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加養



「まったく、相変わらずに」

君の行動は理解不能だと言う光の戦士、ウォーリアの溜息が11の頭上に齎される。
身を預けている淡く濁った乳白色の湯の中で足を組替え、11は声の方へと顔を仰いだ。
宿営地としてテントを張っている場所から少し離れたところにあるここは温泉。
ほどよい湯温が日々の疲れを癒してくれる。
そこにのんびりと浸かっている11を見下ろすウォーリアの眉間の皺は深く、どこか呆れたようなそんな面立ちを浮かべていた。

「まだ日中だろう。それなのに11、君はこんなところで」

ウォーリアの苦言は休むことなく11へと降り注いでくる。
そんなウォーリアを11は何とはなしに眺めつつ、スッとある一辺へと指を示した。
11の行動に気がついたウォーリアが、11の指し示す方へと視線を向ける。
木の陰より僅かに覗いている、地面に立て付けられた一枚の木版の後姿。
その前面に書いてあった文章は

”ただいま入浴中。 by11”

by以降の名前はその時々入浴する者によって書き換えられるようになっている。
こうしておけば、誰かの入浴中に他の誰かが……要は女性が入っている最中に男性が間違えて入ってくることはない。
仲間内の誰かの配慮である。
しかしその配慮虚しくも、こうして入浴中の11の前にウォーリアは現れていた。

「ウォーリア。看板見た?」

ちゃんとあそこに書いてあるんだけど、と11が首を傾げる。
対してウォーリアは 「それがどうかしたか」 の一言を返してきた。

「あぁ。まぁ、そーいう人よね、あんたって」

11が軽く笑う。
それから続いて何か用かと聞いてきた。

「…人の話を聞いていなかったのか、君は」
「何か言ってたっけ?小言ばっかでー…」

11は頭を捻る。
心地よく温泉に浸かっている所にウォーリアが現れた。
そして11を見つけるなりに始まった小言の数々。
真昼間から湯浴みなどと、まだ他にもやることはあるだろうと…とそこで思い出した11はウォーリアを見上げた。

「新しいひずみを見つけたと言っただろう。行くぞ」
「やだよ。面倒くさい」

即答である。そして、行く気がないのを知らしめるかのように11はウォーリアから視線を外し、岩場へと寄り掛かった。
どうして彼女はこうもやる気がないものか。
この異界にて当所もない戦いに身を費やすのは、確かに疲労を伴うものだ。
だから、こうして体を癒す泉源に浸かりたくなる気持ちもわからないでもない。
しかし、やるべきことはしっかりとこなすべきだ。
他の仲間達も皆、ひずみを解放しながらこの異界中を探っているのだし、それにそもそも11はこれといって疲弊するような行動はここ最近行っていない。
ただの怠慢。
そんな言葉がウォーリアの脳裏に浮かんだ。
それから次に浮かんだのは、とある光景だった。

11との戦闘はこれまで何度となくこなして来た。
これと言って不満はない。
ないのだが、どうも手を抜いている感が否めない…というか明らかに手を抜いている。
なぜなら、戦いを思い起こすとそのほとんどがウォーリア自身主導によるものだからだ。
11がまともに戦っている姿を見たのは、そのほとんど以外の数回程度。
元々何事に対してもいまいちやる気が感じられなかったものだが、今更ながらにこれはどうなのかと思う。

「11」

もう一度、共に来るよう促す。
だが11は湯の中で寛ぐばかりで、動き出す気配はない。
ならば実力行使だと言わんばかりにウォーリアは11の脇へと手を差し込んだ。
そうして11を湯から引き上げる。
11はといえば、ウォーリアの行動に驚きはしたが特に抵抗は示さない。

「さぁ、さっさと服を着ろ」

11を地面に降ろし、傍にあったタオルを渡す。
ウォーリアの有無を言わさぬ物言いに11はタオルを受取り、しかし不服そうな面立ちは浮かべつつ体を拭き始めた。

「ねぇ、ウォーリアさぁ」

背後に立ち凝視しているウォーリアを11はチラリと窺った。
逃げないよう監視されているのであろうことは、理解している。
そして付き合いの長いこの男に怪我の手当て等で素肌を晒した事は幾度となくあったし、11の性格も相まって羞恥も何も感じることはないのだが。

