヶ月前に届いた封筒には合格の通知が入っていた。
同じくジェネシスの方にも合格の通知は届いていたわけだが、やはり奴をひとりで行かすわけにはいかない。
慣れ親しんだこの村を出て行くのは寂しい。
年老いた両親を置いて行くのは心が退ける。
なによりまだ10歳の11をひとりにさせてしまうことには胸を痛める思いだった。
だが、なんでだろうか。
ひとりにしてはいけないのはジェネシスの方だと、そう思ってしまった。

「英雄って、たまに新聞とかに載ってる英雄?」

そう自分たちの持っている手荷物に視線を落とす11にそうだと応え、荷物を持ち直す。
住む場所は決まっている。
大きな荷物は2・3日前に新たな住まいへと送付済みだ。
手にした鞄には、途中宿泊する時に必要な着替えだけ。

「じゃあ、行って来る」

簡素な言葉を11に投げてジェネシスがバス停へと歩き始めた。
自分は状況が把握できていない11の頭に手を置いて、寝癖を直すように撫でやる。

「着いたら手紙を出す。待ってろ」

自分はそれだけを11に告げてジェネシスの後を追った。
いってらっしゃいと11が手を振る。
少しだけそれに振り返して、小走りにジェネシスの隣に並んだ。


「言うかと思った」
「バカ言うな。泣顔を見たくないのは俺も同じだ」

ソルジャーになると決意したあの夜、ジェネシスと交わした約束。
事情はどうあれ、この村を出ると言ったら11は泣き出すだろう。
親しい者が去って行くということはとても心寂しいことだと、これまで自分たちも経験してきたことだからよくわかる。
だから11が寂しさに泣き出す顔は見たくはない。
それはジェネシスも同じだったようで、出て行くことは内緒にしようと、行く時はいつものようにちょっと出かけてくると、そんな様を装って出発しようと約束していたのだ。

「ずるいと思うがな」
「ヒントは与えてやったんだし、バカでもない限りその内気がつくだろ。あぁ、ソルジャーになったんだ、ってさ」

でもそんなに気になるんなら残ればいいじゃないか、となんともおかしそうな面立ちでこちらを窺ってきた。

「泣いて、11が引き止めてくるのを期待したお前には言われたくない」

ヒントを与えている時点でそんな浅はかな考えはお見通しだ。
何年悪友を務めてきたと思っている。
惜しむらくは11がいまいち把握しかねていたことってところか。

「思いっきり泣かれた方が、うざくて踏ん切りついたかなって思ったんだよ」

まったく、ジェネシスらしい言い草だと思う。
寂しく感じるのは置いていかれる者だけではない。
こうして置いて行く方も同じく、もどかしい思いを抱えて行くんだ。
だがもう後戻りは出来ない。
駅へと運ぶバスに乗り込み、小さく映る村を振返る。

ジェネシスを放って置けないと、己もソルジャーとなるべく道を選んだ。
しかし、ただついて行くわけではない。
やると決めたからには、徹底的にやってやる。
ジェネシスの言うような英雄でなくてもいいんだ。
誇りを持ってあの地に帰れるよう、頑張れればそれでいい。
そう決意をしてジェネシスとふたり十代も半ばの頃、故郷である小さな村を後にした。





「そして十代も半ばになった私も上京しましたよ、と」

そうテーブルに肘をついて茶を啜っているのは、あの小さな村に置いてきた11。

ミッドガルに上京してからというもの、何度も何度も親宛てと同じく11にも手紙を送ったのだが一向に返事が来ることはなかった。
やはり黙って行ってしまったことで11を怒らせてしまったのだろうかと思いながらも定期的に近況などを織り交ぜながら投函すること早数年。
1stに昇進を果たして、職務にも慣れてきた頃合に一通の手紙が届いた。
差出人はずっと返事のくる気配すらなかった11からだ。
だが、喜び勇んで開封した手紙に書いてあった言葉は ”上京する” の一言のみ。
あぁ一言のみではないな。一応いつミッドガルにくるのか日付はあった。
その日付が、今日だ。

手紙が届いたのは2日前。
何時の列車に乗ってくるのかすらもわからずに、大慌てで休暇の調整を取ってもらった。
幸いにも立てこんでいる案件もなく、すんなりと休暇が取れたから良かったが。
時間もわからず、始発からずっと駅で待つことおよそ半日だろうか。
あの頃の面立ちをほんの少し残したひとりの少女が大荷物を片手に列車から降り立ってきた。
少しは女の子らしく寝癖のひとつも直せと何度も言っていたにも関わらず、相変わらず毛先が明後日の方向に向いてしまっているのは間違いなく11だという証。

懐かしさのあまりに思わず傍に駆け寄っていったというのに、彼女から発せられた言葉は ”おっさん、だれっ!?” 
それはもう警戒の視線を含みながら言い放たれてしまった。
日中とあってか人の多い駅内、ちょっとした騒ぎになり瞬く間に駅長室送りとなった。
そこでIDカードを提示したり、11からの手紙を見せてみたりとようやく自分だと認識してもらいマンションへと連れてきたところだ。


「だってアンジールってば、髭なんか生やしちゃっててちょっと見、わからなかったんだもん」

なんか声も違うしさー、と不貞腐れ始めた。
確かにあの頃とはだいぶ風貌は変わったかもしれない。
体躯もがっしりとしてきたし、髭も濃くなった。
その成長過程を飛ばしての再会ともなればわからなくても不思議はないが。

「しかし、あれは些か騒ぎすぎじゃないだろうか」
「だって父さん、母さんも、ミッドガルは怖い所だからしっかりしなさいって言ってたし」
「まぁ、そうなんだが…しかし、本気か?」

そう、一枚の手紙に目を落とす。

”娘をヨロシク”

その一言に溜息を吐く。
この親にしてこの子あり、といったところか。
唐突なのは遺伝なのかなんなのか、もっと事前に知らせてくれればそれなりに準備もできたというのに。

「…とりあえず、ジェネシスが帰ってきてから相談してみる」
「なんでそこでジェネシス出てくるの?」
「なんでって…手紙に書いただろう。あいつとは隣同士だと」

あえてそうしたということでもないのだが、ここまで来ると腐れ縁も馬鹿に出来ない。
偶然にも同じマンションを住まいに選んでいたのだから。

「まぁ、いい。あいつが帰ってきたら、飯でも食いに行くか」

いつもはできるだけ自炊で賄うのだが、今日は特別だ。
数年ぶりの妹ともいえる幼馴染との再会に、久しぶりに三人で豪勢にいこうと思う。

-end-

2010/7/16





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