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興起 前

「うぅーん」

11は腕を組み、仁王立ちのままに唸り声を出した。
その声は大きくもなく小さくもなく、ただ物音のしない平原には少しばかり通る声量で、誰に聞かせるものでもなく、ひとり言のようなもの。
11の目の前に伏している人物が反応を示すほどのものではない。
しかし、反応を示さない訳にはもうひとつ理由があった。
伏している、というよりもその人物は倒れているからだ。
戦ったわけではないし、ましてや11が何かしらこの人物を陥れてこうしてしまったという事でもなく、ただ単に今日ものんびり暇つぶしとばかりに過ごしていたところにこの現場に出くわしてしまっただけで。
樹木に囲まれた林道を抜け、マイナスイオン蔓延る湖畔へと足を運んで来ただけ。
そこで一息休んで、ともすれば日差しの心地よい中昼寝にでも勤しもうかと思っていた矢先の光景だった。
まさか、人が倒れているとは。
いや、この世界にある以上”まさか”ということは有りえない。
調和と混沌、この二勢力に分かれて戦いを繰り広げているのだから、敵対する者と対峙すれば剣を交えることもあるし、決着が付きその場に身を伏してしまう者もいる。
何度もそんな光景を目にしてきた。
そしていつかは自分も……ということくらいは11の頭の中にもあることだ。
だからここに人が倒れていても何ら不思議なことではない。
そう頭では理解しているのだが、だからといっていつでも心構えているわけではないのだから驚くことだってあるのだ。
あぁ、こんなに天気のいい日だっていうのに嫌なモノを見つけてしまったと11は肩を落とす。
しかし見つけてしまったからにはそのまま放っておくのも忍びない。
敵であれ、味方であれ、かつてはその身に命を宿していたのだ。
弔いくらいはしてやろうと、倒れている人物へと歩み寄った。

下半身は未だ湖の中にあり、上半身だけが地面へとへばり付いている。
力仕事だが、仕方がない。
一度湖より引きずり出して、それからその辺りにでも穴を掘ってそこに埋めようと、そう考え手を伸ばしたのだが、そこで11の動きは止まった。
倒れてはいるが、その身には戦った形跡が一切ない。
全身水に濡れてはいるが、露わな上半身には切り傷どころか打撲痕ひとつもないのだ。
そしてよくよく注視してみれば、ゆっくりだが、僅かに背中が揺れていることに気が付いた。
呼吸をしている……ということは、生きているという事。
早まらずに埋め立ててしまわなくて良かったとは思うものの……。
戦った形跡がなく、意識をなくして倒れている状態。
これには11自身も覚えがある。
それはこの世界に召喚されたばかりだといういうこと。
11が意識を回復させた場所は草木の枯れた荒野地帯だったが、紛れもなく地面であり、この彼のように水にずぶ濡れということもなかったが。
まるで打ち上げらえれた土佐衛門かのような状態が勘違いさせたのだと思いつつも、11は今一度唸り声を漏らした。
召喚されたてだということは、まず間違いない。
問題は、この彼が調和陣なのか混沌陣なのか、だ。
敵か味方かわからないうちには、手の施しようがない。
敵であるのなら、わざわざ身を確保する必要はないだろう。
11にとって捕虜を得る必要性はないのだし、その後の彼の身がどうなってしまおうが構いはしない。
しかし味方であるのなら、のうのうとこの場に留めて置くわけにはいかない。
顔を見れば11自身とそう年も離れてなく、あまつさえ何とも純真そうな面立ちをしているのだし、厄介な、一応の仲間達に変に諭されてしまうのは避けたいところだ。
では、どうするか。
このまま見て見ぬ振りをして、この場を去ってしまおうか。
それも一瞬考えはしたが、やはり味方だった場合を考えるとこの少年を置いて行ってしまっては後々後悔に苛まれてしまいそうで嫌だ。
なんとも面倒くさい性格だと自覚しながら、ふと、11は思い立った。
木陰に身を隠して、彼の眼ざめを待てばいいのじゃないのかと。
目が覚めれば調和か混沌か、どちらに与する者なのか、本人に自覚が現れる。
それを木陰から問いかけて、敵ならそのまま即座に去ればいいし、味方ならあの厄介な仲間達よりも先に接点を持つことができるのだから問題ないだろう。
そうと決め、思い立ったら即行動。
目ぼしい木陰を見つけ、そこへ向かおうとしたのだが。

「うーん」

足を止め、もう一度腕を組み、首を傾げる。
いくらなんでも、水の中に下半身浸けっぱなしはどうだろうか。
コスモスかカオスか、どちらが召喚したのかはまだわからないが、その辺りはちょっと考えて召喚して欲しいものだ。
11自身が召喚された時だって、れっきとした地面ではあったが荒野であり、頑なな小岩がそこかしこに散らばっていて体をかなり痛めつけてくれたものだったのだ。

