DdFF | ナノ







なんでこうなってしまったのか。
これまでの出来事を振り返ってみる。
朝は、普段通りに目を覚ました。
まだ眠っている仲間を起こさないようにテントから出て…と、ひっそり動いていたら、既にウォーリアが早朝の鍛錬に勤しんでいたのに遭遇した。
朝食の支度にはまだ早い時間だったし、持余す時間には丁度いいとウォーリアの鍛錬に合流して。
それから思いのほか打ち込んでいたのか、テント群の元に戻った時にはもう朝食の支度が終わっていた。
自分が当番だったのに申し訳ないと、代わりに支度をしてくれていたセシルに礼を言って皆で朝食を摂った。
片付をして、何故か担当となっている11の世話係は今日はジェクトが請け負ってくれるとかで久しぶりにひとりで行動していたんだ。
いつも気にやる相手がいないというのも少し落ち着かないものだと思いながらも、自由に身動き取れるのは気晴らしには持って来い。
ジェクトの心使いに大いに感謝しつつ、苦戦を強いられることなく幾つかの歪みを開放していた。
レベルも順調に上り調子で…だから、もう一戦交えて行こうと新たな歪みを探していたんだが。

次第に低くなっていく視界。
咄嗟に違和感を感じたのはいいが、しかし為す術もない。
常に携えている武器類の重さも消え失せ、軽くなった身体。
目に映るのはヒレの付いた手と……足なんだろうなコレは。
鮮やかな緑色の手足に、白い腹。
そんななりで一歩を踏み出してみれば、軽く飛び上がった。
あぁ、やっぱり。
自分の想像していたモノに違わないようだ。
なんだってこんな姿に、と何度今日これまでの出来事を思い返してみても原因たるところには辿り着かない。
暗雲たる気分に溜息を吐いてみても、喉から洩れるのは濁音の混じった音だ。
どうやら、言葉も使えないらしい。
さて、どうしたものか。
原因不明ながら、だがいつまでもこの姿に沈みこんでいる場合じゃない。
ひとまず宿営地まで戻って、誰かしらにこの状態を診てもらう必要がある。
いや、しかし自分だと気付いてもらえるのだろうか。
ただのカエルが、まさか自分だとは誰も思わないだろう。
そうした時はどうすればいい?
元に戻る方法を誰の協力もなしに自分で探すしかなくなるわけだが……考えていたところで仕方がないか。
とりあえず戻って、それからだ。
とはいえ、この身体じゃ思うように進まないだろう。
ある程度カエル特有の跳躍で距離は稼げるのかもしれないが、何分この姿になって数十分。
慣れもなにもあったものじゃない。
今日中に宿営地まで戻れるだろうか。
そんな辟易とした思いに息を吐けば、またしても濁音交じりの音が喉を震わせた。

「あら」

頭上から、呑気な声が齎されてきた。
進めようとしていた足を止め、頭上を仰ぐ。

「あらあらあら。大きなカエルさん〜」
「おーい、嬢ちゃん。逸れるなって言っただろーがよ…って、なんだソイツ」

妙に目を輝かせた11と、その後ろに駆け寄ってきたジェクトが現れた。
にゅっと伸びてきたジェクトの手から一瞬逃れようと構えたが、しかしここで気が付いてもらえればいいんじゃないだろうかと思い直して為されるがままに身を任す。
首根っこを抓まれ、ジェクトの顔が覗いてきた。

「でけぇカエルだな。キモい」

そう、ヒョイっと放られた自分のカエルとなった身は地面に辿り着くことなく、上手いこと11の手の上へと到着した。
11の顔が、なぜだか嬉しそうなのは気のせいだろうか。
手の上で、撫で繰り回される。

「ダメですよ〜、ジェクトさん。カエルさんは大事に」

こんな世界にもカエルさんなんているんですね〜、と11の長閑な声。
水辺が近いからいたっておかしくもなんともないだろうとジェクトが言う。
とはいえ、この異界で食糧となる生き物以外の生物を見ることは稀だ。
珍しいこともあるもんだなと歩き出すジェクトに11が続いていくのだが、ふと、ジェクトが11へと振り返ってきた。

「おいおい嬢ちゃん。ソイツはここへ置いていけ」
「え、何でですか?」

心外だと言わんばかりに目を見開いた11の声が響く。

「連れてったってしょうがないだろーが」

だいたいそんなデカいカエル、連れて行ったところで足手まといなうえに皆に気味悪がられるだけだと正論ともいえるジェクトの言葉。
確かに、自分も11の両手に丁度いい位の大きさのカエルがいたら悪いが引く。
嫌いというわけじゃないんだが…といってもまさしく今自分自身がそんな状態なのだから、せっかくのこの機会を逃すわけにはいかない。
なんていったって、移動手段が跳躍しかないのだから。
ひとまずは、宿営地へ。
そんな自分の思いを11へと訴えるべく、11へと鳴き声を向ける。

