singeki ガラケー | ナノ




02:あっちで喧嘩して

「はぁっ?」

穏やかな晴天の空に、なんとも間抜けな声音が響いた。
今日は月末恒例、訓練兵団揃っての大掃除の日。
箒や雑巾、バケツ等々、掃除に使用する道具を片手に班ごとに割り当てられた箇所にて掃除を行っている。
そんな中、声の主、ジャンは今まで動かしていた箒捌きを止め、怪訝そうな面立ちで同じ班であるマルコを見やっていた。

「…何、寝ぼけたこと言ってんだ、マルコ」
「寝ぼけてなんかいないよ。ただそういう噂を聞いたから、ジャンなら何か知ってるんじゃないかと思って」

初耳だったかい?と不思議そうに首を傾げるマルコに、ジャンは不服そうに眉根を寄せた。
あいつが……?
エレンがあいつに避けられていることは知っている。
そうなった原因も知っている。
それがもとで、入隊以来の大喧嘩に発展してしまったことも、もはや2年前といえども未だ記憶に鮮明に残っているものだ。
なのにあいつは何を考えていやがるのか。
自分がそこまでしてエレンを責め立ててやったのは、誰のためだと。
泣きはらしたアホ面に呆れながらも、それでも同郷の、腐れ縁でもある幼馴染を泣かすなんて許し難いことだと行動に移した自分は一体何だったのかとジャンは箒を握る手に力を篭める。
見る見るうちに不穏な雰囲気に包まれてきたジャンの様子にマルコは慌てて言葉を振った。

「だから噂だよ。女子達の間でチラっと聞こえただけで。でもジャンが知らないなら誰もホントのところなんて知らないんじゃないのかな」

憤りを隠すこともないジャンをなんとか宥めようとマルコはそう紡いだのだが。

「なら、俺が直接聞いてみる」
「ジャンっ?」
「だいたいそれがホントのことなら、俺に隠していること自体が気に入らねぇしな」

火に油を注いでしまったようだ。
ジャンはマルコに自分の持つ箒を押し付ける。

「まさか、今から聞きに行くのか?」

押し付けられた箒を持ち直しながらマルコはジャンに語りかけた。
しかしジャンはすでに背中を見せ歩き始めている。
その迷いのない後ろ姿から、間違いなくこれから彼の幼馴染…11のもとへと向かうのだろうことは窺える。
掃除を放って行くのは感心できないが、まさかここまで反応してくるとは思っていなかったとはいえ話題を振ってしまったのはマルコ自身だ。
そして変なところで真っ直ぐ過ぎるのもジャンらしいといえばらしいのだが……。

「まぁ、さっさと終わらせてしまえば教官にはバレないか……」

そんなジャンとの友人付き合いにも慣れていたマルコは、掃除を放棄して行ってしまったジャンの尻拭い作業を始めるのだった。



ジャンの担当していた場所からほど近いところに、それはあった。
11の所属する班の掃除場所である、訓練兵宿舎棟である。
二棟ある一棟の入口から中へと入り、すぐ脇にある階段を上がった先にある居住スペース。
どこに居るのかと、ジャンは一部屋一部屋顔を覗かせていく。
その度に顔を合わせる同期達。
労いの言葉を掛けたり、掃除が終わったのかと羨ましがられたりしながら到着したのは一番奥の部屋だった。
ここまで姿を見なかったのだから、この部屋に居るのは間違いないだろう。
さっそく開けっ放しのドアから中を窺うと、案の定11は居た。
窓を磨いているようだ。

「おい、11」

懸命に作業している11に構わずジャンは声をかける。
すると驚いたのか、一瞬肩を跳ねさせ、11が声の方へと振り向いた。

「ジャン、どうしたの?もう掃除終わったの?」

びっくりしたよ、と朗らかな笑みを浮かべながら、11は頭に巻いた三角巾から零れた髪を正した。

「……相変わらず、掃除好きだよなお前」

頭には三角巾、身体にはエプロン、口元も布で覆っているという完璧なお掃除スタイルといった出で立ちの11の姿に思わずそんな言葉が漏れる。

「キレイにしてると気分もいいもんでしょ」

それに、と11は続ける。

「男子棟ってなんでこんなに汚れるのか不思議だよ。まぁ、遣り甲斐あるって言えばあるから私としては楽しいんだけどさ」

班の他の子達は大変そうだと愚痴を零す11に一瞬目的を見失ってしまいそうになってしまったジャンだが、11の齎す話題に飲まれないよう言葉を遮る。

「おまえ……あれは本当なのか?」
「なに?あれって」

急に「あれ」と言われても当然のことながら11に話は見えてくるはずもなく、唐突なジャンの問いかけに、11は小首を傾げるしかない。

「あれって言えばあれだろうが。その、あれだ」
「なによ。あれだけじゃ意味わかんない」

心底わからない上に、ジャンの言いよどむ姿に11は怪訝そうな目を向ける。
そんな11の視線に、ジャンはあたかも自分が何か悪さを仕出かしてしまったかのような錯覚に陥りかけるが、それを何とか遮るべくぐっと拳に力を篭めた。

「だからっ……。…あれだろうが。おまえがあいつに…気があるんじゃねぇのかっていうやつだよ……」

威勢の良かった出だしから一変して、ジャンの声音は尻すぼみに弱まって行く。
しかし、11には言葉は届いていたようだ。
ジャンの言う 「あいつ」 が誰に値するのかを含めて。
真っ直ぐにジャンを見上げていた11の目が、幾つかの瞬きの後に反らされた。

