DdFF ガラケー | ナノ




寂寥

熱く滾る炎を眼下に、空中に浮かぶ光の塊はゆっくりと、だが、休むことなく彷徨っている。
急な事態には慣れているつもりだ。
試合なんかは急展開は当たり前のことだし、この年になって今更ちょっとやそっとのことで動じるなんてこともない。
とはいえこの世界で目覚めたことは当初驚きはしたが、呼ばれちまったもんはしょうがねぇ、てなもんで今では割と楽しんで過している。
まぁ、あるひとつの不満を除けば、の話だが。

(なーんで、こうなっちまうのかねぇ)

目の前に漂ってきた光の塊…自分の世界ではこれを幻光虫と呼んでいた。
それとこれとが果たして同じものかはわからないが……。

(記憶がないってのが厄介なんだよな)

確かに好かれてはいなかったが、ああやって顔を見るなり襲い掛かってくるような粗暴な育て方はしていない。
となると欠如している記憶ながらも、皮肉にも自分に対する対抗心だけはしっかりと残っているってことか。
適当にあしらいはしたが…あの様子じゃ、また顔を会わせるなり突っかかってくるだろう。
なんで自分に剣を向けるのか、理由を理解することなく。

(でもまぁ、そのうち思い出すか?)

戦いを重ねていくうちに、少しづつだが記憶は戻ってくる。
気の長い話だが、それを待つしか他にこれといった方法はない。

(案外、この幻光虫みてーなヤツでもぶっこめば戻ったぐれーにしてな)

馬鹿な思いつきに苦笑を漏らす。
だが、記憶を取り戻したところでアイツが混沌に与していることは変え様のないことだ。
変われるもんなら変わってやりてぇが。
それよりも気がかりなのは、ブラスカの娘だ。
アイツがこの世界に居やしないか、窺っている。
探しているだなんて口には出していないが……、知ってしまったらどうするだろうか。
仲間ならまだしも、敵対する者として召喚されているのだと知ったら。
芯の強い娘だとはわかっているが……。
ふと、幻光虫の動きが慌しくなってきた。
身を寄せ合うように一点に連なり、重みに沈んでいくように地面へと降りて行く。
騒々しく瞬く鈍い光。
そして次第に溶けるようにして消えていった幻光虫たちの跡には、ひとりの人間が倒れていた。
まさか、と目を瞠る。
歩み寄り、うつ伏せに倒れている人物を抱えあげてみれば、見紛う事なき己の娘の姿。

「おいおいおい、マジかよ……」

この世界の神ってヤツは全くもって情けの欠片も無いもんだと思う。
コイツがここに居ない事が自分にとっての唯一の救いだったってのに。
だが、召喚されてしまった以上嘆いていても仕方がない。
それに自分の前に出現したのだから、調和の陣営ってことでいいんだろう。
何年ぶりかの娘の重みを腕に抱え、ひとまずは宿営場へと戻る事にした。

 

宿営場に戻ってくると、皆が皆、驚きの面立ちを覗かせてきた。
……つーか、うるせぇ。
人が女を抱えてるのがそんなに珍しいか?
ソワソワざわざわしてねぇで、言いたいことがあるんなら直接聞きに来いってんだ。
そんな好奇な視線の中、自分のテントへと向っていると意を決したかのような面立ちでフリオニールがこっちへと近づいてきた。

「あー…。ジェクト」
「おう。なんだ」
「いや、その…」

言葉噤みながら、チラリとフリオニールの視線が娘…11へと移った。
そしてその後ろより、いつの間にいたのか光の戦士も顔を覗かせてくる。
初めて臨む面立ちに興味深々といったところだろうか。
そりゃあ気になるのはわかるが、己の娘を観察するかのごとくに見られるのは気分はよくない。
モゴモゴ口篭もっているフリオニールを余所に去ろうとすると、次にはウォーリアが呼び止めてきた。

「ジェクト。人攫いはいただけないと思うのだが」

それが例え敵だとしてもだ、とすっぱり言い払ったウォーリアにフリオニールが慌てている。
どうしてそんなに率直に言ってしまうのかと嘆くフリオニールに、間違いは正さなければならないと至極真面目に応えるウォーリアだが、ぶっちゃけ殴ってもいいだろうか。
いやしかし、生憎今は両手が塞がっている。

「人聞きの悪ぃこと言いやがるなガキども。コイツはなぁ、俺様の娘だ」

文句あるかと鼻息荒くふたりを見据えると、周りにも聞こえていたのか驚きの声があがった。
それから正体が判明したことに気を許したのか、次々と仲間たちが寄ってくる。
似てない。
ごつくない。
この辺りは元いた世界でもよく言われていたことだ。
だが、本当に娘なのか、とは一体どういうことかってんだ。
誰だ、んなこと言ったヤツは。

