DdFF ガラケー | ナノ




興起 中

踏みしめる地面の感触を靴を隔てた足裏に心地よく感じつつティーダは軽やかに走っていた。
時折覘く小高い岩を駆け上ってみたり、そこから隣り合う岩へと飛び移ってみたりと体を動かすことには事欠かない。
聳える木々を障害物と見立て、小回りに駆け巡り、拠点としている次元城へと向かう。
この異界に召喚されてから幾日かが過ぎていた。
敵と呼ぶ調和の戦士の何人かとも拳を交わしたこともある。
そしてその中に、無性に気になる存在を見つけた。
雄々しい体躯に刻まれた紋様は、ティーダ自身の身に着けている装飾品と同じモノ。
何者なのかはわからない。
だが、自分に縁のある者が同じ世界より呼ばれていることもあると聞いていたし、何より紋様がそれを示す明らかな証拠だ。
だから、わからないというよりも記憶の欠如している今、思い出せないと言った方が正しいのだろう。
戦いを経ていく内にそれも取り戻せるものだとも聞いてはいるが……自分と同じモノを持つ人物が気にならないわけもなく、思い出す度に鬱蒼とした気分に苛まれていた。

「よっ、と」

見晴の良い高台より次元の歪みに向かって飛び降りる。
一瞬の得も言われぬ感覚の後に着いた先は、次元城だ。
其処彼処に屋上を庭園とした建物が浮かんでいる。
その中心にある、一際立派な建造物が住処としている城であり、ティーダはそちらに向かって浮かぶ庭園を次々と飛び移って行った。

「あ、ティーダ。おかえりー」

そう手を振ってきたのは召喚されたばかりのティーダを見つけてくれた11だ。
城のある場へと着地したティーダの下に駆け寄ってくる。

「いつもいつも感心だよね、早朝トレーニングなんてさ」
「そう?んんー、やっぱあれかな、スポーツ選手だって記憶がそうさせてるっつーか」

どんなに遅くに眠っても、決まった時間に目が覚めるのだという。
それから無性に体を動かしたくなって、つい、ひとりでそこら中を駆け回ってしまっていた。
幸いカオス陣営には朝早くから活動するものは少なく、11の懸念していた ”いいように利用される” という事態も今のところ起こってはいない。
注意人物と顔を合わす時には大抵11が側にいてくれている時だし、ティーダ自身11から最初に言われたことを守って極力接触を避けていたのもあるが、今のところはいたって平和な毎日を送っていた。
ふと、11の手がティーダの頬に添えられた。
それから、拭うように動かされる。

「今日はまた、一段とすごい汗」

11に言われてティーダは顎先を伝う汗に気が付いた。
さっきまでは駆けていたから気にならなかったけれども、こうして立ち止まると体が火照っているのがよくわかる。
ポケットに突っ込んでいたタオルを引っ張り出して顔を拭う。
しかし顔は拭えども、身体も同じく汗をかいており、いくら上着を着ていないからといってもこのままでは若干心地悪い。
かといって手ぬぐい程度のタオルで拭いてもさして涼を得る効果はないだろう。

「先にシャワーしてくる?それとも朝食が先?」
「うーん、そういえば腹も減ってるんスよねー……でもなぁ、ベタ付くしなぁ……あぁ、でもご飯冷めちゃうっスよね」
「新婚カップルか」
「クラウド」

いつの間にか城内より姿を現していたクラウドがふたりのやりとりにそんな言葉を投げつつ歩み寄って来た。
11の 「おかえり」 より始まって、労いの言葉をかけつつ汗を拭ってやったり(それも素手でだ)風呂やら飯やら、一体どこの新婚夫婦かと思えるくらいクラウドにとっては朝っぱらから非常に不愉快極まりない光景である。
いや、ふたりが別にそういう関係ではないことくらいは知っているし、11がティーダを気にかけているのも知ってはいるが。

「新婚カップルって?」
「いや、気にするな。それよりも遅かったんだな、ティーダ」
「あ、そう……っスか?」

僅かに途切れたティーダの言葉に、11が頷く。
いつもはクラウドとふたりで朝食の支度をしている。
そうして出来上がる頃合いにティーダがトレーニングという名の早朝マラソンから戻って来て、三人で朝食を摂るのが日課となっていた。
だが、今日は違った。
朝食の支度が終わってもティーダの姿が現れない。
何かあったのだろうかと探しに行こうとしていた矢先に丁度ティーダが帰ってきたのだ。
体には傷一つなく、何もなかったのだろうとひとり安堵していた11だったのだが、クラウドの言葉に少々言いよどんだティーダの様子からしてどうやら何かあったらしいことは窺えた。

「何かあったの、ティーダ」
「ん?んー、あったって言うか、会ったっていうか……」
「うん」
「その……女の子に、名前呼ばれて」

会話という会話はしていないけれど、とティーダが紡ぐ。
記憶が欠落しているのは理解しているし、名前を知っていたのだからあの子は同じ世界から来たのかもしれない。
でも今の自分は知らない。
知らないし、女の子だし、そして少なからずの親しみを感じてしまい、戦うことなく適当にその場を去ってきたのだけど、どうにも気になって仕方がなく、そんな不安定な気分を掃うべくいつもと違うルートを回ってきたのだという。
だから遅くなったのかと思うも、11はニヤリとした笑みを浮かべた。

「ふーん。女の子、ねぇ」
「な、何だよ」
「可愛かった?」
「う、ん、まぁ、可愛かった……かな」

そう照れくさそうに告げるティーダの頭を11はこれでもかというほど撫でやる。
なんだこいつカワイイな可愛いな!
汗に塗れていなきゃホント抱き着きたいほどに!
等々、11の様子から心中を察したのかクラウドからは溜息が漏れた。
ティーダはといえば、なんで撫でられているのか理解しかねている面立ちなのだが大人しく11の成されるがまま。
……だったのだが、ふと、ティーダの手が11の腕を捕らえた。

