DdFF | ナノ




恢復

カインは手に持つ槍を握りしめる。
果たして何人目になるだろうか。
こうして仲間を手に掛けるのは。
共に戦ってきた仲間を自らの手で眠りに落とす行為は、カイン自身の精神をも蝕む。
確証のない行いだとは知っている。
しかし、可能性に賭け、希望を託すためには必要なこと。
出来る限りの人材を、”次”の戦いへと残しておくためにはこうするしかないのだ。
募る罪悪感に疲弊をきたしている場合ではない。
腰を落とし、足に力を込める。
せめて仲間の苦しみが一瞬のもので済むようにと、カインは高く飛び上がった。
天高く、跳躍の到達点にて槍を構える。
重力のままに落下する体に空を蹴り加速を加えて、槍の切っ先を相手へと定めて。
幸い相手はまだ気が付いていない。
このまま一思いに、と槍を突きだした瞬間、槍先が何かにぶつかったかのように火花を散らした。
ゆっくりと、狙いを定めていた相手…11が振り返る。
そしてカインを見上げ、手に携えていた杖を掲げてきた。
まずい、と思った時にはもう遅い。
11の口が僅かに動いたと同時に目を晦ませるばかりの閃光がカインを包む。
咄嗟に防御の構えを取りはしたが、至近距離で喰らってしまった魔法攻撃はそれで防ぎきれるものではない。
体中、所々に突き刺さるような衝撃を受けながら、それでも体勢をなんとか立て直してカインは地上へと着地した。
しかし受けたダメージはやはり大きなもので、その場に膝を着いてしまう。

「あーあぁ、直撃しちゃったねぇ。痛かったでしょ、裏切者のカインさん」
「……11」
「はいはい。なんで知ってるのかー、って聞きたいのかな」

11は笑顔でカインに歩み寄り、目線を合わせるようにしゃがみこんだ。
顔の上部を覆うように被られた兜のせいで、カインの表情は窺えない。
だが、見える肌には細かな傷が見受けられる。
鎧も至る所に痛みが目立ち、禄に回復していない状態であることが察せられた。
11はそんな姿のカインに軽く息を吐き、荷物の中を探る。
すぐに見つかったそれを取り出し、それからカインの頭上から一息にぶちまけた。
先ほどの11の放った魔法とは真逆の淡い、優しい光がカインを包み込む。

「ポーション程度じゃ、その傷全部完治ってわけにはいかないけど、さっきよりは大分マシじゃない」

ふふっ、と笑う11にカインは眉を寄せる。
今しがたカインは11の命を狙ったばかりだ。
”裏切者”だという言葉も11の口から出たものだし、そう認識はされているのだろう。
それなのになぜ、わざわざ回復など。

「なぜ、回復を」
「満身創痍の人物に勝ったって面白くもなんともないでしょ」
「…では、遠慮なくいかせてもらうぞ」

情けを掛けられただなんて随分と無様なものだと思いながらもカインは己の役目を果たすべくに槍を握り直す。
しかし、それは11の杖により押し留められた。
光る杖の先は、カインに狙いを定めている。
このまま動けばまたしても魔法の餌食になることは間違いない。
だが、と行動を起こそうとしたカインを11の声が遮った。