「一応私、女なんだけどね」
「恥じらいを持つ者が女性だとばかり思っていたのだが」

私の認識不足だっただろうか、とウォーリアが言う。
「……。…きゃっ」

と思い立ったように11が可愛らしく胸を隠してみたところで、ウォーリアからは冷めた眼差しが向けられてきた。
次いで、溜息まで吐かれてしまう。

「ふざけたことをしていないで、服を着ろ」
「はいはいはい。ちょっとやってみただけじゃん」

ノリが悪いなぁと愚痴を零しながら11は下着を身に着ける。
それからローブを纏えば着替えは終わりで、簡単なものだ。
軽装過ぎると以前ウォーリアからの小言を貰ったことがあったが、無駄に体力を消耗する鎧類の重みを11は苦手としている。
それに魔導士である11にとっては接近して戦うわけでもないのだからこれで充分だ。

「さ、行こーか」

髪を拭きながら歩き出した11に、そっちではなくこっちだと方向を修正しながら宿営地を後にする。



宿営地から出てしばらく平原を進んで行くと、ウォーリアの言っていたひずみが見えてきた。
赤黒く次元の歪みを漂わせている。
ここを解放してしまわなければ宿営地へと戻って来る仲間達は通る事が適わないのだし、戦いに疲弊して帰ってくる仲間達の身を案じてのものなのだろう。
ウォーリアが11を先へとひずみに押しやった。
身の毛のよだつ得体の知れない感覚が11の体を伝う。
ひずみに入り込む一瞬の出来事ではあるが、いつまでも慣れる気のしない感覚に11はひとつ身震いをする。
続いてウォーリアがひずみ内へと現れた。
辺りを一望して敵軍を確認する。

「数は居ないようだ」
「だね。んじゃ、ウォーリア、よろしく」

何かあったら呼んで、と寛ぎに座り込もうとした11の腕をウォーリアは掴み阻止する。

「何よぅ。あんくらい、ひとりで事足りるでしょ」
「そういうことではない」

そう紡いできたウォーリアを11は見上げた。
真っ直ぐと向けられるウォーリアの眼差し。
いつもながらにその目に迷いはないと11は思う。

「11。君が行って来るんだ」
「いやだよ。面倒くさい」

即答である。
どんなに真剣に言われても、面倒くさいものは面倒くさい。
大人しくこのひずみに足を向けてきたのは、あの場で延々と説教を聞くよりはマシだと考えたからであり、11としては戦う気はなかったのだ。
ここへ来てしまえば、後はいつもどおりウォーリアがサクっと片付けてくれるものだと思っていたのだから。

「いい加減、自主的に動いたらどうだろうか」
「動いてるよー。ひとりの時なんか、ちゃんと倒さないと危ないでしょ」

自己防衛はばっちりだからレベルの心配も必要ないと11が言う。
なるほど、とウォーリアは思う。
それから手に持っていた剣を鞘へと仕舞った。

「ならば、しっかりと自分の身を守ることだ」

そう11を肩に担ぎ上げる。
急なウォーリアの行動に11は慌てて降りようと試みるも、屈強の戦士に魔導士の力で適うはずもなく、もがいている内に敵駒の前へと連れて来られてしまった。
何かあったら呼ぶといい。
そんな言葉をウォーリアから告げられ、11は駒の領域へと放り込まれた。

放り込まれ、バランスを崩しつつもなんとか堪え11は地に降り立つ。
少し先には一体のイミテーションの姿が窺えた。
11に気がつき、ゆっくりと向ってくる。

(…強行手段に出やがった)

11は盛大に息を吐く。
戦うことを恐れているわけではない。
本当に面倒なだけだ。
しかしここに放り込まれてしまった以上、倒すしか脱出する方法はない。

(あぁもう。ほんっと、面倒くさい)

然したるやる気も出ないながらも、仕方なしに11は杖を構えた。


11を放り投げたウォーリアは、駒の前に立っていた。
強制的にでもひとりにしてしまえば、否応なしに戦わざるを得ない。
そう考えてこうしてみた。
何かあれば…と言いはしたが、きっと11のことだ。
面倒だと思いながらも意地でも援護を呼ぶことはないだろう。
大体彼女は、とウォーリアは思う。
ものぐさなのか何なのか、何にせよ何事に対しても真剣さが足りない。
やればそれなりにそつなくこなせると言うのにだ。
いつも ”面倒くさい” の一言で片付けようとする。
それでも、出会った当初は戦闘はしっかりとこなしていたのだが…とウォーリアは気付く。

(いつからだ?)

