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10

本日は週末である。
週末と言えば一週間の終わりであり、翌日となる明日は学校はもちろんのこと、買い物客で賑わうサービス業を除いたほとんどの企業は休日となる日である。
それは神羅カンパニーにとっても同じことで、常に稼働が必要な専門部を除いた一般職に置いては休日となり、11の所属する栄養調理課も休日だ。
明日の予報は晴れだと聞いた。
何をして過ごそうかと、さして予定のない11は明日の過ごし方について模索しながら終業の知らせを耳に受けていた。
知らせが鳴り終わり、11は書類を書いていたペンを置いて体を解すように伸びをする。

「さて」

11は椅子から立ち上がり、事務所を抜けて厨房室へと足を向けた。
厨房の一角に置いてある配送用のワゴン。
入社した当初は何の変哲のない、ただの銀のワゴンだった。
それが数ヶ月経った今や、所々にシールが貼られて密かに賑やかしさを醸しだすものとなっている。
そんなことを仕出かしたのは、11の友人であるザックスだ。
コーヒー配送時に出くわしたザックスが、11とワゴンを見るなり 「何か、味気ないな」 と漏らした感想からそれは始まった。
その時なぜかザックスが持っていたジュノンのご当地シール。
地名だけではなく可愛らしいイルカのイラストが描かれたもので、それを何の気なしにザックスはワゴンに貼り付けてきたのだ。
味気ないも何も仕事の用具なのだから、とさして普通にワゴンを受け入れていた11にとっては堪ったものではない。
課長に怒られてしまうとザックスに剥がしてくれるよう頼むも、ザックスは大丈夫だって、の一点張り。
他人事だと思って……と11自身剥がそうとしたのだが、シールを剥がすにもなかなかにコツがいる。
下手に剥がそうものならとんでもない参事が待ち受けているのだ。
早朝この時間、コーヒー配りという仕事があるのだし、ゆっくり剥がしている時間はない。
仕方なしに一旦シールはそのままに仕事を始めた11だった。
そして日課となった仕事を終え、厨房へと戻ってきたところで丁度出社してきた課長と会ってしまった。
課長の視線が自ずとシールへと釘付けになる。
見つかってしまっては隠しようがない。
事の顛末を報告し、すぐに剥がすので、と謝ろうと口を開いたのだが、先に声を掛けてきたのはその課長の方からだった。
可愛らしいシールじゃないかと長閑な感想と共に、そういうのもいいけどあんまり派手すぎないようにな、とのお言葉のみ。
お叱りはないのか……と安堵の気持ちと少しの拍子抜け感。
その一件をザックスに伝えれば、派手じゃなきゃいいのかと捉えられ、出張のたびに何やら可愛らしいご当地シールが増えていったという経緯があった。
そして今思えばザックスの言う味気ないというのも判る気がすると11は思う。
実しやかに増え続けるシールの影響か、一介の仕事道具でしかなかったモノが今や愛着のあるモノとなったのだから。
ただひとつ、いつか11自身の仕事でなくなった日には、新たな担当の者にこんな有様で申し訳ないとは思うが。

そのワゴンを出して、11はエレベーターへと向かう。
中身は空であり、次の日が丸一日空いてしまう休みとなる週末には、ポットの回収をするのも新人である11の仕事だ。
定時と共に回収して、それを食洗機にセットすれば11も今日のところは残業するほどの仕事も残っていないし終業となる。
もう一仕事頑張ろう。11はエレベーターの窓ガラスより覗く夕焼け空に向け気合を入れた。
各フロアには、まだまだ社員は残っている。
顔見知りになった者達と軽く言葉を交わし、労いの声をお互いかけつつ11は順調に回収作業を進めていく。
たまに男性社員から食事の誘いを受けたりもするのだが、そういった時にはアンジールやカンセルがどこからともなく現れてさりげなくその場から脱出させてくれたりするから助かっていた。
そういえば最近そういった声をかけられるもの少なくなった気がするのだが……彼らのお陰だろうか。
偶然とはいえ何度もそうして助けてもらっているのだし、何かお礼を考えておこうと11は次のフロアへと向かうべくエレベーターに乗り込んだ。
目的の階層のボタンを押し、次いでドアを閉じるボタンを押そうとしたのだが。

