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幼き君 後

世間を賑わしていた、年若い兵士の話題。
小さな村にもそのくらいの情報は流れてきていた。

自分とそう年齢も変わらないというその少年兵の存在に大いに触発されたのだと思う。
アンジールの言う、村はどうするのか、親を置いて行くのか、なんて言葉は耳には入ってきていたけれど、兵士の話題ほど心を揺さぶる効果は自分には感じられなかった。
それよりも、あんな小さな村でこの先もずっとバカリンゴを作って一生を過ごすことへの抵抗もあったのだろう。
地主の息子という立場を捨てて、ソルジャーとなるべくミッドガルへと降り立ったのがもう何年も昔のこと。
なぜか一緒について来たアンジール共々、目的であったソルジャー1stへと昇進を果たした。
とはいってもここ最近は取り立てて急な案件もなく、外出することもなく神羅ビル内のソルジャー待機室と執務室の往復の日々を過ごしている。
そんな中、急にアンジールが休暇の届けを出している姿を目にした。

自分について来ただけなのかと思っていたけれど、アンジールなりに信念を持ってソルジャーになったらしく、勤務態度はいたって真面目で1stになってからはこうした空いた時間に2ndや3rdの指導に企ててみたりと熱心に働いている。
そんなあいつがわざわざ自ら休暇の申請をしているなんて何事だろうかと聞いてみたら、なぜか戸惑いの様子を浮かべながらあの小さな村に置いてきた小さな少女の名前を告げてきた。
泣かれてしまうのは嫌だからと別れの言葉も告げずに出てきてしまった。
ミッドガルに着いてからはアンジールがマメに手紙を送っていたようだし、すぐに自分たちがなぜあの村を出て行ったのかは察しはついただろう。
返事が来ないと嘆いていたアンジールの言葉に、拗ねらせてしまったのかもしれないなんてお互い苦笑を零しもしたけれど、あの見送られた時に泣顔を見なくて済んだことに比べれば自分たちにとってそんなに重大なことではなかった。
年を重ねて、大人になっていくうちにきっと自分たちのことを理解できる日がくるだろうことを信じていたんだと思う。
だから自分は手紙こそ送ったことはないけれど、年に一回、彼女の生まれた日に本を贈った。

幼い彼女の昼寝の時間によく読んでやった絵本たち。
それが影響してか、昼寝の必要のなくなった頃には自発的に彼女はよく本を読むようになっていた。
時には自分の家から何冊も持ち出して、読みかけの本を黙って持って行かれた時には続きが気になってもどかしい夜を過ごしたものだけど。
その彼女が上京してくるのだと言う。
それも明日。
なんでそんな大事なことを早く言わないんだとアンジールを責めてみたものの、アンジール自身も昨夜知ったばかりなのだという。

急いで隣接する自分の部屋に伝えに来たけれど不在。
何度も連絡を取ろうと試みた携帯も不通。
そんなアンジールの苦言に昨夜を振返ってみれば、昨日はあれだ。
女の部屋に行っていたことを思い出した。
朝はそのままその女の部屋から出社したのだからアンジールと顔を合わせることがなかったのは当然だったと思う。
少しばかりのバツの悪さに自分も慌てて休暇の申請に行ってみたが即刻却下されてしまった。
なんでも明日は社長の護衛の仕事が入っているとかで、アンジールの休暇届もギリギリの所で受理されたのだとか。
そんなものはあの男ひとりでも充分だとは思うけれど、流石に社長の護衛ともなれば無断でサボるなんてこともできない。
仕方なしにアンジールひとりに彼女の迎えを託す事にした。
しっかりと、見落とさないよう、迎えそびれることのないように念を押して。




それから現在に至る。
ここは自分の部屋の隣にあるアンジールの居室前。
社長の護衛任務は幸運にも昼過ぎには終了した。
早々に神羅ビルに戻って、セフィロスが報告書を書き上げるのを今か今かと待ちわびているも相変わらずなマイペースさに、セフィロスから取り上げて自分が変わりに報告書を仕上げて統括に提出をした。
自分も面倒な書類の類は得意ではないからいつもならゆっくりと仕上げる方だ。
それが今日に限って今までにはない早さを見せたものだから統括はともかく、セフィロスも怪訝そうな面立ちを覗かせていた。
だがそんなものは気にしていられない。
やることは果たした。
後は急ぎの任務もないことだしと、珍しくも楽しみにしていた定時を知らせる時報に浮き足立って帰宅をしてきたのだが何分久しぶりの対面とあって自分らしくもなく緊張している。

頭に浮かんでくるのは別れた時と変わらない幼い姿の彼女ばかり。
あれ以来帰郷もしていないし、成長した彼女の姿を知る術は写真でも手に入れない限り無理なのだから当たり前の話だけど。
そう思うと写真のひとつくらいは寄越してくれても良かったんじゃないのかと今更ながら筆不精なのか…拗ねた可能性の方が高いけれどアンジールの手紙に返事のひとつも寄越さなかった彼女が少しばかり恨めしい。
女は化ける。
ここに来て、それは嫌と無く見てきた。
でもそれも面白いものと捉えれば楽しめることだし、ここでの生活に慣れてくるうちにそれが当たり前のこととして身に染み付いてきた。
お陰で女に不自由したことはない。
だがそれが彼女に当てはまるのだとしたら話は変わる。
赤ん坊の頃から面倒を見てきた、言わば妹ともいえる存在だ。
あんな田舎から出てくるとはいえ、年の頃はそろそろ多感な時期に入っているのだろうし思い出の中の彼女と様変わりを果たしていたらと思うとなかなか家のインターホンへと手が伸びない。
しかし何時までもこうしているわけにもいかない。
意を決してインターホンを鳴らす。
どうか彼女があの時の面影を残しているよう期待を込めてしばらく待っていると、玄関の鍵が開けられる音がした。
瞬時に鼓動が高まる。



