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受動



一体この少女は何を考えて行動しているのだろうか、と思う。
時間帯はまだそう遅くは無い。
辺りはすでに暗く、就寝に向う者も出てくる頃合ではあるが。
さっきの記憶ではこの少女、11は起きていた。
そうだ。ティファと談話をしていたのを覚えている。
異世界の中での微笑ましい光景のひとつだと思っていたものだ。
そのふたりの元を通り過ぎて、自分は体を流しに行ってきた。
そしてたった今戻ってきて自分に宛がわれているテントへと入ったところだ。
ご丁寧にも寝具が敷かれ、その上には11がうつ伏せに横たわっている。

「……11」

果たしてこれで何度目だろうか。
もはや数える気力すら無くなってしまうものだが……、これで12度目だ。
律儀にも数えてしまっている自分が些かもどかしい。
3度目辺りから零れ始めた溜息には、もう諦めの意しか篭っていない。

「起きているんだろう?寝たふりなのはわかっている」

これもいつもの如くだ。
初めてこの状況に面した時には寝た振りをしているだなんて気が付くはずもなく、なぜ彼女がここにという疑問を持ちつつも起こしてはいけないと静かにしていた。
しかし一向に声をかけてこない自分に痺れを切らしたのか、突如として身を起こしてきた11にとてつもなく驚いたのは覚えている。
何が目的なのか未だに判らないが、こうした状況に慣れてきてしまった自分が今更驚くことなどあるわけないのは11も知っているはずだ。
ということは、驚かせてやろうと思っているのではないのだろう。

「お帰り、カイン」

と笑みを覗かせて顔をあげてきた11に、あらためてそう思う。

「11。いつも思うのだが、人を待っている、というのなら何も布団の上でなくても構わないんではないか?」

お帰り、との言葉を向けてきているのだから待たれていたのだろうことは窺える。
とはいえ然したる用件などはなく、11から話される日々の出来事を聞いて終わりだ。
それが済めば、11はこのテントから去っていく。
だから尚の事、寝具の上にいる必要性などはないと思うのだが。
そう言うと、11が自分には大いに意味のあることだから気にしないでくれと返してきた。
やはり、11の考えている事が読めない。
そもそも深夜帯とはいかないものの、外も暗いこんな時間にこんなところに居たのであっては仲間達にあらぬ誤解を生じ兼ねないのではないだろうか。
それも寝具に横たわってなど。
12度目にして今更そこに気付いた自分の思考は大概思慮浅いものだと自嘲しながらも、年頃の娘がこういったことをするものではないと窘めていると、テントを同じくしているセシルが入ってきた。
セシルの視線が11へと注がれる。
首を傾げ、不思議そうに。
11は11で気にならないのか未だ寝っ転がったままに、セシルへと軽く手を上げている。
今までが、運が良かったのだろう。
こうした場に、セシルが遭遇する事はなかったのだから。

「どうしたんだい、11。なんで君がここに?」

君のテントはユウナと一緒だろうとセシルが11へと尋ねている。
対して11はといえば、居たら悪いのかと不満そうな面立ちを浮かべながらようやく寝具より起き上がってくれた。

「別にね、僕は構いはしないんだけど。他の皆が、ほら、変な……って、あぁ。そういうこと、なのかな?」

自分と同じ心配を口にしかけたが、なぜかそう納得を見せたセシルに11が嬉しそうに頷く。

「セシルって、そういうところ聡いよね」
「まぁ、でも大抵が普通にそう思うと思うんだけどね、この場に居合わせたら」

どうもセシルと11の中では話が通じ合っているらしい。
確たる部分は口には出していないようだが、何やら話が進んでいる。
自分はといえば、話の内容を把握しきれていない。
微妙な居心地の悪さに、ここは自分が去るべきなのだろうかと考えが及んだ所で11が立ち上がった。

「そんじゃ、私は戻るよ。カイン、お休み。セシルもお邪魔しました」

また明日ねとテントから出て行く11に返事をし、ここでようやく一息つくことができた。

「だいぶ困ってたみたいだね、カイン」

普段感情の起伏を見せる事がないと思われがちな自分だが、幼き時よりよく知るこの男には慣れたものなのだろう。
少しの動揺加減を見事に見破られていたようだ。
こうして顔を合わすことがなかっただけで、これまでも何度か訪れていたのだというとセシルが 「あぁ、なるほどね」 とひとり納得したかのように頷いた。
そう頻繁ではないからあえて聞きもしなかったけれど、やっと原因が掴めたと苦笑を向けてくる。

