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肖るモノ


「何て言うか……やっぱヘンなカンジっていうか」

11は溜息を吐く。
辺りに聳えるクリスタルの柱。
そこよりも幾分か上方に浮かぶクリスタルの足場に11は腰を降ろしていた。
溜息の原因であるモノ達は、クリスタルの柱から岩場へと、あるいは岩場から浮かぶクリスタルへと移動をしている。
鈍色に光る流麗な表面を持つそれは、人の形をしてはいるものの人ならざるモノ。
声を発することはできるがとても言葉とは言い難いものであり、感情と呼ばれる意識の変化も見られない。
留まるところなく出現してくるそれらは無感情であることの賜物か、空の器は操り従いさせるのにはうってつけであった。
先に発見し、大いにその力を利用できるようになったのがこちら側で良かったと心から思うものの…空虚な人形が動き回っている様は不気味である。
それが自分自身を模したモノであるのなら、より一層不気味さも増すというものだ。
そんな愚痴を似たようにピカピカとした衣服を身に着けている男に漏らしたのが11の間違いだったのだろう。

「これだから平民は」

と鼻で笑われたのは未だに腑に落ちないところだ。
その後延々とイミテーションの有用性について説かれたのだからきっとあの男は案外これらの紛い物達を気に入っているのかもしれないが…そこは感性の違いである。
いかに有用性が在ろうとも、不気味なものは不気味だ。
それを理解してもらおうと思って話したわけではない。
ほんのちょっとの世間話的なノリでの愚痴だったのだが。
懇々と紡がれるイミテーションの扱い方に辟易とした思いに駆られつつも、話をおざなりに去ってしまっては面倒の素を生じかねない。
意外というか、案の定というのか、細かいところまでしつこいタイプだからだ。
皇帝と自称するならもっと皇帝らしくどっしりと構えていてもらいたいものだと心の奥底で思いながらも、そんな皇帝の話には興味を引く内容もあった。
どうやらイミテーションは大まかな見た目だけではなく細部に至ってまでなかなか巧妙に似ているらしい。
いや、似ていると言うよりも、あの独特な輝きさえなければどちらが本体か見分けがつかなくなるほどの出来なのだと言う。

「そんなこと言われちゃったらねぇ」

気になって仕方がなくなってしまうのは11の性分だ。
それに不気味と思えども苦手というわけではない。
現に居城ではどうせならカワイイものを、とティナのイミテーションに身の回りの世話をさせているのだし、傍に居たって別段苦にはならない存在である。
ただ皇帝のように事細かに観察などしたことがないだけで。
そしてティナのイミテーションをじっくりと観察しても良かったのだが…何となく良心がそれを咎めて現在観察対象とするイミテーションを探しに来ていたところだった。

「おっ、いたいた。目標はっけーん」

身も軽やかに11はクリスタルの足場を飛び降りた。
岩場を飛び移り、辿り着いたのはクリスタルの柱の頭頂部。
そこを歩いていたイミテーションを呼び止める。
紛いモノであるから名前などはないが、混沌に操られている現状呼びかけにも従順なものである、イミテーションは立ち止まった。

「ちょっと観察させてねー」

ヒタ、と11はイミテーションの胸元に手を置き、そして見上げた。
端正な面立ちに、男にも関わらず長い睫毛。
その瞳に光は宿してはいないけれど、紛れもなく11の意中の人物そのものの面立ちである。
身長差だってピッタリだ。
こうして見上げるカンジは寸分の狂いもない。
ただ、胸元についた手から人たるものの温もりはこれっぽっちも感じられないが。
ベルトの細工も見事なもので、そっくりなのは面立ちだけではないようだ。
肩あても、コートの作りまで本体のモノそのもの。
11は胸元に置いていた手を離し、腕を広げてイミテーションへと抱き着いてみた。
本体相手では絶対にできないこの行為。
温もりがない分物足りないが、なんとなく心が満たされる。

「あー、なんかちょっと幸せかも……」

弛む顔の筋肉に反比例するかのように腕の拘束を強める。
引き締まった筋肉はこの上なく堪らないもので、手に入れられないものを掴んだ気分だ。
ついでとばかりに11は再度イミテーションを見上げた。
常ならば照れくささのあまりにすぐに目を反らしてしまいがちな至近距離だが、相手はそっくりといえどもイミテーション。
照れはあるが思う存分顔を堪能できるというものだ。
にやける顔を恥じることもなく11はイミテーションの顔を観察し続ける。
ふと、いいこと閃いた!とばかりに11はイミテーションへと声をかけた。

