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確固

神々の戦いの場たるこの地で、その喧騒とは裏腹に心穏やかな日々を過ごせているのは最近召喚されたばかりの11の存在があるからなのだろう。
皆の興味は自分と11、お互いの関係性を指すもので、当初は関心を惹きつけたものだった。
親子という繋がり。
師弟という繋がり。
ふたつの関心はどちらかというと主立って師弟という立場に疑問を抱いたものだ。
11が自分と再会を果たすまでの間、どういった過ごし方をしてきたのかは育ててきた自分には手に取るようにわかるものだが、そんな状態で不可抗力とはいえ野放しにしてしまったことは仲間達には親として大変申し訳ないと思いはすれど、これといった後悔などはない。
あの子がしたいように望むままに過ごさせてきたのは自分なのだし、魔導士の卵として修業もさせてきたが前線に立つ必要はないと考え、教えてきたのは王宮で必要とされている補助魔法の類ばかり。
結果、皆の困惑を招くような子となってしまったのもあえてそうしてきたことであって自分にとっては問題はない。
可愛さ余ってなんとやらとはよく言ったものだと思う。
扱い難い人格ならば、余計な虫もつかずに済むものだと思っていたのだが…どうやら、それでも構わない、と感じている変わり者がひとりいた。
元の世界でもそうであったように、こちらの世界でも記憶がないながらに惹かれるものはあるらしい。

「11。目標を狙うのは正しいが、もう少し意識も向けた方がいい」

杖を持つ腕を掴み、11の顔をしっかりと目標となる木枝の方へと固定する。
11の背後より身を覆うようにして、それこそ手取り足取りの方式で鍛錬へと勤しんでいるのだが、どうにもその様子が気になるのかフリオニールの視線がチラチラとこちらを窺っている。
見学したいというのなら他の者達のように堂々と見ていればいいというのに、何をそんなに気にしているのだろうか。
気の散っているフリオニールと剣術の稽古をしていたセシルは、呆れたように苦笑を零して剣を降ろしている。
見たいのなら見ればいいじゃない、と言うセシルの言葉にハッと意識を戻したのか、すまないと謝りつつ再度剣を構え直すフリオニールに肩を竦めながらも付き合っているセシルは大した人物だと思う。

「それから、杖の先に魔力を集中させて」

光始める杖の先。
その光が11の顔を淡く照らす。
魔力は充分にある。
自分が幼いこの子の力を見初めたほどなのだから。
ただその力を有効に使用させなかっただけで、本来なら皆と同じ程度の戦う術は持ち合わせてはいるのだ。

「さぁ、放ってごらん」

そう告げると同時に杖から魔力が放たれた。
身を震撼させるほどの怒号とともに、瞬く閃光が木枝へと被雷する。
それは狙った木枝を消滅させるだけのものではなく、大木自体を燃焼させるほどのもの。
そんな光景に、周りから歓声が湧きあがった。
やればできるんだなやら、本当に11なのかやら、果ては実はミンウがやったのでは……等々、各々が感想を紡いでいるのだが、今のは紛れもなく11が放った魔法だ。
誘導するだけでもこれほどの出来なのだから、それを自在に操れるとなった日には大層な魔導士となることだろう。

「大丈夫かい、11」

だがそれは適わぬ夢だ。
杖を放り出し、自分にしがみついている11の頭を撫でる。
震える身はか細く、なんとも頼りない。
力の抜けかけた11の体を抱えながら、ひとまずはとその場に座り込んだ。

「相変わらず、雷が苦手なのだね」

そう紡げば、11の頭が肯定するかのように縦に揺れた。
そんな11の様子に、幼い頃してやったように落ち着かせるべく背中に手を回して軽く叩いてやる。
出会った頃には11は既に雷が苦手だった。
小さな子供にはそれも当たり前かと思っていたのだが、日々を過ごしているうちに11が雷嫌いとなった原因を掴むことができた。
幼いうちは魔力の制御が思うようにできない。
それもあって、11を拾ったのが自分で良かったと思ったものだ。
そして魔法には各々得手不得手というものがある。
11の得意とするものは、運が悪くも雷属性。
出会う以前に何があったのかはわからない。
ただ自分が知るのは突然に暴発した11の魔法が屋敷を半焼させたという事実だけ。
泣き叫ぶうちはまだいい。
恐怖に対抗出来ている証なのだし、天候の悪い豪雨の日などはよく泣きながら布団へと潜り込んできたものだったのだし。
だが、あの時のこの子の様子は違った。
涙を流しながら燃える屋敷を見つめ、ただひたすらに、ごめんなさい、と何度も呟く様は異様の一言に尽きるもの。
それを目にしてしまえば、短い過去に何かがあったことは充分に察することができた。

