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11

11の所属する栄養調理課は、基本的に休日出勤はない。
だから一週間のうちの週末は必ず休暇となる。
しかしそれは ”基本的に” というだけであって、当然ながらに例外もある。
メニュー開発もその例外のうちに当て嵌まるもので、定時内だけではなく定時外を使った残業でも可能は可能だが、腰を据えてやりたい時などには時間のたっぷり使える休日は都合がいい。
調理課という性質上、新メニューの試作等、家の台所では賄いきれないことなどビルの厨房を使えることは大いに助かるものであり、かつ社員の食事のためという大義名分の下一応の出勤手当も出る。
といっても微々たるものでしかないが、出ないよりは気持ち的にも捗るものだ。
もちろん11は手当てが出る出ないに関わらず、厨房が使用可能というだけで何度か休日に利用させてもらっていた。
そして特に予定もなかった今日も試作に一日を費やそうと考えていたのだが……。
昨日のポット回収後のことだ。
休みとなる今日の為に、昨夜食洗機に回収してきたポットを設置した。
設置自体はポットを入れ替える度にそれこそ毎日行っていることであり、手慣れたものだったのだが……アクシデントが起こってしまった。
急遽鳴り響き始めた警戒音に、作動を止めようとスイッチを押しても押しても動きは止まらない。
狼狽えている間にも洗浄機はけたたましい音を響かせながら動き続け、とうとう洗浄のための水まで漏れだしてきてしまった。
余計に混乱してしまった11はなす術もなく、ただ一心不乱にとりあえずは抑えなければと水の漏れている箇所を手で押さえてみたのが、それはさして効果などはなかった。
そうこうしているうちに、厨房にひとりの兵士が現れた。
鳴りやむことのない警戒音を不審に思い見に来たのだという年若い兵士。
今期入社した中では11が一番年少だと聞いていたのだが……あぁ、11は一般職であり、兵士等は随時募集だったかと、どうでもいいことを思いだした。
思い出したはいいが、今はそんなことは関係ない。
とりあえず少年兵に、課長に連絡を取ってくれと11は頼んだ。
連絡先は、調理課事務室の電話脇に一覧があるからと。
そうして連絡を取り次いでもらい、業者の手配も課長により行われて駆けつけてくれた業者により11はようやく食洗機から解放された。
ずぶ濡れになった姿は情けなくあり心地も悪いのだが、まずは少年兵に礼を言わなければと、業者の者に食洗機を託しつつ辺りを窺ってみたのだが、すでに持ち場に戻ってしまったのか少年兵の姿はもう厨房内には見つけられなかった。
そんな状況に肩を落としつつも同じ企業に勤める者同士、また会うこともあるだろう。
大所帯の神羅ではあるが、彼の金髪は目立つものだったし、なにより独特なクセ毛だろうか、あの髪型はそうそういないだろうからきっとすぐに気が付く。
その時にお礼を言えたなら、と11は食洗機の方へと意識を戻した。

業者の修理は簡易的なものであり、きちんとした修理には部品が必要だという。
しかし、定時の時間はとうに過ぎており、時間も時間ということで翌日となる今日、部品交換をすることとなった。
その為の立会いに、11は早朝より神羅ビル厨房へと赴いていたのだ。
部品交換は滞りなく終了し、試運転も問題なく済み、昼に差し掛かる頃にはようやくポットの洗浄も終えることができた。
これで午後からは心置きなく試作に励むことができると11は一旦一息を付けに行こうと通用口へと向かう。
社員用玄関となっている裏口よりビル外に出ると、通りを行き交う人々の姿が目に映った。
ゆっくりと、散歩に勤しんでいる家族連れ。
楽しそうに寄り添いながら語らう恋人同士。
それから賑やかしく数人でつるんでショッピング街へと向かう学生風な者達。
夏も終わりを向かえる頃合いだ、夏休みを満喫しているのだろうと11は懐かしさに目を細める。
懐かしい、といっても夏休みを堪能していたのはまだほんの一年前だけれど。
進学先に悩み、その悩みから解消された後は本当に怒涛の如く日々は過ぎ去って行った。
自分の希望になるべく見合った働き先はないかと、何度も進路指導室に通ったものだ。
あの時の自分は、まさか神羅に勤めているだなんて思いもよらなかったことだろうが……。
近くの商店にて小腹を満たすための菓子類を購入して、11はまだ暑さの残る外気の中神羅ビルへと向かった。