「あぁ、ほらほら。カエルさんも行きたいって言ってますよ〜」

旅は道連れって言うじゃないですか、と言う11の言葉に今は同意だ。
強請る11に自分も懇願の目をジェクトに向ける。
しばしの沈黙による押し問答の末、果たしてその願いが届いたのかどうかは謎だが、ジェクトがジッとこちらを一瞥したかと思うとひとつ息を吐き、背中を見せて歩き始めた。
どうやら折れてくれたようだ。
世話は11が責任もってやる事、と隣に並んだ嬉しそうな面立ちの11の頭を撫でるジェクトは苦笑を浮かべている。
まるで親子のようなやり取りに心和みつつ、今回ばかりは11の無駄な頑固さに感謝しておこう。





「何だ、それは」
「何って。カエルさんですよ〜」

ライトさんたらお惚けさん、と11がライトニングへとカエルである自分を差し出した。
途端に強ばるライトニングの表情。

「かっ……返して来いっ、元居た場所へだっ」

剣幕に手を振り払うライトニングへと、不服の声を漏らす11。
そんな両者を宥めるジェクトに、大きなものだと自身を見つめ感心しているカイン。
誰でもいい。
誰か、自分だと気が付いてくれないか。
フリオニールだ、と鳴き声を上げてみるも、当然ながら言葉にはならず、自分の意思は伝わらない。
カインがよく鳴くカエルだと、変なところに関心を向けている。
あぁ、どうかその関心ぶりで気が付いてくれないだろうか。

「まぁまぁ、ライト。いいじゃない。今更返してくるのも何だか薄情だし」

ね、とジェクトの宥めにティファが加勢してきた。
そして自身を軽く突いてくる。

「11が面倒みるんでしょう?」
「当然だっ。四六時中そいつを肌身離さず持ち歩けっ。私に決して近づけるなよ!」

テントも今日から別だからな! とライトニングが早足で去って行ってしまった。
それをティファとジェクトが苦笑で見送る。

「苦手みたいね、カエル」
「こんなに可愛らしいんですけどね〜」
「そりゃお前さんだけだ、11」

小さけりゃちっとは可愛げあんだけどな、と尤もなことをジェクトが言うがしかし、11のズレた感覚が今の自分を救っているのは確かだ。

「まぁ、でも、私も同じテントだけは無理かな」

ごめんねと謝るティファに、お構いなくと11が朗らかに返している。
頼りは……不安だが11しかいない。

「というわけで、よろしくお願いしますね。カエルさん」

そう言った11の手が胸元を弄り始めた。
そして、出来た衣服の隙間に身を潜り込ませられる。

「ちょ…11っ?!」
「だって、ライトさんたら四六時中肌身離さずって言ってましたもの」

お約束は守りますよ〜、とここでも無駄な頑固さを披露し始めた。
だからといってそれはないだろうと呆れるジェクトに、これならば手も使えると11が豪語している。
さすがのティファも胸元から覗く自分…もといカエルに若干引き気味だ。
ひんやりしていてなかなか心地良い、と勧める11にカインが丁重に断りを入れている。
あぁもう、何が何やら……。
下半身(といってもカエルだが)に感じる僅かな柔らかさが、余計に思考能力を低下させていく。
自分は人間に戻ることができるのだろうか。
いや、戻らなくてはならない。
思考能力が低下してこようが、それだけは確固たる意思だ。
だがしかし、宿営地という安全圏にいる以上急ぐことでもないんじゃないのか?……いやいやいや……。
これはカエル状態で満足している場合でもないだろう、相手が11といえども自分だって男だし…。
…いや、だから、そこじゃない。
皆が真剣に戦いに向けて励んでいるのだから、一刻も早く元の姿に…、あぁ、なんだか考え過ぎか?
ぼんやりと、頭がクラクラしてきた。

「あら。カエルさんはお風呂苦手ですか?」

露天風呂だから大丈夫かと思ったんですけども、と11が心配そうな顔を覗かせてきた。
なるほど。
考えに集中するあまり、もうそんなに時間が過ぎていたのか。
どおりでクラクラするわけだ。
岩場に力なくヘバりついている自分を撫でる11の姿。
……大丈夫だ、見ていない。
露天とはいえ湯気が蔓延している。
ちゃんといい感じに肝心な部位は湯気で隠れて、隠れて……。

「あぁっ、カエルさんっ!湯気に中っちゃいましたかっ?!」

うわっ、鼻血?! との11の声を微かに耳にしながら意識が遠のいて行くのを感じた。




意識が戻るのを感じたのは、何やら額に冷たさを感じたからだ。
一瞬元の姿に戻ったのかと期待もしたが、そう都合よい展開は待ち受けてなかった。
額に当てられているのは小さな布きれで、自分の手は相変わらず緑でヒレがついている。
そんな姿に息を吐くと、またしても濁った声が漏れてしまった。

「気が付きました?」

頭上から11の声が聞こえてきた。
どうやらすでに就寝の時間らしい。
消えかかっているランプのせいか薄暗いテント内。
寝具に11が横たわり、その上に自分は乗っかっているようだ。

