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――量れぬ想いは 離合の月、愛しく想う君の背よ――

11が突然髪を染めるという事件から早くもひと月ほどが経った。

かの事件は11がカインに〈自分〉を見てもらいたいと思うあまり、髪を染めてしまうというものだった。しかし元の髪色を考慮していなかったせいで、モスグリーンという本人も予想していなかった色になるという事態を呼んだが、結果として二人の関係は改善されたので本人達は元より周りの仲間達も安堵したものだ。

それからひと月。
カインは悩んでいた。



――量れぬ想いは 離合の月、愛しく想う君の背よ――



†Side.カイン

あれからの11は以前と比べてかなり明るくなった。以前よく見られた取り繕うような笑みは本心からの笑顔に、そして何より積極的に人と――特にカインと関わるようになった。少し前だったら本人が望んでも叶わなかった光景が、現在繰り広げられている。

この日も11とカインは共に行動していた。あれから彼は吹っ切れたのか、11が近づいても動揺しなくなったし、ちゃんと目を見て話すようにもなった。カインのほうから声を掛けることも多くなり、それを11は喜んでいる。


「だったら一体何が不満なのさ」

セシルが自分の方こそ不満、といった口調で対応する。
昼時になり一旦本拠地へ戻った後、11が他の女性陣の元へ向かったところに親友即ちセシルがやってきて「順調にいってる?」と聞いてきた。何が順調なのかは想像するまでもないので、カインは受け流すつもりでいたのだが、ここで何故か口が重くなったのだ。

順調? ああそうとも順調だ。あの一件以来心奥底にいた面影は成りを潜め、11がそれに重なるようなことはなくなった。あの時ああ宣言したものの、本音を言えば不安だったのだ。染められた色が落ち、彼女本来の輝く金色――だいぶ短くなりはしたが――が戻ったら、また彼女に幻影を重ねてしまうのではないかと、内心不安に思っていた。だが現在11の髪色がかなり戻りつつあっても、自身の危惧していた事態は起こらなかった。想いが報われない辛さをカインは知っている。だからこそ、彼女との約束を守れたことを嬉しく思う。

だったらこの胸の痞えはなんだ。

「……ではないのかもな」

ポツリと洩らした呟きにセシルが返したのが先の言葉だ。


「不満じゃない。言葉を取り違えないでくれ」

「どう言ったって同じようなものだろ? カイン、キミは11にこれ以上何を求めるのさ」

また彼女を泣かせるようなことしたら、今度こそライトニングにチクるよ? とはセシルの言外の脅しだ。あいつには……本当に、言わないでほしい。女なのにフェミニストなヤツは俺を女の敵扱いしかねない。

「求める……俺が?」

このひと月の間、カインは11という人柄を知ることによって、彼は彼女に好意を持つに至った。それはもう、今まで避けてきた己を殴りたくなるくらい彼女は魅力のある女性だったのだ。
そんな彼女が己などに好意を抱いてくれていたのだ。その気持ちに応えたいと彼は強く思うようになり、思いが恋慕に変わるのに時間はかからなかった。

しかしここでカインは11の気持ちがわからなくなる。果たして彼女は自分が考えているほどの進展を望んでいるのだろうか。自分の思い描く彼女との関係と、彼女の思い描く自分との関係は同じだろうか。同じとはいかずとも、近い思いはないだろうか。
何せ彼女は手を繋ぐだけで満足しているようなのだ。そんな彼女に己の理想とする関係を押し付けることなど出来る筈もなく、かといって彼女の自分に対する想いを疑うわけにもいかず。

あの時あれだけ己の胸で泣いた11。はじめて触れた彼女の温もりは今でもはっきりと覚えている。その温もりを、ずっと手にしていられたら。


†Side.11

昼が過ぎ、11は今度はヴァンとラグナと三人での巡回に出ることになった。
道中、二人のやり取りがとても面白く、彼女はついカインを引き合いに出す。

「カインにはそんな冗談や軽口、絶対に言えないな」

続いて彼がいかに仲間思いで誠実か語り、

「寧ろからかわれる方かな。この間もバッツにジャンプをものまねされて、少し不機嫌だった」

彼は真面目で優しいんだから二人もあまりからかわないでやって、といいかけて、11は二人が何かおかしな表情をしているのに気付いた。

「ヴァン? ラグナも何ニヤニヤしてるんだ?」
「いやー、カイン君は家宝者だねー」

ラグナが顎に手を当てうんうんと頷き、

「それいうなら果報者じゃね? まあ、羨ましい感じはするなあ」
ヴァンがすかさず訂正する。その後も「前のぎすぎすしてた時と比べれば断然良いけどな」などと完全に11を置いて盛り上がる。
ついに語気を荒げて彼女は二人の口を止める。だからそれで何故笑うのかと。
すると二人は悪びれることなくこう返したのだ。

「さすが恋人のこと良く解っているなと」
「持つべきものは恋人、ってね」

この言葉に11は愕然とした。


恋人? 誰と、誰が?


