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12

暑い日差しが照りつける日々が過ぎ、時は秋への入り口にたっていた。

怪我を負ったジェネシスは、一週間程の安静期間を与えられていた。
件の出来事を知る者は、当事者であるソルジャー1st達以外に、ソルジャーを取り仕切る役目にある統括、ジェネシスを治療したホランダー。
その他に、救護室に辿り着くまでに出会った休日出勤中の一般職の社員数名と11だけだ。

決して短くないジェネシス不在期間であるが、そもそも1stの勤務状態自体不規則なものであり、姿が見えなくても一般社員が気にすることはない。
ソルジャー2nd以下の兵達も、規模の大きな任務以外ではそうそう1stと行動を共にすることはないのだから、気にする者はいない。
それに加えて統括より一応の閉口令が告げられていた甲斐もあってか、ジェネシス不在の疑問も負傷の事実も浮かび上がってくることはなかった。

そんな一連の出来事からしばらく後の早朝、11はいつもの業務をこなすべく神羅ビル各階層にてコーヒーポットの設置を行っていた。
その一角である、ソルジャーの控える階層にももちろん訪れる。
すっかり慣れた手つきで一作業を終えたところで、ふと11の目に久しぶりに見かける姿が映った。

「ジェネシスさん、お久しぶりです」
「……あぁ、11か」

給湯室前を通り過ぎようとしていたところでジェネシスは立ち止まった。
ジェネシスにとっても11と顔を合わせるのは久しぶりだ。

「復帰してたのはアンジールさんから聞いてたんですけど、お元気そうで良かったです」
「あのくらい大したことじゃないさ。ただ周りが煩かったから甘んじて休んでいただけで」

輸血が必要なほどの出血だったにも関わらずのこの言い様に、11は本当に元気になったようだと顔を綻ばす。

「お見舞いのあれも、喜んで貰えたようで」

11はアンジールの言葉を思い出す。
本当なら療養先であるジェネシスのマンションへとお見舞いに行きたかったのだが、それはアンジールに止められていた。
いや、アンジールと一緒に行くのならばと約束をしてはいたのだが、1stひとり欠けた穴埋めをするべく奔走するアンジールと時間の都合がなかなかつかずにいたのだ。
それならばと、療養中の身でも負担にならないような一品を作ってアンジールに届けてもらっていた。
後日アンジールより 「美味そうに食っていたぞ」 との言葉をもらって、ほっと胸を撫で下ろしたものだ。

「あれか……」

言葉を漏らし、ジェネシスは何か思案するかのような目を11へと向けた。
こうやって、ジェネシスに凝視されることはいつものこと。
当初こそ緊張しきりの11だったが……。
どうもソルジャーというものは相手の顔をしっかり捉えて話す癖があるようだと気が付いた。
ザックスやカンセル辺りはまだあまり長い間相手の顔を見続けるということができないようだが、ジェネシスは言わずもがな、アンジール然り、少ししか話したことはないがセフィロスも対単独の話し相手となるとしっかりと目を合わせ続けてくるのだ。
顔は口ほどにモノを言うと言うし、きっと表情から相手の何かを掴んだりとかいろいろそういった事情があったりで訓練されているものなんだろうという認識が生まれてからは、それほど緊張することもなくなっていた。

「確かに美味かった。けど」
「けど?」

言葉を切ったジェネシスを見上げ、11は首を傾げる。
美味かったと本人の口から直接聞けたのなら、味の方は問題ないのだろう。
周囲が言うには、味にうるさい人物だということなのだし。
それに今回はお見舞いの品ということもあって、見た目にはいつも以上に充分気を使った。
包装だってそれなりに見えるようキレイに包んでみたのだが、それが趣味に合わなかったのだろうか。
もしかして、アンジールに持って行ってもらう道中に予想外の揺れが起こったりなんかして型が大きく崩れていたのでは……。
等々、11の頭の中は予測で埋め尽くされていく。
そんな11を見やりながら、ジェネシスはぽつりと零した。