「……よし」

せめて湖からは引き上げておいてやろうと、11は青年の脇に手を差し入れた。

「ふぉっ……!」

全身全霊、力を込めて引きずり上げる。
しかし、体格差のせいなのか、11の非力さのせいか、それに加えて水面から覗く青年の下半身の衣服が水を吸収していて重さが増しているのもあるのだろう、なかなか思うように上がって来ない。

「うぅーっ、なんのこれしきっ……!」

少しずつ、だか確実に、じわじわと水面より上がる体。
引きずられ、地面に擦れる胸元の感触が青年の意識を徐々に目覚めさせてきた。
下半身は冷たい感覚。
でも青年にとっては体によく馴染んだ感覚であり、下半身が水に浸かっているのだとぼんやりとしながらも理解した。
では、なぜ。
なんでそんな状態になっているのか。
脇を支えられて、引っ張られている。
誰に。
女の子に。
と、そこで青年はぼんやりと目覚めつつあった意識をはっきりと目覚めさせた。
地面に手を付き、勢いよく水面より体を引っ張り上げる。
だがしかし、待ってほしい。
微力とはいえ青年の体は引っ張られていたのだ。
そんな最中に勢いよく身を乗り出してしまえば言わずもがなな結果が待ち受けているのも当然だろう。

「ぎゃっ……!?」
「うぇっ!?」

ふたり揃って勢いよく、地面へと雪崩れ込む。
硬い地面に頭を打ち付けて軽く意識を飛ばしかけている11に対し、その柔らかな姿態に顔を埋める形となった青年。
一瞬過った柔らかさによる幸福感と事態の重大さによる硬直の後、青年は慌てて体を起こした。

「あっ!あのっ、ゴメンっ!」

大丈夫かと必死に謝りながら問いかけてくる青年に、11は頭に起こった痛みを堪えつつ動揺していた。
計画は、失敗だ。
ほんの少しのお世話のはずが、まさかこんな事態になってしまうとは。
青年が目を覚ましてしまった場合のことを念頭に入れていなかったことが原因だ。
浅はかな親切心が招いてしまった結果なのだが……しかし、目覚めてしまった以上は仕方がない。
願わくば仲間であることを祈るばかり。
11は痛む後頭部に涙を浮かべながらも、青年を睨みつけた。
もし、敵だったのなら。

「……君は、どっち?」
「え……?どっち、って……?」

疑問符を浮かべたような顔を覗かせてきた青年に11は訊ねる。
頭に過る声は聞こえないかと。
頭に、心に押し寄せる、何者かが何かを伝えてこないのかと。

「何者かって……」

11の言葉に青年は困ったように眉根を寄せる。
ここに居るのは青年と、この少女のふたりだけだ。
辺りを見回してみても誰もいない。
だから当然ながらに他の誰の声も聞こえはしないのだが……。

「……え?」

ふと、青年の目が驚きに見開かれた。
脳に直接響いてくるような、所々途切れながらも、だがはっきりと声が脳裏に焼き付いてくる。
深く、低く、地獄の底から湧き上がるような憎悪に塗れた感覚が体を襲う。
得体のしれない何かが体を這うような不快さに、青年は頭を押さえ苦痛に顔を歪めた。

「落ち着いて。大丈夫だから」

そうやんわりと青年を宥めながら11は再度 「どっち」 かと訊ねる。

「こ……こ、ん……とん……?」
「そっか。混沌、か」

なら良かった、と11は安堵の息を吐き、睨んでいた目元を和らげた。
それと同じくして、青年の不快感も治まったようで息を深く吐き出している。

「えっと、何なんスか今の……何ていうか不愉快っていうか…それに、良かったって?」

聞きたいことがたくさんあるのだろう。
青年が困惑気な顔を向けて11を見やってくる。
かつての11もそうだった。
そして11のこの世界の在り方を教えてくれたのは、ゴルベーザだ。
初見、鎧に覆われた姿に巨大な体、11が恐れおののくのも無理もない容姿であるのだが、見た目と違ったその博識さに今となっては見つけてくれたのが彼であって本当に良かったと思う。
心底そう思っている。
あれがあの皇帝だとか道化だったとしたら、11自身今日のように自由気ままに散策になど歩き回っていることはなかっただろう。
知らないことをいいことに、都合のいいことを吹き込まれ利用されつくされていたに違いない。
そしてそれはこの青年にとっても同じだろうと思う。
召喚されたての身では、何も知らない。
あまつさえ、自身の記憶さえも失っているのだ。
過去に関係のあった者だとか、思い出さえも失っている。
だから、出来る限り、彼に不利なことは教えたくはない。