確かに彼女はカインに告白した。だが、彼の方は11を好きだと言明していなければ、付き合ってくれとも言わなかった。11もそんなことまでは言っていない。
つまりカインと11は――少なくとも二人の間では――恋仲ではない事になる。
なかったが11は今の状態に不満はなかった。
しかし彼の方はどうだろうか。ヴァンとラグナの発言で、11ははじめてカインの本心を知らない自分に気がついた。

あのとき「好き」と言ってしまった自分をカインは否定しなかった。だがその一言が彼の自由を妨げていたら? あの日の約束が彼を縛り付けているのでは? 本当は無理して自分に付き合っているのでは? 沸き起こった思考が11を占領し始める。 
もし自分が彼の重荷になっていたら――。

†Side.カイン

一方カインは午後の巡回はジェクトが同行していた。彼は仲間の中ではラグナと並び最年長なのだが、如何せんその豪胆さについていけない部分がある。まぁ、考えなしに突っ走るラグナよりかはましだろうが。ラグナといえば、彼と同行している11はどうしているだろうか。

「そういやよぉ」

と、不意にジェクトが口を開く。

「オメェあの嬢ちゃんとどこまでいったんだ?」

は? カインの口から思わず疑問符が飛び出る。物思いに耽っていた彼がいまいち理解できないでいるとジェクトがニヤついた顔で振り向いていた。

「だぁーかーら、11の嬢ちゃんとヤッ」

ジェクトは続きを言えなかった。スパイラルブロウが炸裂しジェクトは吹っ飛んでいった。

「下世話なことをっ……いうな……っ!」
「おーおー顔赤くしちまってまー」

渾身の力を籠めたのか肩で息をしているカインの頬は戻ってきたジェクトの言うとおり朱に染まっていた。因みに飛ばされた当人のブレイブは少しも減っていなかった。
気を悪くもせずカラカラと笑う目の前の男をカインは睨むが効果はある筈もなく。羞恥に震える肩に手が置かれる。

「で? どうよ。まさかなにもってわ……け……」

組んだ肩と共に視線も落ちるのを見てジェクトが短く呻いた。まさかなのか、と。

「だったらどうだというんだ」

カインの口調が荒くなる。自棄を含んだその答えにジェクトは内心苦笑しながらも、彼を宥めにかかった。オメェはお堅いからそれもアリかもな、なんなら俺様が相談にのるぜ等といっていると、小さくカインが嘆息した。

「……11は俺を望んでいるのか」

声は小さく小さく、発した本人も聞き取れているかどうか。
当のジェクトはまさか本当に相談してくるとは思っていなかったが、彼が真剣なのを悟り改めて肩を組む。

「オメェのほうはどうなんだ。惚れてんのか。オメェはそれを言ってやったのか。女ってなぁ言葉が必要な時があんだ。ま、行動も大事だがよ、少なくとも嬢ちゃんは言葉を欲しがってると思うぜ」

うだうだ考えてねぇで、言ってやるんだよこっちから。拳をカインの胸に当て確固たる口調で言い切るジェクトに、カインは暫し黙考し、

「……やたら詳しいな……」

半ば呆れたような視線を送ったものだ。
だがカインは感謝もした。お蔭で気付くことができたのだから。
自分が彼女に想いを伝えていなかったことに。


†Solution.1

お互いがお互いのことで思いを巡らしていたことなど関係なく、一日が過ぎようとしていた。
この日の夜番は奇しくもカインと――11の番でカインは後番だった。戦いに喚ばれた最初の頃は、女性に番をさせることに反対する者もいたが当の女性陣、特にライトニングの要望で、早い時間帯の担当と見張り時間の短縮を条件に女性も番をする。

仲間の就寝と同時に番についた11の頭の中は、やはりカインのことばかりだった。
考えに没頭しすぎて、彼女は土を踏む僅かな音に気づかなかった。


カインは11が何か思い詰めていると一目で感じた。
今まで夜番で一緒の日になった彼女は自分が来るのを楽しみにしているのか、飲み物や夜食を用意してしっかり待つ体勢なのに、今日は気配に振り向くどころか物音にも反応をみせないでいる。

