singeki ガラケー | ナノ




01:ここで出会って

ウォール・ローゼ南方に駐屯する地において、第104期訓練兵団は編成された。
主だった活動内容は訓練兵団の名の通り、兵士になるための訓練である。
訓練とは聞こえは軽いものの、その中身はと言えば過酷極まりないものだ。
まずは立体起動装置。
特殊な機械は人類の敵である巨人討伐には欠かせないモノであり、立体起動装置を乗りこなすことができなければ即落第である。
そんなことから入団時に試験されたバランス感覚を試す装置にて、熟せる者とそうでない者が振り分けられた。
それから高さへの恐怖を取り除くためのクライミング。
最初の頃こそ命綱を張ってのものだったが、経過とともにそれも取り払われ素手でのみで行われるようになっていった。
もちろん安全面を考慮して、万が一落下した時のためにとクッション材なるものも準備はされてはいたが、気休め程度のものである。
足場を踏み外し、落下に備えることのできない者は命を落とした。
どんなアクシデントに見舞われようとも、咄嗟の判断において受け身を取れないようではそもそも兵士には向いていないのだ。
仲間の死に心を痛めはするものの現実を受け止め、明日は我が身とばかりに訓練兵は一層訓練に身を委ねた。
そんな中でも最もきつい訓練といえば兵站訓練だ。
自分の体重よりも重い荷物を背中に抱え、どんな天候であろうとも森に川辺にと駆けまわされ、一段と足場の悪くなる山登りまで熟さなければならなかった。
短ければほんの小一時間程度で終わることもあるのだが、概ね兵站訓練に使われる時間は僅かな休憩を挟みながらの半日から一日ほどである。
長い時ともなれば、野営道具を準備してのもので2〜3週間もの間山籠もりしたこともあった。
立体起動を主体とする兵団になぜそのような兵站行動が必要なのかといえば、生きながらえるためだ。
兵士としての基礎体力をつけるのは当然のことであり、それにより培われる精神力というものは意外と大きいもの。
巨人の悍ましさに耐えうる者だけが巨人に立ち向かえるというものである。
そうした厳しい訓練の中でも宿舎に帰れば即休める、といった身分ではないのが訓練兵だ。
当番制ながらに、自分達の食事の支度は基本的なことは自分達で賄わなければならない。
他、洗濯掃除等々、生活するうえで必要最低限なことはどれもこれも自分達の仕事だ。
疲れていようが何であろうが、それらは完全な休息日となる週末まで続く。
そういった生活に追われ、日々過ぎ去って行った二年間。
第104期訓練兵団は今年、ようやく卒業となる三年目を迎えた。
ここまでくれば、実力の差はあれども落ちこぼれて兵団を去る者は居なくなっていた。
それに加えて、数々の厳しい訓練を乗り越えてきたという自負もある。
そしてそんな活気溢れる訓練兵団に齎されたのは、立体起動装置の重点的な訓練の掲示だった。
今までも立体起動装置を使った訓練自体は行われてきたが、これからはより一層、実践を踏まえたものへと移行するらしい。
その掲示を目に、少年エレンは拳を握る。

(やっと…やっとだ)

5年前のあの惨劇。
あの出来事が、今まで以上にエレンの巨人への憎悪を膨らませていた。

(一匹残らず駆逐して……そうして、外の世界に)

「アルミン」

ふと、思考の外側からエレンの幼馴染の名を呼ぶ声が聞こえた。
普段なら気にすることもないことなのだが、やけに耳に残るその声音。
隣に立つアルミンへと目を向けると、エレンと同じく104期訓練兵である11がアルミンへと話しかけている姿が目に映った。

「ミカサ、知らないかな?今日、私と一緒に洗濯当番なんだけど」
「あれ?ミカサなら、今日は食事当番だからってさっき厨房に向かったけれど……ねぇ?エレン」
「ん、あぁ。そうだな。でももしかしたらあいつの勘違いって……」
「あれ?洗濯当番、私の勘違いだったのかな。ありがとう、アルミン。厨房行ってみる」