「まぁまぁ、ほらほら、皆。娘さんかどうかはユウナが知ってるだろ?」

彼女が戻ってきたら確認してみようと言ってきたのはセシルだ。
こっちの苛々を察知したのか、そう間に入ってきたようだが…セシル、おめぇもか。
そりゃあ確かに似ていない。
アイツはよく似ていると言われるが。
それにそもそも子持ちと見られることも少ないし、なんたってこの風体じゃ疑いたくなるのもわからなくもないが。

「…おうよ。ユウナちゃんに聞いてみれ。11が来たってな」

言い返す気力も失せ、そう言葉を残して目的であったテントへと向った。


中へ入り、敷きっぱなしだった寝具へと11を横たえる。

「……」

布団。オヤジ臭く…ないよな?
17の子持ちにしちゃ身だしなみには気を使っているし、風呂もこまめに入ってるし極一般のリーマンオヤジに比べたら、うん、大丈夫…だよなぁ……。
年頃の娘に 「おっさん臭い」 なんて顔を顰めて言われた日には、しばらく立ち直れそうにないぞ、さすがの俺様でも。
今更ながらにハラハラと布団に鼻を寄せていると、11の瞼がピクリと動いたのを視界に捕えた。
薄く目を開き始めた11の顔を覗きこむ。

「起きたか、11」

ぼんやりとうつろう目に不安が過る。
勢い余ってこうやって連れて来てしまったものの、コイツも記憶がなかったとしたら。
父親である自分を忘れてしまっていたら。
それこそウォーリアの言う ”人攫い” ってヤツになってしまうんじゃないだろうか。
しかしそんな不安は束の間に、11は目を瞬いて 「父さん?」 と声を発してきた。

「元気だったか?」

久しぶりの対面にそう声をかけると、11が勢いよく起き上がってきた。

「えっ?あれ?えっと、え、やだ、本当に父さん!」

夢じゃないよね、と抱きついてきた11の体に腕を回して抱きしめてやる。
相変わらずの11らしさに苦笑が漏れてしまうが、意識はしっかりしているようだし、何よりだと思う。

「で、ここは?ってか、どうして父さんと一緒なの私」

喜びを補充した後は幾分か落ち着いたのか、テント内を見渡しそんなことを聞いてきた。

「キャンプに来てたんだっけ?あれ、私、どうしたんだっけ……」

記憶を探るように11が俯く。
しかし思い出そうにも、やはりここに呼ばれた他の者たちと同じく記憶が欠如しているらしく、眉根を寄せ困惑気にこっちへと顔を向けてきた。

「あぁ、まぁよ。話すと長くなんだがな」

ここは自分たちのいた世界ではないこと。
調和、混沌というふたつの勢力に別れて戦っていること。
そして召喚された者の記憶の欠落。
自分の知っている限りのことをザッと11へと教える。

「意味、わかんない」
「だよなぁ。俺もそうだ」

そう告げると、11が深く息を吐いた。
気持ちはわからんでもない。
だがもう、呼ばれてしまったのだからどうしようもない。
戻るためには混沌の戦士たちと戦って、勝つしかないのだし。
それに幸いにもこっちにはユウナちゃんも居るからそう気を落とすなと肩に手を置くと、11がポカンとした面立ちでこっちを見やってきた。

「ん?どした?」
「え、いや…つか、”ゆうなちゃん” …て、誰?」

父さんの恋人?と首を傾げつつも怪訝そうな視線は何やら物言いたそうだ。

「んなわけねーだろ。あれか、忘れてんのか?」

あんなに仲良かったのにと言えば、やはり思い出すことは出来ずに11が難しい顔をしている。
かと思ったら、思い出したかのようにアイツの名前を告げてきた。
11の双子の弟であり、自分のもうひとりの子であるアイツだ。

「ティーダは?私がここにいるってことは、ティーダも」
「あぁうん。そーだよなぁ、そういう話になるわなぁ」

そう、髭をなぞる。
ほんのさっき、11を拾うちょっと前だ。
ユウナちゃんが召喚されてしまったとはいえ、うちの子供たちは呼ばれずに何よりだと日々過ごしていたってのに、それを覆す勢いでアイツと一戦交えたばかりだ。
それでも11は来ていないのだと安堵していたんだが……双子の宿命なのか何なのか、しっかりとコイツまで呼ばれちまってて。

「それがよ、どーいったわけかアイツはなんと、カオス勢にいるんだよな」
「は?なにそれ」
「もう、グレちまってグレちまって。お父さん悲しいんだぜ」

出会い頭に殴られるしよー…とまぁ、そこはキチンと親の躾としての責務は果たしたわけだが。

「ティーダ、泣いちゃうじゃん」
「おうよ。泣いて走ってったぜ」

さすが俺様だな、と言えば11が二度目となる深い溜息を吐いた。

「で、それでだ」

ティーダはこれからどうにかするとして、とテントの幕へと手をかける。
それから11を手招きに呼び寄せる。
ここに来てしまったのだから、仲間たちと共に歩んでいくしかない。
人見知りなんてしない性質の11だが、何分、個性の強い面々が揃っている。
自己紹介は後回しとして、こんなカンジなのだと見せる意味でだ、その仲間ってのを見せてやると幕を少しだけはぐった。