「ジェクトさんとカインさんに怒られちゃいましたよ〜」

カエルさんとはいえ、男の子なのだから配慮しなさいですって、と11が自分を撫でる。
そこは、水辺はいいがお湯は駄目、ではないのだろうか。
そんな自分の疑問を他所に、カエルさんは男の子だったんですね〜、と新たな発見に11はウキウキといった様子だ。
といっても、ジェクトやカインに聞いても雄雌の判別方法は教えてもらえなかったのだという。
そんなもの、自分だってわからないが。
まぁ、年の甲とも言うし、きっと何か判別法でもあるんだろう。
知らないうちにカエルであっても身を弄られてしまったのは、微妙に不本意だが。

「そいうえばもうお休みの時間なんですけどね、フリオさんという方がまだ戻って来ていないんですよ」

と、唐突に11が自分の話題を振ってきた。

「皆さん、大丈夫だろうって探しにも行かないし」

そりゃあ11自身と違ってしっかりしているし、レベルだって大分上だし、別の宿営地へと行ったのかもしれないけど、と溜息を零す。

「カエルさん、お会いしてませんものね。うーん、なんていうんですかね〜」

大きくて銀髪で後ろ髪だけ長いんですけども、それが丁度引っ張りやすくて、と淡々と自分のことを語り始めた。
強くて、いつも助けてくれて、11自身怒られてばかりだけど最後は呆れながらも何だかんだで折れてくれるし、優しくて、とても頼りになる人だと……。
…て、語られている本人としては何だかとても居た堪れない。
なんだこれ。
恥ずかしいにも程がある…が、11自身、自分がカエルとなっていることなんか知らないのだからどうしようもない。
羞恥に打ち震えていると、ふと、11に体を持ち上げられた。

「明日はお会いできるかなぁ。そうしたら、カエルさん、ご紹介しますからね〜」

きっとフリオさんたら驚きますよ、と11が笑みを漏らした。
その笑みが、あまりにもいつもの11とはかけ離れた柔らかなもので、思わず胸の奥が疼く。
カエルの姿であるのが悔やまれる…いや、この姿だからこそ見れた表情だろうか。

「さて、そろそろ眠りましょうか」

早起きしないとライトさんに怒られてしまいますからね〜、と11が僅かに身じろいで姿勢を直す。

「それじゃあ、お休みなさい。カエルさん」

ちゅ、と軽く触れたカエルである自分の口元と11の唇。
胸元にゆっくりと身を置かれ、しばし放心する。
それから体の奥底から湧き上がってくる熱い何か。
き…キワモノ好きにも程があるだろう!
カエルになんて、口づけて、一体どうしてこいつは…と、唐突に身体に異変が起こり始めた。
徐々に高くなってくる視界。
手のヒレが引き始め、慌てて11の上から手を退かす。
元に戻った自分の身体。
カエルの体勢の名残かそのまま11に覆いかぶさるような姿勢だが、11を押し潰すようなことにはならずに安堵する。
が、しかしこの体勢はいろいろと心臓に悪い。
そっと、寝息を零す11を起こさないようゆっくりと後退しようとしたのだが

「…ん……?」

肩口から零れた自分の髪が11の顔に触れた。
ゆっくりと瞼を持ち上げる11。
そして思わず動きを止めてしまった自分と目が合ってしまった。
叫ばれてしまうか、と身構えるも存外そんな暴挙には出ず、それどころか

「あー…お帰りなさい、フリオさん。明日、ご紹介したい方が……」

と、また寝息をたてて眠りに落ちて行ってしまった。
図らずも、助かったということだろう。
今度こそ、とより慎重に11から身を離す。
それから高まった鼓動を押さえるようにして、テント内から這い出た。

「おー、お疲れさんだなぁ、フリオニール」

とん、と肩を叩かれ思わず軽く飛び上がってしまった。
肩を叩いたのは、ニヤニヤとした笑みを湛えたジェクトだった。
目の前にはなぜかカインがいる。
そしてその手には、何やらアイテムが携えられている。
何となく、薄らと見覚えのあるような…。
そんな視線を感じ取ったのか、カインがそのアイテムを自分に差し出してきた。

「あー…何だっけ?」

受け取りつつも疑問を口に出す。

「何でも”乙女のキッス”とかいうらしいぞ、それ。すげぇネーミングセンスだよな」
「”トード”状態を治すのなら、これしか浮かばなかった」

この異界にあるのかどうか確証はなかったのだが、必要ないようだったな、とカインが苦笑を零した。

「実際の口付でも効果があるとは驚きだ」
「あっ、いやそれはっ……!」

焦る自分にまぁまぁとジェクトが宥める。
幸いにも11は寝ぼけ眼であったし、自分がトード状態にあったということはジェクト、カイン以外まだ知らないことだという。
ならばわざわざ暴露することもないんじゃないだろうか。
その、風呂の件だとか、いろいろと…と口ごもっていると、ジェクトとカインも盛大に頷いてくれた。

「11はともかくなぁ、雷姉ちゃんにバレたとなっちゃ、ちょいと面倒だしよ」

との、ジェクトの後押しも手伝って、この一件については3人内の秘密とすることになった。
それにしても一体、何が原因となってトードにかかってしまったのだろうか。
異界の不思議現象に頭を捻りつつ、ようやくひとつ溜息を吐く。

-end-

2012/5/8 紅さまリク





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