「待ちたまえ」

そんな声と伸びてきた手に、11は慌てて開のボタンを押す。
ドアは開かれた状態を維持し、声の持ち主がエレベーター内へと姿を現した。
やや前髪の薄くなった黒髪を後ろでひとつに結い、身体には白衣を纏っている。
眼鏡を一度指で押し上げて11を見やってきたその人物は、平社員である11もその独特の容姿の噂を耳にしたことのある神羅カンパニーの科学者である宝条だった。
同じビル内にいるのだから遭遇することは珍しいことではない。
あのソルジャーであるザックスはもとより、知り合いとはいえ1stであるアンジールやジェネシスともビル内で出会うこともあるのだ。
しかし、噂の科学者宝条の姿は入社してこの数ヶ月間、噂に聞くことはあったものの今まで本物を目にしたことはなかった。
実験に没頭するあまり、あまり研究室外には赴いてこないのだとは聞いていたが……。
その人物が今目の前にいる。
というよりも、閉じられたエレベーター内にふたりきりでいるのだ。
怪しい実験をしているのだとか、人間すら実験材料にするのだとか嘘か真か俄かには信じがたい話はよく聞いていた。
そしてそんなものは大抵尾ひれがつくものだと思っている。
思っているのだが、やはり人間の心理上、得体のしれないものへの恐怖というものは湧いてきてしまうもので、妙な緊張感が11の身を包み込んできた。
宝条が押した階層は1階だ。
階層的に11自身の方が先に降りるのだから少しの辛抱だと、詰まりそうになる息を押し殺しながら11は身を固くしてエレベーターの階層を知らせる表示へと目を向けていた。

「噂はかねがね聞いているよ」

ふと、宝条がそんな声を上げた。
一瞬携帯電話で誰かと話を始めたのかと思ったが、狭い密室、そんな素振りは一切感じられなかった。
ということは、と11は階層の表示より宝条へと目を移す。
すると案の定、11に話しかけていたらしく宝条の目と合ってしまった。

「…えぇと、あの……噂、ですか……?」

目が合ってしまった以上……いや、同じエレベーター内にいる以上無視することはできない。
そして11は宝条の言う ”噂” とやらに首を傾げた。
11には全く身に覚えがない……とは言い切れない噂は知っている。
一般社員、それも新人が、ソルジャーと親しくしているなんて……という陰口を叩かれているのは。
実際11自身、面と向かって言われたこともあった。
だが、11にとってはザックスはソルジャーになる以前からの付き合いだ。
ソルジャーに昇格したにあたって、自然と、カンセルと、アンジールと、ジェネシスと知り合っただけであって、11自身が望んで、進んで知り合ったわけではない。
ましてや、すり寄っているだなんて言われる覚えなどないのだ。
確かに身の丈に合わない出会いだとは11自身も思ってはいるが……。
しかし、出会ってしまったものをなかった事にすることなどできない。
だから、堂々と、隠すことなく、聞かれればこういった経緯で知り合いになったのだと、やましい気持ちなど何一つないのだと答えている。
それで納得してくれる者もいれば、未だ陰口を叩く者もいるが、それはそれ、11の知ったところではない。
言いたい者には言わせておけばいい、それが11の出した結論だ。
それよりも11が思ったことは、そんなくだらない話しが宝条の耳にも入っていたということだ。
研究一辺倒で人道的なことにも平気で反するマッドなイメージがあったのだが。

「あぁ、勘違いしないで欲しい。私は低俗な噂など心底どうでもいいからね」
「はぁ……」

ではなぜわざわざ噂の事を口に出してまで、11に話しかけてきたというのだろうか。
噂に関してならば少なからず返事を返せるとこなのだが、それ以外となるのならばどう会話を続ければいいのだろう。
居心地の悪さに、ふと11は視線をそらす。