「良かった、っていうのは、味方だからってこと」

敵だったら倒さなければならないところだったと11は肩を竦めてみせる。
そんな穏やかではない11の言葉に青年は目を瞬かせた。

「え。倒すって……?え、敵?味方?」

訳が分からないと言ったように唸り出す青年に11はとりあえず、と言葉を遮る。

「名前。君のこと、なんて呼べばいいのかな」
「あ、俺?俺はティーダ。ブリッツボールの選手でちょっとは有名でー……?」

そこで青年、ティーダは首を傾げた。
ブリッツボールの選手で、ちょっとは名の知れた選手で……その後に続く言葉が出てこない。
言葉だけではない。
ありきたりな自己紹介をするだけだというのに、そこに描かれているはずの記憶が浮かび上がってこないのだ。
名前はティーダ。スポーツ選手で。
他には?
空っぽだ。
何もない。
思い出そうと記憶を探ろうとしても、何を思い出そうとしているのかまでがわからなくなってしまう。

「ティーダ」
「…え、あ。はいっス……」

思考に虚ろんでいた目を少女に移す。
小柄なこの少女に覆いかぶさって、自分は一体何をしているんだ?
そもそも、ここはどこだろうか。
知らない。こんな所。
なんでこんな所になんかいるのだろうか。
自分にはやるべきことがあって、そして……。

「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」

眼前からかけられた声に、ティーダは意識を戻す。

「あ、いや…ゴメン……」
「うん。謝らなくていいよ。私も最初そんなカンジだったし」

そう紡ぐ11をティーダは見やる。

「私は11。君とは仲間同士。ね。とりあえず、これだけはしっかり頭に入れて置いて欲しいかな」
「11……君の名前っスよね」
「うん、そう。で、仲間」
「仲間…うん。11とは仲間、なんスね。了解」

ってことは、仲間じゃない者もいるのだということをティーダは理解する。
仲間と仲間じゃない者。味方と敵がいるのだということを。

「で、調和と混沌の神様のふたつの勢力に分かれて戦っているの。私達は混沌側」

何で自分が召喚されたのかまではわからないけども、と11が苦笑を漏らす。

「大雑把に言えるのはそれだけ。細かいことは後々ね。ところで、ティーダ」

今現在知っていることを全て話したところで、混乱している頭では余計に混乱してしまうだけだ。
だからかいつまんで大まかなところを11はティーダに説明した。
そしてティーダの名を呼び、腕を伸ばす。

「混乱してるのもわかるけど、いい加減退いてくれないかな」

そう11はティーダの肩を押しやった。
先程勢い余って雪崩れ込み、ティーダは身を起こしたもののそれは完全に離れたものではなく、ティーダの両腕の間に11は収まったままだった。
混乱に乗じて意識していなかったとはいえ、話をするには十分に近すぎる位置である。
そして言われて途端に意識してしまうのは、そこはやはり年頃の男だからだろうか。
顔を真っ赤に染め上げ、物凄い勢いでもってティーダは身を引き起こした。

「ごっゴメンっ、俺っ、全然気づかなくて……!」
「あぁ、うん。大丈夫だから落ち着いて」

11は身を起こし、背中に付いてしまったであろう土埃を払う。
とはいえ背中は些か自分では払いにくい。
ずぶ濡れのティーダの下敷きになったお陰で衣服も濡れてしまったことだし、今更気にしていても仕方ないだろう。
ひとまずは拠点地としている次元城に戻って、着替えて…あぁ、ティーダの部屋も用意してもらわなければとそんなことを考えているとティーダがホントごめんなと背中の汚れをポンポンと叩き落としてくれていた。
そんなティーダの仕草に加えて未だに少しばかり頬を染めている様子が、11にはなんだか無性に可愛らしく思えてきてしまった。
母性本能をくすぐられるとはこういうことかと思いながら、11はティーダの手を引き立ち上がる。

「えー、と。これから、私達、混沌に与する者の住処に向かいます」
「はいっス」
「で、えー、何点か注意事項があるわけですがー」
「はいっス」

11は僅かに肩を震わせティーダより顔を背ける。
ヤバい、なんだこれ。どこの子犬だよ!
とは11の心境だ。
右も左もわからないこの異界。それに加えて記憶もない。
今現在ティーダにとって頼れるものといったら、発見者である11だけだ。
忠実に、しかしそこはかとなく不安を隠しきれていないティーダに子犬の様を重ねてみて思わず11の顔がにやけてしまう。

「11?」

頼りなさ気に11の名を呼ぶティーダの声。
思いきり抱きしめてしまいたい衝動を堪えて、11は気を取り直し言葉を続ける。

「基本、私のいう事を聞くこと。あ、別に命令ってわけじゃないよ。ちょっと癖の強い人物が多いから、いいように使われないようにって意味でね」
「灰汁が強いってやつ?」
「灰汁どころか、もはや害虫……ん、で。私の他に頼りになるっていえば」

11の発見者であるゴルベーザは信頼に足る人物だろう。
クラウドもきっと頼りになる。闘争に関して関心が薄いようだし、11とは気も合うのだから。
と、ここで教えていてもせんなきことだ。
名前だけ知っていたって実物に合わせてやらなければ意味はない。
そこにつけこまれてしまっても厄介なわけだし。

「まぁ、その辺りもおいおいと、かな」

じゃあ行こうかと11は新たな仲間、ティーダの手を引き次元城へと向かうのだった。

2012/7/6




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