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06

時は日々忙しなく過ぎ去っていく。
田舎から上京し一介の兵士として働いていたザックスは、ソルジャー2ndへの昇進が適った。
崩れんばかりの廃アパートを引き払い、本社近くの小奇麗なマンションへと住処を変えることに始まり、仕事も順調で任される任務も増えてきている。
無茶な任務に疲労でクタクタになることもあるけれど、決して嫌ではない。
カンセルや他の2ndの仲間達とのトレーニングは楽しくも身になるものだし、たまに受けるアンジールからの指導もこれからのザックスには必要不可欠な扱きだ。
憧れの夢への第一歩として、彼が育んできたものはこうして着実に前へと進みつつある。
学生である11の生活も、学校生活一大イベントである修学旅行を境にゆるやかに変化の時期を辿って来ていた。
試験が終わり夏休みへと突入した今、いつもならばバイトに励み、友人と遊びに行き、休みの終わり頃に慌てて課題に精を出すといった日々を送るはずなのだが、今年は違う。
今年はいよいよ卒業の年だ。
進学なり就職なり、これから先の進路を選ぶ時期に来ている。
11はテーブルに置かれたパンフレットを目に、溜息を吐いた。

「11」

ふと、自分を呼ぶ声に11は顔を上げた。
ここは小洒落たカフェのオープンテラス。
面した通りは平日の昼間とあって行きかう人々の数は少なく静かで、考え事にはうってつけの場所だ。
そんな中、なんともこの場に似つかわしくない…と言ったら失礼になってしまうが、足を向けるなんて事が少しばかり想像し難い者の姿があった。

「アンジールさん」

11はこんにちはと軽く首を傾げた。
神羅ビルで出会ったあの日を境に、度々11はアンジールと顔を合わすことがあった。
なるべく自炊が信条のアンジールを、頻度は少ないながらもザックスは11のバイトする定食屋に連れて来ることもあったし、11がザックスと待ち合わせの為に否応ながらも神羅ビルの外で待っている時など徐々に接点は増えている。
そのたびに言葉を交わしていたのだから、ほどよく親しくはなっていた。
しかし、ザックスを介さず、ましてや何事もなくひとりで過ごしている時に会う事などは初めてだ。
思わず、アンジールの背後を窺ってしまう。
もしかしたらザックスも一緒なのではという考えからだったのだが、アンジールの背後は行き交う人々の姿ばかりでザックスのザの字も見つからない。
そしてそもそもザックスがいたならば、まず彼が声を掛けてきただろうということに11は気が付いた。

「おひとり、ですか?」
「ひとりでこんな店は気恥ずかしくて、入る気がしないな」

場違いだろ、と苦笑を零すアンジールに、確かに一瞬、似つかわしくないとは思ったが、本人の口から言われてしまうとどうとも答えようがない。
11は曖昧な笑みを浮かべるに留めておいた。

「待ち合わせ場所に指定されてな。仕方なく、だ。君はひとりか?」
「あ、はい。…あぁ、なら、アンジールさん。席、ご一緒にどうですか?」

気恥ずかしさを少しでも紛らわせるお手伝いくらいならできますよ、と11は相席を進める。
だが、すぐにあることが頭に思い浮かんだ。
アンジールの待ち合わの相手とは、彼の恋人ではないだろうか。
でなければ、わざわざ気恥ずかしい思いをしてまでこの店に甘んじることもないだろう。
それに、もしその恋人さんにふたりでいるところを目撃されて、あらぬ誤解を生じさせてしまっては大変だ…まさかそんなことは万が一にもない、とは言い切れないのだし。
そんな考えがひとしきり頭を駆け抜けた11は、チラリとアンジールを窺いながら「ご迷惑でなければ」と付け足した。
アンジールは11のそんな心配を知るはずもなく、逆に「助かる」と少しばかり安堵の面立ちで対面の椅子へと腰を降ろした。
オーダーにやってきた店員にアンジールはアイスコーヒーを頼み、11もついでにと食べ終えていたケーキセットの皿を下げてもらい、アイスティーをもう一杯注文する。