しかし扉から覗いた顔は彼女ではなくアンジールだった。
ここはこいつの家なのだから家主を差置いて彼女が出てくることはないのだから当たり前だけど。

「遅かったなジェネシス」
「まぁね。忙しかったんだよ、誰かさんが急に休んだお陰でね」

そう虚勢を張って中に入ろうとした瞬間に足をドアに思いっきりぶつけてしまった。
来慣れている場所で自分らしくない失態にアンジールが驚いたようにこっちを見やってきた。

「もしかして…緊張しているのか?」

アンジールの言わんとしていることはなんとなくわかる。
今までさんざん女を変えてきた自分が、たったひとりの妹ともいえる幼馴染如きに緊張しているなんて信じられないのだろう。
自分でも意外で不思議で仕方ないのだけど緊張しているのは紛れもない事実だ。

「おかしけりゃ笑えばいい。たかだか16の小娘如きに会うのを躊躇してるなんて自分でも滑稽だ」
「いや。それが自然なんだと思うぞ。俺なんか急展開すぎて緊張する間もなかったんだからな」

おまえが羨ましいよと苦笑を零すアンジールの視線を背後に受けて、そのままリビングへと足を踏み入れた。

「あ、お帰り。ジェネシス」

ソファに腰掛けてそう軽く手を振ってきた11の姿を視界に留める。
成長している、とはいえ未だ少し幼さの残る面立ちはあの時の面影を僅かに残している。
特徴的だった寝癖もそのままだ。
自分のあの杞憂はなんだったのだろうかと思えてくるほど、相変わらず純朴そうな、擦れることなく育ってきたのだという様子が一目で把握できた。

「11、寝癖」

感動の対面なはずなのに変わっていない11の風貌に緊張も解れ、いつも通りに毛先を引っ張る。
痛いと苦言を漏らして手を払いのけられるのもいつものこと。
そのあとはアンジールが仕方ないやつだと溜息を吐きながら11の髪を梳いてやっていたっけ。

「それで、何しにこんな所まで来たんだ?」

観光か何かかと尋ねると11が首を振り返してきた。
その様子にアンジールが思い出したかのように一枚の手紙を差し出してきた。
手紙に書かれている一綴りの文章。

”娘をヨロシク”

たったそれだけの簡潔なる言葉にアンジールに目を向ける。

「なんでも、こっちに進学を決めてきたようだ」

そうアンジールが呆れとも諦めともとれる深い溜息を吐いた。
あの村では高等な教育を受けることはできない。
そのことは自分たちも知っている。
だから基本的な学習が終わってその先を考えるとなれば、各々の家業を継ぐか村を離れて進学するかなのだが。
なにも人の喧騒うずまくこのミッドガルを選ぶこともないだろうとはアンジールの言葉だ。

世界一を誇る大都市なのだからそれに呼応するように人口密度は高い。
人の集まる所は栄えるとともにその分諍いも起こりやすいものだ。
それになによりここミッドガルは神羅の本社を構えている。
進学のためとはいえそんな危険な街にわざわざ居を構えなくても、とアンジールは言いたいようだけど。

「別にいいんじゃないの。11の決めたことなんだし」
「ジェネシス、しかし…」
「それにおじさんおばさんだって、俺たちがいるからあえて11をここに送り出したんじゃないのか?」

そう、さっきの手紙をひらひらとアンジールに掲げてみせる。
自分たちの今の立場だってアンジールの手紙からわかっていたのだろうし、もともと昔からそうだったじゃないか。
なにかあれば11の面倒は自分たちが担ってきた。
それが成長を果たした上でまたもとの関係に戻っただけなのだとアンジールに告げれば観念したかのように 「わかった」 と一言頷いた。

「ジェネシスならそう言ってくれると思ってた!」

そう11の顔が明るいものと変化する。
きっと自分が来るまでの間、アンジールから事の成り行きの無謀さについて説教でも喰らってたんだろう。
そんなところも昔を髣髴させて自然と笑みが漏れる。
いつだったかアンジールが言っていた。

”最終的にはいつもお前に持っていかれる”

そんな言葉を現すかのように今もアンジールが 「飯でも行くぞ」 なんて言いながら少しばかり恨めしげな視線を送ってくるけど、それだっていつものことだ。
アンジールに続いてソファから立ち上がり玄関へと向う11に目を向ける。

幼き君は成長して、こうして自らの意思で自分たちの元へと赴いてきた。
これから先も彼女は成長していくだろう。
そして赤ん坊だった君が両足で立ち上がりひとりで歩くようになったように、いつかは自分たちの元から独り立ちする時が訪れるんだ。
まぁ、そんな時が訪れたらまたアンジールが余計な口出しをし兼ねないけれど、とそんなありありとした様子が頭を過って思わず口元が綻ぶ。

「ジェネ、なんか言った?」
「ん?いや。今日はアンジールの奢りだってさ」

そう確定もしていないことを口にするとまたしてもアンジールが深い息を吐いた。
でも否定はしないらしい。
自分から食事に出掛けると言い出した以上拒否しようもないのはわかってたけどね。

「さ、11。なに奢ってもらおうか」

11がまた自らの意思で持って自分たちの元を去って行く時まで。
それまでは再びこうして昔のように三人で過ごすことを楽しむのも決して悪くはないだろう。

-end-

2010/8/31





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