「無理をさせてしまった。すまない」

涙に濡れる11の顔へと触れる。
潤んだ瞳は光を宿し、あの時のような様子では一切ないのは、少なからず、記憶が欠如しているおかげだろう。
それがいいのか悪いのかはこちらでは判断できはしないが。
濡れた頬を手で拭い、瞼へと口付る。
そこから目尻を通って、頬へと口付て。
そうしていると、くすぐったいのか11が少々身を揺すってくる。

「まだ、動いてはいけないよ」

これでお終いだからと、唇へと口付る。
柔らかく、ほどよいハリのある暖かな唇は、本当に何度味わっても飽きるものではない。
いつも交わす挨拶でも、こうしてこの子を落ち着かせるためのものでも、この心地よさは変わるものではなく、傍にいるのだと実感させてくれるものだ。
つい何度も啄むも、決してその先には立ち入らず。
薄い腰を抱き、そのまま腰元に手を這わすとピクリと11の体が反応を示した。

「……ミンウ、さま」
「うん。落ち着いたようだね」

それなら良かったと、もう一度唇へと口付けようとしたのだが、なぜだか厚く固い皮膚に阻害されてしまった。
厚い皮膚……それは手であり、その持主は。

「ハーイハイハイ、そこまでだー、ミンウ」

時と場所を弁えろ、と阻害していた手を退かしたのはジェクトだった。

「ガキ共が目のやり場に困ってんだろーが」

そう告げられ、周りに目を向ける。
顔を背けている仲間達。
その中で眉間に力強い皺を寄せながらもこちらに目を向け、何か一言言いたそうにしているのはライトニングだ。
ウォーリアは彼女とは逆に、平然とした面立ちを崩すことなく相変わらずな真っ直ぐとした視線を向けて来ている。
そして、フリオニール。
彼もまた顔を反らすこともなくこちらのやりとりはしっかりと目に入れていたようだ。
しかし目が合った瞬間に、思い切り反らされてしまった。
それから足元に落ちていた剣を拾い上げ、そそくさとこの場を去って行く。
彼にとっては見ていて気分のいい光景ではなかっただろう。
それを知りながらも、流れとはいえつい11に耽ってしまっていた自分は意地が悪いものだと思う。
だからといって、止める気などはないのだが。

「あー……。それとよ、ミンウ」

ジェクトが頭を掻きながらチラリと11へと視線を向けた。
どうやら11が居ては話難いことがあるらしい。

「11。今日の修業は終わりだ。皆の下へ行っておいで」

ジェクトの雰囲気を察し、11を腕の中から解放する。
11は11で状況が読めないせいか不思議そうな面立ちを向けてきたのだが、頭を撫でてやれば素直に他の仲間達の下へと向かって行った。
後ろ姿を見送りジェクトへと向き直ると、こちらに合わせてか、ジェクトが正面にて胡坐をかいていた。
膝に肘をつけ、その手で顎を支えている。
その面立ちは難しそうなものだ。

「人様ん家の事に口出しなんざしたくはねぇが」

そう前置きを置いてジェクトが話し出した。

「前々から思っていたが……家族じゃ、あんなことしねぇだろ、普通」
「我が家では当たり前のことなんだよ、ジェクト」

言われたことに早々と返事を返すと、ジェクトは些かバツが悪そうな表情を覗かせてきた。
こういった疑問に戸惑いを見せてはいけない。
そういうものだと、当然のものだと応えることが肝心だ。

「でもよ、11だって一応年頃だ。そーいうのも大概にしとかねぇと、いつまでも親離れしないぞ」
「離す気など、今のところはないからね。問題はない」

11もこの家族関係を受け入れているのだし、今更誰になんと言われようとも変えることはない。
それにあの子を扱える人物はそうそういないのだから、親離れも何もないだろう。
他人に心開くことないよう育ててきたのだから……とまでは、さすがに告げはしないが。

「しかしなぁ、なんつーか、健全じゃないっつーか……」

あんなのはちょっとばかしやりすぎだ、と今度は窺うような言葉ではなく断言してきた。
眼はするどくこちらを見据え、いつもの飄々たる様はそこにはない。
苛々と頬を叩いていた指は止まっており、ジェクトが本心から話しているのだということが窺える。
とはいえ、こちらも本気だ。
ただ自分にとっての家族の在り方を話しているだけであって、臆することなど何一つない。

「ああして、いつまでも11を繋ぎ止めているつもりなら止めとけ」
「君には関係のないことだろう」
「そりゃそーだ。俺には全くカンケーねぇな」

ただよ、とジェクトが続ける。
家族だというのなら、家族の幸せを考えることが大事じゃないのかと。
このまま歪んだ家族ごっこを続けていくのなら、その先にあったはずの11の幸せが消えてしまう。
それでもいいのかとジェクトは言うのだが。
そんなことは彼に言われなくても、わかっている。
あの世界では、自分の知る限り彼女は幸せそうだった。
残念ながら、ある一定から先は記憶にないところだが……記憶のある限り、11は紛れもなく幸福に満ちていた。
あの青年と、その妹弟に囲まれて。
初めて自分以外の者に興味を持って。
戦禍に脅かされる日々であろうとも。
しかし、だからこそ、だ。
記憶の欠如しているこの世界に在るからこそ、惜しげもなく、家族以上の愛情を注いでもいいではないか。

「記憶は曖昧でも、家族は家族だ」
「……それは君の息子に対してのものだろうか」

そう返せば少しばかりジェクトの眉間に皺が寄る。
そしてしばらく考える素振りを見せた後、深く息を吐き出した。

「だな。記憶がなかろうが、敵だろーが、あいつは俺の息子だ」

だから強くなって欲しいし、幸せになって欲しい。
それがこの異界であってもだ。
まだまだ若い、未来ある者だということに変わりはないのだから。

「血が繋がってようが、繋がってなかろうが、家族ってんならその責任くらいしっかり持ちやがれ」

言いたいことはそれだけだ。
そう紡ぎジェクトは立ち上がり去って行った。
それに気が付いたのか、少し離れたところに居た11が入れ替わりに歩み寄って来る。
心配そうな面立ちは、話は聞こえないながらも不穏な雰囲気は察知していたのだろう。
そんな11の心配を取り払うように頭を撫でてやれば、僅かに笑みを覗かせてきた。
嬉しそうに、でも照れくさそうに。
はにかむ姿は愛らしく、やはり彼女は自分のものであるべきなのだと錯覚してしまう。

「……11」

名前を呼べば、それもまた彼女を喜ばせる。
そうしたひとつひとつの仕草でさえ、自分が育て、そう依存させてきたからだ。
だが、いつもと違う心に残ったこの蟠りは、先ほどのジェクトとのやり取りによるものだろうか。

「君は、私が父親で良かったと思っているだろうか」

そう尋ねると、11はキョトンとした顔でこちらを見上げてきた。
それからそれはすぐに取り払われ、笑顔へと変わる。

「そんなの当たり前ですよ〜。ミンウさまがお父さまだなんて、自慢ですもの」

当たり前じゃないですかと紡ぐ11の姿に胸が痛む。
そうだ。
この子にとっては、自分は父親でしかない。
それ以上にも、以下にもなれないのだ。

「11」
「なんですか、ミンウさま」
「愛しているよ」

とてもね、と触れるだけの口付けをもう一度落とす。
すると11と共にこの場に残っていたライトニングから声が飛んできた。

「ミンウ!お前っ……!」

何を考えている! とライトニングが続けてくるが……勘違いしないで欲しい。
家族なのだから、家族を愛していると言って何が悪いのだろうか。
そう問いかけると、ライトニングが口噤んだ。
彼女はジェクトほど歯に衣を着せぬ言い方はできないようだ。
ただ、きつい視線を投げかけて来るだけで、言葉として非難はしてこない。
そしてひとつ、彼女もまたジェクトと同じく自分に対して異常性を感じている者だということを知ることができたのは、ある意味収穫だろう。
気を付けなければならないのは、ジェクトとライトニング。
あとは、やはりフリオニールだろう。
今更誰に何を言われようとも……胸が痛むことがあろうとも、自分が築き上げてきたきた家族関係というものを変えることはない。
これだけは自由の利かない異界の中における、確固たる自分の意思なのだから。

「さぁ、11。そろそろ宿営地へ戻ろうか」

11の手を引き歩き出す。

-end-

2012/7/25 藍さまリク




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