「11、異常はないか」

彼女が気付くように正面に回りながら声をかけると案の定、驚きに見開かれた双眸がカインを捉える。

「ご、こめん気付かなかった……。何も……ないよ」

辺りは静かなものだ。半ば満ちた月と焚き火がつくる薄明かりの中、カインは11の横に腰を下ろす。いつもならここで他愛ない話が始まるのだが、11は口を噤んだまま動かない。

「具合でも悪いのか? だったら今日はもう」
「っ、いや大丈夫だっ、只少し考え事しててっ」

焦りの含まれた返答に、カインは僅かな不安を憶える。もしや既に彼女は己を見限っているのではないか。優しい彼女はそれを悟られまいと、無理をしているのではないか。
と同時に昼間のジェクトの言葉が脳裏に甦る。11が己の言葉を待っているとジェクトはいうが、果たしてそうなのだろうか。今も、待っているのだろうか。
カインの手が11の頬に触れる。ほんのりとした暖かさが指に伝わり、それが彼の心の漣を鎮めた。

「カイン……?」

予想だにしない彼の行動に驚くも、11は彼から目が離せなかった。

「聞いてほしいことがある」

兜から覗く瞳に射抜かれ、11は微かに頷いた。

「11……おまえが好きだ」

愛している。それは、静かに囁くように告げられた。


†Solution.2

「11は、俺を好きではなくなってしまったか?」

頬から離れようとする手を、11はとっさに捕まえる。

「好きだよ……。今でも、いや前よりもっと好き」

でも、迷ってたんだ。
優しくて不器用で真っ直ぐな彼。彼は自分の我が侭を聞き入れてくれた。彼にとってはどうでもいい昔話を聞いてくれて、最後には泣きじゃくる自分を優しく抱きしめてくれて。あのときの彼の掌の温かさは今でも忘れられない。
彼の、11を呼ぶときの淀みのない声音は彼女の心を満たし“自分を見てくれている”と実感する。

「これ以上あなたに何かを求めていいのか、って」

これ以上彼に何を望むのか? いや望んでいい筈がない。今のままで十分ではないか。元の世界での唯一の友を失って以来の“友達”。それでいいではないか。

「そう思ってたんだ。だけど……本当は」

自分の内はそんなにきれいじゃなくて。本当はもっと傍にいたい、もっと触れたいと心のどこかで思っていて。

「私はなんてわがままなんだろう」
「そんなのはわがままとは云わないぞ、11」

カインはいつの間にか解かれてしまった11の手の甲をひと撫でし、おもむろに己の兜に手をかけた。素顔が露わになる。
そして。
彼は11を抱きしめた。


†Solution.3

11の髪を優しく撫でる。薄く緑がかった彼女の金の髪色が、焚き火の灯りに幻想的に揺らいで見えた。

「……俺たちは、似たもの同士なのかもな」

またしても予想外の出来事に11が呆然としているのを感じ取って、カインはふと笑みを零す。

「俺も、同じことを考えていた」

もっと触れたいと思っていた。こうして抱きしめて自分のものにして。

「気持ちも伝えていないのに随分と身勝手なことを望んでいたものだ」

お互い気持ちは同じなのに、知るのが怖く逃げている。
それはまるで、同じ速度で廻るが故に追いつけない二つの離れた月のようで。カインは故郷にかつてあったそれを思い出した。

「また、情けないところを見せてしまったな……」
「情けない?」
「俺はいつも11の気持ちに甘えていた、ということだ」

嘆息とともに紡ぐと、11の手が己の背に回る。

「わ、私はこれからもカインが好きだ。だからその……」
「11」

11の言葉を遮る。再び、否先程よりも強く抱き締めそれからほんの少し体を離し、カインの両掌が11の頬を包む。

「愛している」

二度目の言葉は熱を持ち。二人の影が重なった。



優しいくちづけを繰り返す二人を、沈みゆく月が淡く淡く見守るように。


End.



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そして、なんとふたつもいただいたんです!
私、厚かましいですねー…。
我儘言ってスイマセン…orz

不器用竜騎士に指摘してくれるジェクトに萌えvです。
オヤジ、男前!いろいろと経験豊富そうですよね。
カインはもっとジェクトを頼ればいいと思いました!

ユリス様、本当にありがとうございましたvv



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