DdFF | ナノ




類する



「あー、やっぱ楽チンよねー!」

感嘆の声音を上げ、11は座席の背もたれへと身を預ける。
そんな11の姿にやれやれと言った風に、対面する座席に腰を降ろしたのはライトニングだ。
現在ふたりが足を踏み入れたのは、異界の中を縦横無尽に駆け巡る魔列車。
唐突に出現しては、乗り込んだ者を運んで行く。
線路などはない。
運転者も存在しなく、何処に辿り着くかも判らない不可思議な乗り物である。
しかし、果てのない大地を歩き周るのにも人の足では限界も知れたものであり、不可思議ながらも異界を手っ取り早く探る手段としてはとても重宝していた。
見つけたらとりあえず乗り込む。
もはや暗黙の了解のうちになされて来た行動だ。

「そうやって楽だと油断していると、寝首を掛かれるぞ。11」
「わかってるよー。でも私だから大丈夫」

そう11は無駄に自信を誇った顔をライトニングへと向ける。
そんな11に対してライトニングは呆れた息を吐いた。
確かに11の自信は過剰なものではなく、それに見合った力は持っている。
何せ父親がアレだ。
見た目はちっとも似ていなくとも、性格はよく似ているものであり豪快さも彼譲りのものなのだろう。
そして些か世話焼きな性分も。

「その自信で、大怪我を負ったのはどこのどいつだ」

忘れたのか、とライトニングは11を見やった。

少し前の出来事だ。
ライトニングは思い返す。
普段、あれほど面立ちを崩す事のなかったあの少年の顔を。
衣服を真っ赤に染めた11を背中に抱えて、それは血相を変えて現れた。
自分を庇ったがゆえに致命的な一撃を喰らってしまったのだと、焦るあの少年の姿を見たのは後にも先にもあの一件のみ。

「あれは、だって、ねぇ。あぁでもしなかったらそれこそ」
「だから、それが油断だと言っている」

偶然にも近くに居たから良かったものの、誰もふたりを見つけることが適わなかったら一大事となっていたのは明白であり、やはりそれは油断の招いた結果なのだ。
戦場で敵に背後を取られるのは以ての外なうえに、庇うためとはいえ背を向けるなどと愚かしいにも程があるとライトニングが言う。
仲間を助けるのは勝手なことだが、それでも他にも遣りようはあったはずだと。
今にして思えば11もそう思う。
剣で受け止めるなり、剣を投げつけるなり、相手の意識を11側へと引き付けるという手段もあった。
でもそれが頭に浮かばなかったのは、自分らしくもなく、余裕のなかった証だ。
急激な事態にも冷静に対処できないようでは、まだまだ甘い。
それは11自身も自覚はしているのだが…。

「てかさ。ライトってば、優しいよねぇ」

心配してくれてありがとう、と11はニヤニヤとライトニングを見やる。
欲を言えば遠まわしなキツイ言い方ではなく、もっとこう、穏やかな物言いで言ってくれると嬉しいんだけど、と紡ぐ11からライトニングは視線を外した。
そして、またこの少女は、と額に手を当てる。
どうして人が真面目に話しているというのに、こうして茶化すようなことを言ってくるのだろうか。
いや、性格だとは知っているがそれを差し引いたとしてもだ。
どうにもライトニング自身より幾つか年下である11に翻弄されているようで腑に落ちない。

「11。ライトニングの言う通りだぞ」

慢心は己を陥れるものだ。
ふと、そうカインの声が聞こえてきた。

「あれ、カイン居たんだ」

11は目を円く開き、背もたれ越しに覗いたカインを見上げる。

「お前達が乗り込んできた時にはすでに居たんだがな」

眠っていたから気配に気がつかなかったのだろうと、カインはライトニングに目を移した。
ライトニングはといえば、そんなカインを睨み返す。

「黙って人の話を聞いていただなんて、大層いい趣味をしている」

起きたならわざわざ気配を消している必要もなかっただろうとライトニングが言う。
そんなライトニングに、カインは兜に覆われた顔に苦笑を浮かべる。
目が覚めてからは別段、気配を忍ばせてはいなかった。
気が付かなかったのは、それこそこのふたりの油断に過ぎない。
なぜ油断があったのかは、ふたりのお互いの意識がお互いに向いていたからだ。
要は、雑談に花を咲かせていたという事。
そしてそれをカインは悪いことは思っていない。
戦域ではあるが、こうして話をすることくらいあって然るべきなのだから。
それが女性同士ともいえば尚更ではないだろうか。
とはいっても、そんなことを告げてしまったら11はともかく、ライトニングからは余計に癇癪を買ってしまうことだろう。
ただでさえ、自分の気配に気が付かなかったことに苛立ちを見せているのだし。