「リンゴが気に入らない」
「は?」
「違うな。リンゴの品種が気に入らない、か?」

「か?」と聞かれても困るところである。
11が作った見舞品は、いわゆる”リンゴのコンポート”
白ワインと少量のハチミツでリンゴを煮込むだけの至ってシンプルなデザートだ。
それでも、見た目を美しく整えるために煮崩れしないよう、かつ、味がしっかりとしみ込むようひと手間かけた一品だったのだが、まさか品種が気に入らないと言われるとは思わなかった。
確かに実りの秋には今少し早い時期ではあるが、市場に出回り始めている、問題のない品種である。

「ジェネシスさん、リンゴが好きなんですか?」

そもそも今までだって季節の果物を使った品を何度か食べてもらっていたが、品種がどうのこうのとは言われたことはない。
なのに、今リンゴの品種に拘りをみせたということは余程大好物なのでは、との11の推測だ。

「嫌いではないよ。ただあの品種じゃなくたって、他に適当なのがあるだろ」
「はぁ…、他の……」
「あんた、本当に料理人目指してるのか?」

煽る様な笑みを浮かべてきたジェネシスに、暗に勉強不足だと言われたような気がして11はムッとする。

「そっ、それくらい知ってます。あれでしょ、バノーラ・ホワイト」
「そうそう。バカリンゴ」

よくできました、と言わんばかりにジェネシスは11の頭を撫でる。
それもまた11にとっては馬鹿にされているように感じられ、ジェネシスの撫でる手から逃れるように身を引いた。

「バノーラ・ホワイトは手に入らなかったんです。なんでも、産地の労働者高齢化の影響らしいですけど」

産地の名を冠した ”バノーラ・ホワイト”
バノーラ地方でしか収穫できず、季節を問わず実をつける特性から ”バカリンゴ” と呼ばれることもある品種だ。
深い紫色といった表皮の毒々しさとは裏腹に、真っ白い果肉は甘味と酸味がほど良い加減で ”バノーラ・ホワイト・ジュース” なるものとして発売されているほど人気のある品であった。
しかしもともと小規模な農村でしかなかったため市場に出回る量は知れたものなうえに、11の言うとおり、産地における労働者の高齢化のために最近は入手困難な状況になってきている。

「そのうち手に入ったら、またお作りしますよ。なんか腑に落ちないですし」

確か取引先リストにバノーラの文字を見かけたことがあったと11は思い出す。
もしかしたらバノーラ村の全盛期のころにでも主要先として抱えていたのかもしれない。
それならば連絡を付けてみて、少々の融通を聞いてもらえるよう交渉してみる価値はある。
ある程度数量を確保できるのであれば、数量限定デザートとして食堂にも並べられるのだし。
食堂で出すのなら、付け合せは生クリームではなくバニラアイスがいいんじゃないだろうか。
温かいコンポートに冷たいアイス、それからそれから……。
11の少々の意地は、だんだん仕事方面へと傾いて行っているようだ。
ぶつぶつと呟き始めた11の様子に、何事にも真面目に取り組んでいく性格だということは、短い付き合いながらジェネシスもよくわかっていた。
第一あの堅物のアンジールが気に入っているのだし、ジェネシスの認識は間違いではないだろう。
とはいえ、朝のこの貴重な時間、しかも1stである自分を前にして仕事に思考を奪われるのは気にいらない。
そう思ったジェネシスは、やや俯き加減に思案に暮れる顔を自分に向けさせるべく11の頭を鷲掴んだ。

「わっ、なんですか!?」
「快気祝いに作り直してよ。バカリンゴでさ」

驚きに瞬く11の目に、笑顔のジェネシスが映る。

「それは全然いいんですけど、肝心のリンゴがですね」
「リンゴなら俺が用意する」
「そんなことできるんですか?」
「俺を誰だと思ってんの?」

確かに取引があった経緯からバノーラ村は親神羅派かもしれないし、それならソルジャー、それも1stのジェネシスからの依頼であればリンゴのひとつやふたつと言わずに、準備してくれるのかもしれないが……。