「11は、夏休みだったか?」

ザックスとカンセルが羨ましいと嘆いているのをよく耳にしているらしい。
11自身も、あのふたりに会った時にはよく言われていることだ。
せっかくの長期休暇だ、有意義に使いたい。
普段は夜だけのバイトの定食屋だが、休み中は昼間のバイトも入れている。
先日は友人たちと遊園地にも行ってきた。
だが、それはそれ、楽しんでいる部分もあるにはあるが、今年はそれだけで過ごすわけにはいかない。
今日もこうして進学先の候補のひとつへと赴いて、パンフレットをもらってきたところだ。
なるべく早めに希望校を絞って、説明会に備えなければいけない。

「今年はちょっとばかり不自由ですけどね」

そう11はアンジールへとパンフレットを見せる。

「ほう。もう、そんな年頃だったのか」
「えぇっ。どういう意味ですか、それっ」
「あぁ、いや。すまない。悪気はないんだが」

11がザックス達と同じ年の頃だということは知っていた。
知っていたが、詳しい年齢までは知らなかった。
何しろ顔を合わせる場のひとつである11のバイト先には11と同年代の者はいないのだし、彼女と対面する時には必ずザックス、カンセル、どちらか、あるいは両者共一緒にいるのだから、体格的に見て無意識にも幼く見繕ってしまっていたのかもしれない。
それに加えアンジールにはこの位の年頃の女の知り合いなど11の他にはいないのだから、比べる対象もなくはかり知りようもないのだが。
それにしても今年卒業というのならば、ザックスと同じ年の頃というか、同じ年齢だということだ。
ザックスはあれでいて、なかなかしっかりした面を持っている。
これは学生と兵士という背負う立場の違いもあるのだろうけれど……やはり、どうにも幼く見えてしまうのだが。
頭の中で繰り広げられた11に対するそんな考察を、それで、とアンジールは咳払いひとつで誤魔化して話をパンフレットへと向ける。

「この学校に進学をするのか」
「あ、いいえ。まだ決定ってわけじゃないんです」

11は隣の椅子に立て掛けておいた鞄を漁って、何枚かの似たようなパンフレットを取り出しアンジールの目の前に置いた。
それを手に取り、アンジールは感心するようにパラパラと目を通す。
どれもこれも、学科は似たようなものばかりだ。
やりたい事は11の中にはしっかり確率されているらしい。
ただ、どこを選ぶかで迷っているようだが。
お待たせいたしましたと、テーブルにふたつのグラスが置かれた。
アンジールはアイスコーヒーを一口、口に付け、11は備付けのミルクをアイスティーに入れてストローで混ぜる。

「これだけあると、迷うのも無理はないな」
「ですよねぇ。もう、それで目移りしちゃってるのもあるんですけど…」

11は一口ストローで啜り、それから軽く息を吐いた。
どうやら11が迷っているのは、選ぶのに悩んでいるだけではないようだ。

「もしかして、親御さんの反対でもあるのか?」
「うーん、どっちかっていうと、その反対っていうか」

11のやりたいようにやればいい、という教育方針らしい。
だから、本来なら田舎町でも済む最低限の教育も、わざわざ11の目指すものの為にと教育の充実している大都会ミッドガルへと送り出してくれた。
そして、家賃や光熱費、学費はもとより、勉学の妨げにならないようにと仕送りまでしてくれている。

「随分と愛されているものだな。大した親御さんじゃないか。なかなか出来ることじゃない」
「ですよねぇ。でも、うちって決して裕福じゃないし、ふたりとも絶対無理してるし」

田舎から出てきた当初はまだまだ子供だったし、自分のやりたいことばかりが頭にあって、金銭的な負担がどれほどのものかなんてさっぱりわかっていなかった。
それが成長していくにつれ理解できるようになり、11なりにバイトをしたりして少しでも親の負担を減らそうとやってきた。
しかしだ。
こうして進学を迎える年になって、そこに係る費用を見比べているうちにどんどんと沈み込んできてしまったのだという。

「好きなところに行っていいとは言われましたよ。でも、今までと違って、費用倍…いや、それ以上ですもん」

ただでさえ一般的なご家庭よりも高齢な両親だというのに、このまま甘え続けていてもいいものかと頭を悩ませる。
現在通う学校で、目ぼしい資格は取れるだけ取った。
ならば無理させてまでその上の教育を受けることもないのでは。
大人しく卒業して、田舎に帰って、両親の面倒を見るのも悪くはない。
しかし、それでは今まで得たものが台無しになってしまうし、両親が施してくれた恩恵を無駄にしてしまうのではないだろうか。
それに、優柔不断だが、やはりもっと学びたいことがある。
夢だって、諦めたくはない。

