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堰く



この世界に来てから随分と経つ。
最初こそは朦朧とした意識の中、見知らぬ地の果てしない広さに途方もなくひとりただ歩むばかりだけだったのだが、時間を辿るごとに ”仲間” が増えてきた。
増えてきた、というよりも、出会った、と言うべきか。
自分よりもずっと以前からこの異界とも言える不毛な大地を彷徨っている者達は、時に ”仲間” に、時に ”敵” として見えた。
そうして出会いを重ね、敵としている者と対峙していく内に徐々に脳裏に蘇ってきた記憶の欠片。
何を基準に思い出す物事が決まっているのかまでは未だ把握しかねるが、自分にとって掛替えのないモノを思い出すことができたのは幸いと言えよう。
そして光の戦士から彼女の名前を紡がれた時には、ひどく驚いたものだ。
まさか、彼女まで…と。
それから驚いたことと同じに、安堵する気持ちもあった。
異世界という未知なる場に在していては、彼女の安否を知る術はない。
しかし同じ場にいるのならば、多少の距離があろうが様子を知ることはできる。
ただひとつ、記憶の有無が気がかりではあるが。

現に、フリオニール。
彼は自分と同じ世界から来た。
だが、自分は彼のことも思い出しているけれど彼はまだ自分の事を思い出してはいない。
暗黙の内に、思い出すまでは素知らぬ振りを演じてはいるが…彼女もそうだとしたら。
聞くところによると、どうやらフリオニールと彼女は初対面のようだ。
となると、彼女は元居た世界の記憶は無いように察する。
では、自分に対しての記憶はどうだろうか。
彼女に知らない人物と認識されてしまったら……あぁ、こんな考えは止そう。
考えたところで何かが変わるわけではない。
もしそうならば、フリオニールと同じく記憶が蘇るのを待つしかないのだから。

「ミンウ。交代の時間だ」

そう声をかけてきた光の戦士へと顔をあげる。
この世界にて、初めに彼女を見つけたのは彼だ。
しばらくは共に行動をしていたが、彼女の些かズレた感覚に早々にフリオニールへ世話を任せてきたのだと言っていた。
この頑なな戦士でも、彼女の扱いには少しばかり思うところがあったようだ。
任せてきたものの、フリオニールは大丈夫だろうかと珍しくも懸念の言葉を呟いていたことを思い出す。

「君でも、あの子には手を焼かされたようだね」

ふと、そんな言葉が口から洩れた。

「彼女を知っているのか?」

自分の言葉に、当然ながらに光の戦士から疑問が投げつけられてきた。
本人ではないのだから、隠しておく必要はないだろう。

「そうだね。あの子も、フリオニールも、私と同じ世界に住む者だ」
「フリオニールも?」

僅かに目を見開いたかのような表情は、おそらく驚きのを現しているのだろう。
如何せん、光の戦士は表情すらも読みにくい。
それでも付き合ううちに幾らかは読み取ることは出来るようになってきたが。

フリオニールとの関わりはそう深いものではない。
それでも信頼に足る人物だということは覚えている。
そして彼女は、弟子であり、自分が育ててきた娘だ。

「師弟、ということか」
「そういうことになるね」
「では、会うのが楽しみだろう」

そう紡いできた光の戦士へと首を傾げると、 「違うのか?」 と返してきた。
楽しみは、確かにそうだ。
途中会ったカインに彼女達の居る拠点地を尋ね、追ってきた。
それももう、明日には会えるだろう位置に居る。
楽しみでないはずがない。
しかしやはり気にかかっていることは誤魔化すことなどできやしない。
頭では理解していても、心情というものは違うのだ。

「いや。楽しみだよ」

消えかかっていた焚火に幾つか枯れ木を投げ入れ、お休みとテントへと足を向けた。



目が覚め出掛ける支度を始めていると、行先の違う光の戦士が自分と彼女の関係に興味を持ったのか共に行くと告げてきた。
人に興味を抱くなど彼にしては珍しい。
そう思いながらも断る理由もなく、同行することとなった。
お陰で煩わしい小競り合いも彼の手により、滞ることなく道を歩むことができた。

眼前に見えてきた拠点地としている宿営場。
テントの傍に佇んでいるのはライトニングだ。
そのライトニングの姿から見え隠れしている白い布。
あぁ、あの装束は紛れもなく。
早速こちらの気配に気が付いたのか、ライトニングが振り返ってきた。
こちらの姿を確認したかのようにひとつ頷き、傍らに立っていた彼女の腕を掴み、こちらを指し示す。
それに促されるように彼女の顔がこちらへと向かう。
面立ちはいたって平然を装い、その実、向かう足取りは少しばかり重い。
たかだか少女ひとりに何をそんなに緊張するというのか。
自分らしくもないと心の内に叱責を送っていると、ライトニングから慌てたような声音が聞こえた。
掴むライトニングの腕を払った少女が駆けてくる。

「ミンウさまっ!」

そう満面の笑みに抱き着いてきた少女…11を、抱き留める。
細い肩。薄い身体。しかしやはり少女らしく柔らかさはある。
ほのかに香る甘い匂いはあの世界に居たものと変わらない。

「早計はいただけないよ、11」

装束で自分だと判断したのだろうけれど自分だとは限らないと紡げば、間違えるはずがないのだから問題ないと自信満々に言ってのけてきた。

「ミンウさまもこの世界に居たんですね!」

興奮冷めやらぬ様子にこちらを見上げてくる。
それから誰も教えてくれないから知らなかったと愚痴を零しはじめた。
そんな11に呆れた様子のライトニングが近づいてくる。

「教えようとしたら、覚えられないから会った時に紹介してくれと言っていたのは誰だ」

他の仲間達の名前と特徴をひととおり教えようと試みたところ、そう返されたのだという。
相変わらずに覚えが悪いのは11らしい。

「知り合いだったのか」

そうライトニングが視線を向けてきた。
訝しむように辿る目線の先は、11の腰元に纏う腕。
それから再び顔へと向けられる。
その鋭さや、何やら暗に不審を示すもの。
確かに知らない者から見たら、おかしなものだろう。
恋仲にあるにしては不釣り合いな年の差。
世間にはもっと年差のある夫婦もいたりするものなのだが、それでもそうあるものではない。
かといって、兄妹、にしては、微塵も似ていない。
父娘、という関係なんて頭の隅にもないだろう。

「私の娘だよ、ライトニング」
「娘、だと?」

未だ疑わしげな視線を隠すことなく、それでも確認するかのように11へと視線が動いた。

「そうですよ〜。私のお父さまで、お師匠さま、なんです」
「おまえっ…ミンウの弟子、なのか……?」
「私もそう聞いたのだが…11、君は真面目に精進してきたのだろうか」

困惑の面立ちを醸したライトニングにすかさず光の戦士が確認してきた。
11はそんなふたりに難なく頷き返している。
まさか、やら、なんの冗談だ、と嘆く言葉を余所に11の目線がふたりの奥に向かう。
そして、 「あ」 と短く声を漏らした後、腕から抜け去り目線の示した方へと走って行った。

11の先に見えたのは、長身の青年の姿。
その背中に揺れている、ひとつに結わえた銀の髪を引っ張り怯んだ隙に青年…フリオニールへと11が抱き着いた。

「ミンウ。おまえの力はよく知っている。だが…いや、だからこそ、アレはなんだ?」
「どんな事情があれど育て方を少しばかり間違ってしまったのではないのだろうか、ミンウ」

真剣にそう紡いでくるふたりに苦笑を漏らす。
心配されるのはありがたいことなのだと受け取っておこう。
しかし、ああいう風に育ててきたのは紛れもなく自分なのだし、それこそ自分の思うように育ってきている証なのだから問題はない。
魔法に関しては…そもそも前線で戦うことなど考えてはなく、身を護る程度のことしか教えていない。
とはいえ、この世界では少々不便だろう。
応用の効くものでも教えてやらなければ、とそんなことを思っていると、フリオニールと11がやってきた。

「ミンウ。11の養父だというのは本当か?」

開口一番のフリオニールの言葉。
しかし、疑問を抱く箇所が違うのがよく彼を表していると思う。
ふたりは、いや、おそらく他の仲間達も自分の言葉にまず疑問を浮かべるのは ”弟子” ということだろう。
11の魔法を目にしていれば当然の反応といえるかもしれない。
だが、フリオニールは父としての自分に反応を示してきた。
自分も、元の世界の記憶の全てが蘇っているわけではない。
それでもなんとなく、以前のふたりの関係がどんなものだったかわかっている気がするのは ”親” だからだろうか。

「そのとおりだよ、フリオニール」

何か不都合なことでもあるだろうかと笑みを向けると、フリオニールの言葉が詰まった。

「若いお父さまで、羨ましいんでしょ〜」

でもあげませんからね!と11がフリオニールを覗き込む。

「あ、いや…そうだな。ミンウが父親だなんて……」

ちょっと羨ましいかもな、と無理矢理に苦笑いを作ったフリオニールへと11がそうだろうと返し、満面の笑みでこちらの腕へと絡みついてきた。
フリオニールの視線がその腕を掠める。
そして何事もないかのように顔を上げてきた。

「…なら、積もる話もあるだろ?ふたりで、ゆっくり過ごすのもいいんじゃないのか」

今日一日、と言っても既に正午は通り過ぎているのだから半日しかないが。
そうフリオニールが光の戦士とライトニングへと同意を求めると、ふたりも特に異存はないらしく、11と過ごさせてもらうこととなった。




「元気そうで何よりだよ」

楽しくやっているようだねと、そんな言葉をかけながら11に宛がわれているテントへ入る。
余程自分と対面できたことが嬉しいのか、11は狭いテント内にも関わらずに忙しなく動いている。
残念ながらにこの世界には自分の気に入りの茶葉がないようだと些か肩を落として出された飲み物をありがたく受け取って、目の前に座り込んだ11の頭を撫でれば心地よさそうな顔を覗かせた。