再びビルの裏手にある社員用玄関よりビル内へと入る。
日陰となる内部は暑さに火照った体に心地よい。
警備員と軽く挨拶を交わして、11は厨房へと向かうのだが……なんだか慌ただしい様子が廊下奥より聞こえてきた。
何かあったのだろうかと、いつもなら気にも留めない事態なのだが今日は休日である。
静まり返ったビル内部の喧噪はいやに耳に着くものだ。
そしてその中に、聞き覚えのある声音が聞こえてきたのだから、何となく、足を向けてしまった。
廊下の分岐地点より、人声のする方へと進んで行く。
すると、案の定聞き覚えのある声の主……アンジールとジェネシスの姿があった。
そして、もうひとり。
アンジール、ジェネシスと同じく……いや、同じではあるが一線を画するソルジャークラス1st、セフィロスの姿があった。
生英雄だ……とひとり感激する11だったが、何やら三人を取り囲む雰囲気が物々しい。
いくら同じ1stであるアンジール達と親しくさせてもらっているとはいえ、雰囲気も然ることながらあの英雄がいるともなると流石に声はかけ難い。
だから、眼福眼福良いモノを見れたものだ、とその場を去ろうとしたのだが。
廊下に点々と付着している液体。
その色は赤く、アンジール達の下へと繋がっているのを見つけてしまった。

「……血?」

11が呟いた言葉は思っていたよりも大きなものだったらしく、静かな廊下に程よく響き三人の耳に届くには充分なようだった。

「11か。どうした、こんなところで」

声に振り向き、11に気が付いたアンジールがそう声をかけてきた。

「いや、あの……、休日出勤で…。……誰か、怪我してるんですか?」

見つかるつもりはなかったのだが、気が付かれてしまっては仕方がない。
11は廊下を進みアンジール達の下へと進んで行く。
そうして進んで行った先は救護室と書かれたプレートのかかった部屋の前だった。

「あぁ、こいつがな。……少しやり過ぎた」

そうアンジールが視線を向けたのはジェネシスだ。
表情は至って普通なのだが、アンジールに支えられるようにして凭れている。
そしてその腕を伝う体液は、どうやら肩より染み出ているものらしい。
手で押さえてはいるがぽつぽつと止まることなく下げられた左手の先より廊下へと滴っている。

「でも、少し…って量じゃ……」
「少し、だよ。遊びが過ぎただけさ」

なぁセフィロス、とジェネシスの視線がセフィロスへと注がれた。
そんなジェネシスの視線を受けセフィロスからは、そうだな、の一言のみに留められる。
わざわざ救護室に足を運んできているということは、戦闘で負った傷ということではないのだろう。
それにソルジャー1stが三人も揃っていて、ここまでの怪我を何者かに齎されるだなんて考え難い。
一体何があったのだろうか。
不思議に思い、差し出がましいがこの状態を見てしまった以上聞いてみようかと11が口を開きかけた時、廊下奥より人の走ってくる音が聞こえた。
腹の出ている髭面のその人物は、身なりはみすぼらしいが白衣を纏っていて、11に昨日会った宝条を思い出させた。
宝条と同じ、科学者なのだろうか。
年の頃から見れば何か役職に就いていてもおかしくはない感じなのだが、見覚えがない。
まだまだ知らない人物ばかりだと思っている11を他所に着々と話は進んでいたようだ。
白衣の人物とジェネシスが救護室の中へと入っていった。
続いて、付添が必要なのかアンジールも中へ入ろうとするのだが。