「あぁ。それは悪かった」

そう一言告げるに止め、カインは再び11の座る座席の反対側の席へと腰を戻した。
それと入れ替わるように11は通路側へと身を移動させ、後ろに座るカインへ顔を覗かせる。

「カイン、ひとり?」

そう尋ねる11に、カインはひとりだと応える。
ふーんと事もないような返事をしながら11は頭を傾げた。
この魔列車内で眠っていたのだという事は、しばらく乗車していたということなのだろう。
魔列車に乗り込む者は、調和の者だけではない。
当たり前だが、敵が乗っていることもある。
ということは、だ。

「敵に会ったりした?」
「あぁ、遭遇したが」

それがどうかしたかとカインは11へと尋ね返した。
カインの応えに、なぜだか11の目が輝く。
それはもう、新しい玩具を買い与えられた子供のように。
そんな11に若干引き気味のカインであるが、とりあえずは11の言葉を待ってみた。

「ってことはさ、こんな密室で戦ったってことだよねぇ」
「まぁ、そうだな」
「ねぇねぇ、天井、大丈夫だった?」

そう紡いできた11に、ライトニングが再度額に手を当てた。
眉間には皺が刻まれている。

以前、ライトニングは聞いていた。
聞いていたというか、たまたま通りすがった時にヴァンと11の会話が聞こえてきただけなのだが、その内容たるや
”カインのジャンプについて”
というもの。
威力は見知ったものだが、果たしてあのジャンプはどこまで飛んでいけるのか、という実にどうでもいい内容だ。
落下速度だって尋常ではないのだし、本人にダメージはないのだろうかという懸念まで起こしていた。
そもそも本人がダメージを食らう技など使うわけないだろうと、心の奥底で突込みつつ場を後にしたものだが、その際聞こえてきた
”狭いところでは使えないのでは”
ということ。

「だってカインだぞ。場所とか関係なく容赦なくビュって行くって」

そう言うヴァンに11は否定する。

「絶対飛べないって。高さ有っての威力じゃん。ぶつかるぶつかる」

との遣り取りを経て、結局はじゃあ本人に会ったら聞いてみようとなっていた。
そしてその ”会ったら” が今目の前にいる。
いつだったか11が 「ヴァンは空気読めないヤツ」 と豪語していたが、これではどっちもどっちだとライトニングは思う。

そんなライトニングの杞憂を余所に、カインが 「大丈夫とは?」 と11へと聞き返していた。

「ん。だって、こんなとこでジャンプしたらさ、天井に頭ぶつけちゃうじゃん」

だから頭は無事だろうかと尋ねる11にカインは息を吐く。
ライトニングは自分だったらこんなくだらないことを聞かれたら相手にもせずに去って行く所だと、大人な対応をしているカインに妙な感心を抱きながらもそのカインの応えに耳を向けていた。

「… ”ジャンプ” だけが、俺の技ではないのだが」
「…あぁ。そっか」

納得したのか、11が盛大に頷く。
そんな11へとカインは薄く笑みを浮かべ、人の心配よりも、と紡いできた。
心配ではなく単なる興味でしかないがな、とは言わずにライトニングは腕を組み相変わらず黙ったまま。

「それよりも11、それならお前の親父さんの心配でもした方がいいのではないか」
「父さんの?」

何か心配するようなことでもあっただろうかと11は姿勢を前に直し背もたれに身を倒す。
自慢じゃないが、父さんは強い。
それはもう、あのいろいろと濃い混沌の面子にも一目置かれるほどにだ。
繰り出す拳は荒々しく、何者も寄せ付けない姿は逞しく頼もしい。

……。

前言撤回だ。
とても自慢である。
その自慢の父親に、何を心配する必要があるというのだろうか。

「そうだぞ、11」

不意に、ライトニングが話しに入り込んできた。

「え、何。ライトまで」

ジェクトに対する心配事など、さっぱり思い浮かばない11にとっては忌々しき事態だ。
自分が気が付かず、このふたり……ともすれば、他の仲間たちももしかして、と些か焦りを覚える11を余所にライトニングは言葉を続ける。

「この魔列車内で、暴れられてみろ」

天井にぶつかるどころの騒ぎじゃないとライトニングが言う。
それに賛同するかのように、天井はともかくも壁を破壊でもされたら無事では済まないとはカインの言葉だ。

「並ならない速さで走っているだろう、この列車は。間違って落ちでもしたら」
「うあぁ、ちょっとちょっと、不安がらせないでよっ」
「巻き込まれるのは御免だからな」

落ちるならひとりで落ちろとライトニングが紡ぐと同時に、車両を繋ぐ扉からジェクトが姿を現した。
途端に、暗く沈みかかっていた11の顔が明るいものへと変貌する。
座席より立ち上がり、駆け寄ってくる11を目にしたジェクトは腕を少し広げて11を迎え入れた。