「でもさ」

11の腕を頭より降ろし、首を傾げてくる。

「敵、なんだよな?いくら知り合いだったかもって言っても。あの……この前会ったおっさんとみたいに、ホントは戦わなきゃなんでしょ?」

そう告げてきたティーダにクラウドと11は顔を見合わせた。
己と縁のある人物とはいえ、必ずしも味方側にいるとは限らない。
いや、どちらかといえば敵対する位置にいる方が圧倒的に多く、縁といえども因縁といったものを感じさせる相手なのだが。
その中であって、因縁といえるものもなくかつての仲間と袂を別った者もいる。
クラウドもそのひとりだ。

「あのね、ティーダ」
「俺も、調和側にかつての仲間がいる」
「……え」

幸か不幸か、調和に属しているクラウドのかつての仲間、ティファには記憶が戻っていない。
戻っているのはこの世界に召喚されて大分経つクラウドの方だけだ。

「それって、辛くないっスか?」

記憶の無いティーダ自身でさえ、何かしらの懐かしさと親しみを感じて戦いたくはないというのに、記憶のあるクラウドは余計に立場に苦しんでいるのではないだろうか。

「そうだな。だから、戦わない」
「へぇ、戦わないんスか……って、えっ?」
「何も、召喚されたからといって常に戦っているわけでもないだろ」
「いや、そりゃそうっスけど」

調和の戦士と戦うために召喚されたというのに、戦わないとはどういったことなのかとティーダの顔に困惑の表情が浮かぶ。
確かにクラウドの言うように、常に戦っているわけではない。
さっきみたいにトレーニングに勤しむ時間もあるし、夜には寝て、朝には起きるといった規則正しい生活も送っている。
そして言われてみれば、戦いを誰かに急かされているわけでもないのだ。

「……戦わなくても、いいの?」
「もう、お前自身が答えを出しているんじゃないのか」

戦うことを避け、ここに戻って来ているんだからそういうことなのだろうとクラウドが言う。
11もクラウドの言葉に頷き、優しい笑みをティーダへと向けている。

「心に素直になるのは大事だってこと」

その女の子とは縁を感じても戦う気は起きなかった。
でも、ティーダの言うおっさん……同じく縁のあるジェクトとは既に一戦を交えているのだ。
そうしなければならないのだという、ティーダ自身の意思の下に。
戦いを強いられる世界だとはいえ、戦う相手を選ぶ権利は各々が持っているのだから、顔を合わせたからといって絶対に戦わなければならないなんてことはない。
戦うも戦わないのも自分の自由だと、11はクラウドの言葉を補足する。

「それにクラウドなんか、その子関係なくほとんど戦いに参加してないよ」
「そもそも戦う意味がわからないからな」

召喚された当初は戦ってはいた。
戦っている内に次第に思い出される記憶の中で、しかし他の者のようにクラウド自身、因縁のある相手を見つけることはできなかった。
そしてしばらくした後に薄らと思い出されたのは同じ混沌陣営に与するセフィロスの存在だ。
何か深い蟠りを感じる相手なのだが……そう感じるとはいえ同じ陣営である。如何ともしようがない。

「……なんか、複雑過ぎてワケわかんなくなってきそう……」
「うん、だから心に素直にってね」

必要に応じて己の心の向くままにあればいいと11は言うが。

「んじゃあ、11もそんなカンジなんスか?」
「こいつは割と戦いに赴いている方だ」

そう告げるクラウドに11は苦笑を漏らす。
もともと大人しい性分ではないし、戦うことについての葛藤はない。
クラウドとの付き合いはそこそこあるし参戦歴も長い方だが、11自身も未だ記憶が欠落している部分もある。
それを手に入れるためにも戦いはまだまだ必然であるのだ。
とはいっても気ままに自由に、勝てそうだと見込んだ相手だけと剣を交え、でも決して止めは刺さずに。
そんな戦い方をしてきたものだから戻る記憶も微々たるものでしかなく、コツコツと貯え今に至っているのだという。

「敵とはいえねー、止め差しちゃったらなんか後味悪いし」

甘い考えかも知れないけど、これが自分のやり方なのだと11は肩を竦める。

「だから、そういう戦い方もあるしさ。あんまり思いつめることも……ってのは急に言われても無理かもしれないけど」

程よく肩の力抜いて行こうと、11は再度ティーダの頭を撫でた。
そんな11の行為に、漸くティーダの心に少しばかりの余裕が生まれる。
そしてもうひとつ、倒してしまわなくても記憶を蘇らせることが出来るのだということもまたティーダの心を軽くしていた。
少しずつでも記憶を蘇らせていけるのなら、あの女の子のことも思い出すことが出来るかも知れないのだから。

「うん、俺、頑張るっスよ」

意気揚々と拳を掲げるティーダに、クラウドと11は笑みを零す。
先程まではあんなに沈みこんでいたというのに、今はそんなところは微塵も感じられない。
この気持ちの切り替えの早さは短い付き合いながらもティーダらしいものだと微笑ましく思えてしまう。

「さ、じゃあご飯食べちゃおうか」
「そうだな。すっかり冷めてしまっただろうが、スープくらいは温め直すか」
「え、あっ、そうだ!メシ!すっかり忘れてたっスよ!」

腹減ってんのに!と急に空腹を訴えだすティーダ。
そんなティーダの姿にクラウドと11は子犬の姿を連想しつつ、三人は冷めてしまった朝食の元へと向かうべく城に向けて歩き出すのだった。

-end-

2012/7/14




[*prev] [next#]
[表紙へ]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -