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04

カンセルは心弾んでいた。
現在彼が足を着いている地は神羅の保養地として名高いコスタ・デル・ソル。
年がら年中真夏のような気候を有し、澄んだ水面の美しい海辺は観光地としても有名で常に人溢れ、賑やかさを擁している。

カンセルはつい先日、1ヶ月ほど僻地へと赴いていた任務を終了した。
その特別手当、とでもいえばいいのだろうか。
任務に従事していたカンセルたちの部隊に7日間の休暇が与えられた。
これ幸いにとカンセルが休暇初日に取った行動は睡眠だ。
1ヶ月間休むことなく働いてきたのだから体を労わる時間は大いに必要であり、習慣付いた起床の時間に目が覚めようが生理現象にトイレに立とうがお構いなしに睡眠を貪った。
結果、カンセルが睡眠欲を手放すことができたのは休暇2日目の昼過ぎのことだった。

間に細々とした目覚めはあったもののこれだけ長時間に渡って眠ったのは子供の頃高熱に魘された時以来である。
寝すぎの余りに朦朧としている意識をはっきりさせるべくに洗面台へ向う。
冷たい水で顔を洗い意識がはっきりとしてくると、急激に襲ってくるのは空腹感だった。
とはいえ疲れた体が求めていたのは休息で、禄に買い物もしないで自宅へと帰ってきたのだから冷蔵庫の中身もスッカラカン。
時間はすでに正午を過ぎている。
買い物に向って食料を調達してくることも考えたが、あと数時間堪えれば、ザックスの友人でありカンセルの友人ともなった11のバイトする食堂も開店する頃合だ。
溜まっている洗濯モノをなんとかして、風呂に入って身支度を終える頃には丁度いい時間となるだろう。
初対面の時は11にはそれとなく警戒されていたのだが、ザックスを介して何度か会ううちにその警戒心も解れ、今となってはお互いにメールも交わす仲となっている。
そんな彼女に遠征帰りに立ち寄った最寄の港で買ってきた土産も渡したいところだし。
そうと決まればと、カンセルはさっそく洗濯モノの始末に取り掛かった。
こうして2日目はあっという間に終わりを告げた。

それから3日目。
この日もまた起床時間は遅かったのだが、それでも昼前には目が覚めた。
1ヶ月の間主不在であった部屋は、その間掃除する者が訪れるわけでもなかったのだから薄らと埃が積っている。
掃除は得意な方ではないが、ここまで視認出来るほどともなると放置しておくわけにもいかない。
モソモソと気の乗らない体を動かしながら掃除に勤しんでいると、携帯の鳴る音が聞こえた。
着信画面には遠征を共にしていた仲間の名前が表示されている。
新たな任務の連絡だろうか。
ともすれば休暇切り上げのうえでの。
充分に休んだ体はもう休息の必要はない。
それならば特にやることもなく怠惰に残りの休暇を過すより仕事をしていた方が日々充実できる。
そんなことを頭に電話に出たのだが。
仲間からの用件は ”遊びに行かないか” だった。

なんでも、両親が行く予定だった旅行が急な用事で行けなくなったのだという。
今からキャンセルしたところで戻ってくる金額など微々たるもの。
それなら彼女でも連れて行ってきなさいと、両親から譲り受けたのだがあいにくその仲間には彼女もいなく、平日とあって友人たちは仕事だったり学校だったりと忙しい。
空いてる者といえば、同じ任務を遂行していた者。
じゃあ、カンセルでも誘ってみようかと、かけてきたのだという。
男ふたり旅とはむさくるしい事このうえないが、行き先を聞いてカンセルは快く同行することにした。
出発は明日だという、忙しないスケジュールでもその後に待ち受けているバカンスを思えば身も軽くなるものだ。
部屋の掃除も手っ取り早く済ませ、小旅行の準備に追われて3日目を終えた。

4日目は、ほとんどが移動で終わった。
ホテルに着いたのは夕暮れ時で、夕日に染まる海を眺めながら男ふたりで夕食を楽しんだくらいである。
そして現在に至る。
休暇に入って5日目だ。

少し遅めの朝食を済まし、早速浜辺へと赴いてきていた。
時刻は11時に差し掛かる。
すでに浜辺に陣取っているのは家族連れが多い。
カンセルと友人はホテルから借りてきた大きなパラソルを手にしてどこに拠点を置こうかと辺りを窺っていた。
ビーチサンダルを履いているとはいえ、砂は容赦なく足に纏わりついてくる。
この時間帯でさえすでに熱くなり始めている砂は、果たして正午を迎える頃にはどれほど焼かれることになるのだろうか。
そんな足裏事情を心配しながら辺りを見渡す。
程なくして見つけた、水辺から離れず、屋台からも近い場所にパラソルを立てることにした。

