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01

「おぉ〜い」

そんな怖がんなよ、と困った面立ちでプリッシュは物影に向って手招きをする。
それから小さく息を吐き、傍らの人物を見上げた。

「おまえにビビって、出てこれねーみたいだぜ」

呆れたようにそんな言葉を吐き、再び呼びかけている者の方へと視線を向けた。
姿は見えない。
だが、物影から覗いている衣服の裾は、紛れもなく追いかけていた少女のものだ。
隠れている一角は行き止まり。
その先に進むことは適わない。
ならばもう追い詰めたも同然だ。
しかし、怯えさせるわけにもいかない。

戦う力を持たない少女は戦場へと出ることなど一切なく、聖域の、それも奥深くを住まいとしている。
その奥深くから姿を現す時といえばコスモスとの語らいの一時くらいであり、プリッシュでさえあまり顔を合わすことはない。
戦うことができないのならこの世界に存在する意味なんてない。
なのにコスモスは少女を匿うかのようにこの聖域に住まわせている。
聖域の、奥深くに大切に。
誰とも関わりを持つ事のないように。

(ったく。コスモスの過保護っぷりもここまでくると行き過ぎだっつーの)

そう思いもするが、それがコスモスの意思なのだからプリッシュ自身にはどうすることも出来ず、もどかしさが募るばかりだ。
そんな少女が今日偶然にも表層部へと赴いて来ていたのだから丁度いいと呼びかけてみたのだが、こちらを見るなり逃げられた。
この聖域にいる以上顔を合わさないなんてことは無理なのだし、それならば少女の性質上早々に紹介しておいた方が後々ややこしい事態にはならないだろう。
そう考え、先日拾った人物を連れ立って来たプリッシュの隣に立つのは鎧を纏った男だ。
ただぼんやりと立ち尽くし、プリッシュの視線の先を同じく見つめている。

「もっとさ、こう、笑顔を振り撒くとかってできねーのかよ」
「…えがお……?」
「…あ〜、悪ぃ。まだ、そんな余裕、ないよな」

男の虚ろな目に覇気はない。
目覚めたばかりなのだから当然だろう。
しかしその辺りはこれから改善していくものだと捉えてプリッシュはあらためて少女を呼んだ。

「なぁ11、出て来いってばよ。こいつ、デカくてムキムキだけど仲間なんだって」
「……仲間?」

ようやく返ってきた小さな声にプリッシュは顔を明るくする。
プリッシュ自身が見つけて、コスモスの承諾を得て調和の戦士となった紛れもない仲間なのだと、つい先日の出来事を掻い摘んで聞かせた。
だから怖がることなんてないから、とりあえず顔を出せと訴える。
すると物影から覗いていた衣服が、スッと引っ込んだ。
余計に警戒されてしまったらしい。
しかし何もヘンなことは言っていないはず。
事実を伝えたまでだ。

ふと、プリッシュは初めて少女と出会った時のことを思い出した。
あの時も逃げられ、そして追いかけた。
なかなか捕まらない少女11を来る日も来る日も追い掛け回し、そんな繰り返される地道な努力の末ようやく11との対面が適ったのだ。
なぜそんなに逃げたのかと聞けば、 「コワイから」 の一言。
コスモス以外の者と関わりなく、戦いを傍観するだけの日々を送ってきたのだからそう言うのも頷ける話である。
しかし、戦場から離れ、聖域一帯を警護する身となったプリッシュ自身を怖がられていてはこの先うまくはない。
それに、幽閉にも近い11の立場を哀れんでしまったのもある。
だから11が姿を現せば外での出来事を聞かせ、仲間が増えただの、どんなヤツだとか、警戒心を解きつつ外に興味を抱かせるよう11との関係を培ってきた。
その延長線上にて、この男との対面も果たせるだろうと考えていたのだが、しかしどうやらそうもいかなかったらしい。
これではまたあの時のように長期戦も覚悟しなければ、とプリッシュが諦めかけていると、物影からそっと11が顔を覗かせてきた。
不意な喜びにプリッシュの耳が微かに揺れる。
そしてプリッシュは11へと近づいて行き、手をとった。

「よーし、いい子だ11。仲間なんだから挨拶くらいキチンと…って、んんっ?」

11の頭を撫でやるプリッシュの手の動きが止まる。
それから少し身を離して、11の頭からつま先までを視線でなぞった。

「おまえ、またちょっと成長してないか?」

前回顔を会わせた時はプリッシュ自身の肩ほどの背の高さだった。
それが今は目線の辺りに11の頭が位置している。
それこそ出会った当初はプリッシュの肩よりも低い身長だったのだが、11はさして気にも留めていないらしく 「そうですか?」 と首を傾げた。
成長期だということは見た目から充分窺えていたが、時折見せる11の異常な急成長ぶりに始めは驚かされもした。
だが、慣れた今となってはあの小さな博士の研究材料にされやしないかとその辺りが心配なプリッシュである。

「まぁ、いい。ああそうだ、あいつの紹介だった」

そう、プリッシュは11の手を引き男の前へと連れて行く。
虚ろな男の視線が11へと注がれてきたが、視線に怯えながらもプリッシュに促され、11は恐る恐る男を見上げた。
そして首を傾げる。
表情はないものの、どこからか光の暖かさを感じる。
調和の神に導かれたのだから、加護がそうさせているのだろうことは頭ではわかっているが、しかし何か懐かしいような、そんなような不思議な感覚が11を伝ってきた。
男を見上げ、不思議そうな面立ちを浮かべている11にプリッシュはニヤリとした笑みを漏らす。

「おまえならわかるだろ?こいつの中の光が」

そう言うプリッシュに、11は男の鎧へと手を当てた。
手から取れる確かな光の力。
それは11にとってかけがえのない、何者にも替えられない存在の証。

「…コスモス様?」
「お・お・あ・た・り〜!」

さっすが11だな! とプリッシュが手を掲げた。

「なーんか不思議なヤツでさ、いろいろあって……まぁ、ちょっとばかし特殊だってことだな」

でもコスモスのお墨付きなんだから、なにも怖がることなんてないとプリッシュが笑顔を向けてきた。
プリッシュは続ける。
まだ目覚めたてでぼんやりとしているけれど、直にこいつも単身、調和の戦士として動き始める。
それまではこの戦士を鍛えるためにもプリッシュ自身連れ歩くつもりでいるが、そうそう毎回とはいかない。
この聖域に留まってもらう日もあるだろう。

「で、だ。こいつ、こんな形してるけど、記憶がないことに不安を抱え始めてる」

過去を知らない自分は、果たして ”人” と言えるのだろうかと。
記憶がないことに不安を抱いてしまうのは仕方ないこととはいえ、しかしそのままの状態で居られるのも非常に不安である。
だから、その不安を少しでも取り払うべくに、なるべくでいい、こいつと関わりを持ってくれないかと紡いできた。
ぼんやりとしているが、言葉を交わすことについては何も支障はない。
外部での出来事を聞いたり、11の出来事を話すでもいい。
織り成す意味合いは違うものだが、プリッシュ自身が11にそうしてきたように。

「記憶がないのなら、新しいもので埋めていってやればいいだけだろ?」

そうしたらこいつもちょっとは ”人” だという事に自信を持てるようになるんじゃないかとプリッシュが言う。

「私に、できる?」

この人の不安を軽減させることなんて、と11はプリッシュを窺った。
”人” との交流なんて、プリッシュと小さな博士しかいない。
そんな11自身が、果たして戦士の記憶を埋めていくことなどできるのだろうか。
不安と、それと同じく興味に揺れる瞳。
プリッシュは11の面立ちに満足そうに頷く。

「できるさ11なら。じゃなきゃ、こんなこと頼まねぇって」

そうプリッシュが11の手を取る。
もう片方の手は戦士の手を取った。
そしてお互いの手を握らせる。

「んじゃ、そういうことで、挨拶挨拶」

プリッシュの言葉に、11は 「よろしくおねがいします」 と小さな手で大きな手を握った。
それに応えるように、大きな戦士の手が11の小さな手を優しく握り返した。


2011/4/8




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