「11、本気かよっ」

11の反応に、ジャンは11の肩を掴んだ。

「ジ、ジャンには関係ないでしょ……」

肩を掴まれてもなお、目を合わせようとしない11にジャンの焦燥感は高まって行く。
あまつさえ、三角巾により隠すことを遮られた耳は赤く色付いている。
おいおいおいおい勘弁してくれよ、マジかよ、そりゃねぇだろうがよ、そもそもだいだいなんであいつなんだよ、それっておかしくねぇか?
こいつが泣いた原因があいつなわけだろ?
俺だってこいつが泣く姿なんか見たくねぇし、こいつのおばさんにもよろしく頼むわねって頼まれたから、目にかけてるんだし、ああやってあいつをぶちのめしたんだしよ…。
じゃあ、あれはなんだったんだってんだよ、俺が馬鹿みてぇじゃねぇか……。
11の様子に一瞬にして思考が疑問で埋め尽くされていく。
が、ふとジャンは我に返った。

「あいつはダメだ」
「えっ、何突然」
「ダメッたらダメだ、俺が許可しない」
「何でジャンの許可がいるわけ?」

当然の疑問である。

「俺はおばさんにおまえのことを頼むと言われている。だからダメだ」
「何それ意味わかんないっ」

ジャンの手を払おうと11は手を伸ばすが、しっかりと掴まれた手はなかなか払えない。

「ジャン、放して」
「おまえが諦めるんなら放してやる」

同じ訓練を受けている者同士だが、生憎男女の筋力差ばかりはそうそう縮められるものではない。
いかに11がジャンの腕を押そうが引っ張ろうが、びくともしないのは当然だろう。
それを良しとしたジャンは、したり顔で11を見下ろしている。
そんなジャンの表情に些かの苛立ちを覚えたが、ここで怯む11ではなかった。
力で敵わなければ頭を使えばいい。
11は少し身を引いて、それから思いきりよく体を伸ばした。

「がっ……?!」
「うぅっ……」

危険を察知したジャンの運動力により直撃は免れたが流石に全てを避けきることは適わず、11の頭突きによる攻撃はジャンの顎を捕えていた。
衝撃により、ジャンの目は眩んでしまうがそれでも11の肩を放すことはない。
逆に攻勢にいた11の方が、予想に反した頭部の痛みに耐え切れずに体のバランスを崩してしまった。
頑なに11の肩を掴んで放さないジャンはそれが仇となり、倒れる11に引っ張られる形でバランスを崩していく。
そんな中、耳に馴染んだ機動音が聞こえた。

「……機動音?」

本日は、月末恒例大掃除の日である。
訓練兵である自分達はいつもの装備を箒や雑巾に変え、訓練所のあちらこちらで清掃業務に勤しんでいるはずのこの日に誰が立体機動装置などを使用しているのか。
眩んだ目を瞬かせて視界をはっきりさせるべく顔を上げたジャンの目に入ったのは、作業のために開けっ放しであった窓に降り立ったエレンの姿だった。

「ジャン!おまえっ!」

窓辺から降りたエレンがジャンの胸倉を掴み立たせ、頬を殴った。
さっき11にやられた時よりは打ちどころが良かったのだろう、今回は目が眩むことはない。
だが、痛いのは痛い。
それになんでいきなり殴られなきゃなんないのか。

「…ってーなっ、なんだよテメェはよぉ!」

そう掴みかかって殴り返そうとしたのだが、腕を捻られ足を払われ思いきり床に叩きつけられてしまった。

「なんだよじゃねぇだろ!何襲い掛かってんだよ!」
「はぁあっ?!何言って……」

ふとジャンは今ほどのやりとりを頭の中で反芻した。
見ようによっては、ジャンが11に襲い掛かっていたように見えなくもない……というか、すでにエレンにはそう見えていたということだろう。
実際は違うのだが。

「そりゃ誤解だ誤解。どけよ、エレン」
「誤解って何だよ。それなら理由を言ってみろよ」
「それは」

ジャンは口を噤む。
理由を言うのは簡単だ。
11がよりにもよってお前を好きになっちまったからそれを止めさせるために口論してたらこうなった。
それだけだ。
だが、それをエレンに伝えるのが気に入らない。
ただでさえまことしめやかに 「エレンは実は11に気があるのでは?」 なんていう噂があるのだから。
それに何より何だかんだ思うことはあっても、11の意思の及ばない暴露はしたくはない。

「おい、11。いつまでも痛がってねぇで、俺を助けろ」

エレンの追求から逃れるべく、11の意識をこちらに向かせるようにジャンは床を叩く。
ドンドンと響く床の振動に気が付いた11が、ジャンへと目を向けた。
11の目に映ったのは、床に倒れ込んでいるジャンの姿。
ついでに頬が腫れている。
自分がぶつかったのは顎だったはずだが。

「ジャン、何で頬っぺた腫れてるの?」
「そりゃおまえ、こいつにやられたに決まってる」

そう示したジャンの指の先にいた人物はエレンである。

「つーか、おまえ何で立体機動装置なんか着けてんだ?掃除の日だろうが」
「掃除ならとっくに(ミカサのおかげで)終わってる。終わった班から自主訓練だ…って話反らすなよっ」

グッと、拳を握りしめたエレンの手を間一髪受け止め、馬乗りしているエレンの下から脱出すべくジャンは再び11へと声をかける。

「11、おまえからも言ってやれ。俺がおまえに襲い掛かる理由なんてのは何もない……っておい!」

逃げるな!とのジャンの声も虚しく、11は驚きの速さで部屋を去って行ってしまった。
エレンは再度、拳を握る。

「……逃げるってことは、そうってことだよな?」
「いやっ、違うっ。あれはあれだっ、おまえが居たからで……!」

その後、ジャンが血塗れに見つかる事態は、掃除を終えて様子を見に来たマルコの登場によって回避されたのだった。

2014/03/03





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