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02

柔らかな髪を慈しむように梳く。
暖かな肌の温もり。
それは ”人” であることを知らせてくれる。

「コスモス。ちょっとよろしくて?」

小さな淑女は、コスモスの膝に眠る少女を一瞥し、調和の神へと顔を向けた。

”この世界は、大変に研究のしがいがありますわね”

強大な魔力にて歴戦を潜り抜けてきた淑女がかつて告げてきた言葉だ。
調和に属しながら戦いを放棄した淑女シャントットは、この聖域にて彼女の紡いだ言葉のままに研究を進めている。
邪魔をするのならブチ殺しますわよ、などと不穏なことを言いもするが、研究の合間にこうして聖域一帯の巡視もしてくれていた。

「わたくし、ちょっと思うところがありまして」

シャントットの視線が少女へと移る。
その少女に、戦う力を与えることは出来ないのか、とシャントットはコスモスに尋ねた。
あの虚ろな戦士に調和の神の下で戦う使命を授けたように。
神の意志でどうとでもなるというのなら、意味もなく存在しているその少女11にも何か役目を与えるべきだという。

「邪魔者、とまでは言いませんけども」

以前からずっと思っていたことだが、何の力も持たない11がこの世界に存在している理由があらためてわからなくなった、と紡ぐシャントットにコスモスは困ったような面立ちを浮かべる。
賢く、聡く、探究心旺盛な魔導士である彼女には、コスモスの思惑など理解しかねることだろう。
しかしコスモスは別段シャントットに理解して欲しいとは思ってはいない。
理屈を求める者には到底知ることの出来ない心情。
そしてそれを告げてしまえば ”気紛れな神様ですこと” とこの場を去っていくのは容易に想像できることだが。

「何か、不都合なことでもありましたか?」

あえて、そう尋ね返す。
召喚主であるコスモス自身を崇めろとは言わないが、尊大な態度を示すシャントットにおいそれと主導権を渡すわけにもいかない。

「いえね。ふと、気になったものですから。戦うことが無理なら」
「シャントット」

コスモスは、言葉を続けるシャントットを制した。
視線の先には、光を授けた戦士…ウォーリアの姿。
プリッシュとの散策から帰ってきたようだ。
とはいえ、プリッシュの姿は窺えない。
シャントットの目が弓なりに歪む。
面白そうな研究対象を見つけた時の面立ちだ。
コスモスはそんなシャントットに向けて小さく息を吐いた。
彼をシャントットの探求心という魔の手から救っているのはプリッシュだ。拾ってきた責任、でも感じているのだろう。
しかし今、プリッシュは居ない。
そして、研究材料になどさせたくないという思いはコスモスも同じだ。
ただでさえ調和、混沌という争いの渦中にあって、仲間同士の諍いなどは見たくはない。
その辺りシャントットも弁えているだろうが、怒りに任せてともなるとどうなってしまうのかはコスモスも懸念するところだ。
コスモスはウォーリアを呼んだ。

「少し、この子を頼みます」

そう立ち上がり、己の座っていた台座へと眠っている11の身を移す。
プリッシュの姿は見えないが、近くをうろついている気配は感じられる。
ウォーリアをここに戻し、悠々自適に動き回っているのだろう。
気が済んだらすぐに戻ってくるのは察しがつく。
それまで見ていてもらえないかとウォーリアに眠る11を託し、コスモスはシャントットを引き連れ聖域の奥へと歩んでいった。





コスモスとシャントットの姿を見送り、ウォーリアは11の眠る台座の隅にと腰を降ろした。
それから11に視線を落とす。

日々の鍛錬の成果は、確実に身についてきている。
始めこそプリッシュに付き従い、何もわからないこの世界の中右往左往していたものだが、ここ最近は聖域の外では単身で行動することも多くなってきた。
まだ時々朦朧としてしまうこともあるが、調和の仲間たちと関わりを持っていくうちにそれも少なくなってきた。
それもこの少女の助けあってのものなのか、と思う。

会う頻度こそ少ないとはいえ、プリッシュに言われたとおりにウォーリア自身の話を親身に聞き、また、疑問に思ったことを聞いてくるなどそれなりに有意義な一時を過すことができている。
そして11自身の些細な話もウォーリアにとってあらたな記憶として積み重なっていた。
たまに訪れるモーグリは今どの辺りにいるのだろうかと心配していた11の言葉を思い出し、次に会った時に様子を伝えようと思うのはそんな記憶の蓄積のおかげだ。
記憶し、思い出せるということは ”人” である証なのだとプリッシュは言っていた。
だから今はもう、何も不安などはない。
小さな少女の頬に手を寄せる。