「ねぇ、頭撫でて」

指示されるがままにイミテーションの腕が動く。
頭を鷲掴みされることは多々あれど、これもまた本体相手では絶対に望めないこと。
皇帝の有用性とやらとは少しばかり意味合いが違うかもしれないが、11にとってはなかなかどうして便利なモノではないだろうか。
そうして期待に胸を膨らませて11は頭部の感触を受け入れた……はずだったのだが。
頭に齎されたのは優しく撫でるといった甘い感触などではなく、身に浸みつき、馴染んだ激痛であった。

「えっ、ちょっイタっ…!痛たたたたっ……て!ちょ……!」

頭といったら掴むもの。
そんな行動すらそっくりなのか!と涙目になる11の頭上から声が降り注いできた。

「暇を持て余し過ぎて気でも触れたか」

そんな言葉に11の身が固まる。
イミテーションは声こそ出すことは出来るがそれ自体は言葉を成すものではない。
そして万が一にも言葉を紡ぐことができたとしてもだ。
表面の輝きとは他に、唯一の違いとも言える声質はあきらかに本体とは異なるもので…そして頭上よりかかる声音は紛うことなき本体のもので。

「それともそういった趣味を持っていたのか、お前は」

感性を疑うものだなと紡ぐ声の主…セフィロスの手に増々力が篭って行く。
なされるがままの11はといえば、声にならない声を発しながらもイミテーションに抱き着く手は離さずに目に一層涙を浮かべるばかりだ。
自分の姿をしたイミテーション相手に、何を好き勝手なことをやっているのかと威嚇してみたものなのだが…未だに抱き着いたままとはなかなか見上げた根性をしているものだとセフィロスは思う。
ともすれば、痛みを堪えるかのように増々イミテーションへとしがみ付いているようにも見受けられ、何となく釈然としない思いを抱き手を離した。
途端に11の口から吐き出された盛大な吐息。
頭蓋骨の軋みを逃すように11は自身の手で頭を撫でた。

「酷いよ、セフィロス!」

不意打ちだなんて卑怯だと涙目ながらに11が訴えてくるのだが、酷いのはどちらだとセフィロスは言いたい。
闘うためだけに操られている紛い物。
それが各々の姿を模しているのは気にかかることではない。
その特性を生かして敵である調和の戦士達を翻弄しているのだから上出来だとも思う。
だからこそ、こういった興味本位に弄繰り回されている様はどうにも気のいいものではない。
本体が目撃してしまったのなら尚更である。
そう11に告げるのは容易いことなのだが、ふとセフィロスは思い至る。
口で言って素直に言うことを聞くような女ではないということを。
セフィロスは辺りを見回して、岩場へと飛び移った。
そしてそこにいたイミテーション……11のイミテーションを伴って再び11の元へと降り立った。
11を一瞥して、11のイミテーションの肩へと触れる。
ほっそりとした華奢な骨格ではあるが、戦う者らしくほどよく筋は付いている。
見下ろした感じもいつも相対している11のもの。
温もりこそないものの、よく出来ているものだと思う。
そんな11のイミテーションを、11が自身のイミテーションにしているように腕の中へと抱え込む。
すると、今の今までセフィロスの行動に疑問符が浮かんでいるかのような顔をしていた11の目が大きく見開かれた。
次いで、慌てたかのように口をパクパクとさせ始める。
面白い行動を起こすものだと内心に愉悦な思いを抱きながらセフィロスはイミテーションの顎へと手をかけた。
耳を触り頬を撫で、首筋を通って衣服へと滑らせる。
見たままだけを模しているのかと思っていたのだが……思っていた以上に精巧に造られているようだ。
従順なイミテーションはセフィロスのなされるがままに微動だにしない。
衣服にかけられたセフィロスの手を振り払う事などないのである。

「え…うわっ、ねぇっ、セフィロスやめてっ」
「……聞く耳持たんな」

やめろと言うのならまず自分がやめたらどうだろうかと思うセフィロスの思考は真っ当だ。
慌てながらも口頭で止めるに留め、未だセフィロスのイミテーションに抱き着いたままの11には言われたくない言葉である。
腰を撫で、冷たい鎖骨に唇を当て、衣服の隙間に手を差し込んでいく。
イミテーション相手にまるで愛しい者にするかのようなセフィロスの行いは傍から見たらただの変態でしかないが、想い人による一連の夢のような行為に11は思わず息を飲み込んだ。
衣服を肌蹴させられたイミテーションの肌はやはり肌色ではなく鈍色に光る質感。
ただその物体は色は違えど11の姿に他ならないもので、ぼぅっと見惚れてしまっていた11は急速に意識を取り戻す。
見惚れている場合ではない。
アレは自分の姿をしている。
このまま脱がされ続けてしまえば、その下の、普段隠しているところだって見られてしまうのだ。