「だから11の家でご馳走してよ。出来立てのほうが美味いだろうし」
「え、いや、それはダメですよ。アンジールさんに家に上げちゃダメだって言われてるって何度も言ってるじゃないですか」

要は室内で二人きりになるなと言う事なのだろうが、そう言っているアンジール自身は何度か11の家に訪れていることをジェネシスは快く思ってはいない。
なんで自分は駄目なのか……アンジールの言わんとしていることはジェネシス自身察してはいる。
が、あいにく11は気がついてはいない。
単に虫が苦手だからと思っているのだから、とんだお惚け者だ。

「虫ならアンジールのやつで耐性ついた。俺のマンションだと隣が気になるし、でも俺は出来立てが食べたい」

なら11のアパートしか選択肢はないじゃないかとジェネシスは屁理屈を述べる。

「うーん…、……。ここの社員食堂とか」

申請しておけば休日も厨房は使わせてもらえるし、人目にも着き難い。

「それで祝おうっていう気はあるのか?」

ジェネシスの言うとおりだ。
苦肉の提案とはいえ、流石に祝いと名のつくことに社員食堂はどうだろう。
それも休日、閑散としただだっ広い空間で。
だからといって平日では他の社員の目もある。
1st相手に悪目立ちするような個人的な行為は避けたい。
そうなると、選択肢は狭まってくるが……。

「あ、アンジールさんが一緒なら私の家でも」
「却下」

ふと思い返せば、ジェネシスはふたりでとは一言も言っていなかった。
そう思い至った11は、とんだ勘違いをしたものだと朗らかにそう告げたのだが即答で却下である。
ジェネシスとしてはそもそも隣が気になると言っている時点で察するだろうと思っていたのだが、とんだお惚け者にはそれは無理だったようだ。
ならばとジェネシスは続ける。

「ふたりがいいんだよ」
「なんでですか」
「ふたりきりじゃないと出来ないことだってあるだろ、いろいろと」
「……」
「……」
「……。……いやいやいやいや、ないですってジェネシスさん、それはないです!」

しばしの間のあと、何かに至ったのだろう。
焦った面立ちに、顔を赤らめた11が必死に否定する。
ジェネシスの予想する反応そのままであったが、実際目の前にすると思いのほかツボに嵌まってしまい笑いが込上げてきてしまう。

「冗談だよ、冗談。落ち着けよ」
「わかってます!きちんと身の程は弁えてるんで!」

冗談にしたって、言っていいことと悪いことがあるのだと云々、11は未だ火照りの治まらない顔を俯ける。

「冗談はともかく、ふたりがいいってのは本当」
「…だから何でですか」
「そうしたいと思ったから」
「だから……」
「だから?」
「……」
「……」
「…………はぁ」

このまま肯定の言葉を出すまで延々と問答が続きそうな雰囲気に、11の口からは思わず溜息が漏れた。
11が何を言ってもジェネシスは聞く耳を持たないだろう。
自分がしたいように動く男だということも、短い付き合いながらも11の知るところだ。
それに、嘘をつくような人間ではないことも知っている。
冗談だと言ったことは本当だろうし、ふたりがいいってことも本当だろう。
それがなぜなのか教えてくれないことは解せないが……少しは妥協するしかないのだろうか、と11は結論付ける。
アンジールからの言葉は忠言程度のもので絶対ということではないのだし、それでも若干の後ろめたさはあるが……。

「…じゃあ、アンジールさんには絶対内緒ですよ」
「わかった。リンゴが手に入ったら連絡する」

自分の意見が通ったことに満足したのか、ジェネシスは機嫌良さそうに11の頭を軽く撫で、給湯室を去って行った。
妙な約束をしてしまったものだ、と一息ついた11は給湯室の壁にかかる時計に目をやる。
時刻は8時を迎えるころだ。
始業時刻まで時間はあるものの、周らなければならない箇所はまだまだある。
11は止まっていた作業の続きをこなすべく、ワゴンを押して急いでエレベーターへと向かった。

2014/02/07






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