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08

ジュノンへの出張任務を終えたザックスは、港に到着した船を降り、準備されていた兵員輸送車へと乗り込む。
時刻は正午をやや過ぎたばかりだ。
ザックスは、穏やかな日差しに目を細めて車内より外を窺う。
ミッドガルの街並みは故郷とは全く異なるものだが、数年も住んでいるとやはり愛着は湧くものであり心を落ち着ける。
車内では安堵の息と共に所々から長閑な談話の声が賑わっていた。
今回の任務は、ジュノン近辺に潜む魔物の討伐だった。
常ならばジュノン支部のソルジャーだけでも事足りる案件なのだが、新種のモンスター出現に急遽援軍を求められた。
とはいえ、数は多いもののそう強力でもないとの報告にラザード統括よりザックスをリーダーとした部隊が編制されたのだ。
負傷者は少々あったものの大事になるものでもなく皆無事に任務を終え、二ヶ月ぶりの帰省となるのだから誰しも心浮かれてしまうものだろう。
リーダーを任されているとはいえ浮かれる気持ちはザックスも同じで、同僚達との会話に花を咲かす。
その内容のほとんどは、休暇についてだ。
大抵、長期の出張の後にはちょっとした休暇が与えられる。
仕事に誇りは持っているが、それはそれ、休みと言われて嬉しくないはずもない。
特にやりたいことなどはないのだが、ある程度の休息は必要だ。
仲間の旅行プランに相槌を打ちつつ、ふと、ザックスはポケットの中を探る。
携帯を取り出し、画面を開く。
着信も、新着メールの知らせもない。
少しばかり気落ちしてしまうが、それも当たり前かと気を持ち直す。
出張中、11とのメールでのやり取りは少ないながらも何度か交わしていた。
といっても任務に加えて時差の関係でリアルタイムでのやりとりはできるはずもなく、気が付いたらメールが来ていて空いた時間に返信するといったものだったのだが、

<頑張ってね>

の一言でも、貰えれば嬉しいもの。
そして任務終了となった先日に、今日帰るのだということをメールで知らせていたのだ。
11からの返信は

<気を付けてね。待ってるよ>

とのことだった。
女の子に”待ってる”だなんて言われてしまっては、増々心浮かれてしまうものだ。
そんな思いが顔に現れていたのか、にやけた顔を仲間に指摘されてしまい慌てて表情を引き締める。
だが、やはり緩んできてしまう面立ちを再び仲間に指摘されつつと繰り返している間に、輸送車は神羅本社へと到着した。
苦手、というよりももはや嫌いだと断言できる報告書の類は帰りの船の中で作成してきた。
後は統括に提出して、部隊解散となれば今日はもう自由だ。
ひとまず帰宅して、ひとっ風呂浴びて……それから久しぶりとなるいつもの定食屋に行こう。
そうして、いつもみたいにあった出来事を11に聞かせて……。
そう、これからの日程を頭に描きながらザックスは神羅ビルへ足を向ける。
正面フロアは主に来客や役員が出入りする場であり、ソルジャー達や一般社員等は普段ビル裏側にある出入口よりビル内へと入る。
ガヤガヤと賑わうソルジャー部隊を背にザックスは社員用エレベーターへと向かうのだが、賑やかしい仲間のひとりがふざけあい過ぎたのか体をよろけさせてザックスへとぶつかった。
それに不意をつかれたザックスも思わず軽くよろけた。
その拍子に廊下を歩く一般社員とぶつかってしまったのだが…一般社員と特殊な訓練を受けたソルジャーとでは体の造りは大分違う。
少しぶつかっただけでも、その社員への衝撃はそれなりにあったようで転ばせてしまった。
ザックスは慌てて手を差し出す。

「うわっ、ごめんな!大丈夫か?」
「あぁ、いえこちらこそスイマセン…って、ザックス」
「11っ?」

ザックスが倒れた社員…もとい、11を立ち上がらせる。

「えー…っと、11がなんでここに、ってか、それ、社員証、だよな?」

居るはずのない人物が、それも社員証をぶら下げての姿にザックスは目を瞬かせた。
確かにメールのやりとりに早く会いたいと思いもしたし、仕事を終えたらまず11に会いに行こうとも考えていた。
まさか、そんな思いがこんな白昼夢を…しかし、ぶつかった感覚は現実のものであり握った手の感触もしっかりとある。
それになにより11の首からぶら下がる社員証だ。
己が見せた幻影ならば、そんなモノをぶら下げている必要はない。
ということは、ここにいる11は紛れもなく現実のものだ。

「なんでって、社員だから。でしょ?」

にっこりとした笑みを浮かべる11にザックスは頭を掻く。
まぁそりゃあ、社員じゃなければ社員証なんか手に入れることは不可能なのだからそうなのだろうけど。

「積もる話はたくさんあるんだけどね。ほら、ザックス。皆さんお待たせしちゃってる」

早く行かなきゃダメなんじゃない?という11の言葉にザックスはソルジャー達へと振り返る。
リーダーがいなければ報告は終わらない。
報告が終わらなければ、部隊解散とならない。
部隊解散とならなければ、休息は訪れないのだ。
そう急かすような顔を向ける者もいれば、わけ知った顔でふたりのやり取りをにやにやと見守る者もいる。
ザックスはひとつ息を吐く。
一体自分の不在だった二ヶ月の間に何があったのか。
とても気になるところであり、今すぐにでも聞き出したいのだが…積もる話はあると言っているし、ここまでの経緯は後で教えてくれるということだろう。

