DdFF | ナノ




莫逆



決して有利だとは言い難い状況ではあったが、まだ不利とも言い難かったはずだ。
力は等しく、果てしのない戦いの日々を送っていた。
そんな中にあって、均衡が崩れた、と思った。
混沌の勢力による数多の駒の召喚。
人を象ってはいるが、色のない姿に意思の感じられない紛い者達の登場はそこに存在しているというだけで不気味なもの。

「大丈夫か、11」

戦いを終え、立ち尽くしている11へと声をかけた。
11の目の前には数体の紛い者が倒れている。
その中の一体には、まだ彼女の剣が突き刺さったままだ。
次第に塵となり散開していく紛い者の姿が完全に消失してもなお、剣は地面に深く刺さったままに崩れ落ちることはない。
如何なる思いを持ってこうも突きたてたものだろうかと、少しばかり11の心境が気にかかる。
今までこんな粗野な痕跡を示したことがないのだから。

「…剣を収めろ」

またいつ奴等が現れるかもわからないのだから、と剣を地面より引き抜き、11へと差し出す。
11は無言で剣の柄を掴み、それから鞘へと仕舞った。
動きはしっかりしている。
どうやら放心しているわけではないようだ。
意識がしっかりと保てているのなら異常はないのだろうと安堵していると、11から声が漏れ聞こえてきた。

「カイン。私……。…気持ち悪い」

小さくか細い声音に、11がその場にしゃがみ込んだ。
目を手で覆い、深く息を吐いている。
疲労が溜まっているのだろう。
自分ですら、次々と現れる紛い者達には些かうんざりとしているのだ。
禄な休息もままならない現状、体力で劣る女ならば尚のことだと思う。
加護ある領域を見つけることが適わずに、交代で休息を取りながらここまで進んできた。
だが、この付近一帯の敵の力は強まってきているのだし、レベルを上げるためにもそろそろ本腰を入れて拠点とする場を探した方が得策かもしれない。

「休める場所を探そう」

立てるか、と手を伸ばすと11は首を振り返してきた。
それならば仕方ない。
ひとまずは自分ひとりで探してみるかと手を引こうとした時、11の手がそれを制してきた。
手首を11の手が掴んでいる。
それからひとりにしないでと紡いできた11の面立ちがなぜだかとても頼りなく、どうにもいつもの彼女らしくない。11はいつも前向きで、強気で、どちらかといえば先だって歩んできたのは11の方だ。
そんな11の思わぬ一面に、よほど疲れが溜まっているのだろうことは窺える。
しかし疲れが溜まっているのなら尚更に、ゆっくりと、気を張ることなく休める聖域への到達は必要だ。
すぐに戻ると言っても11は首を振り返す。
ならば一緒に行こうと告げても首を振り返してくるだけで埒があかない。

「11。疲れているのは判るが、休みたいのならまずは聖域を見つけなくては」

いつまでもこんなところにいるわけにもいかない。
一緒に行くか、大人しく待っているか、どちらかにして欲しいと言うと11は手首を掴んでいた手を放した。

「疲れてなんか、ない。あ、いや、少し疲れてはいるけど」

でも気持ち悪いのは本当と11が言う。
少し休んだらまた動けるからもうちょっと待って欲しいとの11の言葉に、それならと待つ事にした。
11の隣に腰を降ろす。

「ゴメン。なんか、足手まといっぽいね、私」
「…そんなことはない」

どちらかといえば、自分が先を急ぎすぎたのだと思う。
いや、いつもらしからぬ彼女の姿に動揺してしまったと言うべきか。
早く休ませてやらなければと思う気持ちばかりが動いていた。
それが反って彼女の重荷になってしまうなどという考えも及ばすにだ。
我ながらに気の利かない男だと思う。

「気分はどうだ」
「ん。だいぶ、大丈夫」

そう苦笑を向けてくるが、顔色が冴えないのは明らかだ。
無理はよくないと、横になるのを進めてみたが11は大丈夫だと紡ぐばかり。
どうも彼女に気を使わせるはめになってしまっている。
こうした時はどうしたものだろうか。
この場に居るのがあの物腰柔らかな自身の親友であったのなら、きっと上手い事彼女の様子に配慮できたのだろうが、生憎自分はそんな器用な芸当は持ち合わせていない。