「あ、アンジールさん」

11は思わず腕を掴み呼び止めてしまった。
理由はない。
ただ、なんとなくだ。
これからジェネシスの治療が始まるのだろうに、一体何がしたかったのかと11は口を堅く結ぶ。
ジェネシスが心配であるのは当然なのだが、しかし大丈夫なのかとアンジールに聞くのはお門違いな気もする。
大丈夫かそうでないのかは当人、あるいは診る者にしか判断はつかないことなのだから。
しかしそんな11の様子を察したのかアンジールは苦笑を漏らし、11の頭を撫でやった。

「大丈夫、だ。ただ少し、輸血が必要らしいが…俺のが使えると言うからな」

すぐに終わる、と11の頭をポンと一撫でして救護室は閉じられた。
アンジールは大丈夫だと言っていた。
それは11の心配そうな面立ちを憂慮して、気休め程度にかけてくれたものなのだろうけど…それでも11の胸は少しばかり軽くなっていた。
たったひとつの大丈夫という言葉。
でもそれはアンジールというジェネシスをよく知る人物が放った言葉だからこその効果である。
そして言葉に出せなかった11の気持ちを汲んでくれたアンジールの優しさだ。
どうして彼はこう、いつもいつも自分のいたらない思考を晴れさせてくれるのだろうか。
単調で単純で、優柔不断な節のある自分を叱ることなくそれとなく悟らせてくれて。
そもそも彼の助言がなかったら、今自分がこうしてここにいる状態なんて有りえないことだっただろう。
ともすれば悩みぬいた結果未だに道も定まらずにフラフラしていた可能性だってあったのだから。
ああいったさりげない気配りをしてくれるだなんて、アンジールみたいな大人の男の人って素敵だ。
ザックスももうちょっと落ち着いてくれるとちょっと好みかも…などと心配事を一瞬頭の隅に追いやりそんな思考に耽っていたのだが、ふと、隣に立つ人物を11は思い出した。
アンジールは救護室の中へと行った。
しかし、もうひとりのソルジャーは廊下に残ったままだ。
中に入らず、佇んでいるのはセフィロス。
思い出しついでに11はそっと隣を窺う。
すると、あろうことかセフィロスと目が合ってしまった。
そしてそのまま目を反らす、なんてことはできるはずもなく、ジッと見つめられ、反らされぬまま11の身は硬直してしまう。
反らしたくても反らせない、まさしく蛇に睨まれた蛙状態。
このまま視線で殺されるのでは……と思えるほどに突き刺さる視線がとても痛いのだが。
なんとかこの居た堪れない場をどうにかしたい。
そうだ何か会話を、と11は思考を巡らせるが……これといった話題もなく。
何といっても初対面……いや、11はかねがねセフィロスの活躍を新聞なりニュースなりで知ってはいるが、セフィロスからしてみれば誰だコイツである。
だからここはひとまず、挨拶だろうか。
それにしては先ほどの一連からのセフィロスの存在無視っぷりからして今更な気もするのだが…逆に今更何だと怒られてしまったらどうしようか。
そんなことで怒るような人物だとは思わないが、相手は英雄。
11の知る中で一番我儘でプライドの高いあのジェネシスでさえ一目置いている人物だ。
何が起こるかわからない。
あぁ、どうしようか、……でもやっぱり人として挨拶は大事だろう、と結論付け、気持ちを奮い立たせて11は口を開いた。