「でも、満更でもないんだろ?」
「何がだ?」
「あぁ、うん。君って本当に」

カインらしくていいと思うよ、と首を傾げて微笑みを向けてくるセシルにやはり自分は話が飲み込めず、思わず眉間に皺が寄ってしまう。

「きっと、カインにはあのくらい押しの強い子が合ってるんだと僕は思うんだけど」

でもそれは君自身の気持ちにも寄るものだから、となんとも理解し難い言葉を残してセシルは早々に就寝へと就いてしまった。
ランプを消し、自らも就寝へと入る。
まだ少し、人の温かさの残る寝具へと身を落として。




翌日、無作為に決定される組み分けにて11と行動を共にすることとなったのだが……昨日の今日で、どうしたものだろうか。
あのように11が訪れていたことなどそう頻繁ではないものの、何度も繰り返してきていたことだ。
人肌の温かさ残る寝具に身を預けるのも、それに準じて同じく繰り返してきていたこと。
温もりを恋しいとは思っていない。
しかし、11の去ったあの寝具に体を横たえると、不思議と人の温かさというものが恋しくなってきてしまう。
それが自分の心に動揺を齎しているのか、そうした日には眠れぬ夜を過ごす事となってしまっていた。
戦いに、身を休める事は必要だというのにだ。
隣を歩く11には、そういった現象はないのか?
機嫌よく、疲れを微塵も感じさせない様子から見てしっかりと睡眠をとったことは充分に窺えるものであるから、ないのだろう。
たかだか寝具ごときでこうも落ち着きをなくしてしまっている自分は一体どうしたのだろうか。
泥濘に足を捕られて転びそうになった11の腕を掴み助け、そのままの状態で顔を見つめていてしまったらしい。

「カイン」

ちょっと痛いよー、と紡いだ11の言葉に、ハッと我に返る。

「あぁ…すまない」

そう、腕を離すと11が大丈夫かと顔を覗き込んできた。
彼女にそんな心配をかけてしまうほどに自分の様子はおかしかったらしい。
離した11の腕が、今は自分の腕を掴んでいる。
小さく華奢な手は、自分の腕を回りきることは無い。
そこに帯びる温かさが少しばかり名残惜しいと思ってしまう自分は、本当にどうしたものだろう。
大丈夫だと告げ、やんわりと11の手を離す。
すると、11がこちらを見上げ首を傾げてきた。

「カイン、寝不足だったりする?」
「……いや。そんなことはない」

11の言うように、確かに寝不足ではある。
しかしそれ如きで様子に変異をきたすなど、騎士にとって有るまじき事。
そう。有るまじき事だ。
11との件に限らずとも、こういったことは幾度となく経験してきている。
それこそ戦場に赴けば寝る間もないほどに忙しのない日々が常だったはずだ。
だから、自分が何かおかしいのは決して寝不足が原因ではないはず。
考えられるとしたら……。

「またまた。そんな隠さなくたっていーって」

なんでそうやって自分を誤魔化すのかと11が再び腕を掴んできた。

「誤魔化す?」
「そ。ちょいちょい、あるよね」

皆に遠慮をしているというのか、言葉を選んでいるのだというか、時々見受ける一歩退いたような態度が11には気になっているのだという。
そんなことを言うのは、セシルだけかと思っていた。
しかしどうやらこの少女にも、そう感じられているようだ。
だがそうはいっても意識してそうしているわけではない自分からしてみればどうすればいいのかなんてことはわからない。

「言いたいことは、はっきり言った方がお互いのためだと思うわけよ、私は」

掴んだ手に少しの力を加え背伸びをして顔を近づけてきた11に、なぜか抗う気も起きずに成されるがまま。
そして兜に隠れた自分の表情を窺う11の主立ちは、不思議と楽しそうだ。
11のもう片方の手が頬に触れ、目の下を指でなぞってくる。
それから、 「例えば」 と11が口を開いた。

「カインのこの目の隈。 ”おまえのせいでこうなった” なんて言われちゃったら嬉しかったりするのね」
「11、何を…」
「 ”おまえが温もりを残していったあの布団で、そう落ち着いて眠れるものか” とか」

弓なりに歪む11の目が、色香を纏った女のように細められる。
少女、であったはずだ。
自分よりもはるかに若く、艶めいたことなど無縁のように思えたかのような彼女の笑みが少女らしさをよく表していた。
それが今や自分を誘うかのような色を醸し出している。
言葉を紡ぐ瑞々しい唇。
そこに触れたいと、そんな思考を遮るかのように11の手が離された。
途端に置かれた距離は、決して遠いものではない。
すぐ目の前に、11の姿はあるのだから。
なのに遠く感じてしまう。