「ねぇっ、お願いだからホントやめて……!」

顔も赤く羞恥を湛え、涙声に訴えてもセフィロスには届いていない。
このままではヤバい。
あれだけ完成度の高いイミテーション、本当に脱がされきってしまったら本体と何一つ変わらぬ姿態を曝け出してしまうハメになる。
11は思考を巡らせる。
口で言っても聞いてもらえないなら実力で…と一瞬過ったが、実力こそ歴然たる差でそれこそ返り討ちにあってしまうのは目に見えているものだ、と脱兎のごとくの速さでその案を消去する。
だが、他に止める術が思い浮かぶこともなく、徐々に剥かれていくイミテーションの姿に増々11の顔は赤くなっていく。
こんな恥ずかしい姿を本人の目の前で披露させられるだなんて…と思ったところで11はハッとある事に気が付いた。

「セフィロス、ほらっ。私も離れたから!ね?セフィロスも離れようよ!」

イミテーションに抱き着いていた腕を離し、今は何にも抱き着いていないと腕を広げてアピールする。
それをチラリと横目で確認したセフィロスは、ようやく行為を止めイミテーションから離れた。
正しい判断だったのだと、11はそっと胸を撫で降ろす。
自分がイミテーション相手にしていた行動、それは見るに堪えないものであるということをセフィロスは行動で示してくれたに過ぎないのだろうけど。

「本当にゴメン……とは思うけど…口で言ってくれたっていいと思うんだよね……」
「口で言って素直に従うようなヤツだったか」
「それは時と場合によりけりっていうか」
「その減らず口はそろそろいらない頃だろう」

そう紡がれると同時に抓られる11の両頬。
せっかく収まった涙が、今度は痛みにより滲み出てきてしまう。

「い、いひゃいお、ヘヒロフ…!」
「何を言っているのかさっぱりわからないな」
「フぉ、フォ…うー、本当にゴメンってば……」

開放された頬をさすり、11はもう何も余計なことは言うまいと心に誓った。
それにしてもだ。
行動で示すにしたって限度っていうものがある。
自分はただ抱き着いていただけ。
ちょっと欲張って頭を撫でてもらおうかとも思ってはいたが、それは本体であるセフィロス自身に阻まれてしまったし未遂に終わっている。
なのにセフィロスはといえば、11の比ではないほどに、あまりにも行き過ぎた行為だったではないか。
心に誓った以上間違ってもそんな文句を告げるなんてことはしないのだが、不満げな眼差しをセフィロスに送ると11の言わんとしていることを察しているかのような冷たい視線を返されてしまい萎縮する。

「これで気分のいいものではないとわかっただろう」
「はぁ、まぁ……」

気分の良し悪し以前に、少しばかりイミテーションが羨ましいと思ってしまったのはセフィロスには告げない方がいいだろうと11は判断する。
羞恥よりも羨望が勝っていただなんて、口が裂けても言えない。
だって言ってしまったら、自分のこの浅はかな想いまでもがセフィロスに知られてしまう事になるのだから。

「次からは、人目のつかない自室ででもじっくりと……」

とそこまで言って、11は慌てて手で口を塞いだ。
心に誓ったばかりだというのに、どうしてこうも自分は愚かなのだろう。
またまた余計な事を口にしてしまった、と後悔してももう遅い。
湧き出る冷や汗。
青褪めてきたのがよくわかる顔に覚悟を決めて、11はセフィロスを見上げてみた。
しかし、そこには11が思っていたような冷ややかな眼差しを湛えたセフィロスの顔はなかった。
無表情……ともとれるが、どこか呆れた様な面立ちでもあるような。

「えー…今のはほんのちょっとした冗談っていうか?」
「全く、お前というやつは」

そう、セフィロスの手が11の頭に乗っかった。
鷲掴み来た!と11は身構える……が訪れたのは激痛などではなく。

「素直ではないのは、お互いの性分なのかもしれないな。11」

柔らかに、優しく触れられた感触はあっという間のもの。
去っていくセフィロスの姿を余所に、しばしの間、呆然と立ちつくす11であった。

-end-

2013/02/07 柚子葉さまリク




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