「あのさ、カイン」

そんな事をひとり思っていると、ふと、11が声をかけてきた。
どんなに数を倒しても、再び現れる紛い者達。
斬りつけ、打ちのめし、消滅させても、また何者かの姿を象って目の前に現れる様は異様ではないかと11が言う。
それも混沌の者だけではなく、自分達、秩序の者の姿も模している。

「偽者だってちゃんとわかってるよ。でもさ、仲間の姿なんだよね」

割り切ってても続く連戦に遣りきれない思いが募ってきてしまったのだと言う。
慣れ親しんだ仲間達。
紛い者といえども、倒れていく姿は見ていて気分のいいものではない。
だが、それを何度も何度も幾度となく目にしてきた。
そして不意に頭に過ってしまったのは、そうして倒れていく仲間達の姿。

「穏やかではないな」
「うん。自分でも、そう思う」

自分達は紛れもなく自分達で、紛い者のような代わりなんかいないわけで、 ”次” というものはない。
やられてしまったら、そこでお終いだ。

「当然だろう。俺達は俺達でしかない」

だからこそ余計にあの紛い者達が異様に見えてしまうのだろう。
しかし、気にしていてもキリはない。
自分達が奴等の相手をしなくては、混沌の勢力に牙を向く事など到底成しえない事なのだから。

「わかってる。わかってるんだけど…私、甘いのかな」

最後の一体に止めを刺す時に、一瞬仲間の姿が重なってしまったのだという。
それを打ち消すために勢いよく剣を振り下ろしたまでは良かったが、その後に湧き上がってきた嘔吐感。
こんな状態で自分は果たしてこの先戦っていけるのだろうかと11は顔を伏せた。

「弱音を吐くな、…とは言わない」

人であるなら誰しも弱い部分はある。
11にとってはそれが紛い者といえども仲間に剣を向けることだっただけのこと。
だが、敵はそんなことに構いはしない。
怯んだら、そこに付け入れられてしまうだろう。
ともすれば危険に晒されることにもなりかねない。
割り切って戦うことが出来ないというのなら、敵の手の届く事のない聖域にずっと篭っていればいい。
中途半端に剣を握られるよりも遥かにマシだ。

「だが、戦えるというのなら援護しよう」

自分に背中を預けて貰えるのなら、力を貸すことは厭わない。

「…カイン、助けてくれるの?」
「ひとりで戦うことだけが全てではないだろう」

一体自分は今まで11にどう思われていたのだろうか。11にとって自分が信頼に足る人物であるのなら、11の弱い部分を自分が担ってやりたいと思っているのは本心からだ。

「それに、お前の弱っている姿は見るに堪えない」

いつも気丈に戦っている姿こそ11らしいものだと告げれば、11がそろそろと顔を上げてきた。
目を大きく瞬き、驚いている、といった面立ちだろうか。

「それは、私にだけ?」
「いや、お前だけに限らない。仲間の力になりたいと思うのは誰にでも同じことだ」

そう言うと、11がなぜだか肩を大きく落とし溜息を吐き出した。
そして溜息中に ”カインのバカ” と聞こえたような気もしたが、おそらく気のせいだろう。
今こちらを向いている11の顔には、笑みが浮かんでいるのだから。

「弱音は吐いてもいいんだよね?」

そう聞いてくる11に頷き返す。
吐き出すのは一向に構わない。
その後の身の振り方に支障を齎さないなら幾らでも聞いてやろう。
そう告げると11は何度か頷いた後に、立ち上がった。

「もう、大丈夫なのか?」

自分も11に続いて立ち上がる。
顔色はまだ優れないものの、気分は先ほどとは変わって良さそうには見えるが。

「カインが弱音聞いてくれるって言うしさ」

さっさと聖域探し出して、そこでゆっくりと聞いてもらう事にしたから大丈夫だと11が笑う。

「無理はするなよ」

気の利いた事を言えない自分からは、こんな言葉しか出てこない。
だが11にはたいして気になることでもないらしく、ありがとう、と一言が返ってきた。
行こうと11が歩き出す。
自身の横を通り過ぎた時に掠めた甘い香り。
花、とはまた違う香りだと思うが……、その辺りの知識に乏しい自分には形容しがたいものの、心地の良い甘さだとは感じる。
しかしその香りに、11が弱音を吐くのは自分だけであって欲しいと思ってしまったのはなぜだろうか。

-end-

2011/5/30




[*prev] [next#]
[表紙へ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -