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05


(…ここではない、か)

ウォーリアは立ち止まり、辺りを見渡す。
先日プリッシュより受け取った兜の礼を11へと告げるために、ウォーリアは聖域深層部へと赴いてきていた。
翌日にでもと思っていたのだが、何かと立て込みすでに幾日か過ぎてしまっている。
今更とも思ったが、せっかく11の初となる生成品だ。
やはり一言礼は言うべきだろうと考えてのもの。

初めて足を踏み入れるこの場所は、ひたすらに広く、上層部を支える大きな柱が均一に連なっている。
その柱の一部に見つけることのできる、階段。
上階と下階を繋ぐ唯一の通路であるのだが、どこを見渡しても同じ光景であるのだからそれを見つけることがまず至難の業だ。
ひとつひとつ柱を探っていき、見つけて階段を下りる。
しかし下り立った階層より先へと繋がる階段は続いてはなく、再び新たな階段を探さなくてはならない。
広がる景色は眩いほどの真っ白な空間で、さしたる目印となるものはない。
かといって、何か目印となるものを標し付けるのは神聖なものを汚してしまうような気がして憚れた。

今この場に来るまで下りてきた階段はふたつ。
そのたったふたつを見つけるのにも随分と時間を労した。
階段を見つけ、下りてきた柱を確認し、位置を頭に叩き込みながら進んできたのだから当然だろう。
おかげで、上階へと戻る事は容易く可能であるのだが…。

そもそも11の居する階層をウォーリアは知らない。
そしてこの聖域が何層により成り立っているのかも。
赴く前にプリッシュに大方の場所を聞いてみようかとも思っていたのだが、あいにくと彼女と顔を合わすことはなかった。
それならばコスモスに尋ねてみようかとも思ったのだが、何やらシャントットと話し込んでいたために聞く事は躊躇われた。
何せシャントットといえば、ウォーリア自身も然りだが、11を研究対象の目で見ている感があるとプリッシュが懸念していたからだ。
その彼女の前で、むざむざ居場所を聞く事もできない。
それに自分の力で辿り着く事が真摯だとプリッシュは言っていたのだから、やはり自分の足で居場所を見つけるべきなのだろうと赴いてきてはみたのだが…。

単調なようでいて実質入り組んでいる聖域の構造は万が一を考えてのものなのだろうことは窺えるが、こうも骨の折れるものだとは思っていなかった。
果てなく連なる支柱に、思わず溜息のひとつも吐き出したくなってきてしまうほどに。
位置関係さえ把握してしまえばどうということはない。
だが、それに及ぶまでが一苦労であるのだから少しばかり辟易としてきていた。
せめて、目に映る光景に少しの変化があるのならばもう少し探索も捗るものなのかもしれないが。
今更ながらプリッシュのあの探究心とやらは無駄ではなかったのだと、そんなことをウォーリアが思っていると、ヒタヒタと床を伝う静かな音が聞こえてきた。

視界に広がる支柱群。
その支柱の合間にチラリと覗いた、この空間とは異なる淡色の白。
静かな音は紛れもなくその白色のモノの方から齎されている。
音に向かい、ウォーリアは一歩足を踏み出した。
途端に静寂な空間にガシャリと鎧の音が響く。
ヒタ、と止まる音。
それに釣られて、ウォーリアもそのまま身固まった。
何やら、白いモノから警戒を抱いているような気配が感じられる。
しかし、敵ではないことは明白だ。
柱を陰として身を隠しているつもりであろう者の衣服が隠れきれていない。
そしてその衣服は大分見知ったものである。

「11」

衣服を纏う者の名前をウォーリアが紡ぐと、名を呼ばれた者がゆっくりと柱の陰より顔を覗かせてきた。
目を瞬かせ、驚きの表情を隠す事はない。

「ウォーリアさん」

どうしたんですか、と11がウォーリアのもとへと駆け寄ってきた。
それから、11はウォーリアの背後を窺う。
どうやらプリッシュの姿を探しているらしい。

「プリッシュは、いないぞ」

ひとりでここに来たのだとウォーリアが告げると、11は益々驚きの表情を浮かばせた。
調和の戦士の誰もが、この聖域深くまで訪れてくる事はない。
コスモスの座するこの地よりも異界を探る方が重要なのだから当たり前のことである。
モーグリ以外にわざわざ踏み込んできたのは物好きなプリッシュくらいだ。
なのになぜこの戦士がこんな所に、と11は首を傾げる。
迷った…と考えても、困った様子など微塵も見せていないウォーリアにそれはないかと思うと同じくして、ふと11はウォーリアのある一点に目がいった。
今まで何も纏っていなかった彼の頭部に、先日11が生成した兜が備わっている。

「あ…、それ、装備してくださったんですね」
「あぁ。その礼を言いに来たのだが…随分と時間がかかってしまった」

お礼だなんてとんでもないと、11が恐縮する。
そして初めて成功した生成品で至らないところもあるかもしれないというのに、使ってもらえて自分こそ礼を言わなければならないと困ったような面立ちを向けてきた。

「気になっていた品物がこうして整えられて戻ってきたことは嬉しいものだ。言葉でしかないが礼を言わせてくれないだろうか」

ありがとう、と礼の言葉を紡ぐウォーリアに何やら気恥ずかしい気持ちを抱きながら11は嬉しそうに笑みを返した。

「ここ、とても入り組んでいるでしょう。私も、コスモス様に何度も連れられてようやく覚えたんですよ」

この先に居室となる場があるのだと11が奥を指し示す。
しかし、目を向けたところで相変わらず柱が連なるばかりで、部屋といったような一角は見えない。
ウォーリアが不思議そうに見やっていると、11がどうぞ、と声をかけてきた。