「ライトニングから聞いたの。カインが仲間達、倒して回ってるってさ。それ、本当?」
「……」
「無言、ってことは、肯定ってことでいいのかな」

11は深く溜息を吐き立ち上がった。
続いてカインも立ち上がる。
お互い、武器は構えたままで牽制を崩すことはない。
この魔導士11は、ウォーリアも一目置いている人物であり、カイン自身が彼らと出会うずっと前から行動を共にしてきたのだと聞いていた。
先立って敵と対峙するウォーリアと、その後ろより援護する11。
ふたりの戦いぶりは、長い時間共に過ごしてきたのだという息の合ったものだった。
そしてなるほど戦士と魔導士という組み合わせは、利に適うものだと思ったものだ。
だが普段の11は基本ものぐさであり、積極的に歪みを開放したりはしない。
ウォーリアに無理矢理引きずられて行く姿も多々目撃していたし、渋々としながら必要であれば動くといったものだった。
そんな11の態度を、軽んじて見ていたわけではない。
魔法を使う者なのだから前線に立つ必要はなく、言動はどうあれ穏やかな人物だと認識していたのだが…今はどうだろうか。
至近距離からカイン自身を見つめる目は鋭く、攻撃の手を出す隙を与えない。
加えて先程の魔法攻撃。
手合せをしたことなどなかったからその力量は不明なものであったが、かなりの上級魔導士だということを身を持って知った。
傷の癒えきっていない今、あの魔法を再びこの近距離から受けるのは危険だろう。
では、どう手を打つべきか。
兜の奥より11の視線を捉えながらカインが思考を巡らせていると、ふと11の唇が動いた。

「で、目的は何?」
「……目的?」
「目的もなく、こんなことしないでしょ、普通」

確かに、目的があっての行いだ。
しかし、この場であって動揺も見せずに冷静にそこを突いてくるとは……ウォーリアが一目置くのも頷ける話かもしれない。
眠りについている仲間達は皆、動揺、怒り、戸惑いと共に剣を交えたというのに。
理由を聞く間も与えずの不意打ちだったのだからそれも当然なのかもしれないが……。

「”次”の、戦いがあるのだと言ったら…お前は信じるか」
「次の?」
「そうだ。この神々の戦いは、繰り返されているのだと言ったら」

繰り返し、終わることのない戦いの輪廻。
破れては記憶の浄化を受け、復活し、再び戦禍へと投げ込まれる。
そうして延々と戦いは続くはずだったのだが、事態は一変した。
イミテーションの出現だ。
あの紛い物の餌食となってしまっては、もう復活は望めない。

「ふぅん。偽物心ここに非ずってことなのかな」
「心無きものは容赦がないものだからな」

精神どころか肉体も完膚なきまでに破壊されてしまうのだろう。
だから、とカインは続ける。
確証はないことだとはわかってはいるのだがと踏まえて。

「”今”は敗北を受け入れて”次”へ望みを託す。クリスタルの力を得るには、あの大群は……不利だ」

コスモスから授けられたクリスタルの力は、戦いの輪廻を終わらせる力を持っている。
だが、それを得る前にあの軍勢にやられてしまえば、輪廻の終わりは訪れないのだ。
その為に仲間を襲い、眠りにつかせて、とある歪みに隠しているのだという。

「で、その間にできるだけイミテーションを倒す、と。カインひとりで」
「…そのとおりだ。微々たるものでしかないだろうがな」

不毛な輪廻を繰り返すか、紛い物によって消滅させられるか……望みがあるのならそれに賭けるのか。
ならば選ぶのは望みの一択だ。
例え今、仲間に裏切者だと思われようが、次には存在すら忘れられている身。
カイン自身がどうなろうとも、次に勝機があるのならばそれに賭けたい。

「そういうことだ、11。悪いが、お前にも眠っていてもらいたい」
「やだよ、面倒くさい」

即答である。
そんな11にカインは思わず面喰ってしまうのだが、その隙が悪かった。
杖の先から打ち出された光の玉の直撃を受けてしまい、カインは堪えきれずにその場に身を蹲せる。
11は杖を収め、腰に手を充て思い切りカインを見下した。

「”次”に勝てって、馬っっ鹿じゃないの」

鼻息も荒く言葉を投げる。
そもそも11は、勝機の見えないこの戦いに辟易とした思いを抱いていた。
そんな態度についてウォーリアから度々苦言をもらったこともあったが、だからといって日々の援護に手を抜いてきたわけでもなく、レベルだってお陰さまで既にMAXだ。
いつか訪れるかもしれない勝機のために、準備だけは怠ってはいない。
でも、それは”次”ではない。
”今”でなければ11にとっては意味がない。
浄化された記憶の中で戦いに勝てたとしても、それは”今”の自分の喜びではないのだから。

