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In einem Eßzimmer

神羅ビル一階奥にある社員食堂。
昼時の混雑期を終えたこの時間帯は、まだ少々賑わっているとはいえ大分落ち着いたものだ。
ピーク時といえばまず席の確保に苦労する。
運良く席を抑えたとしても、食券制のシステム上注文時や注文した食事を受け取りに行くとき等、席を外した際に確保した場を奪われてしまうことがある。
ならば先に注文等を済ませてから席を確保すればいいのではないかと実践してみたものだが、なかなか空かない席に食事を乗せたトレイを持ちつつ賑わう食堂をうろつくのはなかなか至難の業だった。
人混みに揺られ、ありがたいはずの温かなスープは零れて手にかかって熱い思いをしてしまうし、アタフタと布巾を探してみるもなかなか見つからず、そうこうしている内にせっかくの出来立ての食事を冷ましてしまったこともあった。
同期の仲間がいればお互い席を守りつつスムーズに食事の流れを終えることができるのだが、そこは新米兵士、各々雑用などを任されてしまうためになかなか時間を合わすことは出来ないでいた。
食に対してこれといった拘りなんてものはない。
しかし自炊できない身にしてみれば、朝夕コンビニ弁当で過ごしている分、昼時の温かい食事はとても心身共に染み渡るもの。
たかが食事、されど食事。
親元を離れて初めて食の大切さを噛みしめることができたクラウドは、昼食にかかる時間を削ってでも温かな食事を得ることによって心の安息を手に入れていた。
ひとまず席を保持するために、神羅支給のメットを椅子に置く。
こうして置いておいたところで混雑時にはテーブルの隅の方に追いやられていたのだから、新米兵士というものは肩身の狭いものである。
だが、今は違う。
そこかしこに人は居るものの、十分な座席数に席を奪われる心配はない。
現状にひとり満足気に心内で頷き、クラウドは食券を求めて移動する。
そして<本日のおすすめ>のメニューを確認した。
メインメニューには<特大!パイ包みのシチュー>と書いてある。
それにパンとサラダ、ちょっとしたデザートが付くようだ。

(……特大……?)

無難なメニューながらも<特大>の文字が妙に気になる。
食は細い方ではないが、太い方でもない。
線が細いとよく先輩兵に言われるが、一般的な男たる食欲程度はあるものだと考えている。
それに特大と言えども所詮社員食堂、<特大>の規模もたかだが知れているものだろう。
クラウドは躊躇なく<本日のおすすめ>ボタンを押した。
販売機より滑り落ちてきた食券をカウンターへと置き、引き換えの番号札を受け取る。
それから給水器に立ち寄り、コップに水を汲んでから席に着いた。
水を一口付け、一息吐く。
カウンター上にある時計を見ると、休憩時間はあと20分程だった。
空いているおかげか食事が出来上がるまで5分位だと受け付けのおばちゃんは言っていたから、兵士待機室に戻る分を考えれば食べる時間は12、3分。
それくらいあれば食べるには充分だ。

「あっ!」

チビチビと水を飲みつつ番号が呼ばれるのを待っているクラウドの背後から、周囲の低い賑わいより一段高い声が聞こえた。
パタパタとした足音は、どうやらこちら方面に向かって来ているものらしいのだが、高い声…女の知り合いなんか、ここには居ない。
大方自分ではない奥の席に知り合いでも見つけたのだろうと、クラウドは黙々と番号を呼ばれるのを待つ。
しかし、クラウドの思惑は外れることとなった。
声の主は他の誰でもなく、まぎれもなくクラウドに用件があったらしい。
ポンと肩を叩いてきた。
関係ないものだと思っていたばかりにクラウドは一瞬驚き、振り返った。
……が、誰もいない。

(……?)

気のせいか?
肩を叩かれる幻覚を感じてしまうだなんて、無意識ながらに結構疲れているのだろうかと頭を捻りながら顔を前へと戻す。

「こんにちは」

どうやら幻覚ではなかったようだ。
目の前の座席に女が腰を降ろしている。
一般兵と言えども訓練された兵士の動体視力を上回る動きを見せるだなんて何者だ、と少々訝しんでしまうがそこは新米兵だ。
顔の動きとは逆の方を移動してきただけだと思い至るまでほんの少しの時間を要した。
それにしても、本当に何者だろうか。
見ず知らずの女に声をかけられるほど名声が有るわけでも強いわけでもないのだが。
そんなクラウドの訝しんでいる様子を女…11は察し苦笑した。

「この間は、ありがとう。ほら、あの、厨房の食洗機」

そう指示した厨房の奥。
人の行き交う厨房内をよくよく凝視して、クラウドは思い出した。
静まり返ったビル内に甲高く響き渡っていた異音のことを。
侵入者でも現れたのかと恐る恐る音のする方へと向かってみたのだが、異音は社員食堂から響いていたことに驚いたものだ。
異音に導かれるまま足を進めれば、あの厨房の奥で水濡れの女が必死の形相で管理者に連絡をしてくれと言うものだから、言われるがままに事務室に向かい連絡を入れたのだった。
それから故障してしまった食洗機を前に奮闘している女に対しクラウドはといえば為す術もなく、オロオロと右往左往するしかなく、そうこうしているうちに業者が到着したからそのまま去っていた。
そうか、彼女があの時の。

「いや…無事直ったみたいで良かったな」
「うん。本当にありがとうね。あのまま水浸しが続いてたら、危うく廊下まで浸っちゃってたかもだから」

厨房だけの被害で済んで本当に助かったのだと、心底嬉しそうな顔を覗かせている。
ただ自分は、見つけたから、言われたから通報しただけであって、それが自分でなくても他の誰かであっても結果は同じだろうと思う。
ただ、当然のことをしただけだと。
けれども、あの日から数日経った今、わざわざ声までかけてありがとうと言われて嬉しく思わない人間はいない。

「あ、私ね、11って言うの。ここの社食の社員。よろしくね」

首からぶら提げた社員証を指して、もう片方の手で11はクラウドへと手を差し出した。
握手を求めているのだろう。
あまりそういった習慣がないせいか、少しばかり気恥ずかしいが求められているのならば返さないわけにもいかない。
部署は違えど同じ企業に勤める者同士なのだし、知り合いは少しでも居るに越したことはないのだ。

「クラウド、だ」

そう短く告げ軽く手を触れた。
たったそれだけのことなのに、嬉しそうなのはなんでだろうか。

「クラウド君は、入ったばかりなの?」
「……二ヶ月前に」
「そうなんだ。そろそろ業務は慣れた頃?」
「…まぁ」
「神羅兵さんは随時募集してるもんねぇ。すぐにあっという間に先輩になっちゃうよ」
「……そうみたいだな」

それにしてもよく喋る女だ、とクラウドは思う。
口下手とまではいかないが、普段からあまり率先してコミュニケーションをとるタイプではない自分とは真逆だ。
後輩とかいいなぁ、早く欲しいなぁとやたらと羨ましがる11。
時折向けられる質問に相槌を打ちつつ淡々と聞き続けるだけのクラウドに、ようやく11以外の声が耳に入り込んできた。
番号札の番号を呼ぶ声だ。

「あ、これからご飯だったんだ」

テーブルに置かれた番号札を目にした11が立ち上がる。
それからその番号札を手に取った。

「え。…おい」
「待ってて、取って来るから。この間のお礼」

止める言葉を紡ぐ間もなく11は颯爽とカウンターへと向かって行ってしまった。
カウンター越しにおばちゃんと二、三言言葉を交わし、トレイを持って席に戻って来る。

「お待たせ、クラウド君」
「あ、あぁ、ありがとう……」

目の前に置かれたトレイに乗せられた<本日のおすすめ>品。
<特大>の文字はどうやら、見せかけだけのものではなかったようだ。
トレイの上で所狭しとその存在を主張している。
その傍らにある、通常となんら変わりないはずであるパンもサラダも控えめに映ってしまうほどに。
食べきることはできるのだろうか。
いや、食べきることは充分可能だ。
だが、その後が問題だろう。
これだけの量を腹に収めたとして、果たして午後からの業務を支障なくこなすことができるのだろうか。
目の前の食事にクラウドは息を飲んだ。

「それね、私が考案したんだ」

褒めて欲しいと言わんばかりの眼差しでもって11がそんな言葉を紡いできた。
そんな11曰く。
神羅兵は体力仕事である。
それに加えて年若い兵も多いのだから、栄養の面は言わずもがな、量の面でも勝負をかけてみたのだと言う。

「特大シリーズはね、ここぞ!という時に出すようにしているの」

社内報にも細かに目を通し、忙しくなりそうな時期にかけてメニューに出しているらしい。
これがまたすこぶる好評で、その中でもこのパイ包みのシチューは一番人気なのだという。

「社内だけとはいえさ、社員の栄養面を任されている身だから」

味の方もお墨付きだよ、と満面の笑みを浮かべてきた11なのだが、一体誰のお墨付きなのだとクラウドは心の中で思った。
パイをサクっとスプーンで破る。
その下からは湯気立つシチューが窺えた。
崩したパイ生地と共にシチューを一口食べる。

「…美味いな」
「でしょ?なんたってお墨付き……って、そうだそうだ」

ふと、11が再び立ち上がった。
そして、再度カウンターへと向かって行く。
クラウドはその間にも黙々と食事を進める。
濃厚なクリームシチューは、お墨付きお墨付きと妙に繰り返していただけあって確かに美味い。
パイ生地もシチューの湿気に負けることなくサックリ感が持続していてこちらもいい感じだ。
同じモノを飽きることなく食べ続けることができるというのはそうそうないだろう。
だが、量が多い。
あまりにも多い。
食べきった後はきっと大変だろうことは間違いない。
そんなことを思いつつサラダに手を付けていると、厨房のおばちゃんとまた言葉を交わしていた11が新たなトレイを持って戻ってきた。

「はい、これね。本当のお礼。っていってもまだ試作品なんだけどね」

そう言って渡してきたのは、小振りなワイン・グラス。
その中身はどうやらゼリーのようだ。
2/3程の下層が褐色で上層が乳白色の二層になっている。
その上に生クリームが飾られていて、ワンポイントだろうか、小さな葉が乗っかっていた。

「ありそうでなかった、神羅特製コーヒー豆を使ったコーヒーゼリーなの」

試作品といえども、どうやらこれが最終調整の予定らしく、これでOKならこのまま社員食堂のメニューに並ぶらしい。

「いいのか?そんな重要なものを俺なんかがもらって」
「全然いいんだよ。クラウド君にはあの時のお礼したかったし、これも巡りあわせってことで」

作った数もまだまだあるし、出来立て一番を渡すことができてお礼には丁度良かったと笑む。

「…じゃあ、遠慮なく」
「どうぞどうぞ」

とは言ってもまだまだシチューがあるのだからデザートは後回しだ。
まずは食事を片してから。
それからメニューに添え付けのデザートもある。
これは単なるヨーグルトだからそうそう腹を圧迫するようなことにはならないだろう。
お礼だと言っていたがせっかくの試作品だ。
午後の業務に多少苦しめられるだろうが、しっかりと食べきっておきたい。
思わぬ貴重な収穫に、クラウドは俄然食欲を刺激された。
食事のペースが早くなり、そんなクラウドの様子に11はまた笑みを向ける。

「やっぱり、成長期ってのは食べるものだよねぇ。見ててすっごい清々しい」
「……あんただって、そんなに変わらないだろ」

パンを口に運びながら、クラウドはチラリと11を見た。
年の頃は自分と変わらない…ともすれば年下にも見える気がしないでもないが、社員として働いているのだから下ということはないだろう。
同年くらいだろうと目測をつける。
となると、やはり気になるところはさっきから言われている 「クラウド君」 という呼び方だ。
呼び方ひとつに文句をつけるわけではない。
慣れていない呼称で言われるとどうにもくすぐったいというのか落ち着かないというか。
同い年ならせめて 「君」付けは止めて欲しいところだ。

「うーん、どうだろう。でも、私は女だし、もう成長期は終わってるんじゃないかな」

食べることは好きだけどね、と頬杖をつく。

「クラウド君、細いしさ。いっぱい食べて、いっぱい筋肉付けとかないと」

11はついつい、身近にいる者達の姿を頭に浮かべていた。
ひとりは同じ年だが、男であるしまだまだ成長期。
ここ最近、また一段と背が伸びた気もする。
それと出会った頃に比べると、体つきも筋肉がついてがっしりとしてきた。
頼もしい友人である。
それから彼の先輩達だ。
世間に知られたその活躍ぶりに違わず皆、たくましい体をしている。
特に彼の直接の先輩は普段から自炊しているおかげなのか栄養状態も良好のようで、いつも健康的な面立ちを覗かせている。
皆が皆彼のように、とまでは言わないが、11の理想としている兵士の姿に近い。
そんなことを頭に描いている間に、クラウドの食事は終わりを向かえようとしていた。
ヨーグルトを食べ終え、いよいよコーヒーゼリー。
どんな感想を言ってくれるのだろうかと、11は緊張する気持ちと弾む心を同居させてその時を待つ。

「11」

クラウドがコーヒーゼリーの入ったグラスに手をかけた時、11を呼ぶ声が聞こえた。
11は辺りを見渡す。

「こっちだ」

少しイラついたような、名前を呼んだ時よりも強めの口調で位置を知らせようとしてきた相手を11は食堂の入り口にて見つけた。
目が合うや否や、無言で手招きをされる。
そして11はふと思い出した。
彼と待ち合わせていたことを。

「ごめんね、クラウド君。約束忘れてた」

謝りつつ11は腰かけていた席より立ちあがった。
しかし、ゼリーの感想は聞きたい。
一口でも食べてくれたら、と11は思うのだが…クラウドは入口にて身を凭せ掛けている男に目を奪われたままだ。
それはそうだろう。
普段、一般兵にはお目にかかる機会の少ないソルジャー1stのひとりがそこにいるのだから。
しかもやたらと不機嫌そうな面立ちをして。
動きを止めているのはクラウドだけではない。
食堂にいる他の者も、大方が緊張したかのように動きを止めてしまっている。
なんとも居た堪れない空気が過ってきてしまった。
これを解消するには、彼の待ち人である11自身が出て行けばいいだけのことだ。
だが、感想は聞いておきたい。
肯定でも否定でも、いろいろな意見を取り込んで今後に生かしていきたいという11の信条。
でも、この状況の中で急かして得ても仕方がないものでもある。
落ち着いて得るものこそが11が欲しいものなのだから。
さて、せっかくの機会だというのにどうしたものか、と思考を過らせ、ふと11は思い立ってポケットから携帯を取り出した。

「クラウド君、携帯」

ほらほら、と急かし気味に声をかけると、ハッと意識を11に戻したクラウドが不思議そうに首を傾げた。

「アドレス、交換しとこう?」
「……?」
「ゼリーの感想、後で教えて欲しいの。ね?」

そう紡いできた11の申し出を断る筋合もない。
クラウドは携帯を取り出し、11の携帯とアドレスデータを交信させた。

「ありがとう。じゃあ、またね」

11は携帯をポケットに入れ、急いで待ち人の元へと向かって行った。
そしてふたりの姿が食堂から過ぎ去って行く。
それからほどなくして、食堂の中はいつもと同じ活気を取り戻していった。
クラウドは携帯画面を開く。
そこには今しがた交換した11のメールアドレスが表示されていた。
間違えて消してしまわないように、とクラウドは早速11のアドレスを新規登録する。
そして携帯を閉じる。

(……なんでソルジャーと?)

一介の社食の社員なんかが知り合いなのだろうか、と詮索するのは野暮だろうか。
そこかしこからチラホラと聞こえてくる 「やっぱりあの噂は本当だった」 という話題。
俺は知っていた、等々紡ぐ声も聞こえてくるが、そこから察するに11とソルジャーとの仲はそこそこ知れ渡っているものらしいが、まだ2か月程しかここに属していないクラウドには実感というものが湧かない。
憧れのソルジャーと、ただの社員。
不思議な組み合わせだとは思うが。
目の前のゼリーを凝視する。
それから時計へと目を向ける。
休憩時間終了まであと5分。
急いで食べれば業務時間までには間に合いそうだが、それでは11に悪い気がする。
それに感想も伝えなければならないのだから、それこそ急いで食べるわけにはいかないだろう。
クラウドは再度、携帯を開いた。
メール画面を開き、同期の兵士仲間に<腹痛により、少し遅れる>とメールを送る。
携帯を閉じ、スプーンを持つ。
これを食べて、感想メールを送ろう。
そしてちょっと仲良くなることができたら、クラウド「君」呼びは止めてもらえるよう告げてみようと思うクラウドだった。

-end-

2013/03/26 桜井さまリク





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