「あー…、じ、じゃあ、何時?仕事終わるの」
「今日は、定時あがり予定です」
「んじゃ、それまで待ってるから。一緒に帰ろう」
「うん。終わったらメールするね」

手を振り廊下を進んでいく11に後ろ髪を引かれる思いを抱きながらもザックスは、まずは報告、と気を引き締めて統括室へと向かった。



統括への報告は、滞りなく終了した。
部隊解散の命も受け、休暇の日程も組まれた。
皆が各々帰宅準備を進める中ザックスはひとりソルジャー待機室へと赴く。
解散後、今回の任務の報告とは別の諸連絡も終えて今や定時まで一時間弱程だ。
待機室でお茶でも飲んでいればあっという間だろう。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、後ろから声がかかった。

「無事、終えたようだな。ザックス」
「アンジール」

ご苦労だったと労いの言葉をくれたアンジールに、ザックスは今回の魔物討伐についてを語り始める。
新種のモンスターはどういった特性を持つものかはわからないから倒し甲斐があっただとか、マテリアの使い方も大分慣れてきただとか、それは待機室に入ってからも続いて、幼い子供のようにやや興奮気味に話すザックスにアンジールは苦笑を漏らしながらも耳を傾けていた。

「で、そいつが困ったことに村娘に夢中になっちゃってさ…て、あ。そういえば」

魔物討伐に始まり、ジュノン近くの村娘に恋に落ちてしまったソルジャーの話に及んだところで、ザックスが思い出したかのような声をあげた。

「11と会ったんだ。さっき、一階の廊下で」
「ほう。もう会ったのか」
「びっくりしたよ。まさか、こんなところにいるとは思ってなかったからさぁ」

進学するものだとばかり思っていたから、驚きは倍増だ。
出張任務に向かう数日前だって、受験勉強がどうのこうのと言っていたのだ。
11の目指す夢はザックスも知っているものであり、影ながら応援もしていた。
なのになんでこの神羅に勤めているのだろうか。
夢を諦めるような子ではないはずだし、何が11の心境を変えさせたのか、ザックスには不思議でならないらしい。
しかし、そんなザックスとは真逆にアンジールは11の心境の変化は知っていた。
というよりも、アンジール自身が彼女の心境の変化を齎したのだと言っても過言ではないだろう。
そして少なからずの変化を齎した責任というべきか、気にかけていたのもあって11から度々進路のことについて相談も受けていたのだ。
とはいえ、アンジール自身も11が神羅に入社してくるとは予想外ではあったのだが。

「部署は聞いたのか?」
「ん?いや、まだ、そんな話す時間もなくてさ」

もう少ししたら上がりだから、それから聞くのだとザックスが言う。

「アンジールは知ってるんだよなー、所属先」
「新入社員が入社してひと月半。知らない方がおかしいだろう」

拗ねるような面立ちを覗かせるザックスが少しばかり面白い。
ここであっさりと教えることは容易なことだが……11から自分で話すまで内緒にしていて欲しいと言われているのだから話すわけにはいかない。
それにザックスのこの様子からすると、アンジール自身に進路について相談していたこともまだ話していないのだろう。
それならば余計に今話すわけにはいかない。
どうにもこの子犬はあの少女のことに絡むと拗ねがちになってしまうのだから。
いや、それともそういう年頃だからなのかとも思うが……どちらにしろ、大の男の拗ね顔など面白いとは思うが見ていて気持ちのいいものではない。

「それよりも、少し気を付けた方がいいかもしれんぞ」
「え。何に?」

拗ね顔から一転、アンジールの”気を付けろ”の言葉に興味津々といった風に顔を上げてくる。
全く面白いヤツだと再び苦笑を漏らしながらアンジールは続ける。

「新入社員というヤツはそれだけでも随分と目立つものだが…まぁ、その中でも最年少の方だろう、11は」

それに加えて女性である。
どこの社会でもありきたりな話ではあるが、つまり若い女は狙われやすい。
男の多い神羅という企業でなら、それは尚更だ。
だいぶ前の話になるが、ザックスはあの少女を少しいいなと感じていると言っていた。
それが今もそうなのかはわからないが、さっきの拗ね方から見てそうではなくなったわけでもないようだし、用心するに越したことはない。
今やアンジール自身とも懇意にしているのだし。

「余計な世話かもしれんがな、お前の友人だからそれとなく気を配ってはいるんだが」

そういえばカンセルもいろいろと頑張っているようだ、と付け加える。

「あー!カンセル!あいつも何も言ってなかったぞ、そう言えば!」

なんだよ皆して隠し事かよー!とそちらの方へとザックスの意識は向いてしまったようだ。
ザックスは携帯を開き何やら打ち込み始める。
おそらく、話しの流れからいってカンセル宛のメールだろう。
内容は…想像に容易いものだ。
やれやれ、と肩を竦めるアンジールを余所に、定時の知らせが流れる。
それに気が付く様子もなくザックスは一心不乱にメールを打ち込んでいたのだが、ようやく送信まで終えたのか、やり遂げたと言わんばかりの面立ちで携帯を畳んだ。
そして、畳んだと同時に着信音が流れた。
短く響いた音はメールの知らせだったようで、ザックスの顔には今度は笑みが浮かぶ。
ひとり百面相を繰り広げるザックスに飽きないヤツだとアンジールは思う。
と同時に、忙しないヤツだとも思う。
我ながら子犬と呼ぶのもあながち間違いではないものだとアンジールが胸中感心していると、メールを確認し終えたザックスが立ち上がった。

「11、終わったみたいだ。んじゃ、アンジール。俺もう行くな」

お先ー、と手を振り足取りも軽く去って行くザックスをアンジールは本当に忙しないヤツだと心底思いながら見送った。

2012/6/14





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