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――惑い思い出 君の色彩(いろ)、消えぬ君の面影よ――


もし私からその面影が消えたら、あなたは『私』を見てくれますか?



――惑い思い出 君の色彩(いろ)、消えぬ君の面影よ――



最初に彼女を目にしたとき、素直に〈懐かしい〉とセシルは思った。柔らかく波打つ淡い金髪。腰まで伸ばされたそれを見る度、心の奥底が何となく、暖かくなる。かといって彼女に対して特別な感情――即ち恋慕を抱いているかというとそうではなく、セシルは只々彼女のその姿、正確には後ろ姿にそこはかとない懐かしさを覚えるのだった。

彼女の名は“11”。秩序の戦士で仲間だ。


†Side.セシル

「セシル、カインを知らないか?」

背後からかけられた声にセシルは振り向く。

「カイン? 少し前にあの辺りに居たけど」

宿営地から見える木立を指さす。

「そうか。ありがとう」

律儀に礼を言い、彼女――11は示された木立へと足を向け立ち去った。その後ろ姿に、セシルはふいに懐かしさを覚えた。
これが始めてではない。11が秩序の仲間入りをしてから度々そんな感情が湧き上がる。懐かしさと、幾ばくかの寂しさを。
大切な何かを忘れているのではという思い。それでもセシルはこの感情に罪悪感や後ろめたさを上乗せすることはなかった。気にはしても、その大切な何かに対して申し訳ない、とは思わなかった。それは、自分と大切な何かとは堅く繋がっていると直感しているからだ。

しかし、自分の親友は。カインは違う。

セシルは知っていた。カインも、11に何かしらの懐かしさを覚えていることを。そして、彼はその思いから逃げていると。


†Side.11

「こんなところに居たのか」

11は藪をかき分けた先に目的の人物を見つけ、ほっとしたような表情を浮かべた。彼が単独行動を好むのは知ってはいるが、やはり11は心配なのだ。

「ウォーリアがお呼びだよ」

緩く波打つ金をちらりと目に留めたカインは短くああ、とだけ答えすぐさま11から目を逸らしてしまった。
そっけない彼の態度に11の表情が曇ったのを、既に背を向けているカインは知らない。
11は無言でカインの後を追う。
彼が自分に対して冷たいのは最初からだ。初めて会ったときからカインはこうだった。視線を合わせないのも、自分から話しかけないのも、二人きりになるのを避けるのも。
11に対してだけだ。
だから11は早々と結論を出した。

“私はカインに嫌われている”

お互い無言のまま、宿営地に辿り着き二人は別れた。カインがウォーリアと話し始めるのを遠目に見て11は嘆息をついた。

(やっぱり、駄目、か……)

一体何が原因で彼は自分を嫌うのだろう。自分は何か彼の気に障ることをしてしまったのだろうか。そう、幾度か直接本人に聞こうとして、しかし11は聞けずにいた。さっきだって何度口元まで出ては呑みこんだか。せめて他の仲間と同じように接してほしいのに。もっと傍に居たいのに。私はあなたが――

そうして心に沈殿したカインに対する想いを伝える術を、今の11は知らない。


†Side.カイン

「あのさカイン、カインは11のことが嫌いなの?」

何を突然、とカインの表情は語っていた。
一日の終わりを迎えた夜半、見張りについていたカインの横に腰を下ろすなり出されたセシルの言葉だ。面食らう親友を余所に、当のセシルは平然と持参したホットティーに口をつけている。そしてもう一度、「11が嫌いなの?」

問いの意味するところは解っている。長年共にいた親友は元の世界の記憶を殆ど失っているにも関わらず、カインを友と呼び、カインの11に対する態度に気付き、その態度の理由をも解っていた。その上で敢えて聞くのだ。セシルという男は。

「……嫌いなわけじゃない」

このような問いを投げかけるセシルからはぐらかすことは不可能。セシルは己の予測ではなくカインの言葉を聞きたいのだ。ここはもう腹を括るしかない。

「俺は……お前のように割り切ることができない」

最初に彼女を目にしたとき、真っ先に思い出したのはかつて想いを寄せた人。腰まで届く柔らかく波打つ淡い金髪。それが11のものであるにも拘らず、心の奥底が疼いた。
気質も言葉遣いも“彼女”とはまったく共通点のない11。その11の後ろ姿に“彼女”の姿を重ねてしまう度、自責の念に駆られる己が居る。

