関心3
結局、セフィロスの元で眠りにつく事は出来なかった。
意思とは裏腹にどうにも力の入らない体を、一旦壁に寄りかからせてそのまましゃがみ込む。
こんな状態では、今日は敵陣の偵察など無理かもしれない。
いや、無理というよりもそんな気分ではないと言ったほうが正しいのか。
夜明けはもう少しだろうけど、今日の所は自室に篭って一日を過ごそう。
そう思考を纏め、立ち上がろうとする11の顔に影が掛かった。
いつの間に側に居たのか。
顔を影の主に向けるとジェクトがこちらを見下ろしていた。
「珍しいな。おまえさんがこんな時間にこんなところにいるなんて」
いつもならこんな早朝に11が起きていることなどないのだから、これはもしかしてと11を窺う。
「あれか、やっとあいつの寝床に侵入できたのか?」
昨夜のジェクトのアドバイスよろしく、11の身に纏っているものは薄い生地の寝巻き。
寝巻きと言うには少々露出が多い気もするが、おそらくこの姿で行った効果でもあったのだろう。
それなら朝早くにこんなところで会った理由も納得できる。
しかし、それにしては様子がおかしい。
膝を抱えてしゃがみ込んでいる11に、覇気が感じられない。
目論見が適ったのなら、もっとこう、嬉々として報告に来るものだと思っていたのだが。
「どーした。おまえさんらしくねぇな」
11の前に屈んで、頭にポンと手を乗っける。
するとジェクトを見つめていた11の目に、見る見るうちに涙が溜まり始めた。
思いがけない11の挙動に慌てるジェクトと、惜しげもなく泣き出した11。
そこへ早朝散歩へ向うクジャが通りかかった。
「なに?朝っぱらから痴話喧嘩かい?」
そういうのはうざったいから余所でやってよね、邪魔邪魔、と鼻息荒く一瞥をして去っていった。
痴話喧嘩かどうかはともかく、ここは廊下で誰しもが通れる場所である。
だからクジャひとりのものでもないし、誰が何をしていようが関係ないとは思うが、こんなところでふたりで座り込んでいたら邪魔なのは確かだ。
それに惜しげもなく感情を投げ出しているせいで、声は煩いは顔は涙と鼻水で汚れてるはで11の現状は見れたものじゃない。
仮にも女だというのに人通りのある廊下でこんな醜態を晒すことに抵抗はないのだろうかと呆れもするが、ひとまず場所を変えてやろうとジェクトは11を担ぎ上げた。
向った先はジェクトの自室。
部屋に入ってしまえば、誰の邪魔にもならないし苦情もこない。
なかなかに神経質な曲者揃いのカオスの面々に配慮を怠らないジェクトである。
「あ」
「あ?なんだ?」
部屋に入るなり、肩に担いでいる11から声が漏れた。
「なんでベッド、大きいんですか」
不公平です!と苦情を漏らし始めた11。
立ち直りが早いというのか、切り替えが早いというのか。
とりあえず、泣き止んだ11を傍らの椅子へと降ろしてやる。
それから適当なタオルを引っ張り出してきて、顔を拭くよう促すと11は未だベッドに対して不満げな眼差しを送りながらもそれを受け取った。
「…で。なにがあった」
11がセフィロスに軽くあしらわれているのはいつものことだ。
なにが良いのか男のジェクトからしたら解からないが、それでもセフィロスに惚れている11はしつこく纏わりついている。
だから泣き言なんて聞いたこともないし、ましてや泣き出すなんて思ってもいなかった。
一体何があったのか。
幾ら11に関心がないとはいえ、セフィロスが11を泣かすようなことなどするだろうか。
11が絡んでくることに対してまんざらでもないようにも見えたことがあったのだが…。
「顔面クローをされました」
「…は?」
「それから、鼻で笑われて…」
「いやいや、ちょっとまて。順を追って話しやがれ」
「キチンと順を追ってます。で、布団に入ったというか引きずり込まれたというか」
引きずり込まれたということは、それなりにコトに勤しんだのだろうことは想像に容易い。
それなら11が望んでいたことだし、泣く原因には成り難いのではとジェクトは思う。
(それともあれか。下世話な話、あの野郎、ヘッタクソなんか?)
そう考えると、腹の底から笑いが込み上げてくるがひとまず引続き11の話しに耳を傾ける。
「それで、朝方までずっと見られてた、というよりも監視されていたというか。そんなだから眠れなかったわけですよ」
「…マジか?」
「マジです」
確かに誰かしらに監視されるかのごとく見られていたら眠りにつきにくいかもしれないが、寝不足のせいであんなにも泣いたというのだろうか。
だったら、少しでも心配してしまった自分が馬鹿らしい。呆れて言葉も出ないとはこのことである。
それよりもその気がないとはいえ同じ布団を共にしておいて、何事も無かったということは些か考え難いものだ。
(なにがしてぇんだ、あいつは…)
ジェクトは無言で大きく溜息を吐く。
「で、流石にやっとウツラウツラしてきたと思ったら…その」
まだ続きがあったらしい。
「私的に大変屈辱な目に」
漸く核心部に触れることになりそうだと、ジェクトが11の言葉を待っているとけたたましい音と共に扉が吹っ飛んできた。
あやうくぶつかるところだったが、寸でのところでジェクトはその扉をガードにより弾き返す。
何事かと、遮るものの無くなってしまった入口に目を向けるとそこにはセフィロスが立っていた。
刀を携えこちらに歩み寄ってくる。
「こんなところにいたのか、11」
「セフィロスさん…」
「…泣いていたのか?」
「はぁ、まぁ…」
11の赤く腫れた目に気付き、そう声を掛けてきたセフィロスに11は素直に返事をする。
それを受け、セフィロスの視線がジェクトに移った。
さも泣いた原因がジェクトに有るかのように目を向けてくる。
「おいおい、この俺様が女を泣かすなんてことするわけねーだろうがよ。回収しただけだ」
あらぬ誤解を抱かれたまま、朝っぱらから剣を交えるなんてゴメンだとジェクト肩を竦めて見せる。
そもそもの原因はセフィロスにあるようだし、それに気がついていないあたりセフィロス自身は11が泣くとは思っていなかった何かを無意識でしてしまっていたということだろうか。
益々、11が泣いた理由が判らなくなってきた。
11的に屈辱を味わったとは言っていたが…。
「なにが原因だ」
再び視線を11に移し、セフィロスはそう尋ねる。
11はその視線から逃げるように顔を俯かせた。
「だって、あんなことされたら悔しいじゃないですか」
「お前が望んだことだろう」
「そうですけど…でもあんなの違います」
そう、顔を上げ11はセフィロスを見つめる。
ふたりの間に流れる沈黙。
ジェクトはそれを眺める。
なんだかんだ言ってもこうやって何の用事か知らないが部屋に居なかった11を探しにくる辺り、やはりセフィロスは11のことを気に掛けているのだと思う。
それなら素直に11の好意を受け入れてやればいいのに。
回りくどいというか理解不能というか、ジェクトにはセフィロスの思惑がさっぱり読めない。
かといって読みたいとも思わないが。
「行くぞ」
セフィロスが11の手を掴み椅子から立ち上がらせる。
「え。眠いんですけど」
「お前はこの男の部屋で寝る気なのか」
めでたい頭をしている、と言いながら11を引きずり去っていくセフィロスの後姿をただ黙ってジェクトは見送る。
慌しく始まった朝も、漸く静けさを取り戻した。
それにしても11が大泣きした原因とは一体何だったのか。
結局知ることは出来なかったが、ふたりが険悪な雰囲気ではなかったことから察して大したことじゃないのだろう。
それでも多少気にはなるが。
そんなふたりの居なくなった部屋にひとり佇むジェクトの目に映るものは扉の無くなった出入口。
カオスの面々の居城としているここは、エクスデス城。
城の主である、あの樹の化け物に修理を頼まなくてはならない。
(めんどくせぇな…)
壊した当人のセフィロスにやらせれば良かったかもしれないと思いながら、エクスデスの元へ赴くジェクトだった。
-end-
2010/1/20
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