そう涼やかに11は去って行った。
その姿をエレンはただ見送るだけなのだが。

「相変わらずだよね」

ワケ知った顔でアルミンがエレンの顔を覗き込む。
そんなアルミンにエレンは些かバツが悪そうな顔を覗かせた。
面白いモノを見つけたかのように、アルミンの口元が綻ぶ。

「11のエレンへのシカトっぷり、更に磨きがかかってるみたいだし」
「そっ、そんなことは」
「ないって言える?」

アルミンの言葉にエレンは口を閉ざすしかない。
あれは、だって、まだ幼かったからだ……と言ってもほんの三年前でしかないのだが。
まだまだ記憶に残る、いや、きっと忘れることはないだろうことをエレンは頭に過らせた。



訓練兵団入団初期。
6〜7人の編成に分かれて班を作った。
おおよそ三か月ごとに班編成を繰り返し、一年間で四回編成が行われるということになるのだが、これは入団から現在まで変わることのない決まり事だ。
あの時の編成は、エレン、ミカサ、アルミン、そして11。
他に数名居たのだが、誰かまでは覚えていない。
いよいよ思春期突入の頃だと言ってもまだ齢12の幼い盛り。
慣れない生活に加え、厳しい兵站訓練に堪えきれずに心許なくなっても仕方のないことだと誰もが思う。
それが親元を離れてきたばかりの者ならば尚更だ。
11は平和なトロスト区の出身であった。
あの惨劇の後しばらく混乱を招き入れることとなった区域とはいえ、エレン達が経験してきたような辛い思いはしていない。
悪く言えば兵団に志願して入ってきたはずなのに未だ甘えの抜け切れない腰抜けだとも言えるだろう。
自分達とは覚悟が違う。
それがこんな状態にしてしまっているんだと、僅かな休憩時間にふと涙を流し始めた11にエレンは苛立ちを覚えていた。
そんなエレンの苛立ちに気が付いたアルミンとミカサが、やんわりと注意を促してくれてはいたのだが、生来の直情型であった幼いエレンにそんな回りくどい言葉は届かない。
拙く幼稚ながらも酷い言葉を投げかけてしまったと思う。
それがどんな言葉だったのかまでは、思い出せないし思い出したくもないが、とにかく11を傷つけさせるには充分だったようだ。
流していた涙をさらに流しはじめ、11は慣れない森の中を逃げるように駆けだして行ってしまった。
追いかける仲間にエレンを窘めるアルミンとミカサ。

「エレン。ここにはいろんな人がいる。それも受け入れていかないと」
「だってよ。あいつ、いくらなんでも覚悟が無さ過ぎだろ?」
「それを訓練するための訓練だろ?最初は誰だって戸惑いとかあるものだと思うよ」

ほら、エレンも追いかけて謝らなきゃ。
そうふたりに宥めすかされ、三人で11の元へと向かったのだった。
程なくして11は見つかった。
大木の影に隠れるようにして。
膝を抱えて顔を隠すように身を縮めていて。
流石にふたりに説教されて頭が冷え始めていたエレンにも、その姿は哀れに見えたものだった。
自分の仕出かしたことに、大いに反省の意を胸に刻んだものである。

「11、えっと、その……悪かったよ、あんなこと言って。俺、ちょっときっと……羨ましかったのもあるんだと…思うんだ」

そうだ、とエレンは思う。
本当なら……あの超大型巨人さえ現れなければ、今だって自分は母親と父親とミカサと暮らして、アルミンと外の世界に夢を抱いていたんだ。
だからこそ、巨人を駆逐する力を手に入れるために兵団に入隊したけれど……それは皆が皆、そうではない。
安寧の暮らしを手に入れるために憲兵団を目指す者だっている。
人類の砦となる壁の強固に勤めるために駐屯兵団を志望する者もいる。
そして自分のように調査兵団へと道を決めた者だっているのだ。
それら全てが訓練兵団として共に学び、訓練している。
自分だけが基準ではないのだと、エレンはようやくその考えに至った。