「11は嫌いじゃない……だが俺は彼女を彼女として見ることができない」

彼女の髪色ひとつに心惑わされる自分はなんと未練がましいことか。そしてそんな思いから逃げるように11を避ける自分の、なんと情けないことか。

カインは自覚していた。その行為が彼女を傷つけていることを。

「俺は、どうしようもない男だ」
だがカインは知らない。心に留まる残像を消す術も、この自白を当の11に聞かれていたことも。
そして、数日後に“事件”は起きた。


†Side.セシル

バッツの話によると、数日前11に「肌についても大丈夫な染料を知っているか」と聞かれたそうだ。
何をするのかと問うと、新しく手に入れた布を染めたいからと答えたので、バッツは快く幾つかの染料になる植物と、染め方を教えたという。
数日後、11の姿を暫く見ないと心配になったユウナやティファが仲間を動員し、大規模な捜索に発展した末発見された11の髪は。

金の色をすっかりなくしていたのだ。


仲間たちはもとより発見者のスコールすらも驚愕した。かつてユウナやティファが誉めた輝く金色はくすんだ苔のような色に変わり果て、波打つ長い髪は肩口から先が無くなっていた。

「ど、どうしたんだよ11!!」

ヴァンが縋りつくように詰め寄る。他の者も11の突然の変わりように様々な反応を見せた。セシルも例外ではなく、但し彼はカインを見やった――当のカインの表情は兜によって遮られていた。
その間にも、次々に問いかけられる11は曖昧な返事を繰り返すばかりで。
そのときだった。

「なぜこんなバカなことを」

カインが口を開いた。


†Side.11

ただあなたが好きだった。この世界に来る前の私は人付き合いが下手だった。両親に見捨てられ友の一人も作れなかった子供の頃。放り込まれるように入れられた自警団で少しでも変わろうと、努力しては失敗して。
そんな日々を何度も繰り返した末にようやっとできた友達は、国境紛争のなかで戦死した。私はその人が好きだった。

そして私はまたひとりになった。
以降他の友人はひとりも出来ず、寂しさに心折れるかというとき、この世界に呼ばれ出会ったのはあなた。今はもういない唯一の友に初めて出会った時を思い出した。
私はあなたに心惹かれ。あなたに気づいてもらいたくてあなたに見てもらいたくて必死になった。
でもそれはあなたには迷惑でしかなく、私は嫌われた。
否、“嫌い”なだけだったらよかったのに。

知ってしまった、あなたの心を占めている誰かの面影。
そのせいで私を見ることが出来ないのだったら。

私からその面影が消えたら、あなたは『私』を見てくれますか?

†Side.カイン

「バカなこと……?」

11から漏れだした声にしまったと息を飲むも既に遅く、カインは自分の言葉を後悔した。
自分の思い出を塗り変えられた、記憶を、思い出を汚された。そう感じ気づいたら先の言葉を吐き出していた。
11の震える声がカインを詰る。固く握られた拳から赤が滲む。
11の周りにいた仲間の視線は今や、カインに向けられていた。

「私がっ、どんな思いでいたかも知らないで……っ!!」

カインを睨み叩きつけるように叫び、11は走り去っていく。
涙の伝う横顔を彼の瞳に刻みつけながら。


「カインー……なんかしたのか?」

ジタンを始め、今度は彼が皆の質問責めに遭う。
11とカインの間に何かがあったことは皆の目に明白で、特にライトニングの追求は厳しく今にも斬りつけられそうだ。
しかし言えるはずもない。11の髪に昔の想い人を重ね、その想いから逃げていた癖に、いざ彼女から面影が消えると動揺したなんて。改めて感じる、己の心の弱さ。身勝手で傲慢な思いから出た言葉はどんなに彼女を傷つけたろう。

気まずい雰囲気が続く中、セシルが一歩前に出て口を開いた。

「皆に言えなければ言わなくてもいいけど、そのかわり」

カインを見つめて、にっこりと。

「彼女には“全部”打ち明けた上で、誠心誠意土下座してくればいいよ」

首を傾げた笑みは古の淑女の氷魔法よりも遥かに冷たいものだった。

「……」

仲間達は背筋を凍らし、カインは只々頷くしかなかった。


†Solution.1

11は草原にいた。傾斜の続く、丘の途中のようなそこからは、遠く眼下に海の切れ端が覗いている。その景色を彼女はただぼんやりと眺めていた。

また、失敗した。
あの頃と変わらない。頑張っているつもりなのに何時も空回り。今回もまた、突拍子も無い事をする奴だとカインのみならず皆に呆れられただろう。そしてもう、相手にしてくれないだろう。
また、ひとりになるのか。
膝を抱え小さくなる。
どれ位時間が過ぎただろうか、冷たくなってきた風に僅かに身を竦めたとき、背後から

「11」

カインの声がした。


11は逃げようとして、出来なかった。身体が不自然に強張って声も出せない。逃げたいという思いと、顔を見たいという思いが交錯する。綯い交ぜになった思考は益々身体を縛りつける。