「例えばの話だよ、カイン」

そう笑みを向けてくる11の面立ちは、いつもと変わらぬ無邪気なものだ。
「さぁ、行こう」 と歩み始めた11へと自分も続く。
しかし、瞬時に高まった自分の鼓動は距離を置いた今も尚、落ち着きを取り戻さないのは如何なものだろうか。
自分の思考を読んだかのような事を告げられたからか?
それとも、触れたい、と血迷ったことを思ってしまったからだろうか。
今日はほどほどに体を動かすに留めておいた方がいいと11が言う。
先ほどとは変わった、苦い笑みを向けて。

「戦うには支障はない」
「あー、カインだからね。その辺り大丈夫だとは思うけど」

でもやっぱり怪我でもされたら困るからと11が言う。

「困る?」

戦闘を行ううえでついて回るのは当然のこととして、心配こそすれ困る、とは一体どういうことだろうか。
曲りなりにも騎士であるのだし、睡眠不足を指摘されたとはいえ戦いに油断を規すことなどはない。
それに負傷をしようが、結果は己の責任であって何も11が困る事などはないだろう。

「ん〜。やっぱりさ、好きな人に目の前で怪我なんてされたら溜まったもんじゃないのよ、私としては。睡眠不足みたいだから尚更ね」

万全でない状態は危険度も増すものだしと11が言う。
確かに、11の言う事は尤もな事だが…今、何か重要なことを事も無げに口にしてきた気がするのは気のせいか。

「その好きな人とは…俺のことなのか?」

聞き間違いを懸念しながら恐る恐る聞き返してみると、すぐに当たり前だと11から返って来た。

「カイン、鈍すぎー」

セシルなんかは昨日のあれだけで気がついてくれたというのに鈍感過ぎる、と11が呆れたかのように息を吐いた。
もう随分と前から何度も何度もアピールを試みていたのだという。
その言葉に思い出されるのは、何度も繰り返されてきたテントへの訪問だ。
人の寝具へと勝手に潜り込み肌の温かさを残して去って行くという、自分にとってなんとももどかしい夜を過すはめとなってしまった原因でもある。

「あんなことしてれば、少しはカイン、意識してくれるかと思ったんだけど全然普通だったし」

終いには、誤解を生じるだなんて大人な説教までされてと11が項垂れる。

「だからね、今日ちょっと期待したんだよ。あぁ言ってはいたけど、カインの寝不足の原因が私だったらいいなって」

それでも気付いてくれないから、もういっそのこと言ってしまえと告げてきた言葉だったのだという。
自分の気持ちが相手に伝わるだけでも充分だからと。
そう苦笑を向けてきた11には、何と応えたらいいだろうか。
はっきり言った方がお互いのためだと11は言っていたのだから、纏まりのない思考でも、やはりそこは自分の思っていることを率直に告げるのが彼女に対する礼儀というものだろう。
今までの不可解な11の行動の理由も知ることができたのは良かったと思うし、好きだと告げられたのは嬉しい事だ。

「しかし俺は、お前のことを好きなのかはわからない」

わからない、とは何とも曖昧な応えだが、好きか嫌いかと聞かれれば好きだと応えようがあるものの、それが恋情を抱くものだと言われればまだ自分にははっきりと応える事はできない。

「だが、睡眠不足の原因が11であることは合っている」

あの温もりがいたく心を揺さぶっていたのだ、とは言わないが、…眠れなかったのは事実だ。
11はそんな自分の応えに目を瞬かせている。

「…そっか」

そう紡いだ11の表情は、次第にいつものような笑みを覗かせ始めた。
自分のやっていたことは少なくとも無駄ではなかったのだと、ひとり満悦そうに頷いている。

「そんじゃ私、カインが好きになってくれるまで頑張ってみるよ」

なんか、もう一押しって感じだから、と腕に纏わりついてきた。
本来ならこういった自分の感情くらいは自分で把握して然るべきものなのだろう。
しかしどうにも自分はこうした分野は得意ではなく、果たして11の言うようなことになるのかまでは図り知ることはできないが……。

「そうなのか?」
「そうなのです」

だからもう少し自分をよく見ていて欲しいと首を傾げ笑みを向けてくる11に、そうなる日もそう遠くないのかもしれないと、そんなことを思った。

-end-

2011/6/14 姫咲さまリク




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