「ジェクトにはもうひとり子供がいるのだな」
「おっ…!?おお、ぉう、…驚かせんなよ……」

いつから居たのか、幕をはぐるとそこにはウォーリアが居た。
その後ろにはオロオロとしているフリオニールがいる。
新たなレディだって?と散策から帰って来ていたジタンが尻尾を振りながらテントの中を窺おうと必至だ。
少し離れたところにはたまねぎ小僧がセシルに背を押されながら焦っている姿が見えた。

「それもカオスにいるのだとは、心中察する」
「おぉ、ありがとよ……つか、なんだおまえら、人の話を盗み聞きなんて……」

と、ふと妙に静かな11へと目を向ける。
すると姿がない、というか布団に包まって隠れこんでいた。

「おら、散開だ散開。11がびびってんじゃねーか」

手で払い、テントから離れるよう促す。
そうすると、名残惜しそうな面立ちをしながらも集まってきていた連中はテントから離れていってくれた。
それを見届け、テントの幕を閉じる。
ひとつ息を吐き、寝具へ篭る11の傍へと近寄る。

「おまえさんらしくねーな、11。って言っても当たり前か」

あんなゴッツイ鎧を纏ったヤツや、多種の武器をガチャガチャ装備してるヤツ。
挙句の果てには、器用に動いていたあの尻尾は偽者でも何でもなく紛れのない本物だ。
そんな見慣れない風貌のヤツ等に急に注目されてしまったとあっては、びびってしまうのも頷ける話ではある。
つか、自分自身、初めて対面した時にはやっぱり奇妙な感覚に陥ったものだし。

「とーさん。なんだかあの人?たち、濃すぎて私にはついていけない」

そう布団から顔を出して腕に縋り付いてきた11の頭をポンポンと撫でやる。

「いや、わかるけどよ。でも、いいヤツ等だぜ?仲間思いだし、強えーし」
「でも、だっておかしいよこんなの」

あんなにも美形が揃っているだなんて、絶対におかしい!と今度は体に縋り付いてきた。
そして少年から青年までと幅広く、タイプは違えどここまで顔の出来のいい人物を召喚しただなんて調和の神とは何者なのかとまで言い出した。
この分だと、ゆうなちゃんとやらを含む、まだ見ぬ女性陣の姿も窺えるもの。
そんな中にあって自分は一体どうしたら、とうろたえ始めた。

「…なぁ、11よ」
「なに、父さん」
「おまえがおまえで良かったと、心底そう思うよ俺は」

そう、気の抜けた息を吐く。
こんな異界に来てさしたる混乱もなく適応できているのは11らしいというのか、前向きな性格に育ってくれた賜物だというのか。
ちょっとばかしびびっている観点がずれている気もするが、恐れを生して怯んでしまうよりはずっといい。
怯みはこの世界では禁物だからだ。

「だがまぁ、しっかり馴染まんといかんからな」

今日はもうともかくとして、明日には皆と顔合わせをした方がいいだろう。
こういったことは早い方がいい。

「おまえさんは俺様の娘だろ」

何も怖気づくことなんてないと頭を撫でる。
それに実際11の懸念している容姿に関しては、親の欲目抜きでも出来はいいと思う。
今いる面子に比べたらちっとばかし地味に見えるかもしれんが、それはあいつらが特殊なだけだ。

「11は11らしくしていれば、それでいい」

それじゃまだ不安か?と11を窺うと、未だ少し不服そうではある。

「どーした。まだなんかあるのか?」
「…ティーダ」

そう紡ぎ、ぎゅっと抱きつく腕に力が篭った。
生まれてこの方、ふたりが離れて過ごした事は無い。
自分がいなくなっても、母親が亡くなっても、ふたりで頑張ってきたのだということは、コイツらの後見人であるあの男から聞いている。
そのふたりが見知らぬ異世界で離れ、あまつさえ敵対する位置にあるだなんて11にとっては不安で仕方のない状態なのだろう。

「成るようにしか成らない。言えるのは、これだけだな」

だから今は考えるなと、自分も11に腕を回す。
幼い子供を抱え込むように、慈しむように。柄ではないのはわかっているが。
愛しい娘。
それと同じく、アイツだってかけがえのない大事な息子だ。
11と同じく不安はある。
だが、それを11へと伝えることはしない。
強い父さんが大好きだと言う11のためにも、自分は常に堂々と構えてなければならないからだ。

「寂しくなったら、俺がいるんだ。いつでもこうして抱きしめてやんよ」

明日からはいつもの11でいられるよう、そんな祈りにも似た思いを篭めて11を今一度抱きしめる。

-end-

2011/6/8 ウェレア様リク




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