それとなく、援護にまわり始めたのは。
元々彼女の立ち位置的に後衛を担うのは当然のことなのだろうが、前衛にまわってもこなせる魔力を11は持っている。
数回程度のものだが、11がきちんと戦っている姿をウォーリア自身見ているのだから実力の程は間違いないだろう。
なのに援護一辺倒に徹し、あまつさえ最近ではひずみの解放すら禄にこなしていないとは。
ふと、目の前の駒の姿が薄れていく。
それと入れ替わるように11の姿がぼんやりと現れてきた。

「随分と早く終わったものだな」
「だーれに向って言ってんの。私なんだから当然」

さぁ次、と不機嫌そうに向う11をウォーリアは呼び止める。

「なに。ウォーリアやってくれんの」

不機嫌全開に11はウォーリアを仰ぐ。

「なぜ君は、その力を仲間のために使おうと思わない」

汚れひとつ付いていない11のローブに、相手を近づけることなく勝利しただろうことは窺える。
それだけの力を持つというのなら、もう少し有用に使うべきではないのかとウォーリアが告げてきた。

「使ってるじゃん。ちゃんと援護…」
「11がひとつのひずみを解放するだけで誰かの負担がひとつ減る」

そういう考えは持っていないのかと紡ぐウォーリアに11は言葉を噤む。
そんなことくらいウォーリアに言われずとも理解していることだ。
11自身の力の程も、己のことだからよくわかっている。
でも、それをしないのは

「だって、バカみたいじゃない」
「馬鹿?」
「そ。バカみたい」

突如現れた混沌の軍勢。
いくら倒したところで終わりの見えない相手と延々と戦うだなんて不毛なことこの上ないと11が言う。
ひとつの戦いに勝ったところで、それは束の間の喜びでしかない。
次から次へとヤツ等は現れてくるのだから。
そんな虚構の勝利のために戦うだなんてバカバカしいにも程があると11が吐き捨ててきた。

「だから面倒だと言うのか」
「どうせなら勝ちたいじゃない。なのに何時まで経っても勝てないなんて、私はゴメンだって話だよ」

仲間のために援護はするけれどと言う11の腕をウォーリアは掴み、引き寄せる。
驚きに目を見開いた11に構うことなく、ウォーリアはそっと11を抱き締めた。

「ちょ、ウォーリアっ、なに?どうしたのっ?」
「すまない」
「えっ、なに、なんで謝んのっ?」

ウォーリアの行動の意味がわからず、11はたじろぐ。
ウォーリアはといえば、たじろぐ11など意に介さずに言葉を続けてきた。

「長く慣れ親しんできたせいなのか、どうやら君への配慮を怠っていたようだ」

他の仲間達の姿に、11も同じであることを求めてしまった結果だとウォーリアが言う。
しかしただの怠慢ではなく、11が11なりの考えでそうしているのだと知った今は戦いを無理強いするような浅はかな行動など起こす事はできない。

「君に再び戦う気力が湧いてくるまでは、私が先立って戦う事にしようと思う」
「うん、まぁ。それならそれで、援護はしっかりするけどさ」

とりあえず苦しいから離れようと11が告げると、ウォーリアは拘束していた11の体を解放した。

「つか、ウォーリアは虚しくならない?」

他の皆にも言えることだけれど、果てなく続く、それも勝機の見えない戦いに身を窶すだなんて並大抵の精神ではやっていけないと11は息を吐く。
そんな11の様子に、心が折れているのだとウォーリアは思う。
生来の性格に上手い事隠してそうとは悟らせずに、 ”面倒だ” という言葉を言い訳に掲げ、戦うことから逃げている。

「それでも、進んで行かなければ何も始まらない」
「相変わらず、恐ろしく前向きだよねあんたって」

自分とはまるで対照的だと11は笑う。
11こそがひどくものぐさすぎるのだとウォーリアは言い返すが。

「でも、やる時にはやるでしょ、私って」
「それに期待をしていると言ったら、買いかぶり過ぎになってしまうだろうか」

いつか勝機は訪れるのだと信じているからこそ。
その時に勝利への導となってくれるのならば、今はまず自分が迷うことなく仲間達を導いていけばいい。
だからその日が来るまでは、些か戦いへの疲れを覗かせている戦友を休ませておいてもいいだろうとウォーリアはひとり思った。

-end-

2011/6/28 ちぃこ様リク




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