カンセルがこの小旅行を快諾した理由はここにある。
白い砂浜。
太陽に煌く青い海。
そこに肌も露な女の子たちがこれでもかと現れるのだから男にとっては堪らない。
一夏のバカンスよろしく、一休暇のバカンスとでもいえばいいのか、解放的なこの浜辺という場所で日頃の鬱憤を晴らすべくに楽しまなくては男が廃る。
ただでさえ職場柄女率が低いのだから、こういう場で出会いを求めあわよくば…とは神羅男性社員なら誰しもが思うのではないだろうか。
と、自分で自分の考えをいかに正当性のあるものかを友人に語って聞かせた。
対して友人はといえば、そういったことに淡白なのかなんなのか 「お前らしいよな」 と一言苦笑と共に漏らして水面へと駆けて行ってしまった。
つれないヤツだと思うも、だがまだまだ時間はたっぷりある。
いくら興味がなくたって、可愛い女の子たちを目の前にすればアイツだって気も変わるだろう。
ポツラポツラと姿を見せ始めた若い観光客たちに胸を躍らせながらとりあえずはアイツに付き合ってやるかとカンセルも海へと進んでいった。

小さな子供が取り損ねたビーチボールを投げ返してみたり、ついでに一緒になって遊んでみたりと過ぎる事小一時間。
辺りも人が増え賑やかになってきた。
さて。
カンセルは親に呼ばれて海からあがって行く子供に手を振り返しながら浜辺に目を向けた。
所々に窺える若い女たち。
早速声をかけられているふたり組もいれば、女同士数人がかたまって楽しんでいるグループもいる。
グループはまず除外だろう。
こっちはふたりなのだし、多くても3、4人連れが狙い目だ。
ドリンクでも買ってこようと友人に声をかけて、出会いに胸膨らませながらカンセルは浜辺へと向う。





「はあぁあっ!?」

なんだよコレ!とザックスの口から声がはり出された。
ここは神羅ビル内に構えるソルジャー待機室だ。
しかし、ザックスが今居るのは2ndのそれではなくて1stに宛がわれている一室である。
なぜ彼がここにいるのかといえば、クラス1stのひとり…ザックスにとっては直属の上司にあたるアンジールに連れて来られたからだ。

ザックスは、報告書を作成することが得意ではない。というか、嫌いだ。
2ndになってからというもの、ザックスが任される任務は徐々に増えてきた。
一般兵や3rdを引き連れて自分を中心として行う仕事は有益で、無事任務が果たされた時の達成感は有り余るもの。
それでハイお終いならいいのだが、社会に属する者としてそうはいかない。
大きな案件から小さな雑用まで、ザックス自身が取り仕切った任務は当然自らが上層部へと報告しなければならない。
その書類作成が、事のほか手がかかる。
反神羅グループ相手や魔物退治といった作戦ならば、参加した人数から、負傷者の有無。一般の人間への被害状況から始まり、案件の内容はさることながら結果はもちろん、そこに至るまでの経緯も事細かに書き込んでいかなければならないのだ。

起こったことをつらつらと書いていけば済むことだがしかし、筆不精であるうえに書き纏める事が苦手であるのだからそうそう簡単には作成できない。
やらなくてはならないと思いながらも、なかなか思うように事も運ばず、結果ここ数日分の報告書を積むハメになっていたのは当たり前だが自業自得だ。
そしてそんなザックスを見かねたアンジールによって、半ば強制的にこの1stの待機室へと連れて来られた。
書き上げるまで終業はなしだというアンジールの監視の下、ようやく半分ほど作成を終えたところだった。

半分終わったから少しの休憩だとアンジールがお茶を入れに席を外している。
ホッと一息吐き、メールの確認のために携帯を手に取った。
画面には3件の新着メールの通知が印されていた。
差出人の名称は全てカンセルからだ。
1件目を開く。

<旅行中。羨ましいか>

との簡潔な文章に添付されていた画像は、白い砂浜を縁取る真っ青な水面。

(海…?)

と普通に理解しながら、そういえばと思い出す。
少し前に、カンセルのいる部隊が遠征に出向いていた事を。
任務が終了していたことは知っていたが、あぁそうか、それで休みが貰えたから出かけているのかと納得した。
2件目。

<うめぇ>

とこれもまた簡潔だ。
添付されている画像には、旨そうにカキ氷を食べているカンセルが写っている。
ということは、虚しい一人旅でもなく、誰かと行ったらしいことがわかった。

(つーか、海でカキ氷とか、お約束すぎだろ)

カンセルのお約束具合に苦笑を漏らしながら続いて3件目を開いた。
すると、またしても

<うめぇ>

の一言。

(カキ氷、と来たからお次は焼きソバあたりか?)

食いモンばっかだなぁと呆れた笑みの下、画像を開く。
しかし添付されていた画像はザックスの思っていた焼きソバではなく、それどころか食べ物ですらなく。
海を背景に画面に向って、気恥ずかしそうに手を振っている11だった。

ザックスが情けない声を上げるのと同じくして、丁度お茶を煎れたアンジールが部屋の一角にある給湯室から姿を現した。

「どうした。騒がしいヤツだな」

苦手な書類作成にとうとうおかしくなってしまったか、とアンジールはザックスの机にカップを置いた。
ザックスは大きく溜息を吐いて、それからアンジールに携帯の画面を見せた。

「……お前の彼女か?」

知らない娘の画像を見せられたところで、アンジールとしてはそう聞き返すしかない。
この娘がどうかしたのかとアンジールはお茶を一口飲み、画面を見やる。
どこにでもいそうな、純朴さの残る普通の少女だ。
見た目大人しそうに見えるが…ザックスの彼女なのだとしたらそうでもないのかもしれない、見た目に反して。
いや、それともこの子犬の勢いを避けきれる事が出来ずに言われるがままにそうなったという線もある。
そんなひとり勝手などうでもいい見解を頭の中で繰り広げていると、ザックスが 「違うけど」 と声をあげた。

「友達、なんだけど…まぁその、ちょっといいかな、て思ってる」

その彼女がなぜか今、カンセルと一緒に居るとザックスが言う。
カンセル、とは確かザックスと同期の2ndだったかとアンジールは思い出す。

彼女11はザックスとカンセルの共通の友人なのだという。
カンセルと11はザックスを介しての出会いだったのだが、そこは年も近い事もあってか仲良くなるのに時間はかからなかった。
だからふたりで出かけたって何とも思いはしない。
そうと決めたわけでもないのになぜか事前にお互いから出かけてくるとメールなり電話なりで報告が来るからだ。
それが常だったのに、とザックスが机に腕を投げ出してひれ伏した。

「いや別にいーよ、アイツらが幸せならさぁ。でもさー、付き合ったんなら一言くれてもよくないか?」

こっちだって心の準備ってもんがあるし何も隠さなくても、と愚痴る。
それに、とザックスは言葉を続ける。

「11、一昨日から修学旅行行って来るって言ってたんだぜー。それなのにさー…ふたりで旅行とか」

なんか裏切られた気分だ、とザックスがどんどん沈みこんで行く。
女のことでここまで暗くなれるとは年頃特有のものだから仕方ないのだろうか、とアンジールは呆れながらもこれからまだ作成しなければならない書類に目を落とす。
言った手前、これらを終わらせなければ帰すことはできない。
しかし沈み込んだザックスが捗ってやるとは思えない。
となると、ザックスを監視しているアンジール自身も帰宅が遅くなってしまうということだ。
それは勘弁願いたい。
明日は朝早くから備える仕事があるのだから。
どうやってザックスのやる気を出させようかとアンジールは沈み込んだ原因となった携帯をなんとなく見やった。

「なぁ、ザックス」

ふと気になった点をザックスに尋ねる。

「これは、校章かなんかだろうか」
「え?」

アンジールの示す個所を覗き込む。
アンジールの指が丁度11の水着の胸元を指しているのが微妙に気に入らないが、それはまず置いておいてとよく見てみる。
何度か制服姿で会ったこともあるから覚えている。
水着の胸元に付けられているバッジは、確かに校章の模様だ。
それに11の後ろに写り込んでいる子の水着にも同じバッジが見つけられた。

「修学旅行とは、間違いなさそうだな」

そう紡ぐアンジールから携帯を取り上げて、ザックスは素早く返信を打ち込む。

<11、修学旅行って言ってた>

送信。
待つこと数十秒、すぐにメールを知らせる画像が画面に現れた。
即行開く。

<バレたか。女の子いっぱいで目の保養!>

その一文にザックスは肩の力を抜いた。
なんとも心臓に悪い悪戯だろうか。
そりゃあまだ ”いいな” 程度の気持ちしかないが、勝手に抜け駆けされるのも気持ちのいいもんじゃないのだから。

「心配は晴れたのか?」

ザックスの面立ちを見てアンジールが苦笑を漏らしながらそう言ってきた。

「アンジールのおかげでな」

自分だけでは絶対に気がつかなかった自信がある、とザックスが変な自信に笑みを浮かべた。

「そりゃ良かった。それならあと半分、さっさと終わらせてしまわないとな」
「あ、あー、ちょっと待って!もう1個だけ送ってからするからさ」

一度閉じたメールボックスを開く。
それから打ち込んで、送信。
メールを送り終えたザックスは満足そうに携帯をポケットに仕舞った。

「よっしゃ、あと半分!」

やるぞー!と気合を入れたザックスはペンを片手に書類へと向かい合った。

2011/2/9





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