11は、この聖域から出たことがないらしい。
外の世界のことはプリッシュから聞き、コスモスとの一時にて偶に覗き見ることのできる闘争の片鱗より世界の形を知ったという。
己の目で見て得た知識ではないが、それだけでも充分だと11は言っていたが。
コスモスは少し過保護過ぎるとプリッシュが愚痴を零していたことがあった。
いくら戦う術を持たない子供といっても、閉じ込めてばかりでは良くないと。
11ひとりの護衛くらい簡単なことだとも言っていた。
外に出れば、調和の仲間は大勢いる。
その全てが昼夜休みなく戦っているというわけではないのだし、子供ひとりの面倒くらい見てやる事だってできるはず。
でもそれをしないのはコスモスなりの事情があるからなのだろうとプリッシュは諦めていたが。

(言うこともわかるが…現状では、難しいのだろうな)

ウォーリア自身との対面の時を思い起こせば、至難なことは想像できる。
聞いた所に寄ると、プリッシュでさえ11との対面に一苦労したらしいのだし。
そんな11が果たして大勢の前に姿を現すことができるのかと言えば、困難なことだろう。
だが、 ”人” に慣れ、恐れることが無くなったらどうなのだろうか。
外に行きたい、と言うのだろうか。
連れて行ってくれと言われたら……。

「ん・・・・・・」

11の瞼が揺れた。
ウォーリアは咄嗟に手を引き、頬より手を離す。
しかし11の目は開かれない。
図らずも安堵してしまった己をウォーリアは不思議に思う。
一瞬の感情の起伏。
確かにこの胸の内に湧き上がった。
それがどういった意味を持つものなのかまではわからない。
だが、はっきりしているのは、この世界で目覚めて、初めて感じた衝動だということ。
戦いの中では決して得ることはできないだろう、ということも、なんとなく察することはできるが…何とも不可思議な感覚がウォーリアの身を覆う。
ふと再び、くぐもった声がウォーリアの耳を掠めた。
モゴモゴと身を起こした11が、目を擦りながらウォーリアへと顔を向けてくる。

「…ウォーリア、さん?」
「目が覚めたか、11」

なせここに、と疑問を浮かべている11に、コスモスに頼まれたのだと告げる。

「コスモスは今、シャントットと奥へ行っている。直に戻ってくると思うのだが」

君も戻るかと聞けば、まだ意識がはっきりしていないのか、ぼんやりとした眼差しを向けてきた。
あの、ウォーリア自身を恐れていた者とは思えないほどの無防備さだと思う。
本来子供とはこう有るべきだと己の姿を省みずにプリッシュは言っていたが、警戒心の強い11がこのような様を見せてくれるということは、それだけ自身に信頼を寄せてくれているということなのだろう。
そう思うと何やら胸の内が温かくなってくる。
先ほどの衝動とは違う、柔らかな温かさだ。

「プリッシュさんは?」

いつもウォーリアと共に居るプリッシュの姿が見えないことに気が付き、11は辺りを見回した。
しかし、まだ散策から戻ってきていない姿を見つける事は適わず。

「彼女はまだ、戻ってきていない」

大方ひとりを満喫しているのだろう、とウォーリアが言う。
すると、それならば外の話を聞かせて欲しいと11が告げてきた。
久しぶりに会ったのだから、さぞかしいろいろな出来事があったのだろうと11の口調は期待に膨らんだ明るいものだが、向けられた眼差しは非常に眠たそうである。
一体どうしたのかとウォーリアがそのまま11の様子を見つめていると、突如として11の頭が勢いよく下がった。
ウォーリアは咄嗟に腕を伸ばし、11の頭が台座にぶつかる事のないよう支えた。

「あ、あぁ…ごめんなさい。お話、聞きたいのに…」

力を使いすぎたみたいだと11が紡ぐ。

「力?」

11は戦う力を持っていない。
プリッシュも、コスモスもそう言っていた。
では何に、どんな力を使ったのだというのだろうか。
それを聞こうにも、腕に支える11は眠りに落ちてしまっている。
安らかな寝息をわざわざ起こしてしまうのは忍びない。
それに急いて聞くことでもない。
だが、気にはなる。
プリッシュなら何かを知っているだろう。
ウォーリアは腕に支えた11をそっと台座へと横たえ、じきに戻ってくるであろうプリッシュを待つことにした。


2011/4/8




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