「11」

また、同じ声が呼ぶ。気のせいだ、幻聴だと思い込みたいのに、彼の声は確実に11の耳に入り込むのだ。
だが次に届く言葉に11の身体の呪縛が解ける。

「すまなかった」

気付いたら、11は振り向いていた。その目に入ったのは兜を脱ぎ去った彼の姿。
初めて見る彼の素顔に11は呆然とする。今まで考えていた事が一瞬で消え去るくらい、11は彼に見蕩れてしまった。
そんな彼女にカインは続ける。

「すまなかった11。全部、俺が悪いんだ。俺の、心が弱くてどうしようもなかったから」

情けない言い訳だと責めてもいい、だがこれだけは聞いてほしいと続く筈の言葉は遮られた。

「、あなたは……悪くないよ」

11が今一番言いたかったこと。あなたが謝ることはないと。やっと言葉に出せたことで、11の心は落ち着きを取り戻す。大丈夫、ちゃんと向き合えると自分に言い聞かせて。

「カイン……あなたは優しいな……」

同時に彼女は決心した。全て話してしまおう。昔のことも、そして今思うことも。彼にどう思われてもいい。

そして彼女は、カインに隣に来るように促した。


†Solution.2

日が沈もうとする中、カインを隣にポツリポツリと語られるのは11の過去。本来なら自分のするべき行いを先越された格好に、カインは戸惑いながらも耳を傾けていた。

「私はさ、加減ができないダメな奴なんだ。その人に近づきたいと思えば思うほど余計なこと言ったりしたりして、呆れられて」

しつこい、とか重い、とか沢山の人に言われたよ。
だからせめてこの世界ではなるべく人と関わらないようにしようと思っていたのに。

「でもこの世界ではバッツとか、ユウナとかみんな私に優しいんだ」

彼らは自分の決意をいとも簡単に崩してしまった。消極的に生きようと思い詰めていた11の心を揺さぶり、彼らならもしかしてと、期待してしまった。

「私を見てくれると思ったんだ」

愛情に飢えていた11。見てほしい、知ってほしい、気にかけてほしい。蓋をしていた想いはこの世界で溢れ出し、そして。

「カイン、あなたを好きになっていた」


†Solution.3

突然の告白。自らの心を目の前で曝け出し、更に告げられた己への想いに、カインは一瞬にして固まった。
今彼女は何を言った? 信じられないという気持ちが表情に出ていたのか、見やる11の視線が揺らいだ。

「だがあなたには迷惑なだけだな」

ごめん。抱えた膝の上で俯いた彼女から零れた短い言葉にカインは慌てる。

「そ、そんなことは……!」

だが11はそのまま首を振る。不揃いに切られたくすんだ緑が散る。そしてくぐもった声。
ごめん。好きだなんて言ってごめん。私を私として見てほしくてバカなことをした。

「……!」

カインは思い知る。全ては自分が招いた結果なのだと。忘れられない面影から逃げ、11から逃げた結果彼女を追い詰めた。全て、己のせいだ。
色はすぐに落ちるし髪は伸びるから大丈夫だろうと誰が彼女に言えようか。端から見たら些細で滑稽な彼女の行動も、彼女にとっては自分を振り向かせるためだったというのに! 今更ながら、カインは11の真摯な想いに気づいたのだった。

大切な思い出は消せない、だが今己が見るべきなのは目の前の彼女だ。


「11……俺に時間をくれないか?」

その髪が元の色に戻るまで。不器用な己には時間がどうしても必要なのだ。

「元に戻るまでに……おまえをおまえとして見る……絶対に見られるようになってみせる……その時間を」

ああ、我ながら何て卑怯で情けない願い。彼女は落胆するだろう。
カインは自嘲したが、11はその目に涙を溢れさせて言葉を紡ぐ。

「ほんと、に……私を……見てくれる、の?」
「! ああ、絶対に……だから」

だから、泣かないでくれ。
その言葉は口にすることはできなかった。
何故なら、言う前に11は泣きながら、カインの胸にしがみついてきたからだった。



――もう、懐かしさから逃げることも、面影を追うこともない。




†After solution

――そういえば、何故そんな緑色にしたんだ?
――そ、それは……暗い色にしたくて、藍色の染料を混ぜたらこんな色になって……
――その……今回の件の理由、ライトニングにだけは言うな
――何で
――あいつの俺を見る目つきが恐ろしいからだ……
――……


End.




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ユリス様より夢小説をいただきました!
カインカイン!
ありがとうございますvv

カインの想いは記憶がないからといってそう容易く失うものではないですよね。
ヒロインのそれを察しての突飛な行動には驚かされました。
切ないながらも、救いあるお話v
ありがとうございました!



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