「それで。そんなおバカな作戦は、本当にカインひとりだけ?」

ひとりで行動するには、何にでもそうだが限界というものはある。
例えば、こうしてカインが他の仲間達を襲っている間、誰がイミテーションからコスモスを守るのか。
戦う者の居なくなった戦地には敵しか残らないのだから、当然過る疑問だ。
カインが目的を達成する前にコスモスが破れてしまっては、望みを託すことも適わなくなってしまう。

「…ウォーリアも知っている」
「あっはー、やっぱり!」

馬鹿ふたり発見!と11は高らかに笑う。
どうしてこうも寡黙な戦士タイプというものは動機というものを言わずに行動をとってしまうのだろうか。
ヒーローか、ヒーロー気取りなのか、と盛大に心の内で突っ込みつつ、それにしてもだ、11自身の知らないところで行動を起こされていたのは腑に落ちない。
長く旅を共にしてきたのだというのにあの男は……。
真っ直ぐ過ぎて、自己犠牲しか考えていないのだろうと11は結論付ける。

「んじゃあとりあえず、私も眠らない方で」
「11」
「だから、”次”に勝ったって、それは私であって私じゃないでしょ」

そんな勝利はいらない、と11は収めた杖を再び手に構えた。
今度は淡い光が杖先から齎される。
その光はカインの体を覆い、次第に収束した先には傷の完全に癒えたカインの姿があった。

「まだ先は長そうだからね。回復回復」
「…11、本当にいいのか」
「しつこいなぁ。私がいいって言ってるんだから、それでいーじゃない」

それに、と11は続ける。

「大群お相手するには、私の力、必要でしょ」

なんたって大魔導士ですから、と自信満々に杖を掲げる11にカインは苦笑を漏らした。
確かに、大群相手ならば、11の魔法は大いに活躍することだろう。
一気に数を減らせるのならば、それは”次”への多大な貢献となる。

「だが、俺達は負けるのだぞ」

それでもいいのかと、今一度11へと確認する。
”次”に勝つのはそれは自分ではないからとは言うが、カイン自身が行っている”今”は敗北へと向かうものなのだから。

「カインと、それからあいつと一緒。可能性に賭けるよ。それが私の勝利の証」
「…そうか」
「で、あの紛いモノ達の出所は?」
「あぁ、……そこまで考えてはいなかった」

倒せども倒せども、留まるところを知らずに湧き出てくるイミテーション群。
造られるにしろ、出現するにしろ何かしらの要因があって現れたのだろうからその要因を封じてしまわなければ”次”へと託す意味はないのだが。

「いや、ちゃんとそこも考えとこうよカイン…」
「……悪かったな」

そこまでの余裕などなかった、などという言い訳は言いたくはないからその一言のみに留める。
気まずそうに、僅かに歪んだカインの口元を見て、11は笑みを漏らした。
それから、さてと、と腕を上げて体を伸ばした。

「あいつ一発殴りに行ってくる」
「おい」
「あー、止めないでカイン。なんかムカついてしょーがないんだよねー、まったくねー」

この私にも何も言わないなんて、と11の杖を握る手に力が篭る。
そして、どうせコスモスの元にいるんだろうから探す手間も省けて丁度いいと早速足を進め始めた。
そんな11を、カインには止める術はない。
いや、物理的に止めることは可能なのだろうが…心情的なものを止めることはできないのだし、こればかりはカインが口を挟むことではないだろう。
ウォーリアと11。
ふたりの培ってきた関係は、ふたりにしかわからないものなのだ。
だが、ただひとつ。
どうか大ごとだけにはならないことを願いながら、カインは”次”へとむかって歩み始めた。

-end-

2012/6/9




[*prev] [next#]
[表紙へ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -