テント
互いのテントに別れてから幾時間が経った。
彼女はとうに眠っているだろう。
静寂に包まれながら目を瞑る。
最初は無関心だった。
ただお互いの役目さえ果たせればそれでいいのだと。
そんな中、誰かと話している楽しそうな顔を見て彼女に興味が湧いた。
自分にもそんな顔を向けて貰いたいと思うようになり、ジタンの助言のままにこちらからも彼女に接してみたら、思いがけぬ表情を覗かせてくれた。
それからしばらくして、彼女が自分に好意を寄せているらしいことに気がついた。
自分だけの想いではなかった事に安堵したが、この戦いの中不謹慎ではないかと悩んだこともある。
そんなことはないと教えてくれたのはセシルだったか。
ただ少し、一方的過ぎる愛情表現は良くないと忠告をくれた。
口に出して伝えるということはなかったが、お互いに心地よい距離感を保っていたと思う。
スコールに傷の手当てを受けたと聞いて、胸がざわついたことがあった。
誰かが彼女に触れるのは、気分が良くない。
かといって誰のものでもないのだからそんなことを言う権利は自分にはなかった。
ならばいっそのことその権利を得てしまおうと思いたつ。
無論、彼女も拒否をすることはなかった。
これで子供じみた嫉妬心も治まるかと思いきや新たな感情に悩まされる。
就寝前に交す軽い口付け。
未だに慣れないのか、交すたびに頬を染め恥らう11。
そんな姿を目に映す度、唇の触れ合いだけではあきたらず、もっと奥に侵入してしまいたい衝動に駆られる。
では、その奥に辿り付けたら?
その次には何を望む?
自分には過去の記憶がない。
戦ったり、日々を過ごすには支障は無い程度だが、その方面への経験というものが果たしてどの程度あるのか判らない。
それなのに知識としては、当然のように頭にある。
だから余計に性質が悪い。
このような感情も記憶と共に喪失してしまえばよかったのに。
人間というものはどうしてこうも次から次へと欲が沸いてくるのか。
しかし彼女に無理強いはできない。
隣のテントから微かに物音が聞こえた。
起きているのだろうか。
入口を開き外の様子を窺うと、テントから出てきた11の姿が確認できた。
「11」
名前を呼べば、驚いた様子でこちらに顔を向ける。
「すいません。起こしてしまいました?」
「いや…。こんな夜更けにどうした」
幾ら安全な場所にいるとはいえ、1人で徘徊するのは感心できない。
「なんだか眠れなくて」
もしや、彼女も今の自分と同じ想いを抱いているのだろうか。
自分勝手な想像でしかないが、そうであったらと淡い期待を込めて、こちらに来ないかと誘ってみる。
その誘いに少々困惑気味な表情を浮かべたが、そろそろと足を向けてきた。
彼女の手をとりテント内に招き入れ、暗がりでは不安だろうとランプに火を灯す。
「ウォーリアさんも眠れないんですか?」
目の前に腰を降ろし、そう尋ねてきた。
そうだなと簡潔に返事をすれば、顔を伏せる。
小さい身体がランプに照らされ、顔に影を落とす。
「あの……」
言葉を噤む。
何かを伝えようと言葉を選んでいるようだ。
思考が纏まったのか、顔を上げる。
「私、どうしたらいいのかわからなくて」
自分の彼女に対する態度に戸惑うという。
独りよがりの愛情表現だったのかと一瞬不安が過ぎった。
「私ばかりが受けとってて、それではいけない気がして…」
「それは」
嫌ではないのか?
「好きすぎて、どうしたら貴方に伝えきれるのか。そんな事ばかり考えてしまうんです」
率直な告白に思わず綻ぶ口元を手で覆う。
体中が熱くなる。
自分を想って眠れない日がある。
そんな言葉を恥かしがり屋の彼女から直接聞けるとは。
これほど嬉しいことはない。
「私も、同じだ」
そう伝えれば、いつものように頬を染める。
腕を引き寄せ、彼女を抱きしめる。
想いを確認できたのなら、もう何も躊躇う事はない。
-end-
2009/5/12
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