「だから、ごめんな。ひどいこと言って。これからは、俺も手伝う?…てか、うん。何て言うんだ?」

そうアルミンとミカサを仰いでみるも、如何に幼馴染といえどもエレンの心情を事細かに把握できるものでもない。
ふたりは首を傾げるばかりだ。
それにエレンは首を傾げ返し、ふと思いついたかのように再び11へと向き直った。

「寂しくなったら、俺に言えばいい。このお詫びっていうか、話くらい聞いてやるし」

なんならお前を守ってやるから、とのエレンの言葉に11は顔を上げた。
涙に濡れた顔はさんざんで、目は赤く腫れている。
増々居た堪れない心情に陥ってしまったエレンだったのだが、その時の行動が後々まで引きずることになってしまったのだ。
顔を上げてくれた11に、エレンの口元が綻びを見せる。

「んじゃあ、これで、仲直りでいいか?」

母さんから仲直りの印だって聞いたんだ、とエレンは11の頬に口づけた。
途端に11の目が大きく見開かれた。
直後、エレンを突き飛ばし、そしてアルミンとミカサの後ろへと逃げ隠れてしまった。

「痛ってーな、なんだよ人がせっかく仲直りだって……」
「エレン…流石にそれはないと、思うよ」
「それは家族の間でのことで、11にするべきことじゃない」
「はぁっ?なんだよそれ」

ほっぺにちゅー、くらいで……とそこまで言いかけてエレンは口を噤んだ。
見下ろされる幼馴染ふたりの冷ややかな視線。
突然の出来事に戸惑いを隠せないでいる11。
これは俺が悪いのか?と、またエレンの頭も混乱する。
兵站訓練時における、暗く、冷たい夜の出来事だった。



あの時は自分が蒔いた種とはいえ謝るのに必死だったし、顔を上げてくれた11にほっとしたのもあるし。
たかだか頬に口づけたくらいで大袈裟な、なんて非常に腑に落ちない気分を抱えるに留まったものだが、こうして成長をしてきた今、あの時の自分のあの行動が如何に恥ずかしいものだったのかようやく理解することができていた。

(いくら幼かったとはいえ)

頬といえども、男が軽々しく女に口付るだなんて非常識なことだ。
自分が仕出かしてしまったことだからこそ、思い出すだけで恥ずかしい。
とはいえ、あれからの11の態度にも問題があるとエレンは思う。
こっちはこっちで、仲間なのだし、見かければ声をかけるようにしているのだが、変なトラウマになっているのか避けられてしまっている。
それでも業務のこともあるし、必要最低限、一言二言だけれど言葉を交わすことはあったのだが…ここ最近は思いきり存在を無視されているかのような態度をとられるようになっていた。

「なぁ、アルミン。俺、11に嫌われてんのか?」
「それはないと思うけど」
「あの態度見て、よくそんなこと言えるな」

気休めにもならないぞとエレンは溜息を吐く。
出会った頃に与えてしまった印象はそうそう拭えるものではない。
そしてこの訓練兵団で活動するのも残すところ一年を切っている。
だからエレンとしても、今まで以上にまずはどうにか距離を縮めようと努力はしているのだが、当の11があの調子ではそれも上手くいかないままだ。
それでも何とか…と11の様子を窺うように業務の隙を見ては目で追っていたエレンの行動は、周囲から言わせてもらえば「気になるあの子を目で追いかけている」状態である。
まことしめやかに流れる噂は、訓練兵団による不思議な連帯感の下、未だ当人達の耳に入ることはない。

「まぁさ、そのうち何とかなるんじゃないの?」

エレンのその、悪い目つきをなんとかすればね、とアルミンはにこやかに紡ぐ。

「そんなんじゃわけわかんねーよ」

もっと分りやすく言ってくれよと強請るエレンをアルミンは宥めすかせつつ、ふたり揃って食堂へと向かうのであった。

2013/6/18





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