災難転じて その5
漸く思考が回復し、脱力しつつも11の休む寝室を後に自分の寝室へと移動してきた。
ベッドに腰掛け、深いため息を吐く。
(なんなんだ…)
11に不意打ちにキスを喰らった。
いやいや、その前だ。
髪、髪が好きだと言われた。
他の誰よりも一番だと。
その直後だ、不意打ちは。
そのまま布団に潜り込まれてしまったから11の様子はわからなかったが…。
「…」
残る唇の感触に、指を這わす。
そういえば以前怪我の手当てで彼女の素肌に触れたこともあった。
(柔らかかったよな…)
はっと我に返り、頭を振りかぶる。
あれはあれだ、いつもみたいなスキンシップだ。
11は自分のことは保護者程度にしか見ていない。
自分の願望が変な期待を生んでるんだとひとり納得させて、ベッドへと横になる。
静まり返った室内。
野宿とは違い、外気の音も無く反って落ち着かない。
寝返りを何度打つも、眠気も訪れず。
頭には先程の一連の流ればかりが繰り返される。
そもそもお姫様抱っこなんかしたから、あんな状態になった訳で…そういえばあんまりイイもんじゃなかったとか言ってた割にはエライはしゃぎ様だった。
やはり女の子というものはああいった行為が好きなんだな…。
(ん?)
はしゃいでいた、その後だ。
彼女の思わぬ表情に目を奪われて、それで足元を捕られて倒れたのは。
(あれ…いや、まさかな…)
冷静に考えてみれば、幾ら11とはいえ悪戯にあんなことはしないだろう。
それともこう考えてしまうのも自分の願望か。
「……」
眠気が訪れるどころか目が冴えてきてしまった。
結局ひとりで考えた所で真相は11にしかわからないんだ。
なら本人に直接聞けばいいじゃないか。
しかし、こんな夜更けにか?
それは少し不謹慎じゃないだろうか。
でも気になって眠れる気がしない。
このまま朝を迎えて、明らかに寝不足気味な顔をクラウド達にでも晒してしまったら、またあらぬ誤解を招くんじゃなかろうか。
やっぱりダメだ。
11に関わると碌なことにならない。
頭を冷やそうと部屋を出ると、斜め向かい側に位置する11の眠る部屋からなにやら物音がした。
起きているのだろうか。
「11、起きてるのか?」
入るぞ、と声を掛け戸を開ければ床に座り込み、小袋の中から何かを取り出している11がいた。
取り出した手に持っているのは、お菓子。
お菓子?
「お腹空いちゃって、そういえばお菓子持ってたの思い出したんですよ」
成長期ですからね〜、とガサガサと袋を開け始めた。
なんだろう、コイツは。
人があんなに思い悩んでいたというのにこの緊張感のなさは。
まぁ、11らしいといえば11らしいのか。
おかげで気も緩む。
「成長期って年でもないだろ」
太るぞ、と付け加えれば「イタイとこ突きますね〜」と呑気な返事が返ってきた。
だからといって食べるのをやめる訳でもないらしい。
まぁ多少は太ったほうがいいかもしれない。体力的な意味で。
「フリオさんはどうしたんですか?」
お腹空いたんならどうぞ、とお菓子を促されたが断る。
真相を窺ういい機会だ。
「なぁ11」
眠れぬ夜を過ごすなら、いっそのことハッキリ聞いてしまおう。
「さっきの…アレはどういうことだ?」
戯れなら、保護者役的にもしっかり窘めておかなければならない。
あんな調子でこれからも進むとなったらこちらの身がもたないのだから。
11に目を向けると、食べる手を止めた彼女と目が合った。
たちまち顔が赤くなっていく11に自分も思わず慌ててしまう。
「おっおいっ」
「あ〜っ!ちょっともうっ、言わないでくださいよ!」
いつの間に食べきったのか、空になった菓子袋を投げ捨て布団の中へと潜り込んでいった。
この反応は、自惚れてもいいのか?
意を決してベッドへと歩み寄る。
「あー。……好きなのは、髪だけか?」
「…そうでもないですよ〜」
すっぽり包まった布団の中から相変わらず間抜けな返事が聞こえた。
いつものことだから気にしない。
「俺は…お前の、そういうわかり難い所も、我侭な所も、屁理屈コキなところも…全部ひっくるめて、惚れている」
思いきって告白するも返事は無い。
モゾモゾと布団の中で蠢いている11。
「11」
と手を伸ばせば、漸く声が聞こえた。
「そういうふうに思われているのは不本意ですけど…私も、髪だけじゃないです」
またもや遠まわしな言い草だ。
こっちは率直に話しているのに、素直じゃないな、と苦笑を零しベッドに腰を降ろす。
顔を出してくれないかと布団越しに頭を撫でてやると11の動きが一瞬硬直する。
「いやっ、今はムリですのでお引き取りください!」
そう言い手から逃れるように再びモゾモゾと動き始めた。
なんか変な言い回しだなと思うも、自分からあんなことしておいて、このまま出て行けとは腑に落ちない。
思いきって布団を剥ぎ取る。
「…顔、赤いぞ」
「気のせいです」
「そうか、気のせいか」
頑なに認めようとしない11に覆い被さり、頬へと手を添える。
ますます頬を染め上げる11。
「あっあのですねっ、こんなのはフリオさんらしくないと思うんですがっ」
「はいはい」
慌てふためく11を余所に顔を近づけていく。
先刻まで思い悩んでいたのが嘘のようだ。
普段ならこんなことはしない。
きっとあれだな。
夜っていうのが原因だ。あと嬉しさと。
たまにはいいじゃないか。
こちらのペースに巻き込んでしまうのも。
-end-
2009/7/24
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