「せっかくここまでいらしてくれたのだから、ご案内しますね」

こっちですと、11がヒタヒタと歩き出した。
その後ろにウォーリアは続く。
歩いても歩いても、同じ光景が繰り返される。
迷うことがないよう下りてきた階段より、今は何本目の柱だと確認しながらウォーリアは11の後ろを進んでいく。
ほどなくして、柱の途切れる域まで到達した。
左右にはまだ柱が連なっていて、右側へ向って五つめの柱の前で11は立ち止まった。
階段のある柱と違い、入口となるものはない。

「これをこうして、ですね」

11が柱に手をつく。
そして軽く押し込むと、柱の一部が扉のように開かれた。
その内部には階段。
しかし下へと向うものではなく、上へと繋がっている。
登っていく11に続いてウォーリアが柱内へと入り込むと、開いていた扉は静かに閉じられた。
すぐに登りつめることの出来た階段から、ようやく部屋と言える空間が覗く。
目に映ったのはテーブルとイス。
それから本の並ぶ棚と、いたってシンプルであり、どれもが11の纏う衣服と同じ淡い白色をしている。
奥にある扉はおそらく寝室へと繋がるものなのだろうと、ウォーリアは部屋を見渡した。

部屋の一角には、形状様々な素材が寄せ集められている。
その脇には同じく様々な形を成した、生成されたのであろう品物が並んでいた。
失敗作となった生成品へとウォーリアが目を向けていることに気がつき、11は苦笑を浮かべる。

「たくさん失敗したんですよ。なかなかコツが掴めなくて」

でも破棄してしまうには勿体無い気がしてこうして取っておいてあるのだという。
失敗を積み重ねて、少しずつだけれど自分の力は向上してきたのだという証とでも言えばいいのだろうかと11が照れくさそうな笑みを漏らす。

「初めて生成したコレなんて、もうなんて言っていいのかわからない形してますもの」

そう11の示した物体は、言葉のとおりにもはや物体と言っていいものか触るのも憚れるほどの何とも言い難い形状をしている。
そしてその何とも言えないアレから、この兜を生成するにまで11の腕前が上がったことにウォーリアは感心した。

「君のその頑張りに、皆が助けられることだろうな」
「ありがとうございます、ウォーリアさん」

そう言ってもらえると、今まで以上に頑張れる気がすると11は微笑む。
ようやく生成のコツが掴めた。
しかし、まともに生成するとなると一日にひとつが限界であり、量を成すと些か性能に劣りが出てしまう。
とはいっても、それでもいいとモーグリが持っていくからそれなりに使用用途はあるようだが、生成している11からしてみれば微妙なところだ。
どうせなら、より良い物をと思っているのだから。

「いや。それで充分だと思う。力量に見合わないものなどは持つべきではない」
「そうなんですか?」

11としては武器にしろ防具にしろ、より強力なものを持っていれば力を補う形で皆の手伝いができると思っていたのだからウォーリアのそんな言葉に首を傾げてしまう。
ウォーリアは11を見やり、頷く。
装備はもちろん大事だが、それに頼ってばかりでは真の力は発揮できないのだと紡ぐ。
例えば、プリッシュ。
彼女の武器は己の拳だ。
防具は装備しているが、武器に頼る戦い方はしていない。
それでも彼女は充分に強い。

「だからといって必要がないわけではない。私は剣を扱っているし、他の武器を扱う者もいる」

そうした者へと然るべき時に然るべき物が手に渡ればいいだけのことなのだから、何も焦ることはないのだとウォーリアが言う。

「君は君のペースで、成すべき事を遂げていけばいいと私は思うのだが」

小さな体で無理をしては、いつだったかのように深い眠りに陥ってしまうのだろうしと紡ぐウォーリアに、11は恥ずかしそうに顔を俯けた。
あの時は、コスモスに褒めてもらって嬉しくて、力の限界突破に抗いきれずにそのままその場で眠りに落ちてしまった。
まさかその後にウォーリアに見られてしまうなんてことが頭にあるはずもない。
ウォーリアからしてみればまだまだ11は幼い見た目をしているが、地味ながらも体の成長とともに精神もそれなりに大人へと向っている頃合だ。
だから11としてはコスモス以外の誰かに寝顔を見られただなんて恥ずかしいにもほどがある。

「…もう少し成長すれば、きっともっと皆さんのお役にたてると思うんです」

もちろんコスモス様のためにも、と言う11にウォーリアは目を細める。
戦いに目を向け、迷うことなく力になりたいのだという言葉を紡ぐ少女は見ていて少しばかり胸が痛むもの。
こんな世界だからと憂いて後ろ向きな思いを抱かれるよりはずっとマシだとは思うが…。

討ち取っても、どこからともなく新たな混沌の戦士は現れる。
どれほどの勢力を持っているのかはまだ計り知れていない。
しかしそれは調和に与する己の陣営においてもだ。
いつの間にか顔を見なくなった者もいれば、また新たな仲間との出会いもある。
そうして戦いの日々を過してきていた。
変わることのない戦況に、両者の力は均衡を保っているのだと考えてもいいだろう。
そして、その均衡が崩れる時は。

「私も、戦いの終焉に向けて今以上に尽力をつくそう」

闘争の絶えた世界でならば、少女が生成を急ぐ必要性はなくなる。
そして、コスモスの望む秩序ある世界のためにも。
決意を改めて胸内に刻み、ウォーリアは11の頭を優しく撫でやった。


2011/7/22




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