「11と言ったな」

開いたのだが、先に言葉を紡いだのはセフィロスの方だった。
僅かに開いた口が少しばかり恥ずかしいが、聞かれたことには返答だ。

「あ、はい。あの、初めまして、ですね」
「あぁ。だが話だけはあのふたりからよく聞いている」
「は、話ですか……」

一体何を話されていたのだろうかと11は頭を抱えたくなる。
アンジールはまだいい。
11にとっては紳士だし、変なことを言う事もないだろう人物であるのは確かだ。
だが、問題は今治療を受けているジェネシスだ。
日頃からからかっているのか何なのか、顔を合わせば良くも悪くも絡んでくるような人物である。
未だにタッパ詰めの事も話題に出してきたりするのだから性質も悪い。

「えぇと、あの…おかしなこと、言ってませんでしたか?特に、ジェネシスさん辺り……」
「おかしなこと、とは……あぁ、タッパがどうとかか」
「ああっ、やっぱり言ってるし!」

11はセフィロスの視線もなんのその、あまりの居た堪れなさに頭を抱えその場に蹲る。

「差し入れとはいえ見た目も気にするべきだ、とか言っていたな」

追い打ちをかけるようなセフィロスの声に11は益々居た堪れなくなってきてしまう。
しかし、よくよく考えてみればセフィロスはそのタッパ詰めの差し入れを目にしたわけではないのだ。
話しに聞いただけであって、あの見た目の散々なモノは目撃されていない。
ならば、ここまで辟易することもないのだろうが……やはり一応まだまだ年頃の乙女である。
知られたくない情報をあの英雄の口から聞いてしまったという事実だけで大ダメージだ。

「あまり気にするな。美味いと褒めてもいたんだ」

まさかのフォローの言葉である。
咄嗟に11は顔を上げた。

「タッパ詰めでも、味は確かなら問題ないのだろう?作り手としては」
「はぁ、そうですね…。おっしゃるとおりです」

笑われていたのだと思っていたのだが、どうやら違うらしい。
セフィロスの面立ちは至極真面目で、どちらかといえば頭を抱え蹲ってしまった11の行動を案じているかのようだ。
そんなセフィロスの思わぬ様子に少しばかりの安堵を覚え、11は立ち上がる。

「すいません。お見苦しいところを見せてしまって……」
「いや。それにどちらかというと、俺はそのタッパ詰めというものが見てみたい」
「……は?」

タッパ詰めを見てみたい。
英雄の口から齎された言葉に11は首を傾げる。

「食べ物と言えば皿に盛りつけられたものを常としてきたからな。興味がある」
「えぇと…でも、見た目、本当にどうでもいいカンジなんですよ?」
「美味ければそれでいいだろう」
「はぁ、まぁそうなんですけれど」

と、紡ぐ11を興味深そうに眺めるセフィロスにはどう対処するべきなのか。
これはあれか。
今度差し入れしますタッパで、とでも言えばいいのだろうか。
しかし、差し入れなんてセフィロス程になれば其処彼処から送られてくるんじゃないだろうかと、ふと、思い出した。
神羅……主にソルジャー達に向けてのものだが、神羅宛に送られてくる品物はある程度検品されていることを。
その中には手作りの菓子類やら何やらあるのだが、それらは危険かもしれないということで破棄されている。
ということは差し入れの類は直接本人に手渡したものだけが残るということだ。
11がザックスに渡したように。
ならばなかなか手に入れることは出来ないだろう。
セフィロスともなれば一般の目につくこともそうそうないことなのだろうし尚更だ。

「……じゃあ、今度何か差し入れしましょうか?あの……タッパで」
「あぁ。頼む」

問いかけに速攻返事を返してきたセフィロスの声音が心持ち嬉しそうに感じてしまったのは幻聴だろうか。
たかだか数分話しただけなのだから何とも判断しようがないのが些かもどかしい。
そして宝条に続いてセフィロスへも試作品を贈呈することになったわけだが……一体何を作ればいいのか。
しかし、あれやこれやと試行錯誤することは楽しいこと。
しばらくは試作品作りに帆走するのも悪くはないかも。
そんなことを考えながら未だ救護室から出てこないアンジールとジェネシスを待つ11だった。

2012/7/17






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