「おぅ、11。お前もコレに乗ってたのか」

抱きついてきた11の頭をジェクトは撫でやり、11の来た方へと目を移すとライトニングとカインの姿が見えた。

「こりゃまた、珍しい組み合わせだな」

そう苦笑を零していると、11が険しい面立ちでジェクトを見上げてきた。
己が娘のいつもならぬ形相に、ジェクトの頭には疑問符が浮かぶ。
何か11の機嫌を損ねるようなことをしただろうか。
いやしかし、11はこうして抱きついてきているのだからそんなことはないだろう。
じゃあ何でこんな顔を向けているのか。
ジェクトの頭に一瞬にして過る疑問に応えるかのように11が口を開いた。

「父さん、落ちないよねっ?」
「あ?」

紡ぐ11の何の解決にもならない言葉に、ジェクトは益々頭を捻る。
落ちる、とは、どういうことなのだろうか。
ここは列車の中なのだし、そもそも空中高くある場でもないのだから落ちようはない。
一体娘の頭の中では何が繰り広げられているのかとジェクトはライトニングとカインに目を向けた。

「もしも、の話だ」

そう告げるライトニングにカインが続ける。

「この狭い車両内で、ジェクトが戦闘をしたら大変なことになるだろうという話をしていた」

それこそ壁を壊してこの列車を骨組みだけの状態にし兼ねない。
そうなったら迫る風圧に身を落としてしまうことも有りえるのでは、とカインが言う。
あぁ、それで11は自分が列車から振り落とされはしないのかと、こんな形相でもって心配しているのかとジェクトは納得する。
心配してくれるのはありがたいことだ。
しかしこの険しい面立ちはどうかと思う。
どんな姿だって愛しいことに変わりはないが、我が娘ながら流石にもっと神妙そうな表情を覗かせてくれてもいいのではないだろうか。

「まぁよ。それは余計な心配ってもんだぜ、11」

俺様が落ちるようなヘマをやらかすわけないだろうと、ポンとジェクトの手が11の頭に乗る。
そんなジェクトに呼応するかのように、スっとライトニングが席より立ち上がった。
ツカツカとジェクトに向って歩いてくる。
しかしライトニングの視線はジェクトに向けられたものではなく、ジェクトの後ろ側…今来た扉へと向けられていた。
ジェクトの横を通り過ぎ、ライトニングはその後ろにあった扉に手をかける。
開いたそこは車両を繋ぐ合間の通路だ。
もう一枚の扉が行く手を遮っている。
その扉にライトニングは手をかけた。
そして開け放つと同時に風が勢いよく入り込んできた。
いや、勢いよくというよりは、怒涛の如く、と言った方が相応しいかもしれない。
轟音と共に身を圧迫させるほど押し寄せてきた風量にライトニングがよろけるも何とか堪え、扉を戻そうと必至に手をかける。
だが風のせいで思うように事は運ばない。
それをカインが手伝いに向う。
向かい風、それも只ならぬ猛風に苦戦を強いられながらもジェクトの下を通り過ぎる。

11はといえば、急激に流れ込んできた風圧に飛ばされないようジェクトにしっかりと身を寄せている。
ジェクトがそんな11を片手で抑えながら困ったように頭を掻いていると、徐々に風が弱まってきた。
ようやく辿り着いたカインの手助けにより、風の侵入を齎していた扉が完全に閉ざされる。
風の治まった車両内がシンと静まり返った。
聞こえてくるのは列車の走る音のみだ。
そこにふたつの溜息が漏れ聞こえてきた。

「油断は禁物、という話しを11にしていたのではないか。ライトニング」
「まさか本当にこんなことになっているとは思わないだろう、普通」

まさしく普通を凌駕してしまっていた男ジェクトがそんなふたりに 「悪ぃ」 と一言苦笑いを向けてきた。
扉の先にあった光景は座席並ぶ車両内ではなく、壁のあった痕跡すらない骨組みのみ。
如何ほどの戦いを演じてきたのだろうか。
さっきの暴風も、ジェクトは身を微動だにさせず11を庇いながら立っていた。
全く、この男の底が知れない、とカインは思う。

「でもあれだ。どうせ少しすりゃ、元に戻んだろ」
「だよねぇ。つか、やっぱり父さんてばスゴイよね!」

風にも屈しないなんて! と11が嬉しそうにジェクトに纏わりつく。

「だろ?さすが俺様だよな!」

と豪快に笑うジェクトに、ライトニングとカインは再度溜息を吐いた。
後先考えずに、おそらく本能のみで動いているのだろう。
結果は結果として、それは後回しとしてだ。
そしてそんなジェクトの気質を11も持っているとは普段の彼女を見ていれば自ずと知ったもの。

(この親にして、この子あり)

そんな言葉がふたりの頭に過った瞬間だった。

-end-

2011/7/6 きか様リク




[*prev] [next#]
[表紙へ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -