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01


英雄に憧れて田舎から単身、大都市ミッドガルへと上京を果たした。
右も左もわからない初めての土地で、逃げ出すこともしないで今もこの地に足をつけていられるのはもちろん、夢であるソルジャーとなるため。
そして今日、その夢が適った。
とはいっても、2ndだけれど。
そもそもソルジャーは3つのクラス分けで成されていて、試験に合格したからといって即1stという地位を預けられるわけではないのだ。

まずはいわずもがな、世間一般によく知られ青年の憧れでもある英雄に与えられているクラス1st。
それから次点で2nd。
1stと組んで任務に向うことも多々あるようだ。
それからソルジャーの末端に位置する3rd。
1stに昇進するためには、その権限のある者からの推薦が必要だという。
それならばソルジャー3rdへの配属にならなかっただけでも充分にラッキーじゃないだろうか。
一般の神羅兵に比べれば3rdといえども充分な力を備えている証だけれど、己の目指す英雄への第一歩には、まず1stへの昇進。
3rdから2ndへ昇格するまでの時間を大幅に削減でき、かつ経験なんて関係なく功績次第でいつでも1stに推薦してもらえる2ndという立場は青年にとって絶好の職場となることは間違いない。



「というわけで俺、明日からソルジャーになるんだぜ」
「…わー。おめでとう、ザックス」

パチパチと、乾いた音が少女の手から控えめに鳴らされた。
地味な拍手に青年、ザックスは少しだけ不満げな面立ちを覗かせる。

「もっとこうさぁ、バーっ!と盛り上がるとかないのかよー」

自分の喜びがどれだけのものなのか親しくしているこの少女に伝えようと、身振り手振りで我ながらも大袈裟に話したというのに、少女の反応は先のように控えめな拍手と素っ気のない言葉。
そんな少女の様子にザックスは、またしても大袈裟な身振りでガックリと肩を落として見せる。

「ちょ、ザックスやめてよっ」

テーブルに突っ伏して哀愁を漂わせ始めたザックスに、少女は慌ててそれをやめるよう言ってくる。
気になるのは周囲の視線。
ここは小さな居酒屋兼定食屋。常連客はふたりの親交を良く知っているからいつものことだと温かな眼差しで見やってくるから気にならないのだが、今日は久しぶりにもご新規さんが来店中。

小さいながらも味に定評のあるこの店は、大々的に宣伝をしていることもなく口コミによって成り立っている。
そしてこの店の店員である少女11。
バイトといえどもお客様との関わりを大切に、をモットーとしている。
そんな11にとっては客をへこませている姿をご新規さんに見せるわけにはいかない。

「ね、ほら顔上げて」

11は宥めるようにザックスの背中に手を置いて、顔を近づける。
そっと耳元に口を寄せ小さな声音で 「初めてのお客さんの前で、はしゃげないでしょ」 と告げると、ザックスは勢い良く身を起こした。

「そっか。そうだよなぁ。悪い悪い。んじゃあ、いつもの頼むよ」

落ち込んでいた様が一変して、いたって普通にそう返し、ついでにと言わんばかりに注文も告げると11は厨房へと向かっていった。



上京したもののミッドガルに頼れるあてがあるわけでもなく、かといって持ってきた資金だけでは住む場を手に入れることで精一杯で試験の日まで生きていられるかどうか。
働かざるもの食うべからずとはよく言ったもので、仕事を得なければ食事が危ない。
勢いのままに田舎を飛び出してきてしまったザックスにとって、今更両親に仕送りを頼むのも気が引ける。
それに試験の勉強もしなければならないと考えたザックスはそれならと神羅の一般兵へと志願した。
一般兵といえども外部から試験を受けるよりはいろいろと情報は入ってくるだろうし、少ないながらも給料もある。
一石二鳥じゃないかと考えてのことだ。

予想していたとおりにソルジャー試験についての話題も少なからず耳に入ってきた。
射撃や格闘など実践のものから、一般教養といった筆記試験。
それから適正検査というものがあるということを知ったのも一般兵になってからだ。
ザックスが思っていたよりも広義に渡る試験内容に悪戦苦闘を強いられる日々。
それに加えて兵士としての職務。
のんびりと暮らしていたザックスにとって、そんな慣れない環境に自炊もままならずにいたある日、先輩兵士に連れられてきたのがこの店との出会いだった。
安いうえに美味い。居酒屋を謳っているだけあって遅い時間まで営業しているし、兵士の腹を満たす定食まであるという品揃え。
食欲旺盛な盛りのザックスがこの店の常連客となるのに時間はかからなかった。
常連ともなると次第に店の者たちと親しくなっていくのも人懐っこいザックスの性格も手伝ってか早いもので、特に年の近い11とはよく言葉を交わす。
居心地の良い空間である。



「はーい、お待たせ」

目の前に、本日のおまかせ定食が運ばれてきた。
さっそくいただきますと両手を合わせて食べようと構えたら、11が椅子を引いてザックスの隣に腰を降ろしてきた。

「あれ。店、いいのか?」

閉店間近の時刻とはいえまだ客はいる。
11が気に掛けていたご新規さんも、まだまだ寛いでいるのだが。

「うん。ちょっと休憩」

そう言う11の姿は、先ほどまで身につけていたバイト用のエプロンが外されていた。
店主にザックスの昇進のことを話したら、時間をくれたのだという。

「あ、それね。店長からのお祝いだって」

良かったね、と11が示すモノに目を移す。
水の入ったコップの傍に置かれているのはプリン。
どう見てもコンビニのプリン。
今これしかなかったからだって、と言う11に厨房から姿を覗かせた店長に目を向けたら満面の笑みで親指を立てられた。
品物がどうあれ祝ってくれるという気持ちは嬉しいものだ。
それがたとえコンビニプリンでも。
乾いた笑いでありがとうございますと頭を下げて、食事を始める。

「私、何にもお祝い用意してなかったよ」

そう申し訳なさそうに言ってくる11に、ザックスはそりゃあそうだろうと返す。

「俺、試験の日とかいつ結果がでるかなんて一言も話してないもんな」
「…そういえば、そうだね」
「それにさ、別に祝ってもらおうとかは思ってないんだ」

祝ってくれるのもそれはそれで嬉しいけども、とりあえずは自分の成し遂げたことを誰かに知ってもらいたかっただけ、とザックスは言う。
それにしては、さっきの11の対応に不満を漏らしていたが。

「11ならさ、スッゲー喜んでくれると思ったんだよ」

いつも親身に話聞いてくれるし、任務でなかなか会えない時には心配のメールくれるし。
それに何よりもザックスの夢を知っているから。
それなのにあの反応だったから少しばかりテンション下がったとスープを飲み上げる。

「でもよくよく考えたら店の中だし、俺もタイミング悪かった」

ごめんな、と器をテーブルに置いた。
それからプリンを食べようと手に取るが、デザート用のスプーンがないことに気がつく。
動きの止まったザックスに11は察して、ちょっと待っててと厨房へとスプーンを取りに行った。

昇進を果たしたザックスの喜びは当然ながら大きいものだろう。
その喜びを素直に打ち明けられる存在といえば、友人である。
しかしザックスがミッドガルで出来た友人といえばその殆どが神羅の兵士だ。ソルジャーに昇格したことを妬む者もいるだろう。
もちろん純粋に、一緒に喜んでくれる者もいるのだろうけれどその見極めは難しい。
その点一般の友人であればそんな煩わしいことは関係ない。
思いの限り喜びを分かち合うことも可能だ。
きっとザックスはそんな思いを抱えて一般の友人のひとりである11に報告に来たのだろう。
それなのに自分の返した反応といったら、と11は溜息を吐く。

ザックスからの報告を受け、まるで自分のことのように嬉しかった。
能天気そうに見えて、でも人一倍夢に向って努力しているのを11は知っていたから。
だから本当は、その場で一緒に喜びを分かち合いたかった。
でもご新規さまを前に仲間うちで騒ぐようなことはしたくなかったし、本当にザックスの言うとおりタイミングが悪かったとしか言い様がない。というよりも、何も店の中で報告しなくても良かったんじゃないのだろうかとそんな考えも過りもしたが、ザックスのことだから嬉しさのあまりにそこまで頭が回らなかったのだろうと11は思うことにした。

さっきザックスはお祝いされたいわけじゃないとは言っていたけど、それではなんだかつまらないと11は考える。店長だってコンビニ物とはいえお祝いをあげているのだし。
スプーンを片手にザックスの元へと戻ると、今か今かと待ちわびられていた。
苦笑を零してザックスにスプーンを渡す。

「やっぱりさ、ザックス。私も何かお祝いしたいな」

おめでとうの言葉だけじゃなんか味気ないよね、と11はプリンを堪能しているザックスに話しを持ち掛けた。
気にすんなと、割と満足そうにコンビニプリンを頬張りながらザックスがそう言ってくるが11は何か欲しいモノとかないのかと尋ねる。

「欲しいモノって言われてもなー」

少し考えるように頭を捻るが、そんなに急に欲しいものなんて思い浮かぶはずもない。
試験のことで手一杯で、物欲なんてどこかに忘れていたようなものなんだから。
それでも11からまだかまだかと催促されるような視線を向けられ、これは何かしら決めてしまわないとどんなに断ったところで納得してもらえなさそうだ。
かといって適当に思いついたものをリクエストしても、せっかく祝ってくれるという11の気持ちを無碍にするようで申し訳ない。

「あー…んじゃあ、そうだ。今日、家まで送るよ。だから、それまでに考えておくから」

閉店まで後少し。
客ももう少なくなっているけど後片付けとかもあるし、待っている間にそこそこ考える時間は取れそうだ。
そう11に告げると、わかったと頷いてザックスの食べ終わった食器を片付け始めた。

「じゃ、いつものトコで待ってるから」

気をつけて来いよとザックスは会計を済ませて店を後にした。



店を出て少し歩いたところに ”いつものトコ” がある。
女の子が、仕事帰りとはいえ夜も遅い時間にひとりで出歩くのは危険だろうと、時間が合う時はなるべくザックスは彼女を自宅まで送ることにしていた。
その待ち合わせ場所が ”いつものトコ” 。24時間営業中の看板がいやに眩しいゲームセンター。
看板のとおり、24時間開いているから遅い時間に落ち合うには丁度いい。
適当に遊んで時間を潰すこともできるし、地域柄セキュリティも万全で11みたいに女の子がひとりで入店しても安全だ。
自動ドアから店内へ足を踏み入れる。

いつもなら田舎出身であるザックスにとって些か賑やか過ぎる音が耳に入ってくるのだが、今日はそんな音すら心地よい。
なんたって、憧れのソルジャーに合格した日なのだから。
こんなツイてる日には何でも出来そうな気がしてくる。
そんな高揚した気持ちを抱えたザックスは一台の筐体の前に立ち、投入口にコインを差し入れた。

11が来るまでの時間、どれくらいの収穫を得ることができるだろうか。
そしてそれを見た11はきっと驚くことだろう。
根拠のない自信に満ち溢れているザックスは、UFOキャッチャーに勤しみながら11を待つことにした。

2010/6/12





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