「私が興味があるのは、どうして彼らが君に懐いてい居るのか、だ」
「懐いているって……」

もっと他に言いようはないのだろうか、とそんな思いに11は顔を上げる。

「たかだが新入社員の一職員に、なぜ揃いも揃って」
「あの。お言葉ですが、別に懐かれているわけでは」

そう紡ぐ11に宝条は見下すような笑みを浮かべ見やってきた。

「懐かれているだろう?彼らのデータにより、好みの女など当に把握している」

なのにそれに当て嵌まらない女にこうも寄って集って、不思議な現象だとしか言いようがないと肩を竦めて息を吐いてきた。
突出した美貌でもなし、特出した才能の持ち主でもなし、一体何が楽しくてこんな女に構うのか、と宝条が次々と言葉を漏らしてくるが……。
確かに宝条の言うように11自身美貌にも才能にも恵まれていない平凡な一庶民だ。
それは自分でもよくわかっているし、言われてみれば知り合いになったとはいえ、彼らが自分の元へ自然とやってくるというのは懐かれているという言葉に当て嵌まる。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
宝条が研究者として彼らの身体データ等を扱うのは、管轄が全く違うながら11でも想像しやすい内容だ。
しかし、そこに ”好みの女のデータ” なんてものは果たして必要あるのだろうか。
なんで?なんでそんなことまで熟知してるの?低俗なことには興味ないとか言っといて、一番低俗な部類に入るんじゃないの?
等々で11の頭は埋め尽くされている。
こう言っては悪いが、宝条博士の見目が、こう、なんとも……なものだから、それが原因ではないのかと余計な詮索をしてしまいそうになるが11は堪える。
相手は研究者、人を人と見ないという噂の持ち主だ。
そうであれば何を言ったところで屁理屈で交わされてしまうことだろう。
そもそもの頭の作りが11とは大違いなのだから、何を言ったとしても敵う気はしないのだが。
と、ふと11は彼らに対するひとつの共通点を思い出した。
そして首からぶら下がる社員証を手に取り、宝条の目の前に突きだす。

「社員証がどうかしたかね?」
「ご存知のとおり、私、栄養調理課の所属なんです」

ワゴンを押した新入社員という辺りから察して宝条は11へと声をかけてきたのだろうが、それを再認識させるように11は <栄養調理課> の文字を指で示す。

「それで、試作品とか、作ったりもするんですけど……それを皆さんに試食してもらったりして」

毎月定期的に新作試食会をパートさん達含めた調理課内で催しているのだが、それに合格点をもらえれば、翌々月の神羅社員食堂のメニューとして使われる。
そのための試作品は、ほとんどがザックス達ソルジャーの胃の中へと納まっていた。
ありがたくもソルジャー達には好評で、いくつか新メニューとして採用されたものもある。
だから、それが宝条の言う ”懐かれている” 原因かもしれない、と宝条を窺うように11は告げた。

「……たかだか、食い物だろう。エネルギーさえ貯えられればそれでいいものだ」
「まぁ、そう言われればそうなんですけどね」

だが、三大欲求のひとつである食欲を侮ってはいけない。
人間、不味いものを食べてしまえばテンションは下がるものだし、逆にこれといったモノに出会えた時の感動は大きいものだ。
下手をすれば、延々と気に入ったモノのみを日々食べ続ける者だっているほどに。

「だから、誰かのお腹の幸せに繋がればいいかなー、なんて思ってこの職種選んだんですけど……って、すいません、話反れましたね」
「いや。ふむ……なるほど」

11の話に宝条は思案気に腕を組んだ。
宝条はこの神羅ビルに居する社員食堂を使用したことがない。
大抵空腹を訴える時間には閉まっていたりするし、そもそも人ごみの喧噪の中で食事をする気もなかったからだ。
必要であればビル外のこじんまりとした食事処を利用したり、コンビニの弁当を適当に買って済ましていた。
もちろん味など二の次で、腹さえ満たされればそれでいいと。
しかし今11の話を聞いて、少しばかり食に対する興味……いや、研究心と言った方が宝条には相応しいかもしれない。
ソルジャーを懐ける食事とは一体どれほどのものなのか。
それもひとりやふたりではない。
あのジェネシスでさえ惹きつけているのだから、きっとそれ相応のものなのだろうが……。

「では次に試作したら私にも持ってくるといい」
「え、宝条博士にですか?」
「そうだ。ソルジャー達がそれほど惹かれているというのなら、これは良い研究材料になる」
「はぁ……そうおっしゃるのなら、持っていきますけれど……」

くつくつと押さえた笑い声を漏らす宝条に若干引き気味な11だが……細い身体に青白い肌。
宝条が普段から碌な食生活を送っていないことは見た目からして明白だ。
これは、試食だけとはいわず、少しでも栄養を考えた食事を提供するのも必要かもしれないと11は思う。
余計なお世話かもしれないし、受け取って貰えないかもしれないし、味だって口に合わないかもしれない。
でも、研究材料だと言い張ればもしかしたら。
それに悪い噂は絶えなく聞いてきたが、こうして話してみた限り大分変わった人格だとは思うが、初見の怖さなどはもうなくなっていた。
エレベーターが階層に到着した知らせを鳴らす。
続いてドアが開いた。

「では宝条博士、私、ここで降りますので」
「あぁ。楽しみにしているよ」

ドアが閉まり始めるも未だくつくつと声を漏らす宝条に、やっぱり少し気味が悪いかも……と僅かな不気味さを身に感じつつ、11は残りの仕事へと向かった。

2012/7/9





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