「しかし、大分手が荒れている」

膝に置かれた11の手を掴み、その触り心地を確かめる。
かさついた肌に艶のない爪。
手入れをするための品などないのだから仕方のないこととはいえ、それに乗じて日々の家事仕事も影響しているのだろう。
常ならば、11には必要のなかった事。
けれどこの世界では必要な事。

「確か、薬に使えそうな葉があった。後で手入れ用に作ろうか」

元いた世界のモノのようにとまではいかないが、近いモノを作ることはできるだろう。
何種類かの葉と、精油と、煮沸して…。
撫でつつそう思考を巡らせていると、撫でる11の手の甲に少しの引っ掛かりがあることに気が付いた。

「この傷は?」
「あ、コレですか。ちょっと前にですね〜」

戦闘中、杖を振りかざした時に木に引っかけたのだという。

「なのに、コレくらいでポーション使うなって怒られちゃいました」

フリオさんたらケチなんですもの、と愚痴を零す11だが、その表情には苦笑が浮かんでいる。
ポーション使用は不可だけれど、そのかわりしっかりと手当をしてくれたから治りも早く、一昨日辺りに包帯が取れたばかりなのだという。

「それでその傷に塗ったお薬がとても沁みて痛かったんですよ。なのになぜかフリオさん、楽しそうで」

あれって一種のイジメですよね〜。
そう恨めしそうに紡ぐ言葉とは裏腹に、やはり11の顔は穏やかだ。

「でも、なんだかんだ言いながらいろいろと良くしてくださるんです。包帯取れたのに、皿洗いとかまだ手伝ってくれますし…ミンウさま…?」
「痕は、しっかり消しておかなければね」

掴んでいる11の手に、少しばかり回復の魔力を注ぎ込む。
僅かに眩む光が消え去った後には、いつもどおり傷ひとつない手の甲。
それでもかさついた手は当然ながらにそのままで、些か気に入らない。

「フリオニールとは、随分と仲が良いみたいだね」

先ほど11がフリオニールへと抱き着いていたが、あの時の彼の慌てようから察するに自分の思っているような関係はふたりにはないことは窺える。
それならば何も懸念するようなことはない。
それにフリオニールは自分の記憶にあるとおり、確かに信頼に足る人物だ。
しかしそれと同じくして、ふたりの間柄を素直に認めようとできない心情もある。

「ん〜、そうですね〜。なんだかお世話焼いてくれますし、お母さん的なカンジがします」
「…母親、なのかい?」
「お母さんってどんなカンジかはわからないですけどね。小言多いですし、心配症ですし」
「大体のことに置いて、厳しかったりするのだろう」
「あ、そんなカンジです。で、最終的には甘やかしてくれたりして」

自分勝手なお母さん像にピッタリ当て嵌まると、11が納得しきりに頷いている。
そんな11の発言に、思わず笑みを零す。
どうやらフリオニールの11に寄せる恋情は、11にとっては母親的なものでしかないらしい。
とはいえ、蝶よ花よと大いに甘やかして育ててきた自分とは違うフリオニールとの関わりは、11には新鮮で楽しいことなのだろう。
それが、11が彼に懐く要因のひとつかもしれない。
しかし今はまだ母親的なものなのだろうが、いつかはフリオニールに…いや、もうすでに惹かれているといっても過言ではないか。
でなければ、11がああも他人に触れ合うことなどはない。
ただ、そこに潜む感情に気が付いていないだけで。

「11」

名を呼べば、首を傾げてこちらを見上げてくる様は可愛らしいもの。
本当に、もっと華やかに飾り付けて大人しく座らせていれば見目麗しい少女なのだが、何分当の11が装飾を好まないうえに些か癖のある性分をしている。
余計な虫が付くのを避けれて幸いだと、自己満足に近いものを抱えていたものだが…。

「挨拶をまだしていなかったね」
「あ。…えぇと、この場合って、どっちでしょうか?」

お帰りなさい?それとも、ただいま?
お久しぶりですは何か違うと、眉を寄せながら考える様すら愛おしい。

「何でも構わないよ」

君が私の傍にいるのだと、そう示してくれるのならば言葉などは必要ない。
11の腰へと腕を回して顔を近づける。
柔らかな唇に、唇を重ねるだけの軽い口づけ。
その離れる間際に、音を発てて啄むと11の瞳が僅かに揺れたのは動揺から来るものなのか、それとも……。

「ん…ミンウさま…?」

11に向ける浅ましい想いを悟られないよう穏やかな笑みを向ければ、11もいつもの気の抜けた笑顔を向けてくれる。

フリオニールと11、ふたりの想いが交わるというのならば、それはそれでいいだろう。
だが、この世界は不確かだ。
元の世界の関係など、在って無いようなもの。
それならば、惑うことなど何もない。

「この世界に、君がいてくれて嬉しいよ。11」

もう一度、11の唇に口づける。

-end-

2011/9/13 りん様リク




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