「バイトで稼ぐにしたって限界ありますしねぇ…」

もう、いっその事、禁断の夜のお仕事にでも手を染めようかと嘆く11をアンジールはやんわりと宥める。
流石にこの子に夜の仕事というものは無理だ、というものもあるが、それよりも11の言う資格とやらが気になった。
それは学校で学ばなければ得られないものなのだろうか。
確かに習うことができるのならば得ることも簡単なのだろうが……。

「え?あー…。そういうわけでもない、です……」

はっ、と気が付いたように11はアンジールを見やった。
すっかり目の前の学費問題にばかり頭を捻って失念していた、11自身の目指す夢。
資格があればそこそこ優位に事を進めることが出来るだろうと考えてのものだったが、逆に捉えることだってできるもの。

「ザックスなんかが、いい見本だろう」

体ひとつで上京してきて、親からの仕送りなど一切無しという中、目指すものの為に選んだ道は見事夢へと近づく最短ルートだった。
学校なんかは行ってない。
兵士として働きながら、ひとり勉強して、適正試験にも合格して、そうして紛れもなく己の力で掴み取ったものだ。

「うぁー。…私ってば、とんだ甘えん坊だった」

11が幾ら頭を悩ませようが、それらは全て親の負担を前提に考えてのものだった。
自らの力で全てやってやろうという考えなど一切浮かばなかった自分が愚かしい。
身近に、ザックスという素晴らしいお手本がいたというのにも関わらずにだ。
それでも今、アンジールにより道はひとつではないということに気が付かせてもらえた。
些細なヒントだが、悩んでいた11にとっては大いなる一歩だ。

「ありがとう、アンジールさん。ちょっと別な方向見えた気がします」
「そうか?それは良かった」

会った時とは打って変わって晴れやかな笑みを覗かせてきた11に、アンジールも顔を綻ばせる。
苦労はしないに越したことはない。
しかし、夢を求めるのならばそれから逃れ続けていくことは難しいだろう。
いつかどこかで壁に突き当たる。
それならば、幾らでもやり直しの効く若いうちの方がいい。
それに悩むのも大いに大事だが、目的を失いかけるまで頭を悩ませてしまうのは如何なものだろうか。
気休めかもしれないが、11に少しばかりの余裕を齎すことができて何よりだとアンジールは思った。

「あぁ、そうだ。この間、ザックスに差し入れしていただろう」

あれは実に美味かったとアンジールが言う。
そのアンジールの言葉に、11は一瞬何のことかと頭を巡らせ、ふと思い出した。
夏休み直前の実習で作った品だ。
存外手際よく調理が出来、材料もまだまだ残っていたからと思いの外大量に作ってしまい、どうせならと帰宅途中に神羅ビルに寄ってザックスに渡したのだった。
まさか、あれをアンジールも食べていたとは思いもしなかったことで思わず動揺してしまう。

「あ、ありがとうございます。お口にあって何よりで…」
「はは。夢への一歩だろうに。もっと堂々とした方がいいんじゃないのか」
「…あれ、アンジールさん。知ってたんですか?」

11の夢。
それはありきたりな夢であり、叶えるにはなかなか難しいもの。
自分の店…料理店を持つことだ。

「カンセルが食べながら言ってたぞ。”俺なら絶対毎日通う”ってな。他のソルジャー達にも好評だった」
「えぇっ、アンジールさんだけじゃなくてっ?」

驚愕の事実に11は頭を抱える。
確かにあの日の調理実習は作り過ぎた。友人も若干不安そうな目を向けていたし。
でも作ってしまったのはどうしようもないし、ザックスなら食べ切れるだろうと持って行ったのだ。
調理自体手は抜いていないし、何も不備などないのだが……タッパに詰め込むだけ詰め込んで、見た目も何もあったものじゃなかった。
自分の知らぬところでソルジャー達の目に晒されてしまっていただなんて、少し恥ずかしい。
そんなことになるのだったらもうちょっと見た目も考えて持って行ったのに。
でも、アンジールの言うことは尤もだ。
誰かに食事を提供することが夢なのだから、これくらいのことで動揺している場合ではない。

「あー…次はもうちょっとマシなものお持ちしますね……」
「それは楽しみだ」

味が第一なのは当然として、料理は見た目も大事だ。
今度はその辺りもしっかり意識して差し入れようと、11は心に誓った。

2012/5/29





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